7魔 行く手を遮るもの
エクスパニア共和国の西のワフォール城を後背から攻めるため、グルモルは山間の谷を進んでいた。
足の速い魔獣の軍だけであればともかく、アンデッドも率いているため、思った程行軍速度が上がっていない。
「こんな調子じゃ、オレが行くまでにアダルベルトの爺さんたちが城を落としちまうかもしれねぇな」
谷とはいえ、それなりに広さが確保できているため、隊が渋滞したりはなかった。
一応は、日数として遅れを出していない。最低限はクリアできている行軍である。
焦りはあるが、遅れているわけではないので、戦力を分断するわけにもいかない。
「ま、そうなったらそうなっただ。爺さんたちには酒でもおごって許してもらうさ」
のんきに構えるグルモルの耳のすぐそばを、一矢影を残して通過した。
矢羽か風圧かで、グルモルの頬から血が流れる。
(このオレとしたことが。殺気を感じていなかっただと……!)
数本、矢が飛んでくる。
グルモルには当たらないが、周りにいる魔獣や、魔族兵が射抜かれて倒れていく。
「敵襲! 警戒を密にせよ!!」
(出遅れたか)
グルモルは、自分の反応が鈍っているのではないかと思った。
(それか、相手が余程の手練れということか)
グルモルを襲ったのは、フォーラン大陸からの援軍で、エイル教団の隠密部隊であった。
彼らは、谷を縦横無尽に走り回り、木の上や岩の陰から矢を放ってくる。
「ちっ、面倒な奴らが来たもんだ。それに、ここからオレたちが来ている事がバレちゃあ、奇襲も何もねぇからな」
グルモルは部下に指示を飛ばし、ちょこまかと走り回る厄介者を殲滅させようとする。
隠密部隊は、足が速いだけではなく、敏捷性にも長けている。
また、隠密だけあって、隠れることも手慣れたものであるため、グルモルの部下たちは全くと言っていいほど、相手を仕留められないでいた。
魔獣部隊でも同様で、匂いから辿っていこうにも、浅瀬を越えたり、木の上を渡って行ったりなどすると、その追跡もできなくなってしまう。
「全く、面倒な奴らどもだ」
グルモルが、大きく意気を吸う。
それを見た部下たちは、一斉に耳を塞いでうずくまる。
魔獣の中でも知恵の働く者たちは、なるべく物陰に隠れるようにする。
「うおああああああ!!」
グルモルがとてつもない大声を上げる。
大声というよりは、音響爆弾と言ってもいいだろう。
音波の直撃を受けた者は、一時的な聴覚障害に陥り、三半規管が麻痺することにより、方向感覚を失ってしまう。
隠密部隊にしてみれば、厳しい訓練をしたとはいえ、鼓膜までは鍛えられていなかったため、ほとんどの者がおぼつかない足取りでフラフラしているところを、グルモルの使役するリビングデッドやスケルトンたちに討ち取られてしまった。
グルモルの足元には、耳から血を流して倒れている隠密が3人いたが、もはや息をしていなかった。
その隠密を踏みつけ、グルモルが雄叫びを上げた。
「こういう時には、耳が聞こえるんだか聞こえないんだかよく判らねえアンデッドどもが役に立つみてぇだな」
マディーラから預かった杖をしげしげと眺め、感慨にふける。
「さてと、こうもしていらんねぇ。先を急がねぇとな」
グルモルが谷を進もうとすると、あちらこちらで爆発が起こる。
「なんだ! どうした!」
「グルモル様! 先程の敵が、爆発しました!」
「んだってぇ!?」
見ると、隠密の死体があったあたりから、また新しい爆発が起こる。
「やられた! 奴ら、自分が死ぬと爆発するように仕込んでいやがったのか!」
その目の前にいた敵兵の死体が、爆発した。
「危ない!」
横から飛び出した部下の1人が、グルモルを突き飛ばして自分がその上に覆いかぶさった。
細かい肉片や小石が降り注ぐ中、グルモルは部下の下になって息を潜めていた。
パラパラと降り続いていたものが収まり、爆発の音が聞こえなくなる。
辺りは、負傷したもののうめき声と、無傷な者が負傷者を手当てするために上げる声で満たされていた。
「つつ……。おい、お前大丈夫か!?」
グルモルが自分の上に乗っている部下に声をかける。
「は、はい。なんとか無事です」
部下は頭から血を流していたが、意識はしっかりしている様子だった。
「お前に助けられたな。ん、見ない顔だが、アガダラの部下か?」
「あ、はい。支援部隊として派遣されました、ヴァイスと申します」
