8王 イベータ城塞
前回までのお話。
ルシェンドラは、スリード王国を強国とするため、現王朝からの離反を表明し、南部連合軍の客将となる。
実弟であるオーティス公爵の軍も糾合し、義父であるエルフェス大公にも協力を要請するのであった。
人類救世戦線は、エクスパニア共和国を軸とした、対魔族のための同盟軍である。
ティガール大陸のみならず、フォーラン大陸、ドラグロス大陸へも協力要請として使者を送っていた。
スナルノ山脈の山間の隘路に、人類救世戦線のヴァイスが立っていた。
ヴァイスは、魔族を討ち果たした後、焼け焦げた灰の中に、光るものを見つけた。
折り重なるようにして倒れている魔族の亡骸に埋もれるようにして、黄色い光を放つ物があったのである。
ヴァイスは、崖の上からその光を見つけ、それが気になり、崖を降りてきたのであった。
「なんだ、これは……」
ヴァイスが魔族の亡骸を動かし、光を発する物を見る。
そこには、あれだけの炎に焼かれながら、傷一つ付いていない杖が転がっていた。
恐る恐るヴァイスが杖に手を伸ばす。
突いてみるが、何も起こらない。
手にしてみても、それは変わらない。
「何か、魔法でも付与されているのか。例えば、灯火の魔法とか」
そう思って杖を振り回すが、杖が放つ光に変化はなかった。
「いったい、なんなんだろう。持ち帰って調べ……」
ヴァイスが呟いていると、グルモルの炭化した死体が、ヴァイスの方へ向いたような気がした。
「ん? 気のせい、だよな」
ふと、異質な気配を察知し、自分の周りを見渡す。
「っ!!」
ヴァイスが見たもの、それは、炭と化した魔族が、いくつもいくつも起き上がり、ヴァイスに向かって歩き始める姿であった。
「な、魔族め、まだ息があったということか!」
冷や汗をかきながら、手にした杖を武器代わりに振り回す。
すると、起き上がってきた魔族は、杖の周りに集まろうとする。
「この杖が目的なのか……?」
ヴァイスが思考を巡らせる間も、魔族たちはヴァイスに近づいてくる。
「と、止まれぇ!」
ヴァイスが押し寄せる波に抵抗しようとする。
すると、その掛け声がきっかけだったのか、魔族たちは動きを止める。
呼吸による腹部の上下動も無ければ、物音ひとつすら立てないで彼らは停止していた。
辺りで聞こえるのは、ヴァイスの呼吸音のみであった。
「ま、まさか」
ヴァイスは実験を試みてみる。
「よし、まずはそこの壁に集まれ」
ヴァイスが指示をすると、焼け焦げた魔族たちが、壁の前に集合する。
「次はこちらの岩をどけろ」
焼け焦げた魔族が、指示の通りに動く。
塞がれていた岩がどかされ、通り道ができる。
「なるほど、これは面白い掘り出し物だ。これは死んだ魔族を操れるらしい」
ヴァイスは使役の杖を手にして、ひとりほくそ笑んでいた。
イベータ城塞は、スリード王国の北の守護の要であり、堅い城壁で囲われた巨大都市である。
場所はスリード王国の最北、ローエンダルク帝国との国境線にあり、帝国のルフヴァルト砦とは、ルガール平野を挟んで対峙する位置にある。
城塞の人口はおよそ40万。兵力は1万を数える。
現在、防衛の任に就いているのは、キプルカート卿である。
「キプルカート様。帝国軍が、ルガール平野を渡り、こちらへ向かってきております。その数、3万!」
「役目、大儀である」
城塞の楼閣から見れば、帝国の大軍が押し寄せてきていることは明白であるが、数は物見の報告の方が的確であろう。
以前、ルシェンドラが帝国を追い払った時とは規模が違っていたため、城塞を出ての戦いは避けていた。
「戦の常道に従い、城を攻めるには3倍の兵力を持ってきたということか」
「キプルカート様、ここは一戦交えて、敵の戦力を減らしていきたいと思いますが」
「既に何度か、王都ケイティパレスへは危急を知らせる伝令を出した。それに、城塞から打って出て撃滅でもされれば、彼我の戦力差は広がる一方だ。軽々には兵を出すべきではない」
後ろ向きと言われようが、戦に勝つことが目的ではなく、城塞を守り、王国領内に敵の侵入を防ぐことが何より大切なのである。
(気になる点としては、グレン砦からの定期連絡が途絶え、王都からも返事が無い。
情報戦では、イベータ城塞が孤立している可能性がある。
今一度、伝令を出すべきか……)
堅固な城塞は、未だかつて破られたことがない。
ここで負けるわけにはいかないのだ。
「キプルカート様、南方の街道から、軍勢! 旗指物は……」
キプルカートが楼閣から南方を見る。
「おお、エルフェス大公にオーティス公の軍だ! それに、中心に掲げられているのは……、ルシェンドラ王子の旗!」
「おお!!」
「流石は蒼の王子。お戻りになられると思っていたが、まさかここまでの大軍を率いてのことになろうとは」
兵たちに歓声が沸き起こる。
「見ない旗もあるが、総勢で4万近くになろうか。これでまた、帝国を追い返すことができよう」
ルシェンドラがイベータ城塞の門に到着する。
「歓迎ムードのようだな、王子、いや、王よ」
「ガンツ、情報規制がうまく機能しているようだな」
轡を並べて進むガンツは、ルシェンドラの問いに答えず、城塞の門兵に向かって叫ぶ。
