9王 合流
イベータ城塞の会議室に、この地で終結した各軍の代表が集う。
スリード王国の大公筋として、ルシェンドラが旗頭となるスリード王国軍。
後ろに立つのは、マーハラーンである。
南部連合軍を代表してこの場にいるのは、ガンツ・ブロット。
そして、ローエンダルク帝国を指揮するのは、先の戦いでルシェンドラに敗走へ追い込まれたことのあるバルバウ将軍である。
メビウス補佐官に加え、シュタウフェッツ監督官が着任している。
「腕は大丈夫ですか、メビウス補佐官殿」
「ああ、シュタウフェッツ殿。これはルシェンドラにやられた傷でな、奴と同じ屋根の下にいると思うと、疼いてかなわん。
機会があれば、奴の首級をあげたいところだ。
それにしても、監督官が来られたおかげで、将軍閣下も再度軍の指揮をされることになれたことについては、礼を言わねばなるまいな」
「いえ、私の役目としては、将軍の名誉挽回というよりは、陛下の軍を預かる身として適当であるかを見定めるところにあります」
「軍としては味方でも、いざ帝都に戻れば、そうではないと?」
「なるべくであれば、帝都でもお味方でいられればよいと思いますが」
メビウスは、シュタウフェッツの口元だけの笑みを見て、蛇が舌なめずりをしているかのように思えた。
会議室は、城塞の中央にある丘に建てられた城の中にある。
各軍は、治安部隊を除いて、城塞の外で幕舎を設営していた。
代表たちは、今後の方針を検討するとして一堂に会している。
「そなたら、よくやってくれた。中から門を開けることができるのであれば、こちらも被害を出さずに済んだものをなあ」
帝国のバルバウが、椅子にふんぞり返りながら他の者を見下すようにしている。
「帝国の助力があればこそ、王国の属国扱いであった南部連合軍を結成することができた。その点は礼を言う」
ガンツがバルバウに対し、言葉の上では丁寧ではあるが、居丈高に答える。
「まぁ、それはオレが引き受ける前の南部連合の話だ。
今はオレがいるからな。形の上では軍として動いてはいるが、オレ自身は別にどうでもいい話だ。
あまりオレに対して偉そうにしていると、そのたるんだ喉笛噛み千切るからそのつもりでいろよ」
無礼な態度を通り越して、威圧しようというくらいの気迫で、ガンツはバルバウをにらむ。
バルバウは多少居住まいを正して、自らの胸に飾ってある勲章を弄びながら意に介していない様子を見せる。
「立場はどうあれ、いがみあっても仕方が無い。オレはこれから、王都ケイティパレスへ向かい、現国王の退位を求める。
その上でオレが王位に立ち、スリード王国を我がものとする。
各々方、その方針に異論はないな?」
「オレはもとよりそのつもりで支援している。南部連合軍は、好きに使ってくれて構わない」
ガンツの言葉に、ルシェンドラがうなずく。
「帝国も、それに依存は無い。
さすればだ、そなたが即位したあかつきには、ドラグロス大陸の平和のため、我が帝国と新王朝で同盟を行い、共に発展しようではないか」
(あわよくば帝国はスリード全土を領土にしたいという野望があっただろうが、そうはいかなくなったと方針変更を考えたのか。
それはあの監督官が許しているということからも、既定路線からは外れていないと見ていいだろうな)
ルシェンドラは帝国の状況と方針を推察する。
(大陸の盟主の座を、一時期預けておいてやろう。新生スリード王国が国力を蓄えた後には、その座を返してもらうがな)
「まあ、捕らぬ狸の皮算用はさておき、王都へどう攻めいるかを考えてもらえないだろうかね」
ガンツは懐から取り出した水筒を口に付ける。
「オレ単独でも、落とせるかもしれないがな」
「な、何をバカなことを。戯言も大概にしろ」
「ほほう、オレの言うことが信じられないとでも? 帝国兵くらいなら、たとえ3万いようと、オレ一人で壊滅させることもできるんだぜ」
ガンツはバトルアックスに手を伸ばそうとする。
「ガンツ、やめておけ。お前の力はオレが十分理解している。確かにお前なら帝国3万と戦っても、負けないだろうよ。これは、世辞ではなくな」
「フン、まぁいいだろう。それで、どうするんだ」
「ここ、イベータ城塞から王都ケイティパレスは、平地続きだ。行軍にも苦労は無いだろう。そうなってくると、同数に近ければ、敵はオウリス平原あたりで野戦を挑んでくると見て間違いない。
マーハラーン、彼我の戦力はどうなっている」
「はっ、当方の軍は、ルシェンドラ様配下3万5000、帝国3万、南部連合1万2000、そしてこのイベータ城塞の降兵8000で、都合8万5000を数えます。
それに引き換え、ケイティパレスの王国軍は、徴兵しても5万といったところでしょう」
「常であれば、それに各領主の軍が参陣するため、総兵力としては10万にも上るだろうが、今回はそうもいかないだろう。
公爵軍やこのイベータ城塞駐留軍を除けば、8万を揃えられるかどうか。
それに、他の貴族たちにはこちらに着くよう書簡を送っている。
こちらに着けばそれもよし。日和見でどちらにも参加しなければ、それはそれで構わん。それだけ王国軍の兵力が減るというものだ」
