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雨上がりを待つ君とひとつ屋根の下で  作者: 秋日和
第十三章 後夜祭編
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98.用意と

 次の日を迎えて、久米(くめ)に話しかけようと何度も試みるが……。

 ……避けられてんな、これは。


 まぁ今更人に避けられることなど気にも留めない。

 一人や二人レベルではなく、俺のために道を開けてくれた人が何人も。

 何せ一年生の時の俺は避けられ期の最盛を迎えていたからな!

 この程度片腹痛いどころか両腹痛くて腹筋崩壊起こすわ。

 あ今そういう話してない?

 そう……。


 そんな事はどうでもいい。

 今は久米にどうやって話をつけるかってのを考えないと。

 合法的に女子高生に話しかける手段。

 犯罪の匂いがするぜよ。


 さて、どうするのが正解だろう。

 無理矢理にでも呼び止めて話をつけるべきか。

 しかしここぞってところであいつ友達と一緒なるからなぁ。

 絶対わかってやってるだろっていう。

 昼休みになりクラスの男子たちは女子がまとまって教室を出たのを見て、

「久米って打ち上げ来ないのかなぁ」

 そんな会話を始めだした。

 俺も加わりたいがまぁ聞き耳を立てるだけに留めておく。

「いや別に下心はないんだよ?ただ学祭の打ち上げならさぁ久米が来ないと話になんないっしょー?」

 たしかに一理ある。

 飛び入りの俺とは違って久米は前々から主役をはっていたのだ。

 そいつがいないとそもそもそれが何の会なのかも分からないって事も……。

 男子たちはうんうん頷いて、それからあぁでもないこうでもないと会話を続ける。

拓実(たくみ)はどう思う?」

 話を振られた古名(こめい)は、あー…っと言葉に詰まりながらも、

「まぁ……俺的には来て欲しいけど。色々あんのかなぁ、なんて」

 と、答えるのだった。


 昼食を買いにD組を出る。

 野次馬の如く他人の会話に集中していたら教室を出るのが遅れて、廊下は人でごった返していた。

 見ろ、人がゴミのようだ。

 そして俺もまたゴミの中の一つのゴミ。

 数多ある宇宙のチリに同じ……。

 多分存在感が無いからだろうが、俺にぶつかろうとする一般通過生徒を何度もやり過ごしながら購買に向かって歩く。

 ………意外だったのはクラスの誰も久米の事情を知らなかった事だ。

 バスケ部の様子も、クラスの様子もその事に関しては何も知らないのは火を見るよりも明らかだった。

 古名もその事に関しちゃ口を開きたがらないようで……。

 まぁあんな状況目にしちゃ、迂闊に喋る事なんてできないか。

 尋常じゃないしなぁどう考えても。

 久米も……いや、古名にとっては陽悟(ひご)もか。


 購買に着くと、案の定長蛇の列が出来上がっていた。

 さて、とレモンティーを手に取ってその他も物色してみるが如何せん食欲がない。

 今日は別に何も食べなくていいか、無理して食べるべき用も無いし。

 列自体は長いが生徒と購買のおばちゃんの会計はスムーズで待ち時間はそう長くない。

 今時の購買はレジもあるし電子マネーも使えるのだ。

 秩序の無い惣菜パンの奪い合いとか、休み時間の開始五分で売り物が尽きるとかそういう学園ラブコメあるあるは現実には起きないのである。

 というか起こり得ないまである、あれどんな世界線だよ一体。

「いらっしゃい。あら、飲み物だけかい?」

「えぇまぁ、食べる気起きなくて」

「ダメだよしっかりご飯は食べなきゃ。この後も授業なんだろう?なのに」

「まぁまぁなんとかなりますって。体調が悪いわけじゃないんでそこら辺は大丈夫ですよ」

「そう?最近の子は細っちいのが多くて心配なのよねぇ」

 お節介焼きのおばちゃんは相手が誰であろうとこんなテンションだ。

 名前は知らないだろうが常連さんだと自然と顔を覚えてしまうのだろう。

 うーん、でも初見さんにもこのテンションで接してそうだなこのおばちゃん。

 他のおばちゃん達も多分そう部分的にそう。

 財布を開いて硬貨を漁る。

 あー、これお札使わなきゃダメか。

「お会計は?」

「交通系で!」

「え?」

「はい、タッチね」

 ……ピッと、お会計終わっちゃった。

「………久米?」

 突然隣に現れて勝手にお金を払われてしまった。

「あら?」

 今頃払うべき人が払っていない事に気づいておばちゃんが、あらあらと続ける。

 どうやら久米の姿を見て勝手に納得したらしい。

 後ろにめちゃくちゃ並んでる生徒とにっこりしているおばちゃんを尻目に、とりあえず久米の背中を押してレジ前を離れた。


 色々聞きたい事あるけど、まずは、

「どうしてここに?」

雨芽(うめ)くん見かけてさぁ、なんとなくだよなんとなく」

 あれ?

