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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
ワールドカップ編

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42/80

第42話:システムの壁(2)

 試合開始、三分。

 ヘリオス・ドームを埋め尽くした十二万人の静寂は、日本代表――**『ストリートドッグス(野良犬)』**の断末魔を待つ、冷酷な観察者の視線で満ちていた。

「……指示さえ、神経レベルで先読みされている」

 二度の転倒。泥と冷却液を噛んだ清盛キヨモリが、震える足で立ち上がる。

 中国代表『龍神経ニューラル・ドラゴン』。彼らはもはや独立した選手ではない。チョウ(聴覚)が清盛の指示を周波数レベルで解析し、リン(視覚)がサクラの視線を三次元空間座標として捕捉する。彼らにとって、野良犬たちの死に物狂いの連携は、既にスキャン済みの古いプログラムを読み返す程度の退屈な作業に過ぎなかった。

 ストリートドッグスの「形」が、内側からボロ布のように解体され、消去されていく。

 ショウタは、コートの中央で、逃げ場のない孤独という名の「真空」に包まれていた。

(――サクラさんも、トキさんも……。みんな、神経の網に捕まって身動きが取れない)

 激しく痺れる左手を見つめる。昨夜、深夜の練習場で目撃した、父・エンドウ・ケンジの圧倒的なフォーム。あの、空気を物理的に圧壊する暴力。

 自分の唯一の武器だと思っていたこの腕が、実は父から引き継いだ「呪われた設計図」の続きに過ぎないのではないか。その致命的な疑念が、ショウタの喘息のリズムを、自壊の旋律へと狂わせていた。

「ショウタ選手」

 ベンチから、オオシロ・カナタの静かな声が、中国代表の「感覚の網」を鋭利に切り裂いて届いた。

「……あなたの左腕は、あなたのものです。誰のコピーでも、誰の続きでもない。あなたが今日まで、その痛みと喘鳴と共に、泥を啜りながら磨き上げてきた、あなただけの『不完全な武器』だ」

 ショウタは、一瞬だけベンチを振り返った。そこには、自分を信じる「群れ」の瞳があった。

 彼は深く、焼けるような酸素を肺の奥底まで強引に流し込んだ。

(――そうだ。……僕がこの左腕で、何万回ボールを拾い、何万回自分に絶望したか。……その痛みの集積を知っているのは、あの怪物じゃない。僕だけだ!)

 呼吸のリズムが、喘鳴を超えた鋭い「打音ビート」へと変貌する。

 ショウタは左手を深く、弓の限界を超えて引き絞った。父のフォーム――あの時見た、空気を切り裂く「わずかな捻り」。それを模倣するのではない。自分の歪なシュート回転を制御し、加速させるための「追加パーツ」として、冷徹に、強欲に、自らの肉体へと強制的に組み込んだ。

 シュンッ――!!

 放たれた、一投。

 それは、父の持つ破壊的質量と、ショウタの持つ予測不能な不協和音ノイズが混ざり合った、物理演算の彼方にある軌道。

 リン(超視覚)の網膜に、その弾道が映る。だが、彼女の共有システムは、そのボールが「最高点で一瞬停止し、その場から逆方向へ急加速する」という、設計図にはない物理的矛盾を処理できず、全感覚回路に致命的な「パケット・ロス」を誘発させた。

「あ……がっ、データが……焼ける……!」

 ドォォォォォンッ!

【リン HP:300 → 240 / 警告:視覚ユニット過負荷による同期不全】

 リンが受けた衝撃は、共有された神経網を通じて、中国代表五人の脳内に「激しい眩暈」と「焦げた匂い」を同時に逆流させた。

 中国代表の「龍の回路」が、初めて、凄絶な悲鳴を上げて揺らいだ。

 十二万人の観衆が、一斉に総立ちとなる。

 完璧な正解を出し続けてきた巨大なシステムに、一匹の野良犬の「執念」が、致命的なバグを植え付けた瞬間だった。

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