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なにをしているのですか?ライオネル様



「私⋯ライオネル様から嫌われたのかもしれないわ⋯」



 シュトラール辺境伯領にミレイユが嫁いで四ヶ月頃。


 鏡の前では、セラに髪を結わえられながら、ミレイユは深刻そうにそう呟いた。


 鏡越しのセラが目をパチクリとさせながら、

「なにか思い当たる節でも⋯?」

と、問うてきたので、ミレイユは正直に話すのだった。



「私が、ミレイユを避けている⋯?」


 オウム返しをしたのは、シュトラール辺境伯領主、ライオネルである。


 今しがた、奥方付き侍女セラからのミレイユに関する日課の報告を受けて、全く身に覚えのない奥方の悩みの原因が自分にあることを知り、驚いているところである。


「全くもって心外極(しんがいきわ)まりない事なのだが」

と、反論するが、セラが語るミレイユの様子だと自分に原因があるようだ。


 ううむー、と(あご)に手をやり、少し前までの過去を回想する。


 ⋯いつ見ても可愛いミレイユが出てきただけだった。


「いつもどおりに接していると思うが」


 ライオネルは、極めて平静な様子でそう返す。


 セラもその言葉に(うなず)きながら、


「そうでございますよね。私も奥様に、なにか勘違いをしているのではないか、とお答えをしたのですが、なにか思いあたるフシがあるようで⋯」

と、セラも困り顔で頬に手をあて悩むのだった。


 二人の「「う〜ん」」という声に、提案したものがいる。

 家令だ。


「⋯もういっそどうでしょう?初夜の儀を執り行ってみては?」


 ライオネルもセラも衝撃(しょうげき)を受ける一言を、家令はいとも容易(たやす)く二人に放り投げた。


「しょ⋯や⋯?」


 ライオネルの呟きに家令はこくり、と頷くと、


「元は王命で夫婦となったお二人です。家令の私から見ても、お二人は仲睦(なかむつ)まじく過ごしていらっしゃると存じます」


 うんうん、とまぶたを閉じて頷くと、家令は「それなのにここに来てすれ違いとは⋯」

と、しみじみと言った。


 そして、目をカッ!と開くと、


誤解(ごかい)微塵(みじん)に消し飛びますよう、いっそ初夜の儀を執り行い、夫婦の絆をしかっ!とここで結ぶのも大事なこと!⋯かと、僭越(せんえつ)ながら申し上げます」


と、ライオネルに言うのだった。


「そう、だな⋯。だが、その、私の一存で決めるのは⋯。今夜ミレイユに相談してからにしよう」

と、いつも堂々とした領主とは思えぬ狼狽(ろうばい)ぶりで、そう応えるのだった。



(なんだか、今日はいつもより念入りに身を清められた気がするわ⋯)


 湯入りの際、侍女たちに念入りに洗われ、肌もいつもと違う香油(こうゆ)()らされ、さらに念入りにマッサージされたミレイユは、寝室で手入された己の肌をじっ、と眺めていた。


 肌はいつもに比べ、光沢が出て、吸い付くほどしっとり、尚且(なおか)つモチモチとしている様子を触って確かめていると、ライオネルが寝室に入ってきた。


「あ、ライオネル様」


 ミレイユは、パッと笑顔でライオネルに振り向くと、ライオネルはギクリ、とした様子で立ち止まった。


 ミレイユの心に一瞬、影が落ちる。


 ライオネルは、「どうした?」と、努めて平静を装いながら寝台へと上がった。


(前はここまで来て下さいましたのに⋯)


