42騎 ゴブリンのタカラ
ナイプライド辺境伯の邸宅で、宴が始まる。
アインツたちにしてみれば、パーティメンバーとの再会である。
会っていない間の事も含め、昔話に花を咲かせていた。
「タケマルさん、先日帰国したらしいって聞いたよ」
「えー、ほんとですか? だった戻ってきてほしいですね。なにせ、白銀の守護者、初代リーダーですから」
「あーでも、タケマルが戻ってきても、おぬしはリーダーを続けるのじゃぞ、アインツよ」
「それは、その時次第でしょう」
「なんじゃとー。あんな、仕事とゲームのどっちを取るって聞いたら、仕事を取るような奴じゃぞ!」
「……それ、当たり前っスよ」
次から次へと料理が運ばれ、皆の胃袋の中に納まっていく。
アインツやマイキーの所にはワインが運ばれるが、エレーナのところには葡萄ジュースが注がれる。
「メルよ、これはワインではないのか?」
「葡萄ジュースではあるけどね、熟成過程で発酵させているから、ワインのような風味が出ているんだ。でも、ノンアルコールだから安心して飲んでよね」
そこはそれ、古くからエレーナの酒癖の悪さを知っているメルクリウスならではの配慮であった。
「このワインは、ここで作っているんですか?」
ワイングラスを空にすると、メイドが次の一杯を注いでくれる。
「そうだよ。ワインもだけど、その原料となる葡萄も、領内で作っているのさ。
白銀の村にも、果樹園を開けたらいいね。種や技術提供はできると思うけど、どうかな」
「それいいっスね、是非やりましょうよ。穀物も大事っスけど、果物があると、バリエーションが広がっていいっスよ」
マイキーは林檎のような果実をかじりながら、他の皿からハムを取ってきて口に入れる。
「甘味は人を幸せにするからの」
「よし、それなら交易だけじゃなくて農業提携も行えるように、何人か技術者を手配するよ」
メルクリウスが杯を掲げる。
「おー、それは助かります。着の身着のままで逃げてきたので、作物の種にも事欠く有り様でしてね」
何度目かの乾杯が、アインツとメルクリウスの間で行われた。
アインツは、草原の中にたたずむ白銀の村の様子を思い出していた。
アインツたちが白銀の村を出てから、3カ月近く経とうとしていた。
木々は芽吹き、草は萌える。温かみを増してきた、そんな季節だ。
白銀の村の教会で、長老のクエスと、その補佐のクロノスが今後の計画について検討をしていた。
「クエス、開墾の計画なんだが、今は南に大規模な畑を作ろうかと思ってな。そろそろ雪も無くなってきたし、動き出さないと種まきに間に合わん」
「開墾から始めて、間に合うのかい?」
「鍛治士のムルガが農具をかなりの数作ってくれたのでな、それが役立ちそうだ。整地するのに、切り株の掘り起こしや岩の撤去などで、人手がいるんだが、何人か使わせてもらうぞ」
「それは構わないが、北の山まで行った連中が持ってきた鉄鉱石、これの扱いはどうしようか」
「まだ炉を造るまでには至っていないから、今はまだ製錬できないだろう。製錬に錬金術で片づけたらどうなのだ?」
「そうだな、製錬するのには魔法の力が一時的過ぎて、持続的な作業には向かないから、金属の安定には使いにくいかもしれん。
レンガの焼成の時に魔法で炉を高温にすれば、より硬いレンガができるだろうし、そのレンガで炉を造っていけば、さらに硬い炉ができないだろうか」
「レンガ造りについては、レンガ職人のビスチェも呼んで相談してみようか」
クエスの問いに、クロノスが同意する。
今はまだ、土窯で作ったレンガを組んで、さらに硬いレンガを作っている段階である。
そこでさらに焼き固めたレンガを砕いて素材にし、耐火レンガを作れるようになれば、製鉄もできるというものである。
「クロノスはこういうことに詳しいのだね。あまり王立魔術学園にもそういった技術はなかったのだが」
「こういったのは、近代史の授業で習ったりしなかったか? 反射炉とか。まぁ、ここでは製鉄業をやるわけではないから、そこまでのものは必要ないだろうが」
「ん、近代史の授業とは、なんだ? 王立魔術学園にはそういったカリキュラムはないのだが」
「……っと、そうか、済まない。クエスは転生者だったな。地上世界の知識は持ち合わせていないか。悪いことを言った」
「そうか、地上世界の知識か。いや、いいんだ。きみたちと同様に扱ってくれていたということだ。嬉しいよ」
クロノスは、ばつが悪そうに少し視線を落とす。
「製鉄の話はまた後にしよう。まずは南の農園を造るところからだな。うまく川の水を引き込んだりできれば、大いに役立つ」
「大規模な開墾ともなれば、井戸の水だけでは足りないだろうし、水路のことはルミナイトやブレンに頼んでみよう」