「開門!」
ガンツの声に応えるように、軋みながら城塞の門が上がる。
ルシェンドラは、ガンツとマーハラーンを従え、オーティス公軍2万を引き連れ、城門をくぐった。
他の兵は、城塞の外で待機させている。
「お帰りなさいませ、ルシェンドラ様!」
「蒼の王子、万歳!」
「待ちに待った援軍だ!」
イベータ城塞に住む人々は、帝国軍の圧力に暗い日々を過ごしていたが、ルシェンドラの登場に明るさを取り戻し始めた。
「ジイ、5000を連れ、屯所を制圧しろ。ガンツはオレと共に、城塞府を占拠する」
ルシェンドラは、マーハラーンに小声で指示を出す。
「はっ」
隊を分け、粛々とそれぞれの目的地へ向かう。
「ルシェンドラ王子、よくぞ戻られました」
「キプルカート卿、城塞の防備、ご苦労であったな」
「なんの、王国の地を帝国に蹂躙されないよう、最低限のことをしたまでです」
ルシェンドラがガンツに目配せする。
「ついてはキプルカート卿、折り入って頼みがあるのだが」
「い、いかがされましたでしょうか」
ルシェンドラの空気が変わったことを察知したのか、キプルカートがたじろぐ。
「この城塞を、オレに譲ってはくれまいか」
「お、と仰いますと?」
「オレは、スリード王国を変える。柔弱な現王朝の支配から脱し、新たなスリード王国として、周辺国家に力で脅かされることの無い、強い国を創る。そのためには、後顧の憂いを無くすべく、この城塞を我が手中に収めたいのだ」
「な、なにを仰いますか! あなた様はスリード王国の王位継承権をお持ちの、王家のお方ではありませんか。それを、どうして」
「王家の者であるからこそ、だ。今の国王は、兵を鍛えず、国を守らず、他国の脅威に怯えつつも、怠惰な生活を送る日々である。
国民は安心して働くことができず、常に侵略の危機を感じながら生きねばならない。
そのような国を、オレは変える! 力を持つ国に、強い国に、オレが変える!
卿も、その力を貸せ」
キプルカートの喉が大きな音を立てて、唾を飲み込んだ。
「お断りしたら、どうなります」
ルシェンドラが、蒼く光るブロードソードを抜きざまに、キプルカートへ斬りつける。
キプルカートは、ロングソードを鞘に入れたまま、その鞘でルシェンドラの一撃を受け止める。
「腕の立つ者は一人でも多く欲しい。だが、賛同できない者を加えるわけにはいかない」
「流石は、蒼の王子の操る【氷雨】。凍り付くような一撃が重い」
キプルカートが受け止めた鞘は、【氷雨】の効果で霜が降りたような凍気が張り付いていた。
「渾身の一撃だったが、まさか受け止められようとはな。卿の技量、死なすには惜しい」
キプルカートがロングソードを抜く。
「私も王国で長年禄を食んでいた者。その血脈の方からのお誘いとはいえ、恩義を仇で返すわけには参りませぬ」
キプルカートは、ロングソードの刀身に左手人差し指と中指を添えた構えで、蒼の王子をねめつける。
「王国への反逆、死をもって償っていただきますぞ」
キプルカートが、ルシェンドラに突進する。
「致し方ない。オレの覇道を遮る者は、何人たりとも容赦せん!」
【氷雨】を袈裟に振り抜くと、氷の刃が中空に浮かび、キプルカートへ向かっていく。
キプルカートは剣で払いつつ、ルシェンドラへ詰め寄る。
大きな氷の刃が、更にキプルカートへ迫る。
キプルカートはそれを剣で弾き飛ばす。
振りが大きくなったところを、ルシェンドラは見逃さなかった。
「そこ!」
ルシェンドラの横一線の斬撃が、キプルカートを襲う。
鈍い音と共に、キプルカートの脇腹へ、ルシェンドラの【氷雨】が食い込む。
食い込んだそばから、物が凍る音とと共に、冷気がキプルカートを侵食する。
「だが……!」
キプルカートは、ロングソードを手放し、自らの脇腹に食い込んだ【氷雨】を両手で掴む。
「王子よ、我が命と引き換えに、せめてこの剣をいただいていきますぞ」
「フッ、笑わせおる。お前程度の細腕で、この【氷雨】が折れようものか!」
ルシェンドラが力を籠めると、キプルカートに張り付く氷の柱が、さらに大きく、身体の至る所から生えだしてきた。
「ぬん!」
氷の砕け散る音と共に、ルシェンドラが【氷雨】を振り切る。
その氷が光跡となって、剣筋に続く。
キプルカートの身体は氷の剣で絶ち割られ、腹部が氷の破片となり、その上下は別々に床へ落ちた。
凍っているためか、出血は無い。
かろうじて、意識のあるキプルカートは、遠くに転がる己の脚を見て、死が近いことを認識した。
「王子、死出の旅路の手土産、頂戴した……」
「ふむ」
【氷雨】に張り付いたキプルカートの指が、転がり落ちる。
キプルカートが握りしめていた刀身の部分が黒く変色しており、そこからは冷気が出ておらず、その黒い部分から溢れた魔力が、他の場所から間欠泉のように噴き出していた。
「剣に宿る魔法の循環を、呪力で塞ぎとめたとでもいうのか。なるほど、見事である」
ルシェンドラは【氷雨】を鞘に納めると、楼閣から外を見る。
屯所のあるあたりから、煙が幾筋も上がっている。
「オレの旗を掲げよ。イベータ城塞は、オレの手中に堕ちたことを知らしめよ!」




