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からくりドッヂボール  作者: 水前寺鯉太郎
リーグ編

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22/80

第22話:怪物たちの盤面(2)

 その一撃が、ヘリオス・ドームの滅菌された静寂を、物理的に粉砕した。

「……一分だ。そこで俺の背中だけ数えてろ、ガキ」

 タイシの咆哮。

 ゼロが放った時速二百八十七キロの「処刑」。それをタイシは、右腕のアーム・リグを強制自爆させるような衝撃で受け止めた。アームの装甲が摩擦で一瞬にして炭化し、タイシの剥き出しの皮膚から、焦げた肉の匂いと黒い血が噴き出す。だが、オーバークロックで沸騰した彼の脳は、もはや痛みを「出力を高めるための信号」としてしか認識していなかった。

 ピーーーッ!

 六十秒。マルチボール射出。

 宙を舞う三色の弾丸。タイシは一分間限定の「身体放棄リミット・オフ」を、その肉体を焼き尽くしながら完遂した。

「おおぉぉぉっ!」

 旋回する赤。加速する青。それらすべてを、彼は右腕の骨が砕ける音を無視して叩き伏せ、クロムキングスの鉄壁の陣形へ、呪いとともに跳ね返した。

「……高度、維持不能。……だが、今なら跳べる」

 コート後方。山田が首筋の古いバイオ端子から、過負荷を示す黒いオイルを垂らしながら跳躍した。脳内で鳥系の生体プロトコルが暴走し、彼の平衡感覚は完全に破壊される。その代償として、三メートルを超える「死の滞空」を手に入れた。

 彼は空中で自分の筋肉が断裂する音を聞きながら、義眼の予測演算を物理的に振り切る「捻り」を加え、黒球を放った。

 ドォォンッ!

 標的は、後衛で盤面を統制していたアタッカー、カイ。

 完璧な迎撃プログラムを持っていたはずのカイは、真上から降ってきた「予測不能な重力」に対し、義眼のレンズが一瞬の同期ズレを起こした。

 【KAI LIFE:500 → 480 / 警告:視覚ユニット破損】

 八万の観客が、一瞬ののち、地鳴りのような戦慄を上げた。

 それは驚嘆ではない。絶対的なシステムが、「野良犬」の一咬みで明確な損壊エラーを被ったことへの、生理的な恐怖だ。

「ゼロ! その完璧な計算式に、俺たちの『死に物狂い』という変数は入ってなかったろ!」

 ベンチから工藤クドウが立ち上がり、絶対零度の冷笑を王者に突きつけた。

「解析完了だ。貴様の演算は、浜脇の『非論理的な自殺行動』を処理できず、再起動までに『〇・六秒』の空白を生む。……行け、浜脇!」

 弟・浜脇が、兄の跳躍を継ぐように地を這った。機動力は皆無。だが、彼は「兄を守る」という原始的な本能を、この極限の盤面で位置取りの極致へと昇華させていた。

 巨大なプレス機の下に、自らの意志で足を差し出すような恐怖。それを押し殺し、彼はゼロの最短経路を、肉体の壁となって塞ぎ続けた。

 ゼロのレンズが激しくフラッシングし、処理落ちしたロボットのように一瞬、その場に立ち往生する。機械が最も理解できない、損得を度外視した「自己犠牲」。その不規則性が、システムを内部から焼き切った。

 その〇・六秒を、清盛キヨモリは自らの寿命ライフを燃料にして奪い取った。

「……あああぁぁぁっ!」

 喉から気化した冷却液と血の霧を吹き出し、清盛が爆ぜる。

 隠し続けてきた生体組織の「負債」が、全身の毛穴から黒い汗となって噴出していた。彼は一筋の、黒い熱線を引く弾丸となり、二部で自分たちの足を狙った仇敵——リードの右腕関節に、全霊の「怨念」を叩きつけた。

 ガリィィィンッ!

 精密機械の人工関節が、清盛の「人間としての叫び」に耐えかねてひしゃげ、火花とともに爆散した。

 【REED LIFE:500 → 470 / 警告:右腕機能不全】

 清盛の足が、止まった。

 バイオ・リンクが「心肺機能停止」の赤色警告を発し、彼の視界が白濁していく。だが清盛は倒れなかった。砕けた指で、血に濡れた口元を歪めて笑い、後ろに控える少年に右手を掲げた。

「……次は、お前だ。ショウタ」

 受け取った瞬間、ショウタの左手が、母の掌よりも、太陽の熱よりも、激しく灼けた。

 【ストリートドッグス TOTAL LIFE:410】

 【クロムキングス TOTAL LIFE:2450】

 絶望の数字は、変わらない。差は依然として六倍。仲間の命を賭けた猛攻は、王者の装甲を、ほんの僅かに傷つけたに過ぎない。

 だが、下層席の片隅から、一人の少年が、このドームにあり得ない「罵声」を張り上げた。

「行けっ! ストリートドッグスッ!! システムを殺せ!!」

 その声に、隣の老人が、背後の労働者が、震える拳を突き出した。

 一人、十人、百人——上層の特別席が放つ抑圧的な静寂を、下層の「生身」の声が、地殻変動のように塗り替えていく。

 スタジアムそのものが、今、一匹の野良犬として牙を剥いた。

 ショウタは、感覚を失った左手を強く握り締め、絶対王者の正面へと歩み出した。

 仲間が削り取った「三十」のライフ。それは、機械には計算不能な「共振点」だ。その一点を突けば、この鉄の城は崩れる——ショウタの脳内には、今、唯一の勝利への「線」が見えていた。

 肺の奥で煮えたぎる喘鳴。

 それが、少年を「死神」へと変えるための、最後のカウントダウンだった。


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