 ライオネルの心が離れてしまったようで、(さび)しく思いながらも、ミレイユは笑顔でライオネルのいる寝台へとあがった。


「今日は、なんだかいつもより侍女たちから念入りに肌を清められまして、ほら、触ってみてくださいませ。違いが分かりますか?」

と、ライオネルの手を取って(おのれ)の腕に手を置いた。


「あ、ライオネル様の手は大きいのでしたわね」


と、これでは気付くのは難しかろう、と腕より太いものと考え、寝衣(しんい)をめくって太ももの内側に置きかえた。


「⋯っ!?ミレイユ⋯!」


 ライオネルの慌てた声がする。


 ミレイユは上目遣いでライオネルを見、微笑むと


「気付かれました?今日は侍女たちが丹念(たんねん)にマッサージをしてくださいましたので、モチモチしてて自分の肌ですが、気持ちが良いのですよ」


そう言うと、ミレイユは、


「ライオネル様もそう思いません?」

と、スリスリ、と両太ももでライオネルの手を挟み込んだ。


 ミレイユの行為に慌てたライオネルは、手を引き抜くと「所用を思い出した」と、ミレイユを見ずに寝台から降りようとする。


 ミレイユはその後ろ姿に慌て、ライオネルの腰に抱きついた。


「行かないでくださいまし、ライオネル様!」


 いつものライオネルならミレイユの話に相槌(あいづち)を打ち、肌を触り、「そうだな」と、微笑んだはずだ。


 なのに、どうしてだろう。どうしてどこかに行こうとするのだろう。


 ミレイユの瞳から涙がボロボロと(あふ)れた。


「行かないでください⋯ライオネル様。わたしのこと、嫌わないで⋯っ」


 腰にしっかりと抱きつき、泣くミレイユを(なぐ)めようと、ライオネルが振り向こうとした瞬間、


「あ⋯ら?ライオネルさま⋯どうして、寝室に木剣(ぼっけん)を持ってきていますの?」


と、ライオネルの主張激しくしている部分を、サワサワと(さす)りながらミレイユは尋ねるのだった。


 ミレイユの手をバリッといつもと違い、乱暴に外したライオネルは、

「あ、すまない⋯!えと、これは、その⋯あれだ⋯っ」


と、明瞭(めいりょう)つかぬ物言いに、ミレイユは、首を(かし)げ、

「所用ってお仕事の途中でしたのね?申し訳ございません、我儘(わがまま)を言ってしまって⋯」

と、涙を拭いながら申し訳なさそうに微笑んだ。


 ライオネルは、罪悪感を抱えながらも、理性の(たが)が外れ、己の欲望の意のままにミレイユを扱うことだけはしたくない、と決心し、「すぐに終わらせる」と一言言うと、静かにミレイユの手を放し、寝台を降りるとミレイユを見ることもなく、私室の扉を開け、出ていってしまった。


 ミレイユは、流れる涙を止めることが出来ず、布団に包まり泣いた。


(きっと、ライオネル様は戻ってこない。戻ってこないわ――)


 しかし、ミレイユの予想に反して、ライオネルはすぐに戻って来た。


 まさか――、と思い、布団から起き上がるミレイユの目に映ったものは、穏やかな瞳のいつものライオネルだった。


 ライオネルは寝台に上がり、ミレイユの頬に触れると、「男は厄介な生き物なのだ」という。

 手を洗ってきたのか、石鹸(せっけん)の香りがした。


「ミレイユ、私はお前を嫌ってはいない。むしろ逆だ」

 ライオネルが穏やかに、優しい声音でそう囁く。


「本当に⋯?でもライオネル様は、最近私を()けていますわ⋯。先程も所用ってお仕事でどこかに行かれましたけど」

 

 ミレイユは、頬に触れるライオネルの手に手を重ね、涙で濡れた睫毛を震わせ、上目遣いでライオネルを見遣ると、


「最近、ここ毎日『所用だ』と、途中から私室に()もりますでしょ?私、それがさみしくて⋯」


 セラが報告してきた、“ライオネルが原因”というのはこれだったのか、とライオネルは、思い至った。


 その原因をライオネルは回想する。


 己の腕に抱きつき、身体を密着させるミレイユ。

 上目遣(うわめづか)いで見上げるミレイユ。

 無邪気に身体ごとライオネルにくっついて、甘えるミレイユ。

 雪の中での接吻(せっぷん)が嬉しかった、と頬に唇を寄せて(ささや)くミレイユ。


 頭の中に己を悩ませたミレイユの数々を思い浮かべると、早急(さっきゅう)に終わらせたせいか、むくり、とライオネルの木剣が主張し始めたので、慌てて家令の顔を思い浮かべた。


(よし⋯!)


 家令のお陰で平静を取り戻したライオネルは、

「すまない。男は厄介(やっかい)な生き物で、時々私室に籠もるものなのだ」

と、ミレイユに優しく微笑みかけた。


「決してお前を嫌いになったわけではない。むしろ一層可愛くて可愛くて、手放したくはないと、どうしようもないぐらいにミレイユを想っている」

「⋯本当に?」

「ああ、本当だ。だからもう不安だと泣くのは、お前の涙を見るのは、つらいんだ」


 ライオネルがミレイユを抱き寄せ、白金(はっきん)の髪に唇を落とした。


「愛している、ミレイユ。お前を愛してる。その事を忘れないでほしい」


 ライオネルの言葉が、ミレイユの胸の奥深くに染み入るように、浸透した。


「ライオネル様⋯私もライオネル様を、お慕いしております」


 ミレイユの精一杯の告白だった。


 唇を重ねる。(ついば)むようなキスを何度かした後、ライオネルがミレイユに囁いた。


「これから初夜の儀を執り行いたい。ミレイユ、良い⋯だろうか」


 顔を赤らめたミレイユは、こくりと頷くと

「ライオネル様の意のままに――」

と、消え入るような声を発するのだった。



 家令から初夜の儀を執り行うことを聞いたセラは、寝ずの番を買って出た。


 家令は料理長に、料理長は部下の使用人に、使用人は――。 


 屋敷中にそれは広まった。


 とうとう、お世継ぎが誕生する兆しを聞いて皆興奮した。



 初夜の儀のためライオネルは、もう一度身を清めた。

 己が暴発をしないために。念入りに。


 寝室に入ると脱ぎやすいガウンを羽織(はお)ったミレイユが緊張した面持ちで椅子に腰を掛けていた。


「あ⋯っ、ライオネル様」


「ミレイユ⋯」


 ライオネルと目が合ったミレイユは恥ずかしそうに目を伏せ、立ち上がると、寝台の前で意を決したように、スルリとガウンを床に落とした。


 初めて、ミレイユのなにも飾らない姿に、ライオネルは感動すら覚えた。


(なんて、綺麗なんだ⋯。この世にこんなにも美しい女性がいたとは⋯)


