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超常現象

 家から離れ、逃げるように走った。

 追われているわけでもないのに、必死に走った。


 電車飛び乗って、やっと息を吐くことができた。



 ふらふらとおぼつかない足取りのまま、気付いたら私は北校舎にある「星座研究部」に足を進めていた。

 扉をソロリと開くと、机にノート類を広げ勉強中の先輩がいた。


「あの……」

「んん?!?!………あぁ、昨日の子か。驚いた」


 随分と驚かせたようで、何センチか浮いていた。


「すみません。驚かせて……おはようございます」

「おはよう。今日は……もしかして入部しに来た?」


 今日の先輩は、昨日の眼鏡をかけていなかった。

 が、わざとらしいぐらい黒い長い前髪に隠れて目元は見えない。


「違います。……今日は眼鏡、かけてないんですね。コンタクトにしたんですか?」

「今は一人だったし、必要なかったから……」


 先輩は胸ポケットにしまっていた眼鏡に触れたが「伊達なんですか?じゃあ今はいらないですね」と先輩の前の椅子に座った私の方をチラリと見て諦めたように手を離した。

 先輩は座るの?と一瞬、固まったが気にしないことにしたのか「まあ色々ね」と顔をテキストの方に戻した。


 先輩のテキストを覗きながら、こんな問題やったかな?と記憶を掘り返していた。

 全く記憶に無い数式が並んでいてめまいがした。


 というか、これはなに?夢の続き?

 超常現象?UFOに連れ去られた?

 死ぬ前の走馬灯かなにかなの?


 夢だと思ったのに寝ても覚めて無かったなんておかしい。それに、夢なのに現実みたいに……苦しい。


 昨日と今日の姉の様子を思い出す。

 お姉ちゃんって、あんな感じだったかな……


 姉が留学してから4年、全く話してなかったから覚えていない。


 あ。

 と、またいらないことに気付いてしまった。私は4年もお姉ちゃんと連絡をとってなかったのに、斗真はお姉ちゃんが帰ってくることを知ってたんだ……


 胸がズキンと痛む。


 昨日の……夢だと思っていた入学式の斗真を思い出すと、さらに怒りか嫉妬なんだか寂しさなんだか、よくわからない感情に飲み込まれそうになる。


 でも、昨日の斗真は思い出の斗真とちょっと違った……かな

 違うと言えば、目の前の先輩も。この星座研究部とやらも。見たことも聞いたこともない。


 ソロリと目の前の先輩を盗み見る。


 先輩は意外と綺麗な手をしていることがわかった。

 骨張っていて、指も長くて、大きな手。


 視線を少しずらす。


 制服自体の着こなしは至って普通。

 校則通りだし、変わったところは何もない。

 指定のネクタイに指定のセーター。


 また視線を少し上げる。


 意外と綺麗な肌。まあ高校生だもんね。若いなぁ。

 あと、意外と高くて通った鼻。

 唇は薄くて……あ、ちょっとカサついてるかも。


 目は……前髪で見えないけど

 せっかく綺麗な瞳だったのに隠すなんてもったいない。


 顔を上げて見せてくれないかな。


 昨日も思ったけど、変わった人だな。わざわざあんなダサい眼鏡を……


「あ」

「ん?」


 先輩は顔を上げない。


 今はそれがありがたかった。


 今は見られたくない


 気付いてしまった。私、最低だ。

 機能から先輩のことをダサいとか言いたい放題で……それってお姉ちゃんみたいじゃないか。


 自分の行いを思い出せば思い出すほど、胸をかきむしりたくなるほど恥ずかしい。

 もういっそ消えたくなる。


 さっきはお姉ちゃんに一挙手一投足監視されて、批判されて嫌な気分になったのに。それをそのまま、私は他の人にしていたんだ。


 思い返せば昨日もクラスの子を見て、この子の顔はどうとか髪型が似合っていないだとか上から批判していた。

 私より上とか下とかそんなこと考えて、心の中で自分の位置を計っていた。


「ごっ、ごめんなさい」

「うん?」


 先輩はテキストに書き込む手を止めない。難しそうな数式が呪文のようだ。呪文を書き連ねるシャーペンが魔法の杖のように見えてきた。


「昨日、先輩の眼鏡を……ダサいとか言って」


 動き続けていた先輩の魔法のシャーペンが止まった。


「……もしかしてそれを言うためだけにここに来た、とか?」


 そういうわけではないが、急にやってきて居座ったと思ったら謝り始めたり、私もたいがい昨日の先輩と同じぐらい挙動不審だ。昨日までの夢の中にいるような万能感も消えた私なんて、常時こんな感じだ。


「いや……なんというか、勝手に、聞かれてもいないのに他人のことについて評論家気取りというか……そういうのがみっともないと……恥ずかしいと思い至って……」


 先輩の声からじゃ感情が見えず、言い訳のように言葉を重ねてしまう。


「無神経なことをして嫌な気持ちにさせたなと反省したんです……」


「それで謝りたくなったんだね」

「はい……。ごめんなさい」


 沈黙だった。

 耐えられず、いつの間にか目を堅く閉じていたようで返事を乞うような自分の心臓の音しか聞こえなかった。


「そっか、わかった」


 のんびりとした声色に弾かれ、顔を上げると先輩は私の方を見ていた。


「まあ、謝るのはだれでもできるよ。大事なのは、これからだよ」


 ね?と首を傾げた時に前髪の間から、あの紺色の優しい瞳が見えた。

 意外と長い睫毛は明るい茶色だった。


 次に、先輩の言葉の意味をかみ砕いて理解して……更に頭が下がる。

 確かに。今の私の謝罪はただの”自己満足”だ。


 自分で自分の行いは恥ずかしいものだと感じました。嫌な気持ちにさせてごめんなさい、だけ。先輩のためじゃなくて、自分の気持ちを軽くするための謝罪だった。

 謝罪は謝って終わりじゃない。謝られたからといって、嫌な気分がキレイさっぱり無くなる訳でもない。


 きっと、逆の立場ならヘラヘラ笑って「気にしてないよ」と口では言っても、心では謝罪など受け取ろうとしなかっただろう。でもこの人は私のことをそう思ってるんでしょ、みたいに。


 先輩は私の”自己満足”に手を止めて聞いてくれ、受け止めて、これからだと教えてくれた。のかもしれない。ここら辺は私の解釈だ。


 なんてデキた人だろうか。高校生とは思えない悟りっぷりだ。意識的には年下なはずなのに、確実に私より精神レベルが高い。


「先輩、意外と厳しいですね」

「はは、こんな感じだから優しそうに見えた?」


 からかうような声色に緊張していた体が弛む。そしてゆるりと頭を横に振った。


「……入部申込書に注釈書いたの先輩ですよね。字が一緒です」


 先輩のテキストの呪文に指を這わす。


「申請書の書き方、わかりづらいですよね。でも、そんなの考えずただ渡すだけでいいのに、そういう気遣いをこれから会うだろう人に出来る人は優しい性格なんだと思いました」


 昨日の先輩の、私を入部希望だと勘違いして喜んでいた様子を思い出して頬が緩んでしまう。


「それに、急におしかけた面倒な後輩の話しをしっかり聞いて、厳しいことでもちゃんと言ってくれましたしね。先輩は優しいですよ。……まだ入部、間に合いますか?」


 この不思議な夢なんだか超常現象なんだかわからない中でも、先輩なら信用出来る気がする。


「変な子だね。でも、新入部員は歓迎するよ」


そう言った先輩は嬉しそうに、ほほ笑んでいた



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