29騎 中に住まう者
「教会の中にいる方と話をしたい」
アインツが、両手を広げながら教会に向かって話しかける。
「そこで待て!」
教会の中から声が聞こえる。
アインツは、一旦その場にとどまる。
教会は、アインツたちが放棄してからそう変化があるようではなかった。
外側に向けられた、外敵の侵入防止用の杭は、いくつかロープがほどけ、倒れていたが、違いがあるとすればその程度であった。
ロマネスク様式にも通じる石造りの荘厳な雰囲気も、ところどころ崩れた廃墟に近い風情や、なにより自分たち以外の者の拠点となっている様相から、不気味なオーラが見えるような錯覚さえある。
近寄り難い、というイメージの方が、余程以前の教会とは違う気がしたくらいであった。
「いいだろう、オレが代理として話をする」
教会の正面入り口の扉が、ゆっくりと開く。
声の主が、教会から出てくる。
がたいのいい、赤髪の戦士と見えた。赤銅色に日焼けした肉体は、かなり鍛えこまれているようだ。
腰にはブロードソードを佩いているが、柄にはガードをかけ、すぐには抜けないようにしている。
アインツは、ローテフェザーでは見たことがない顔だった。少なくとも、ギルドのメンバーではなさそうだ。
「私はアインツ。白銀の守護者のリーダーをしています」
「オレは赤髪。夜空の剣のリーダー代理を務めている」
赤髪と名乗る男と挨拶を交わす。
「今、南部連合に攻められ、そこから逃げてきたところです。こちらには、その攻められた村々の生存者が多数います」
「それは難儀だな。で、ここを力ずくで奪い取ろうという事かい?」
鋭い視線をアインツに投げる。
「行くあてもなく、以前この教会を拠点にしていた事もあったので、また舞い戻ってきただけです。あなた方が今使われているのであれば占有権は認めますが、できれば少し、休む場所を貸して頂きたいのです」
「ほほう、白銀の守護者とはどこかで聞いた名だったが、そうか、置き手紙の本人たちかい」
「それを証明する事が、あんたにはできるかい?」
赤髪は、柄のガードを取り、その柄に手を当てる。
緊張が走る。
「こりゃ、ヤバそうっスかね」
遠目に見ていたマイキーが、他のメンバーに聞こえるでもなく、話す。
「戦闘は避けられない、のでしょうか……」
クーネルが少し残念そうにする。
剣が鞘から抜き放たれる音が響く。
赤髪がブロードソードを構え、アインツに突進する。
アインツは腰に手を当て、ロングソードを抜く。
赤髪がブロードソードを上段に構え、振り下ろす。
アインツは、すんでのところで左へ避け、躱す。
振り下ろされた剣が地面にぶつかる、その衝撃をバネにしアインツへ襲いかかる。
アインツはロングソードの切っ先を相手の剣の峰に沿わせる。少し力を入れることで赤髪の剣筋が逸れ、アインツの身体には届かない。
たたらを踏みそうになるところを赤髪がこらえ、軸足に力を入れる。
そこから逆袈裟に振り上げようとするが、アインツが柄で赤髪の左腕を叩く。
赤髪がブロードソードを取り落としそうになり、一歩下がる。
「やるねぇ。だが!」
赤髪が全身に力を籠める。
「筋力上昇、知覚上昇、命中率向上、武器先鋭化!」
立て続けに能力開放を行う。
髪が逆立ち、オーラが小さな火の粉のように赤髪の身体を舞う様は、全身が燃えているようにも見える。
「こっからが本番、だな!」
筋力上昇で、瞬発力も足の速さも格段に向上した赤髪が突進する。
傍から見れば、炎を纏った赤い光の矢がアインツに向かっていくかのようだった。
真っ直ぐ剣が自分へ向かってくるのを見て、アインツはロングソードでその勢いを逸らそうとする。
剣と剣がぶつかり、本当の火花を散らす。
赤髪の突進を、アインツはすんでのところで躱す。
赤髪が反転してなおもアインツに突撃しようとする。
アインツはバックステップでこれを躱す。
「なんだ、逃げてばっかじゃ勝負にならねえぞ!」
赤髪がアインツを挑発するが、アインツはそれに動じない。
「いいでしょう。全力でかかってきなさい」
あいんつが赤髪を手招きする。
「ったらぁ! 死んでも後悔すんなよ!!」
赤髪が上段から剣を振り下ろす。赤髪の得意とする上段攻撃だ。
アインツが剣を横にし、その攻撃を受けようと構える。
「そんななまくらごと、たたっ斬ったるぁ!!」
またも剣と剣がぶつかる。
「!!」
気が付くと、赤髪はブロードソードを振り下ろした形で止まる。
その喉元には、アインツのロングソードの切っ先が向けられていた。
一瞬、赤髪は何が起きたのかを把握できなかった。
アインツは、ロングソードを構え、赤髪の縦の振り下ろしを待った。
ブロードソードが触れる瞬間、ロングソードを斜めにし、ブロードソードの力と勢いを、自分に対して縦ではなく、横のベクトルに変換したのだった。
赤髪の攻撃を逸らした勢いを自らの回転運動に変え、半回転して赤髪の背中を取ったのである。
そして後背からロングソードを赤髪の首に向ける。
これで勝負あった。
「わかった、わかった! オレの負けだ!」
赤髪は、ブロードソードを落とすと、両手を上げて降参の意思を示した。