 もしかして避けられてるって俺の思い込みだった?

 被害妄想が激しいだけとか俺にそもそも話しかける勇気がないとかそんなんだった?

「他の人は?一緒じゃないのか?」

 何名様ですかって感じで。

 ここファミレスじゃなくて学食だけど。

 隣接する購買には学食を利用する学生はよく来るから、もしかしたらそっちから来たのかな。

「お腹減ってなくて、一人でゆっくり食べようかなって」

 手には結び目を持って四角く形が定まっているランチクロス。

 おそらく中にお弁当が入ってるから布はこの呼び名で正しいはず。

「それでどう奢ることに…久米の事情が気になるんだけど?」

「諭吉一、守礼門三、英世二」

「誰が何で財布事情聞くんちょっと待って二千円札多くない?」

「貰ったの使わなかったらまぁそりゃ消えないよね」

 昔お年玉とかにでも入っていたのだろうか。

 時が経つにつれてどんどん使い難くなりそう。

 もう今の時代でも既に扱いづらいだろそのお札。

「でもなんか二千円札見るとテンション上がんない?家にもまだそこそこあるのちょっと自慢なんだよね」

 俺らの歳ってその二千円札に関わる事も無い世代だからちょっと関心湧くようで湧かない微妙な自慢だな……。

 宴会の席で二千円札で手品したら盛り上がるんじゃないか、知らんけど。

 ってそんな事はどうでもいいんだよ。


 まぁ貰えるもんは貰っとくけどさ。

「じゃあいただきます」

「うん!ちょっとしたお礼!」

「お礼って、俺まだ何も」

 困ったように笑って久米は、

「いいんだって細かい事は。今までありがとう!」

 どうでもいい事を話して会話が終わりそうになる。

 そんなふといつも通りの日常が顔を出して、いつの間にか去ろうとする。

 終わらせていい……わけがない。

「待って」

 手を掴んで止める事が出来るほど今の俺たちは距離が近くない。

 物理的にも、心理的にも。

 振り向いた久米は変わらず困ったような笑顔を続けるばかりだった。

「お前に話がある」

 口を結んで言葉を溢さないようにしている久米は、以前の事でも思い出しているのだろうか。

「今度は俺が…俺の意思で話がしたいんだ」

 俺の目を見て、きっと話したい事の内容が分かった久米はやがてゆっくりと口を開き、

「明日……なら」

 それだけ言い残し一歩、二歩と俺をその場に残して歩き出す。

 この約束が、嘘にならないように。

「いつもの部室で、待ってるから」

 扉を開く久米を、俺が一番に見ている場所で。


 放課後、扶助部の鍵を開け活動を開始する。

「明日、久米が俺の話を聞いてくれるらしい」

 櫛芭(くしは)に今日の事を伝えると、その反応は思っていたのとは違うものだった。

「そう……。雪羽(せつは)さんが明日がいいと?」

「あぁまぁ、うん。そう言ってたな」

 しばらく黙った後、こちらを真っ直ぐと見据えて櫛芭は、

「明日は私はここには居られないから、心の底から応援している事だけは伝えておくわ」

「え?休むの?ピアノは金曜だろ?」

 櫛芭は呆れたようにやれやれと首を振る。

「雨芽くん。明日がその金曜よ」

 あぁそういう。

 金曜……まだ今週三回しか学校行ってなくない?

 明日が四回目だから木曜………。

「何を考えているか何となく分かるけど、振替休日があったでしょう」

 あ。

 頭を抱えた。

 そう……そうじゃん!

 そうでしたじゃん!

「ピアノがあるか……」

 そうだよな、行かなくちゃいけないよな、夢のためだもんな。

 というか時間割で気づけよなお前な。

 なに一限目分かればあと思い出せるからいいやって置き勉駆使してんだよそういうところだぞ。

「私は…今日はもう帰るわ」

 深く息を吐いてから櫛芭はそう言った。

「え?あ、そう。お疲れ」

 いつの間にか荷物をまとめていて、そのままあっという間に扶助部から出て扉をピシャリと閉めてしまった。

 俺がアホすぎて呆れてしまったか………。


 出て行ってしばらく、扉がコンコンとノックされた。

 忘れ物か?

