最後の日常のおはなし
「本日は校門前で持ち物検査が行われているようです。武器を理事長室のロッカーに送っておきますか?」
社内で小牧さんが教えてくれる。
今日持ち物検査あるんだ。私達も知らないと言うことは抜き打ち検査か、この執事さんどこでこんな情報調べてるんだろう。
「わかりましたお願いします」
「私もお願い」
私は小太刀二振りを、小春はそれに加えて拳銃を小牧さんに渡す。
小春が武器を携帯しているのは前に一度だけ狙われた経験があるからだ、その際は苦労せずに撃退できたけど最近は探索者の犯罪も増えてきている。
ダンジョン外なら銃も使えるし、探索者に襲われても救援が来るまでの時間稼ぎ位にはなるから、護身のために外出時は持ち歩いていると言っていた。
小春のお父さんが理事長に平和的でほのぼのハートフルな話し合いを持ちかけ、こういう時に理事長室のロッカーを使わせてもらえることになっているので、小牧さんに予め中に入れておいてもらう。
「小牧さん今日もありがとうございました」
「いってきます」
「行ってらっしゃいませ。お嬢様、綾乃様」
考えているうちに学校に着いたのでリムジンから降りる。
車で送り迎えしてもらっている生徒もいないわけではないけど、やっはりリムジンは目立つ。
同級生以上は見慣れたもので普通に挨拶してくれるが、外部の中学校から進学してきた1年生からは、まだ慣れていないのか驚いた表情が伺える。
小春は正真正銘のお嬢様なのでなんとも思ってないように見えるけど、私は未だ微妙な居心地の悪さを感じてしまう。
「おはようございます。持ち物検査をしているので、鞄の中を見せてください」
中が見えるように鞄を開けて風紀委員の女の子に見せる。
男子は男子、女子は女子の風紀委員が見ることになっているみたい。
私は特に問題は無かったようで、そのまま通される。小春も大丈夫そうだ。
本当は漫画やタバコなんかよりもっと危ないものを学校に持ち込んでいるんだけど、気付かれなければ大丈夫だよね。
「綾乃~、小春ちゃん、おはよ~」
「西風田さんおはよう」
「小春ちゃん今日もかわいいね~」
上履きに履き替えてから、理事長室で武器を回収して教室に入るとクラスメイトが挨拶してくれる。
やっぱり小春は大人気だ。席につくと回りに人が集まってくる。
小動物チックな雰囲気で、クラスのマスコット的な存在になっている。
あっ、目が合った。
ニコッ
やっぱり小春は天使だわ。
その後、友人と話をしていると先生が入ってきて授業が始まる。
今日の最初の授業はダンジョンに関してみたい。
「国連からダンジョンの存在が正式に発表されたのは3年前ですが、実際に初めて地球でダンジョンの存在が確認されたのは5年前と言われています。そして、発見から発表までの間、多くの国で少なくない人命を犠牲にして、ダンジョンに関する様々なことを明かにしました。」
「地球では未確認の生態をした敵対性生物『モンスター』。 物理法則を無視した超常の力を行使できる『スキル』、飲むと傷を治すポーションや新種の食べ物、鉱石と言った『ドロップアイテム』、 そして、人間をエルフやドワーフといった新しい種族に転生させる『種族転生』です。」
「これらからもたらされる利益のために、各国はダンジョン探索に力を入れ、軍事費ならぬ探索費に少なくない予算を割り当てています。一部の国では国民に対してダンジョンの探索許可を与える『探索者制度』を設けており、日本でも当初は批判が多かったですが、今は職業の一部として受け入れられ始めています。皆さんのご家族の中にも休日に探索者として……」
う~ん……先生が説明してくれているのに、みんなまじめに聞いていない。
まぁ、ダンジョンに関しては政府の公式発表があった日から、連日テレビや新聞で話題になっていたから、このくらいの内容なら逆に知らない人のほうが少ないだろうし。
少し離れた席にいる小春は完全に熟睡していた。今日道場に来るために早起きしていたから眠かったんだね。
周りを見ると他にも寝ている生徒が何人かいる。
私も寝ようかな……
オヤスミ
☆ ☆ ☆
放課後になった。
今日は友達と寄り道してから帰ったので、小牧さんの迎えは断ってある。
「あのお店おいしかった」
「そうね、今度は乃々香ちゃんも誘って一緒に行こう」
「かわいかった、綾姉もこれ作れる?」
「さすがにお店みたいな味は無理だけど、ケーキなら今度作ってあげる」
みんなと別れた後、小春と今日入ったお店の感想を話しながら帰る。小春のスマートフォンには色とりどりのフルーツで彩られたケーキの画像が映っている。「いただきます」の前に何人かが撮影していたので、釣られて私達も撮ってしまったのだ。何に使うのかはわからないけど。
それにしてもケーキか……
私が作ったのなら小春は何でも「美味しい」って言ってくれると思うけど、どうせならもっと美味しいのを食べさせてあげたいな。
さすがにお店のパティシエに技術じゃかなわない……それなら素材でなら……いけるかも。
ダンジョンから取れた食材の中には、今までより美味しいものがある。私も時々お母さんがダンジョンで調達してきたお肉を食べるけど、肉の柔らかさ、脂のうまみどれをとっても絶品だった。しかも食べた次の日は体調が良くなるおまけ付き。
それなら、おじいちゃん達に頼んで、ダンジョン産のフルーツを取ってきてもらえば……
ダンジョンで卵と小麦粉は見つかってないけど、たしか牛乳みたいな樹液を出す植物の発見報告が……
そうなるとやっぱり自分で取りに行きたい。
でも探索者免許が取れるのは18歳からだから、まだ取れない。
う~ん。
「綾姉」
「ああ、ごめんどうしたの?」
私がケーキの作り方を考えてると、小春に呼ばれた。
小春の方を見ると、前方を指差して不思議そうな顔をしている。
「あそこ、変」
「えっ?」
小春が指差した先を見てみると1匹の猫がいた。
いや、違う。
猫がいる場所だ。
ただのアスファルトの道路。
でも、「そこ」は明らかに何かが違う。
「猫、危ない」
小春が「そこ」に近づいて行き、少し手前で止まる。
連れ戻そうと近づくと小春はストラップやハンカチを振って猫に呼びかけていた。
「そこ」から逃がそうとしてるようだ。
「仕方ないわね」
私は鞄からボールペンを取り出して、猫の足元に狙いをつける。
直接ぶつけなくても近くに当てれば逃げるはず。
そう思った瞬間だった。
「そこ」が広がった。
「っ!」
「え?」
私達の意識は途切れた。