「そうだな、それはこちらから手配しておく」
「アインツたちが戻ってきた時に、うまい飯を食わせてやりたいものだ」
外が騒がしいような気がした。
「長老さまはいますか!?」
教会に血相を変えたブエナが飛び込んできた。
ブエナは、ムルガやビスチェらと同じ、レオロ村から逃げてきた村人で、木工士としても働いている。
「オレたちが森で木を伐っていたら、ゴブリンの連中が襲ってきたんでさあ。今は伐採小屋に閉じこもってるんですが、オレだけ逃げ出せたんで、長老さまにお知らせしなくちゃって思って、急いで帰ってきたんで」
「そうか、ご苦労だったな。ゴブリンの規模は判るかい?」
「んにゃ、10匹までは数えたんだけど、それ以上は判らね」
「結構な数のようだな、クエス」
「そのようだね。判った。急ぎ討伐隊を組織しよう。指揮はわたしが」
「いや、それには及ばん。オレが行こう。ルミナイトとブレンを連れて行く。恐らくそれで片が付くだろう」
クロノスは、以前同じパーティだったルミナイトと、そのルミナイトが単独で行動していた時に出会ったブレンを連れて、東にある伐採小屋に向かう。
他にも村人で戦いができそうなメンバーを揃え、後衛に待機させる。
クロノスが伐採の拠点としている小屋の近くに到着すると、小屋を十重二十重に囲んでいるゴブリンたちが見えた。
「おい、おまえたち、そこで何をしている」
攻撃をせず、ゴブリンたちに声をかけるクロノスに、ルミナイトたちが驚きの目を向ける。
「ググ……ガゴゴ」
ゴブリンは、唸り声とも鳴き声ともつかない音を漏らす。
「ふむ、共通語を話せる奴はいないのか」
クロノスがゴブリンたちを見渡す。
「クロノスさん! こんなゴブリンども、やっつけちゃってくださいよう!」
伐採小屋から、悲痛な声が響く。
「黙れ! 至高の御方であらせられるアインツ様より厳命されているだろう、無益な殺生はするな、と。それに、先制攻撃はするなとのお達しでもあるぞ! それに逆らうは、反逆とみなされても致し方ないと思え!」
「で、でも、こいつら急に襲ってきやがって」
「これって、正当防衛、ってやつですよね!?」
「黙れと言っている。双方ともに、怪我をした者はいるか!?」
クロノスの剣幕に、伐採小屋でこもっている者からは声がしなくなった。
「ゴブリンよ、今一度聞く。共通語を使える奴はいないか」
「……オ、オデ、ハナス、スコシ」
ゴブリンの集団から、ゴブリンシャーマンが1匹歩み出してクロノスの前に来る。
「村ノ、タカラ、奴ラ、取ル」
ゴブリンシャーマンは、伐採小屋に向かって指を出す。
「宝? おい、伐採小屋に隠れている奴ら、ゴブリンの宝を奪った奴はいるか!?」
「た、宝ってなんだよ……。オレたちは木を伐っているだけで」
「そういえば、お前、鉱石を見つけたとか言ってなかったか」
「え、オレ知らねぇよ。これは道で拾ったんだよ、盗んだとかじゃねえよ」
小屋の中が騒がしくなる。
クロノスは、ゴブリンたちをかき分け、小屋の入り口に辿りつく。
「いいか、これからオレが小屋に入る。その拾ったって物を見せろ。いいな」
クロノスが、おもむろに小屋の扉を開ける。
閂をしていたはずだったが、気がついたら外れていたのだ。
クロノスは小屋の中に入ると、鉱石を奪い取る。
「あっ、なにするんですかい、クロノスさん!」
村人が取り返そうと手を伸ばすが、骨と皮だけの見るからに体力の無さそうなクロノスから、石を奪えないでいた。
「ゴブリンよ、宝とはこのことか?」
小屋の外で中を覗き込もうとしているゴブリンに、鉱石を見せながら尋ねる。
「ソレダ! ソノ石、タカラ!」
ゴブリンシャーマンが片言の共通語で話す。
他のゴブリンたちは、鉱石を見ると興奮して落ち着かなくなる。
(さて、どうしたものかな……)
クロノスの逡巡が、ゴブリンたちには隙と取れたのか。
「タカラ、返セ!」
ゴブリンが一斉にクロノスへ向かってきた。
「クロノスさんをやらせるな!」
村人がそれに応戦する。
ゴブリンたちは、錆びたショートソードやナイフでクロノスを斬りつけようとするが、クロノスの目の前で見えない壁に弾かれて、武器が身体まで届かない。
村人たちが反撃に出るが、手に持っている物はバールのようなものや棒切れ程度であった。
運悪く、木を伐るための斧は全て森に持って行ってしまい、伐採小屋には置いていなかった。
ゴブリンに襲われたと思った村人は、取るものも取り敢えず、小屋まで逃げ帰ってきたのであった。
村人とゴブリンが丁々発止のつばぜり合いを繰り広げている間、クロノスは手にした鉱石に意識を向けている。
「この鉱石は……」
その時、森をかき分け、1体の巨大な影が現れた。
次回、ゴブリンとの決着のお話です。




