あの日の自分に戻るのはイヤ
遠藤君に拉致されたカバンを追い、自分のクラスに入ると色んな意味で騒がれた。
「え、ちょ、春ちゃん?春ちゃん!?その髪型似合う!」
春ちゃん、とは私のことである。
「遠藤君と登校して来たの?!」
「え、さっきB組の浅田君と階段で良い感じじゃなかった?!」
浅田君とは、斗真のことである。
「「「どっち?!どっちなの!?」」」
「どっちでもないよ……ほんと」
またまた~~!!!と本人そっちのけで盛り上がる女子。
こっちの集団をチラチラ見ながらニヤニヤする男子。
遠藤君は私の机の上にカバンを置いたら、自分の席で周りの男子と談笑を始めている。
遠藤君が何を話しているのかまでは聞こえないが、ニヤニヤしていた男子たちも遠藤君の話に耳を傾け、背中を叩いたり何か励ましあっている。
なんでそっちだけ青春っぽく仲を深めているんだ。
こっちはいつ斗真と知り合ったのか、遠藤君は昨日から春ちゃんの周りをうろつく野良犬だったとか、その睫毛は自前かよく見せろだの……ハイエナに群がられるエサの気分である。おかしい。
落ち着け落ち着けと言い聞かせているうちに、教師がやってきてホームルームとなった。
その後も休憩時間ごとに飢えた獣のような目で狙われたが、昼休憩の時間になる頃には興味は他に移って行ったようだった。
一度目の高校一年生の頃をしっかり覚えているわけではないが、当時こんなにも和気あいあいとしたクラスだっただろうか。覚えてないということは、つまりそういうことだろう。
この夢?の一年生では、二日目にしてクラスのほとんどと親しげに話すことができる。自分の行動が一回目と違うからだろうか。
というか、昨日は夢の中だからと解釈して万能感あふれるムーヴを繰り出していたが、二日目もあるとなると少し緊張してしまう。
「どうしたの春ちゃん。売店、何もなくなちゃうよ」
「ははーん。浅田君探してるんだぁ?」
「まじ!?どこ!?来る!?来た!?」
今回、とくに仲良くしてくれるのが、アカネ・ウミカ・イズミの三人だ。
この三人の事は、一度目の方でも覚えているし話したことがある。
……「星野さん、先生が呼んでるよ」とか「もっとハッキリ喋って」とか「知らなーい」ぐらいだったけど。思い出すだけで胸がキュッとなる。
すでに二日目にして、初期の会話量を超えている。彼女たちがこんなにもフレンドリーな性格だったとは知らなかったな。泣いてない。
「いや、探してないから」
と、返事をしたのに三人の視線は私を通り越し、上を見ていた。
「俺の事、探してくれてないの?」
「は、あ、え、斗真!?」
上から降ってきた声に驚き、バッと振り返ると男子のネクタイが見え、視線を上に上げるとニヤッと笑った斗真がこちらを見下ろしていた。
「と、と"斗真"だって!!」
「やっぱり……!」
「うわ、浅田君やっぱデカいね。身長、180ぐらい?」
色めき立つハイエナたちと斗真に視線をキョロキョロと行ったり来たりさせると、空気を読んだのか三人は訳知り顔で『先に売店に行ってサインドイッチ確保してくるねー』と去って行った。正直、置いて行かないで欲しかった。
「あー、ごめん、"浅田君"。なんでも無いから」
「斗真でいいよ。あと、朝は……ごめん」
斗真の"ごめん"に体がピクッと反応してしまった。
「いや、いいよ。本当に。何か用事でもあったの?」
驚くほど固い声が出てしまった。
自分の心の柔らかいところを隠すように。
「いや、朝は普通に……大丈夫かと思って話しかけようとしただけ」
斗真は、私の様子が想定していたものじゃなかったことに戸惑っているのか気まずそうに顔を逸らし、言葉を一生懸命選んでいる。
「そっか。気にしてくれてありがとう。もう平気だから……じゃあ」
その様子が、どうしても別れ話の時の斗真と重なってしまう。見ていたく無くて、見ていたらまた、あの時みたいにひどいことを言って困らせたくなってしまう。
強引に話を切り上げ、三人が向かった売店の方に早歩きで向かう。
「あ、待って。名前教えて。ホシノ?だっけ」
「……そう。星野」
話しかけられても、足を止めるつもりはもう無かった。
「……それ苗字だろ?」
早く、この場から逃げたい。
「そうです。星野です。よろしく。じゃあ、お昼終わっちゃうから行くね」
これ以上、斗真の顔を見ていたら"あの日"の自分に戻ってしまいそうだった。