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24騎 南部連合

 南部連合。

 複数国家の共同体である。

 

 元はスリード王国の版図ではあったが、数代前から王国南方の領主らの間で独立の機運が高まり、今から110年前、5代目前の国王、イナンディル王の御代に、自治権を認めることとなった。

 

 その代わりとして、属国であること、冊封さくほうを行うこと、領主が年次の初めに参勤することが義務付けられていた。

 

 イナンディル王の実弟で、当時の公爵であるオロエウス、後のオロエウス僭称王がこれらの条件を受け、形なりにも独立を果たしたのが、南部連合盟主のアガレスディア公国の起こりである。

 

 オロエウスは、初年度こそ独立の条件を満たしていたが、その翌年には冊封さくほうを行わず、自らを王と称し、アガレスディア公国からアガレスト王国へと国名も変えるに至った。

 付き従うは、ブルーレティ公国、ゴルフェメル国、フェリストメレク領、マーロン自治区であり、それに加わらなかった周辺都市国家は、オロエウス率いるアガレスト王国軍に殲滅、吸収された。

 

 その頃、スリード国王イナンディルは、弟の反乱とも取れる所業に業を煮やしたものの、直接的な軍事衝突にはせず、王国との境にあるユーラフラス川を国境線とし、平和的解決を模索した。

 

 南部連合の士気は高く、スリード王国への侵攻も視野に入れていた頃、連合領内のデモルギア湖より発生した魔瘴により国内で疫病が蔓延。

 これによって南部連合の人口は、独立当時のおよそ半数となり、戦どころの騒ぎではなかったのである。


 この疫病は、魔族の侵攻や、スリード王国の陰謀であるという噂がまことしやかに囁かれたが、それを証明するには至らなかった。 

 なお、この時に発生した魔瘴により、デモルギア湖は透明感のある澄んだ水とは裏腹に一切生物の棲めないものとなり、土地の人々は、その青く水をたたえる湖を、暗黒の湖と呼ぶようになった。

 

 以降、南部連合の国力は大幅には改善されず、消極的ではあるものの、スリード王国の属国であるという地位に甘んじていたのである。

 

 その南部連合が、100年の関係を捨て、スリード王国に向けて軍事攻撃を開始したというのだ。

 

 南部連合軍は、スリード王国の国力を低下させるべく、王国南部の穀倉地帯の壊滅を攻略の第一歩とした。

 軍はユーラフラス川を越えると、モヤージュ村、ノエス村、アチ村と、次々と村を襲い、家を焼き、田畑を荒らし、人々を殺していった。

 

 その次に襲われたのがブラル村で、その頃にはモヤージュ村などから命からがら逃げおおせた村人が、危険を知らせに来たというところだったが、守りを固めるまもなく、逃げる支度もすることもできず、南部連合軍が押し寄せてきたということだった。


「わしらも、取るものもとりあえず、逃げられる者だけでも逃げてしたわけじゃ」

 レオロ村に辿りついたブラル村の生き残りの内、最年長の老人が説明する。


 レオロ村の長老さまであるクエスの家に、再度人が集まる。

 部屋は狭いものの、入り口の戸は解放され、外にいる人だかりにも、中の様子がうかがえるようになっている。

 

「ことは急を要す。近く、このレオロ村にも南部連合軍はやってくるだろう」

 クエスが場の代表として口火を切る。

 

「おおよそのことは理解した。こんなこともあろうかと村はずれに避難壕を作っておいた。戦えない者はそこに避難をするように。

 戦える者は武器を持て。敵は軍とはいえ所詮は多国籍の者たちの寄せ集めに過ぎん。我らの村は、我らで守ろうぞ!」

 

「おおう!」

 村人たちから雄叫びが上がる。

 

「とはいえ、戦力としては力不足であることは否めんぞ。こんなもので勝てる見込みはあるのか」

 クロノスが鍬を持ってクエスに問う。

 

「親の親の、そのまた親の代から、この地を開拓し、生きてきた村人たちを、わたしが見捨てることもできんよ。王立魔術学園アカデミーを離れ、路頭に迷っていたわたしを拾ってくれた、その恩義には報いねばな」

「なるほど、それはあんたの都合だな」

 クロノスは冷たく言い放つ。

「もちろんだ。だから、これはレオロ村の問題だ。おまえさんたちは、ここから離れるといい」


 クエスは、アインツを見る。

「済まないな。できたらグレン砦にこの村の話をしてもらえないだろうか。こちらから伝令を出す余裕はなくてな」


 アインツはひとしきり考えていた様子だが、クエスに向かって提案をする。

「私たちは冒険者だ。クエストがあれば、それを受ける自由がある。

 働きに見合う報酬さえあれば、依頼を受けよう」

 あえてアインツは、他人行儀に言った。

 

 そのアインツに、クエスが寂しそうな笑顔で返す。

「ああ、知っていたよ。アインツ君、きみならそういうと思ったよ。

 だが、たかだか6人が加わったところで、戦況に変わりはないだろうさ」

 

 クエスの言葉に、エレーナが進み出る。

「クエス」

 隣に立つと、エレーナはクエスより頭一つ低い。

 

 唐突に、クエスの左頬へエレーナの全体重を乗せた右こぶしがめり込み、クエスを居間の床へ吹き飛ばした。

 

「歯ぁ食いしばれ! このドぐされエルフがっ!!」

 エレーナの瞳には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「貴様は、勝てない戦いへ挑もうというのか! こんな碌に武器も無く、戦場をまともに知らない奴らを集めて。曲がりなりにも敵は軍だぞ! 数だって何倍いるか判らないというのに!」

 倒れて頬を抑えるクエスに、エレーナは怒声を浴びせる。

 