 別に気にしないで入ればいいのに。

 座っていた席に視線を向けると忘れ物のような気になる物は何一つ無く、脳内が疑問符で満ち始めてきた。

 もう一度扉がノックされ、いよいよ違う人が来たんじゃないかと思い直しはいどうぞと廊下にいる人まで届くように応えた。

 小さく音を立てながら扉を最低限開き、一人の女子生徒が入ってくる。

 伏し目がちでやけに元気がない。

 あの子はたしか………。

『雨芽くん……で合ってるよね?…扶助部の』

 平野咲(ひらのさき)

 女子バスケ部部長、A組であるため俺との接点はほぼ無い。

 一年生の時もクラスは同じではなかったはず。

「ここって依頼を聞いてくれるんだよね?えっと、そう聞いたんだけど……」

『あの、ここって人の依頼を聞いてくれるところであってますか?』

 お前ら、仲良いな。

 ………この反応は違うかも。

「合ってるよ。扶助部だから」

 コクコク頷いて平野は緊張している様子を少しばかり見せた。


 入ればすぐにキョロキョロと部室を見渡し、

「雪羽は、いないよね。だから来たんだけど」

 悪びれるように頭を掻く。

 ふと素に戻った表情はやはりあの時と同じもので。

『扶助部でも……写真お願いね』

 あの約束は果たせたと思うが。

「昨日、体育館来たよね。何かあったのかなって思って…。……それに、文化祭の日も」

 気づいていたのか。

 平野にとって久米はそれほどにも……。

『いいの。ここでいい』

 久米にとっても、おそらく……。

「雪羽とは今もたまに二人でバスケしてて」

 不意に平野は話し始める。

「その時に部活のことを相談したり、部長ならどうすればいいかとか聞いたり、ずっと二人で……」

 言葉に詰まり笑顔で訂正する。

「五人で。私たちは」

 笑顔の裏に涙を滲ませて、目尻を拭うその手首には、

「それ、部活じゃなくても着けてるんだな」

 俺が言った言葉は、ちゃんと伝わったらしい。

「元々は着けてなかったけど、必要だと思ったから」

 だから着けているのだと彼女は言う。

 外す事を選んだ彼女に返事をするように、そういう事なのだろうか。

「雪羽は、ずっとここに……いるのかな。もう、戻って来ないのかな」

 俺が出す答えは平野と久米、どちらに寄り添っているのだろう。

「…………すごく勝手だけど、私は戻ってきて欲しい。私は、私たちは、またバスケを一緒にやりたいから!」

 震わせたか細い小さな声すら届くこの距離で、彼女は懸命に想いを叫ぶ。

 想い想われたこの関係が、この先もずっと続くように、

「……待ってるって伝えて欲しい。依頼すればいいんだよね…?」

「あぁ。絶対に伝える。それが依頼ならな」

「………そっか。そうなんだね」

 部室をぐるりと見渡して、何かを悟ったように緊張した表情を和らげる。

「いつもそこに座ってるの?」

「部活をしてる時は、まぁうん」

 窓際の席、定位置である。

「配置からして、雪羽と櫛芭さんはここ?どっちがどっち?」

「いや、二人は特に決めてないみたいだけど」

 席には座らないで姿勢を低くして平野は視線を合わせる。

「後ろのやつは扶助部で使うやつ?」

「あれは扶助部を始める前からあった物。部活には関係ないかな」

 どうやら外周をぐるりと巡るようだ。

「こっからはこんな景色が見えるんだねぇ」

「三年生になれば似たような景色見えると思うぞ」

 今めっちゃ距離近い、このパーソナルスペースの狭さよ。

「黒板って使うの?」

「今のところはあんま活きた事ないな。元は教室ってだけで」

 お世話になったのがしょうもない事しか思いつかない。

 黒板くんもきっと学びのある事をしろよって言ってるよ。

 そう言えば一つだけ、バスケ部の依頼の時に……。

「いいね。こういうの」

「いいか?こういうの」

 細かくは答えないのか答えられないのか。

 平野はとりあえず笑顔で扉の前まで駆ける。

 扉に手をかけて、背中を向けたまま俺に語りかけるように話す。

「さっきは櫛芭さんとも話してさ。短かったけど」

 櫛芭と…まぁそりゃ会うこともあるか。

「もしかしたら私と櫛芭さん……あ、うぅん。やっぱりなんでもない!」

「あ、そう」

 これは……何を話したんだろうなぁって感じで、うん。

 そうとしか今は考えられないのが、はい。


 扉がガラガラと音を立て、そこに立つ彼女は背中を向け、

「雪羽には伝えるだけでいいから。私からはこれ以上は求めない」

 振り向くとその表情は強がるように歯を見せて笑っていた。

「バスケを一緒にやりたい気持ちも本物。雪羽に苦しんで欲しくない気持ちも本物。どっちを選んでも私は雪羽の友達で、仲間なの」

『………そっか。そうなんだね』

 目が合って平野は、さっきと同じような表情でこちらを見据える。

「依頼を受けるよ。自分の出来る限りをやってみたいと思う」

 目を開き驚く表情に変わって、それから息すぐにを吐いて一切の曇りなく笑うと、

「今日はほんと、ここに来てよかった!じゃあね!」

 そんな嵐のように去って行くのだった。


 本当……今日来てもらえてよかった。

 俺の出来る事、今それが見えた気がする。

 俺しか知らない事がある。

 俺にしか言わなかった事がある。

 俺が言わなくちゃいけないことが………あるんだ。

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