「そうか。ヴァイス、助かったぞ」
「いえ、閣下がご無事であれば、何よりです」
グルモルが立ち上がると、埃を払い、怪我がないかを確認する。
同様に、ヴァイスの様子を見るが、頭を少し切ったくらいで、特に大きな怪我もなさそうだった。
グルモルが周囲の様子を見る。
「ちっ、余計な被害を出しちまったな。特に動きの鈍いアンデッドどもは、結構使い物にならなくなっちまったみてぇだな」
グルモルの感想通り、アンデッドは爆発に巻き込まれた者よりは、その破片でパーツが飛んでしまった者が多かった。
腕の1本であればまだ戦えるが、足をもぎ取られては、これ以上共に進軍することはできなかった。
使役の杖が一定の距離を離れると、アンデッドは体内に残留する魔力が尽きれば、活動を停止してしまう。
その点が自然発生したアンデッドと、人造のアンデッドで異なっていた。
1回の爆発で数名から数十名が戦闘不能になったが、それが数十回続いた後でも、全体からすれば被害は微々たるものだった。
「やれやれ、とんだ邪魔が入ったもんだぜ」
グルモルがぼやきながら、谷を進む。
周りは、断崖絶壁になってきており、その隙間をぬうように進んでいる。
左右にそそり立つ岩壁が、まるで侵入者を拒むかのようだった。
「おあつらえ向きの通り道みたいじゃねぇか」
グルモルの軍がだいぶ進んだところで、日が落ちてきた。
アンデッドに休息は不要ではあるが、魔族軍や魔獣たちには休みも食事も必要であった。
「今日は変な奴らと戦ったからな。早めに休むとしようか」
「はっ」
部下たちに設営の指示を出すと、大きな岩へグルモルが腰を下ろす。
「あと2日もすれば、ワフォール城の裏に出るはずだ。腕が鳴るぜ」
「閣下、この先に少し開けた場所があります。陣を張るならそちらがよろしいのでは」
前方から戻ってきたヴァイスが、息を切らせながらグルモルに進言した。
「お、そうか。偵察ご苦労、ヴァイス。もうそんなに動いて大丈夫なのか?」
「ありがとうございます、ご心配には及びません」
「そうか、頼もしいな。よーし、隊長たちは聞け。この先に広いところがある。設営はそことしよう」
「はっ」
部下たちが荷ほどきをしようとしていた荷物を持ちなおす。
間もなく、断崖に囲まれた道が広くなり、ある程度開けた場所に出た。
「うむ、これであれば天幕も張れよう。よし、者ども支度をしろ!」
次々と兵が広場へ集まり、天幕を張っていく。
他に手の空いている者は、竈を作って煮炊きの支度をする。
谷の道を辿ってから、このように開けた場所は初めてであった。
今までは隘路のため、休むとしても思うように座ることもできなかったが、今回は久しぶりに戦闘前の英気を養うことができそうだった。
「よーし、順次飯を食ったら休め。おそらくここが横になれる最後の場所だろう。しっかり休んで、決戦に備えよ!」
「おー!」
「各班、歩哨を出し警戒を怠るな。谷の前後にはアンデッドどもを配置し、警戒に当たらせる。有事の際は、アンデッドを盾としてでも、本隊に警告しろよ」
「了解です」
「閣下、決戦前の士気を高めるためにも、1人1杯の酒をお与えになられてはいかがでしょうか」
「ほほう、酒とな。だが、戦を前に、酔っ払うわけにもいかねぇだろう」
「そこは魔皇軍の精鋭。たかだか1杯の酒に、溺れる者はおりますまい。かえって意気高く、戦へ備えてくれることでしょう」
「そうか、ならば各隊長にそう伝えろ。やる気が出るなら、酒の1杯も飲ませてやろう」
「ご英断、流石でございますな」
「はっはっは。おだてても何も出ないぜ」
久しぶりに休憩らしい休憩が取れるということもあったためか、魔族の兵たちは思い思いに天幕の中でくつろぎ始める。
1人1杯ではあったが、酒もふるまわれたことで、兵たちの意気も上がり、グルモルへの忠誠も高まった様子だった。
魔獣も、ここぞとばかりに食料が多めに配給されていた。
「これからが戦の本番だな」
本陣の天幕の中で、グルモルが肉にかぶりついている。
「おう、ヴァイスはいるか?」
守衛の魔族に声をかけたので、天幕の外にいた守衛は、天幕の中を覗く。
「いえ、先程偵察に行くというので、あちらへ向かったようですが。なにかご用でもございましたら、私が承りますが」
「いやいいんだ。傷の具合がどうかと思ってな」
「左様ですか。見たところ、大丈夫そうでしたよ」