「貴様が死ぬのは構わん! せいせいする! だが、こいつに、アインツに、二度も貴様の死を見せるな! あんな思いを、二度とあの馬鹿にさせるなっ! 痴れ者がっ!!」

 てろてろが、わめき散らすエレーナを抱きしめる。

 エレーナは、てろてろの胸に顔を埋め、堰を切ったかのように、声を上げて泣きじゃくった。

 

「クエスさん、わたしも、あなたをもう失いたくないです。どうでしょう、アインツさんの提案を受けてもらえませんか」

 クーネルが、クエスの様子を伺いながら尋ねる。

 

「大丈夫、わたしもアインツさんも、あの頃よりさらに強くなっていますから。一騎当千の白銀の守護者、その実力を存分にお見せしましょう」

 

 クエスがかろうじて上半身だけ起こす。

 殴られた左頬を手で押さえるが、痛みはより増すばかりだ。

 

「ひ、ひひだろふ……いいだろう。ほまえさんたち、わたひたちを、レオロ村を、助けてはふれまいか」

 

「だが、あれは殴ってから言うセリフじゃなかったぞ、エレーナ……」

 クエスは、意識が闇に落ちる直前、なんとかその言葉だけを吐き出した。

 

 レオロ村の人口は100人足らず。

 異変を察知して戻ってきた者もいるが、数名は狩りや採取に行ったまま戻ってきていなかった。

 

 避難壕は、40人程が一度に入ることのできるもので、斜めに洞窟を掘り、入口に蓋をした簡易的なシェルターだった。

 村人全員を避難させることはできないため、女性と子供を優先して壕へ避難させ、他の者は外で防衛にあたることになる。

 

「戦える者は武器を取ってもらいます。私たちが討ち漏らした敵を、防いでいてもらいたいのです。

 避難壕に到達しないよう、押さえてもらえれば十分です。

 倒す、勝つ必要はありません。死なないことを第一に考えてください。私たちがすぐに駆けつけます」

 

 クエスが村人に今後の対応を指示する。

 殴られた左頬は、エレーナの魔法で治っていた。

 村人の前に出るのに、腫れた顔では士気にかかわるという判断からだ。

 

「わたしは村の代表として、先方の話を聞いてこようかと思う」

「クエス、どうせあなたは止めようとして止まる人じゃない。私も共に行きましょう。必ず、あなたには指一本触れさせません」

「お、言い切ったねアインツ君。白銀の守護者のリーダーが言うんだ。お言葉に甘えようじゃないか」

「茶化すな」

 アインツが軽く、クエスの頭を小突く。

 

「ならば、儂も行こう」

 エレーナが名乗り出る。

「おぬしらだけでは不安じゃろう」

 アインツは少し考えたようだが、きっぱりと断った。

「エレーナさんは貴重な回復役です。前線に引っ張り出すわけにはいきません」

「儂とて、己の身は己で守れるわい」

「それは承知の上で、です。私たちだけならどうとでもなると思いますが、村人に被害が出た場合、この集会所で対処してもらう人が必要です。

 どうか、お願いできますね」

 

 エレーナは逡巡していたが、アインツの指示に従うことにした。

 

「最近、エレちゃん積極的っスね~」

「うっさい、黙らんか」

 エレーナがマイキーに蹴りを入れ、マイキーがわざとらしく痛がったふりをするのを見て、クーネルや村人たちが笑い声をあげる。

 

 建物の二階から弓を構える者、壁や干し草の束、樽などの陰に潜んでいる者、村の入り口の柵の前で武器を構える者。

 戦える者は、各々自分の定められたポジションで待機する。

 

 アインツは、クエスと共に街道に出て、南部連合の兵たちと接触を持てるように準備している。

 手には、使者としての黄色い旗を掲げた旗竿を持っている。

 

 エレーナは救護班として、村の若い女性たちを集め、集会場でスタンバイした。

 

 村の入り口には、てろてろとクーネル、クロノスが、入り口担当の村人と共に控える。

 てろてろは戦士ではあるが実戦経験が少ないため、クーネル、クロノスは魔法使いで近接戦闘には不向きであるため、後衛のポジションとなった。

 

 マイキーは物見櫓に陣取る。

 レンジャーの技能で索敵を行い、村全体に状況を伝達する役目だ。

 加えて、敵が接近してきた場合には、弓での遠距離攻撃で援護を担当する。

 弓には、クエスがかけた攻撃向上、命中率上昇の付与魔法がかけられており、矢にはクロノスがかけた痺れの魔法の効果がある。

 これらは永続魔法ではないため、長くても3時間程度しか効果が無いが、無いよりはましだということと、短期決戦に持ち込もうという意図も込められていた。

 

 街道の先に、土煙が見え始めた。

 だんだんと村へ向かっているのが判る。時間と共に、土煙が大きく、広くなっていくからだ。

 

 村の門からアインツたちまで、およそ100メートル。

 その先、南部連合の兵士たちまで、およそ500メートル。

 

 人影が見えるようになる。

 街道だけでは収まりきらず、両脇の草原や畑にまで兵士が入り込んでの行軍だった。

 

(あの畑は、また造りなおさねばなるまい)

 クエスは苦々しく思うが、面には出さずにじっと待つ。

 

「もの申す!」

 クエスが凛とした姿勢で、集団に向けて声を発した。

 人影が止まる。

 

「集団の長に告げる。わたしはスリード王国レオロ村を代表する、クエス・レルフィーと申す者。

 我らに剣を交える意図は無し。作物を踏みにじる行いにはあえて目をつぶろう。

 まずは使者殿よ、前に出でて口上を述べられよ!」


 クエスの声かけに、集団の中から1人の戦士が進み出る。


「おお、誰かと思えば。久しぶりだな」

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