6魔 戦場の傷
奇襲を受けた魔皇軍本隊は、陣容を整え、進軍するため整備を行う。
「オルザエンク、少し話がある」
馬に乗りながら、アダルベルトがオルザエンクに話しかける。
オルザエンクは、徒歩で行軍する。
一本角族は、馬などの扱いには長けていないが、強靭な足腰で長距離の移動も難なくこなすことができる。
「どうした。アダルベルト」
「先程の奇襲、どう思うか」
「それだがなあ、戦のアレンの名にかけて、奴らの目的がとんと読めぬわ」
アダルベルトも同じことを考えている。
一戦して、何か得られるものがあったのかというと、部隊長クラスの魔族が数名倒されてはいたようだが、それとてたいした損害ではない。
陣も、通過されたところは破壊され、荒らされていたが、輜重隊をやられたわけではない。
「士気高揚のための、初撃といったところか」
「そろそろ自分たちの領内だという宣言か」
「いずれにせよ、日が昇れば遠くまで見渡せる平原だ。ここを戦場と決めぬ内は、軽々に攻めても来まい」
「いや、そうでもなさそうだぞ」
アダルベルトが平原の遠くを見つめる。
黒い粒にしか見えないが、エクスパニアとその連合の混成軍が並んでいるようにも見える。
「申し上げます。前方1キロ先に、人間の軍勢。およそ3万!」
伝令がアダルベルトとオルザエンクに告げる。
「いよいよか。この平原を決戦の場と定めての事かね」
オルザエンクは、自身の頭から生える角を撫でながら言う。
「それでは、自分の軍に戻るとするかな」
「お互い、生きて帰るぞ」
「もちろんだ」
アダルベルトとオルザエンクは、互いの右こぶしをぶつけ合い、そしてそれぞれの指揮する場所へと戻っていった。
誰が始めるでもなく、互いの軍がそれぞれ向かい合う形になる。
「互いに横陣の様相だな」
近づく魔皇軍を見て、サムザがエクスパニア軍の総督である、プルミエール・ブリムルに話しかける。
プルミエールは、エクスパニア軍随一の戦闘力を誇る才女で、若くして総督の地位に就く程の実力の持ち主である。
「中央の槍隊は微速で前進。左右に展開の騎馬隊は平原を迂回するように両脇から広がるように」
「承知しました」
プルミエールが伝令に指示する。
プルミエール率いるエクスパニア軍は中央に配置し、左右を混成の騎馬隊とした。
サムザは、右翼の一軍を任されているため、戦端を開く際には戻らねばならない。
「今回、勝てそうかね」
サムザはプルミエールに聞いてみる。
「勝つか負けるかは戦ってみない事には判らん。だが、戦略としては敵の主力をこちらに集めた時点で、我らの勝ちだ。その上で戦術上でも勝ればそれに越したことはあるまい」
「それは頼もしいな」
「それに、魔族とは数度となく戦ってその上で先の奇襲を勝利に導いたタキュール伯爵が指揮する騎馬隊だ。誤ることはあるまい」
サムザは形式ばったプルミエールの答えに、慇懃な態度で応じる。
「総督たるあなたにそういって頂けるとは部門の誉れ。
このタキュール伯サムザ、身命を賭しても人類救世戦線に勝利をお届けいたしましょう」
「期待しているよ、タキュール伯」
プルミエールは、胸元を強調した銀のプレートメイルを身に纏い、手には意匠を凝らしたロングソードを持っている。
サムザが自分の隊へ戻っていくところを見るともなく見ていると、その手に持った剣を高く掲げた。
「皆に神のご加護があらんことを! 進軍!!」
剣を振り下ろし、それに合わせて軍が前進を始める。
「来たな、人間ども」
オルザエンクは、魔皇軍の右側を受け持っていた。
左側はアダルベルトの第1軍が担当する。
「よし、こちらは先にひと槍付けてくるかね!」
オルザエンクは、自ら先頭に立ち突撃を敢行する。
敵の左翼部隊、オルザエンクにとっては右側の騎馬隊が大きく草原を迂回しようとする。
「まずは近いところから行くか。いくぞぁ!」
オルザエンクの第2軍が、全体的に敵の左翼部隊に向かって横に逸れていく。
草原の中央には広い幅の砂利の道があり、その砂利の部分には草があまり生えていなかった。
「お、これは走りやすい。よしこの道を使って騎馬隊を追うぞ!」
オルザエンクは砂利道を使って敵の騎馬隊を追う。
同じくして、アダルベルトの第1軍が草原を横切る砂利道にぶつかる。
こちらは敵の右翼部隊、アダルベルトから見て左にいる騎馬隊が、敵からも見方からも離れていく様子だが、それには目もくれず中央の歩兵部隊へ突き進んでいく。
アダルベルトは砂利道を横切り、エクスパニア軍の中央に攻め込む。
騎馬の一撃は、エクスパニア軍を分断するには十分だった。
布を切り裂くように、中央からエクスパニア軍が分かれていく。
それに第1軍の魔族が続々と追ってくる。
エクスパニア軍が左右に分断されていく。
「敵は弱兵! 押し切れ!」
アダルベルトは配下の兵に檄を飛ばす。
その時、敵陣中央から一条の煙が昇る。
(なんだ、救援の狼煙か何かか?)