ルシェンドラの話に、バルバウが感心する。
「なるほどなるほど、流石は蒼の王子。敵にすると恐ろしいが、味方となれば心強い。
であれば、こちらは総勢で20万とでも広めたらどうかな。数の多さに恐れおののいて、貴族どもがすり寄ってくるやもしれんぞ」
(フッ、浅はかな考えではあるが、数を大きくして喧伝するは戦の常道か)
「ほほう、当代きっての勇将とうたわれるバルバウ将軍は、戦略眼も素晴らしいものをお持ちのご様子。是非その知略の片鱗でも我が身に宿りましたら、これからの戦も楽になろうというものだな。
初戦の先陣は将軍に請け負ってもらって、その力を示してもらえると嬉しいのだが、どうかな」
ルシェンドラは、大袈裟な立ち居振る舞いで、バルバウを褒め称える。
「よかろう。しからば我が帝国軍が、王都侵攻の先達とならん」
「それは頼もしい。我らは遅れぬよう、必死になって付いて行くとしよう」
「はははっ、戦う相手がいなくなっても、文句を言わぬようにな」
バルバウは上機嫌になって、盃を煽る。
(このような奴が帝国の指揮を執るなど、帝国も高が知れているというところか。
だが、イベータ城塞をそのままにしていたら、帝国兵3万が、砦の1万に足止めを食ったままになっていたことだろう。
このような輩でも、数は数。直接王都へ向かわずに、遠回りでもこちらへ来た方が正解だったと思いたいものだ)
「よし、後背に憂いなし。支度を整え次第、古き王朝を過去の遺物とさせるよう、進撃を始めるとしようぞ」
「了解した。腕が鳴るわい」
バルバウが力こぶに手を当てながら席を立つ。
補佐官のメビウスと、監督官のシュタウフェッツがそれに続く。
城の廊下に出て、帝国の人間だけになったところで、シュタウフェッツがバルバウに尋ねる。
「なぜあのように軽々(かるがる)しくも先陣などと言ったのです。相手は、こちらの兵力を削ろうという魂胆でしょう」
「それは解っておる。だが、広い平原での戦いだ。こちらが攻める時に、相手の手薄なところを攻めればよかろう」
「陣立てで、そのような自由が利きますやら」
「だからこその先陣よ。所詮他の奴らはついてきてもそれ程早くはこないであろうよ」
「そうすると、我が軍が孤立する事にもなりかねませんか」
「その時は包囲される前に味方の陣へ引き上げるそぶりを見せて、帝国まで戻るとするか」
「左様ですか。まずは先陣、将軍の方針に従ってみましょう」
進軍を始めた翌日。
日も傾きかけた頃合いに、全軍宿営の準備を行う。
帝国の幕舎には、将軍であるバルバウと、メビウス、シュタウフェッツが打ち合わせを行っていた。
そこへ、ローエンダルク帝国の帝都、ローグラムから使者が訪れた。
「私は、人類救世戦線のヴァイスと申す者。
魔族の侵攻から人類の滅亡を防ぐため、この戦を平和裏に解決させ、魔族への対抗についてご協力を願うべくまかりこしました」
ティガール大陸から来たという青年は、エクスパニア共和国を中心とした人類の糾合軍、人類救世戦線の意向によって、ドラグロス大陸の各国に協力を要請しているという。
「魔族の侵攻などと、今まで数百年無かった事を、今急に言われたところで、こちらからは対処のしようもない。それに、帝都の許可を取らなければ、我々の行動は変えることができんのでな」
「将軍の仰ることはもっともですが、ことは人類の存亡をかけた一大事。地方の勢力争いに無駄な力を費やしているわけにはいかぬのです」
「ぬぬ、おのれは我が帝国を地方と蔑み、あまつさえ帝国の威信をかけたこの一戦を、無駄な勢力争いとぬかすとは無礼千万! おのれのような分をわきまえぬ輩と話す口は持たぬ! 刀の錆になる前に、とっととうせるがよいわ!」
(このような言葉で激昂するとは、度量が狭く知恵も足りない野蛮人か。致し方ない、他を当たるとしよう)
ヴァイスは一例をして、バルバウの幕舎を辞する。
シュタウフェッツがバルバウに近寄ると、耳元で囁くように聞く。
「将軍、よろしいのでしょうか。帝都にお伺いを立てずにこのような」
「よい。帝都から来たというので、皇帝陛下からのお達しでもあるのかと思いきや、揚げ足を一つ取った程度で引き下がるとは、本気で帝国を味方に引き入れようという気概も誠意も無さそうだからな。
その程度であれば、この一戦で勝利を掴んで後、陛下にご判断を仰げばよかろう」
シュタウフェッツは納得したのか、普段の声に戻る。
「承知いたしました。それでは、魔族の件は、終わりといたしましょう」
3日後、スリード王国の内陸にまで侵攻した連合軍は、王都ケイティパレスへあと1日というところにまで来た。
正面に、迎え撃つはスリード王国軍。
王都まで侵攻させまいと、その手前で陣を張っていたのである。
「やはり、オウリス平原で一戦交えることになったか」
ルシェンドラはかたわらに控えるマーハラーンを見る。
「広大な平原です。地形に違いは無く、隊の運用、指揮次第で戦況が大きく変わることになるかもしれませんな」
「そこはそれ」
ルシェンドラが帝国軍を顎で指し示す。
「あいつらがかき回してくれるだろうさ」
次回、アインツたちが王都に到着したお話です。