 光り輝いているようにも錯覚(さっかく)した。


 光り輝く女性は、すぐに布団の中に隠れてしまった。


 ライオネルも慌ててガウンを脱ぎ捨て、寝台の布団をめくると素早くその身を入れた。


 まるで、光り輝く女性がいなくなってしまうんじゃないか、との焦りだった。

 光り輝く女性――ミレイユは、目を(つむ)って静かに身体を横たえていた。


 近づくライオネルに気付くと、微笑んで「おやすみなさい」と言い目を瞑った。


(⋯⋯?恥ずかしさと緊張で混乱しているのだろうか?)


 ライオネルは、そう思いながらミレイユに覆いかぶさろうとした時、ライオネルの影に気付いたミレイユが目を開け、不思議そうにライオネルを見つめ、こう言った。


「ライオネル様、どうして身を起こしてらっしゃるのですの?

早くお眠りにならないと、赤ちゃんはやっては来ませんのよ」


 そして、また目を瞑るのだった。


「⋯え?」


 ミレイユの思いもかけない一言に、体の中心に熱き(たかぶ)る熱を持ったライオネルの意識は、銀河の彼方へと飛ばされた。


 しばらく呆けていたライオネルだったが、「⋯所用を思い出した。今度は遅くなるから先に休んでて良い」と言い、部屋を後にした。


 私室に戻ったライオネルは、銀河に意識が飛ばされたにも関わらず、熱き木剣の熱が下がらないことを恨みがましく思いながら、()り切れるんじゃないかと思うくらい、何度も木剣を磨き上げた。


 ようやく冷静になると身を清め、衣服を改め、家令を呼んだ。


(初夜にしては早いな)と思いながらもすぐにやってきた家令にライオネルは、こう言う。「セラを呼べ」


 奥様の身になにかあったのか⋯っ!?と慌てて家令は寝ずの番をしているセラを呼ぶのだった。


 呼ばれたセラは「奥様の身になにか⋯っ!」と向かおうとした寝室は、ライオネルに止められ、「二人とも後について来い」というライオネルと共に向かったのは、執務室。


 まさか、ミレイユがなにか失態(しったい)を⋯?と二人は緊張しながら、ライオネルの次の言葉を待った。


 ライオネルが二人に背中を向けて、こう言う。


「ミレイユは、寝台に男女が裸で同衾(どうきん)すると、赤子が授かると思っている」


 二人は、ライオネルの言葉に固まった。


「ミレイユは、寝台に男女が裸で横並びに寝そべると、赤子が授かると思っている」


 今度は()(くだ)いて、二人に言った。


 二人ともハッとして、

「申し訳ございません!聞いておりました!少々意識がどこかへ飛んでいっていたようです」


 ライオネルの発言に二人とも銀河の彼方へと意識が飛ばされていたが、早い帰還で、戻ってこれたようだ。



 緊急会議が開かれた。



 先程の初夜の儀を執り行うと、決定した時は、興奮と慌ただしさがあったが、今、三人の間には沈黙しかない。


 家令が、

「あ、料理長に連絡せねば⋯」

と、フラフラと執務室を出ていった。


 ライオネルと家令は、まさかあの歳で閨事(ねやごと)を学んでいないとは、という呆然とは違い、セラはあることでこうなることは、予測できていたのに、と己を責めていた。


(奥様は月のものも経験していなかった⋯。来るべきタイミングでお家取り潰し、引き取り先からの数年にわたる暴力、無垢だったのは、仕方のないことだわ)


「旦那様⋯。あの、差し出がましい申し出なのですが」

セラが言い(よど)みながらも、口を開く。


「私が、奥様の閨事の教育を施したいのですが⋯」



 そして、逡巡(しゅんじゅん)しながらも誰にも打ち明けることのなかったミレイユの月のものに関しての出来事を、ライオネルに打ち明けるのだった。



 セラの打ち明けを聞き終えたライオネルは、 


「そうか、そうだったのだな⋯」


「私は、あの子に、もう少しで、無体を()いろうとしていたのだな」

と、ポツリと言った。


 そこに家令が、戻ってきた。ライオネルは顔を上げ宣言した。


「初夜は、当分執り行わない」



 セラに寝衣を着せられた、寝ぼけ(まなこ)のミレイユの目に、ライオネルの姿が映る。


「あ、ライオネルさまぁ〜⋯」


 ライオネルの首にきゅっ、と抱きつくと、ミレイユはそのまま再び眠りにつくのだった。


(ミレイユ、お前が閨事のいろはを知ってしまった時、こんな風に無邪気に私に接してくれるだろうか⋯)


 ライオネルは、変わってしまうかもしれないミレイユに、一抹(いちまつ)の寂しさを覚えながら、ミレイユの額にくちづけをすると、


「――愛してる」


と、囁き、そのままミレイユを抱きしめて、眠りにつくのだった。


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