寝たふり
前回は突き指程度で済んだのに、今回は背中に直撃だなんて被害が増しているじゃないか…!
寝たふりを止めるきっかけも無く、親切な誰かは風を切る勢いで校舎の中まで足を進めた。
騒がしい音も遠くなり、上履きとは違う足音が廊下を歩く。
目的地のドアを、恐らく足で開けたのだろう。
扉がパーン!と派手な音を立てて開いた。
保健室特有の匂いがした。
運悪く保健室の先生が不在だったようで丁寧な手つきでベッドに下された後、そのまま親切な運び屋はどこかに走って行ってしまった。
もしかしたら先生を呼びに行ったのかもしれない。
無音になった保健室。
窓の外から引き続き球技大会に燃える生徒たちの掛け声が聞こえる。
そろりと目を開ける。頭の上に被されたままだった布を取ると、太陽の光がぶわっと目を眩ませた。
私の頭の上に乗っていたのは一年の色のラインが入った体操着だった。
私の着ているものと比べるまでもない大きなサイズは男子のものだろう。心優しき運び屋は今、Tシャツか…
まだ5月…運動日和といえども、日陰は肌寒い。
寝たふりをしたばっかりに…運んでもらった上、身ぐるみを剥がしてしまった…
緩慢な動きで体を起こすと、息を吸った時に鈍い痛みはあるものの寝込むほどではない。
履いたままの運動靴を脱ぎ、とりあえずひっくり返して床に置いておく。
あぁああぁああ恥ずかしい!!!!!
誰!?いや!!お姫様抱っこって!!あぁああもう勘弁して!!!
顔隠れてたよね!?私ってバレてないよね!?あぁああ!!
と、ベッドの上で悶え苦しんでいたら保健室の扉が先ほどよりも静かに開いた。
息を切らし保健室に入って来たのは保健室の先生だった。
「あら、どうしたの?一年生ね。具合悪いの?」
「先生!すみません…さっきちょっと運ばれまして…もう大丈夫なので戻ります」
「あら!運ばれた?大丈夫?風邪?貧血?吐きそう?」
「いえ、本当、大丈夫なので」
「そう…?先生、今から体育館の方に行っちゃうんだけどちょっと休んで行きなさい」
すぐ戻るからーと、先生は足早に戸棚からテープ状のものを持ち出して出て行ってしまった。
保健室の主がそう言うならしょうがない。
お言葉に甘えてもう少し、この羞恥心を整理させていただこう。
クリーム色のカーテンをピッチリと閉め、ベッドの上にボスンと倒れる。
ベッドの上に広がっていた心優しき運び屋の体操着のジッパーの部分が背中に刺さった。
痛っ!…そういえば、このジャージは誰のだろう…遠藤君のかな…
ジャージの裏側のタグを見る。
記名無し。
ほんと、これ誰のだろう。
この体操着の匂い、どこかで嗅いだ覚えが…
と、その時。私しかいない保健室のドアをコンコン、とノックされた音が聞こえた。
ついつい人の衣類の匂いを嗅ごうとしてしまった己の変態性を誰かに見られてしまったのでは!?と焦った。
焦ったから、また寝たふりをしてしまった。反省をすぐには生かせない人間なのだ。
ショック状態になったときに死んだふりをする動物がいるが、私はそちら側の動物だったようだ。
体操着を、最初の時のように体の上にかけ直し両手を体の前で組んで目を閉じた。
カラリ…と小さな音を立て、扉が開き、閉じた。
「星野?」
こ、この声は…っ!
「開けるぞ」
布が擦れ、カーテンのレールと金具が僅かに揺れた。
上履きのグリップが小さく鳴った。
寝ていることを確認して引き返すと思ったのに、足元から枕元の方まで近づかれてしまった。
見られている。これは、見られている。
枕元に立つ、遠藤君がなぜかこちらを見ている…!
そんなに見ても寝たふりはやめないぞ!
目の前で倒れたクラスメイトのお見舞いに来てくれたのかな?
やっぱり遠藤君はイイヤツ。
ありがとう。
私は見てわかる通り、寝ていますので速やかにご退出ください!
暫くの沈黙の後、顔にかかる髪の毛をサラリと除けられた。
手の温度が熱い。
少し硬い指先が頬を軽く撫でた。
ちょ、ちょっと?遠藤君?寝ている人に勝手に触ってはいけません……!!!