アインツも、武器を収める。
「流石は名にし負う白銀の守護者、アインツさんだ」
拍手をしながら、教会から男がもう1人現れる。
すらりとした長身、引き締まった身体は、赤髪とは違うタイプの戦士だ。
柔軟な四肢から繰り出される攻撃は、直線的な攻撃とは異なりそうな、そんなイメージをアインツは受けた。
「私はルミナイト。夜空の剣のリーダーです」
ルミナイトと名乗る戦士が、アインツの許へ歩み寄る。
「信じる信じないはともかくとして、教会にいたのは私たち2人だけです。あなた方には、力も数も勝てません。降参です」
「潔い態度ですね」
「戦ったところで、勝てる見込みもありませんが、少しでも交渉を有利にしようと、力を示したいと思いましてね。ただ、お相手が白銀の守護者とは」
「一応、本物だと解ってもらえましたか」
「ええ、もう十分すぎる程に。それに、たとえ偽物だとしても、赤髪に勝つその腕前。私たちが束になってかかっても、おそらく私たちの勝ち目はないでしょうね」
「あなた、ルミナイト、さんと言いましたね」
アインツが確認する。
「ええ。夜空の剣のリーダー。ギルド、ノイ・ブリュッケの戦士です。」
「ですって、クロノスさん」
アインツが後背の一団に声をかける。
「おお!」
一段の中から、やせぎすで骨と皮だけのような、不健康そうなローブの男が、よろよろと進み出る。
「ルミナイト、生きていたんだ!」
「んな、その病的な姿。クロノスか!?」
「そうだぞ、ルミナイト! このオレを見忘れたか!?」
「見忘れるもんか、お前みたいな生きるホラー顔! 一生忘れんわ!」
クロノスとルミナイトは、拳と拳をぶつけ、互いの右腕を交差させ、次は左腕を交差、最後に互いの右手でハイタッチをする。
「おまえ、死んだかと思ったぞ」
クロノスは、懐から指輪を取り出し、ルミナイトに見せる。
オークが持っていた、リング・オブ・アンブッシュだった。
「おお、それな、オークに襲われていた時に無くしたとばかり思っていたが、そうか、奴らが持っていたのか」
「それにしても、よく生きていたな。オークの戦利品になっていたものと思ったぞ」
「バカ言え、たとえ武器が木の棒だとしても、オークごときにはやられねぇさ。それにおまえの方こそ、川に流された時は、もうだめかと思ったぞ」
「ああ、そうだと思ったがな、生きていてよかった」
「互いにな」
「で、クロノス。やはりこの御仁は」
「白銀の守護者を束ねられる、将来聖騎士王となることを神に約束された、アインツ・ヴァイ・ドライ陛下だ!」
クロノスは決め顔でルミナイトに宣言した。
「またクロノスの妄信教が出たっス」
マイキーが、やれやれと手をひらひらさせる。
エレーナたちも、苦笑をこらえきれない。
「だが、あれだけの力量差。王かどうかというところはさておき、かなりのお力であることは明白」
「こっちの本気でも、ちっともかなわなかったぜ。あれでも、強化スキルとかは乗せてないってんだから、恐れ入ったぜ」
ルミナイトと赤髪のブレンが称賛する。
「クロノス程の曲者が、ここまで傾倒するのも判る気がするよ」
ルミナイトが、改めてクロノスとアインツを見る。
武器を持って戦う者からすれば、アインツの規格外な強さは、憧れの対象である。
純粋な力であれば、魔法使いの方が強いかもしれない。
だが、そのいでたちや姿勢、抜きん出た技のキレ、剣を持たない者だからこそ、クロノスには神々しくも見えたのであろう。
それは、ルミナイトたちにも解るような気がした。
ただ、そう賛美されればされるほど、アインツの顔から困った表情が消えることはなかった。
「いっそのこと、王を目指すのも悪くないかもしれぬのう、アインツ陛下?」
アインツへエレーナが囁く。
「そんな気はありませんよ、聖女様」
「ばっ、あれはだな、村の者どもが勝手に……!」
「でも」
「ん?」
「できたら、私を慕ってくれる人には、生きていてもらいたい。その上で、できることなら笑顔でいてもらいたい」
「出たな、おぬしの持論が」
「傲慢かもしれないけど、自分が皆を守れるなら。自分の力でそれができるなら、王にでもなんでも、やれることはやりますよ」
「ほほう。言うもんじゃの」
「ま、できるだけのことだけなので、できないことはできませんよ」
「その時は、儂を頼ってもよいのじゃぞ」
「大丈夫。そうじゃない時でも、頼りにしてます」
「……あ、あんまり、頼られても。ま、まぁ、よいじゃろう」
エレーナは、しわぶきをひとつすると、教会へ向かう。
「もう、入ってもいいんじゃろ?」
ルミナイトに、エレーナが聞く。
「もちろんです、できたら、中でいろいろとお話を伺いたいのですが」
「まずは中央の大ホールを村人たちに使わせたい。他の部屋は、適当に割り振ってくれればいいじゃろ」
勝手知ったるなんとやら。
エレーナは、ルミナイトたちに指示を送り、部屋割りを依頼する。
村人たちが、教会へ入っていく。
久しぶりの屋根の下の夜を過ごせると、安堵の表情が浮かぶ。
次回、人類の領土に侵攻している魔族のお話です。