右に左に敵兵を打ち倒しながら、アダルベルトは煙の正体を考える。
遠い地響きのようなものが、かすかに聞こえた気がした。
アダルベルトの違和感が警鐘を鳴らす。
(交易路でも街道でもない、砂利の道)
(周りの草原は土に草)
(砂利は、かすかに濡れていた……)
アダルベルトは、一つの答えに辿りつく。
「総員、岸へ上がれ! そこは道ではない!」
アダルベルトが手綱を握り、馬を止める。
後ろを振り返り、後から続く兵たちに大声で叫ぶ。
「そは川ぞ!」
第1軍の兵たちが砂利道から離れようとするも、第1軍だけでも2万の数がいる。
第2軍は砂利道を使って敵の騎馬隊を追っている。
山の方角から、轟音と共に水が押し寄せてくる。
「退避! 川から上がれ!!」
アダルベルトは必死に声を上げる。
「遅いよ」
前方から来た女戦士が、アダルベルトを袈裟斬りにし、アダルベルトは血を噴き出しながら落馬した。
川の上流では、プルミエールの合図を待って待機していた兵が、堰き止めていた川の水を放流したのだった。
100メートルはある川幅一杯に、大量の水が流れていく。
重い鎧を着た兵は、たちまち滝のような水に飲み込まれ流されていった。
空を飛べる者は上空へ逃げるが、数としてはそれ程もいない。
魔皇軍は第1軍が半数近く濁流にのまれ、司令であるアダルベルトは敵将に斬り伏せられた。
第2軍の被害はもっと多く、ほとんどの者が川の水の餌食となった。
オルザエンクの消息は分からなかった。
空から火球がプルミエールに向かって飛んでくる。
先程敵将であるアダルベルトを斬った女戦士プルミエールは、火球を剣で弾く。
飛ばされた火球は川沿いの草むらへ落ち、大爆発を起こす。
その一瞬の間にディグラナータがアダルベルトの身体を抱え、また空へ飛び去っていく。
「やるね」
プルミエールは、遠ざかるドラゴニュートに賛辞を贈ると、肩に掛けていた弓を取り出し矢をつがえる。
(命中率上昇、空気抵抗排除、筋力上昇)
何事かイメージすると、みなぎる力で矢を放つ。
「届くかよ!」
ディグラナータが更に速度を上げて逃げようとする。
「な、なんだこの矢は! どんなに強く射ても、ここまで届くわけが……!」
左脚に激しい痛みを覚え、抱えていたアダルベルトを取り落としそうになる。
両手で抱えながら、アダルベルトの襟元を口で咥え、必死の形相で離すまいとする。
(左脚を持って行かれた! ちくしょう! バランスが取れねぇ!)
フラフラとよろけながらも、どうにか魔皇軍の陣へ逃げ延びたディグラナータがアダルベルトを下ろすと、その場で倒れて意識を失った。
後方支援として控えていたアガダラが駆け寄る。
「よくやった、ディグラナータ! こっちは、アダルベルト老か」
アダルベルトは左肩から右脇腹にかけて袈裟懸けに斬られており、傷はかなり深い。
ディグラナータは、左脚の膝から下が無かった。
「2人とも、ひどい傷だ」
すぐさまアガダラが救護兵を呼び、治療に当たらせる。
「それにしても、人間どもめ……。これであれば、もっと地形も調べておくものであったか」
アガダラが歯噛みするが、敵の策略にまんまと乗せられた形になったことは覆しようがない。
「敵の追撃が予想される。各員、なるべく味方の兵を糾合しつつ、ザリュートまで撤退せよ! 退却だ!」
アガダラがその場にいる部下へ指示し、自らも撤退を始める。
(こうなっては仕方が無い。伝令を使って、グルモルにも知らせなければ。グルモルの軍がこのまま敵城の裏に行っても、本隊がいなければ勝ち目はない)
撤退する荷車にアダルベルトとディグラナータ、その他の負傷兵を載せ、アガダラはザリュートへ向かう。
遠征で受けた初めての敗北は、部隊の壊滅という大きな痛手を魔皇軍に残していった。