「そうか、ならよい。あいつには助けられたからな、改めて酒の一献でもなんてな」
グルモルは、手酌で酒を煽る。
次の酒を注ごうとしたその時。
「お、なんだ、地震か!?」
かなり大きな音と揺れがグルモルに伝わる。
天幕の外では、岩がぶつかる音や、崖崩れのような音が、他の兵の不安を助長させた。
「閣下、大変です!」
「どうした、何があった」
「今の地震でがけ崩れが……」
グルモルが天幕から出て、辺りを見回す。
夕暮れ時、まだ日の光が谷間に届いている。
広場の前後、崖の谷の通路につながるそれぞれの道に、人よりも大きな岩がいくつも転がって、道を塞ぐようにしていた。
「これは、道を通れるようにするまでが骨だぞ。いや、アンデッドということではなく、な」
自分たちが来た道であれば放っといても影響ないところではあるが、これから進もうとしている道は、通れるようにしなくてはならない。
「よーし、負傷者がいないか確認しろ。手の空いている者は、道の開通を目標としてまずは瓦礫の撤去からだ」
「それは必要ないよ、閣下」
崖の上から声がする。
グルモルが見上げると、夕日に照らされたシルエットが見える。
その目を細くし、誰か見分けようとする。
「おまえ、ヴァイスか……」
周囲は断崖絶壁。唯一の道と言えば、前後にあるものの瓦礫で埋まっている。
ヴァイスは無言で右手を高々と挙げる。
それを合図に、崖の上へ無数の人影が現れる。
「まさか、今のは地震じゃ……」
「ああ。私たちが落石させた時の音と地響きだよ」
グルモルの額に血管が浮かぶ。
「ウウウ……ヴァイス、きさま謀りやがったな!」
グルモルが絶壁をよじ登ろうとするが、爪を立ててもうまく引っかかるところが無い。
ヴァイスが手を振り下ろすと、周りの人影が藁束や枯れ草を広場に放り投げる。
「この時のため、崖をくりぬいて造った場所だ。それに崖には油苔を植えておいた。それこそ崖の上から梯子でも下ろさない限り、登ろうにも登れまいよ」
広場に藁束が降り積もっていく。
「この匂い……油か!」
藁束には、十分な油が染み込ませてあった。
「構え!」
ヴァイスが指示すると同時に、周囲の兵が火矢を構える。
グルモルが、怒りの視線をヴァイスに向ける。
「放てぇ!」
火の雨が、崖下めがけて射かけられる。
夕焼けの色とは異なる赤い光が、崖を埋め尽くした。
燃え上がる炎の舌が、広場を嘗め回す。
動きの遅いアンデッドは、なすすべもなく炎に包まれ、焼かれていく。
魔族の中には何人か弓で応戦するが、崖の中腹まで届いた矢は無かった。
右往左往する魔族に、逃げ場は無い。
抵抗していた者も、炎に焼かれて次々と倒れていく。
そこは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「うおおおおお!! おのれぇ!!」
グルモルは、皮膚が燃え、肺を焼かれ、声が枯れても、呪詛の声を絶やさなかった。
かろうじて剣を抜くが、それが何の役にも立たないことはグルモル自身が理解していた。
「閣下、あなたは魔族でも一緒にいて愉しそうな方だった。できたら敵ではなく、1人の戦士として話がしたかった……よ!」
ヴァイスは、渾身の一矢をグルモルに向けて放つ。
「ガッ!」
矢は、狙い過たずグルモルの眉間を貫き、その鏃は後頭部へと達した。
炎で眼球が焼け落ち、ぽっかり空いたその眼窩を、ヴァイスに向けて立っている。
四肢が炭化したためか、矢の勢いで多少はのけぞったものの、直立不動の姿勢のまま、大きく開けた口からは未だ呪いの声を発しているようにも見えた。
魔族の兵や魔獣は、炎の中でもがき、のたうち、倒れていく。
黒い煙を吸って倒れる者もいれば、炎から発生する熱で衣服が燃え、皮膚が焼けただれ、両手を前に突き出し、生者のままリビングデッドのような動きをする者もいた。
動きを止めない者に対しては、人類救世戦線の兵たちが、崖の上から容赦なく矢の雨を降らせる。
炎が収まったとき、崖下に動く者は誰1人としていなかった。
肉と物の焦げる匂いが、辺りに充満していた。
黒い煙に乗り、死者の魂が天へ昇っていくようだった。
「そうしたら、人間と魔族、話ができる世界の可能性が見えたかもしれないな……」
次回、アインツたちが嵐の魔神を従え、これからどうするか考えるお話です。




