大好きじゃ足りない夜
(最近、ミレイユからよく『大好き。』と言われる⋯)
ライオネル・ヴァルト・シュトラールは、妻、ミレイユの言動について考え中だ。
寝る前には必ず、言われる。
これは、挨拶なのか、それとも愛の告白なのか――。
喜んで良いのか、喜んで良いのか。悲しくはなりたくない。
毎日気になって仕方がないライオネルは、直接ミレイユに聞くことにした。
「おやすみなさいませ、ライオネル様。大好きです」
抱き寄せたミレイユが、こちらに顔を寄せてそういうと、ニッコリと微笑んだ。
「私もだ。⋯⋯ちなみに聞くが、その、大好きというのは⋯」
言い淀むと間髪を入れずにミレイユが答えた。
「私の両親が眠る前にこう言ってましたの」
悲しむ方だった⋯。
内心、ライオネルは、ガッカリしながらもミレイユに続けて質問する。
「では、好きな殿方には?」
「好きな、殿⋯方⋯」ミレイユはきょとんと、ライオネルを見る。
「そう。愛してやまない、男にだ。何と言う?」ライオネルは、引き下がらない。
うーん、と考えてミレイユはこう言った。
「お慕いしております、でしょうか?尊敬も込めて」
「おしたい⋯」
“お慕いしております”
⋯ミレイユが発すると、どうだろう。
なんだか特別な言葉のようにも聞こえる。
「そうか⋯ぜひ、一度は言われてみたいものだな」
ライオネルは、さらり、とミレイユの前髪を軽くかき分けた。
ミレイユは、大きな猫目の宝石色でじっ、とライオネルを見た後、掛布団で目元まで隠すと、
「愛してやまない方に言うのでしょう?特別な言葉ですもの、滅多に言えませんわ」
と言うのだった。
ミレイユを抱き寄せて眠りにつく。
何故だろう。ちっとも眠気が来ないのは。
心がジグジグと痛むのは。
ミレイユは早くにご両親を亡くされた。
引き取り先では、聞くに耐え難い暴力を受けていたと推察される。
きっと、愛情に飢えているのだ。
(そして、ミレイユが私を慕っているのは、父性求めているから、なのだな)
父性が満たされれば、その内、一人の男として見てくれるだろうか。
ライオネルは、そっと身体を離してミレイユの寝顔を眺めた。
安心しきった表情だ。この寝顔をいつまでも守りたいと思う。
「う⋯ん⋯」と眉間にシワを寄せたミレイユがしきりに手で何かを探し始めた。
どうしたのだろう、とミレイユに手を伸ばす。
ミレイユの手が自分の腕に触れた。
手繰り寄せるようにライオネルの懐に潜り込むと「いっちゃ⋯やだ⋯」と呟き、動くミレイユの太ももが、ライオネルの下腹部をスルリ、と撫で上げた。
「⋯っ」
ミレイユから与えられる刺激に、ライオネルの唯一が熱を持ち始める。
ライオネルは、ミレイユの身体を抱きしめると、ミレイユは安心したように動きを止め寝息を立て始めた。
ライオネルは、ミレイユの身体を暴きたい衝動に駆られながらも、必死で耐えた。
(ミレイユには、私を一人の男性として見て欲しい。
そして、異性として愛してほしい)
それまで、この不埒な情欲には、負けるわけにはいかないのだ⋯っ!と、ライオネルは一人決心するのだった。
ライオネルは、あの日の決心した夜から、ほぼ毎日、己との戦いだった。
ミレイユからのスキンシップが増えたのだ。
ミレイユから抱きついて来たり、膝の上に乗ってきたり⋯。
横になっている自分に乗り上げて見下ろしてきたりと。
下から見上げるミレイユの身体の線に沿った寝衣姿は、なんとも扇情的にも見え、ライオネルはその都度、欲望に打ち勝つための鍛錬だ⋯!と、戦うのだが「所用を思い出した」と、満身創痍で、私室に駆け込むのである。
(手強い⋯っ!!しかし、ミレイユを拒否できない自分がいる⋯っ!!)
決心が欲望に負けそうで、内心ボロボロのライオネルであった。




