2魔 初手
前回までのお話。
魔皇レグルスは、自分たちの領土へ侵攻してきた人間たちへの報復として、人間界への侵攻を始めるため、部下の武将たちへ戦の指示を出した。
ウルグスト皇国。
魔皇、レグルス・デュパート・エレイン・ウルグストが建てた国家であり、レグルスを主とした絶対君主制の政治形態を採っている。
憲法はあるもののその影響範囲は魔皇には及ばず、魔族を従えるための、また、魔族同士の秩序を保つためのものとして制定されているに過ぎない。
それまでは、魔界を統治する者はなく、魔族が単独に、多くても氏族単位で生活を営む、無秩序なものであった。
以前より魔王という存在はあったが、魔王は魔界のすべての魔族の中で最強の個体であるというだけであり、魔界の統治者という訳ではなかった。
そのためか、力に従属する者や、利害関係の一致する者は魔王の勢力下にあったが、独立不羈を標榜する者や、そもそも社会やコミュニティに接しないアウトローにしてみれば、強いて迎合する必要はなかったのだ。
それどころか、他者に額ずくを良しとしない、独尊心の強い者たちにしてみれば、魔王という存在は、己の自由を妨げる邪魔者以外の何者でもなかった。
その中で、レグルスは魔界一族の統一という難事を成し遂げ、ついには魔皇に即位したのだった。
単純な力勝負ではレグルスに勝てる者はおらず、そのためまずは力で抑え込むところから始まった。
強大な力を持つ族長を討ち果たし、その氏族を配下に加える。
力を第一とする者には、レグルスの力を示し、従える。
反抗する者は、敵であれ見方であれ、容赦なく滅ぼしていったが、それは一族、血族などには及ばず、従属する者には寛大な姿勢で取り込んでいった。
ある程度レグルスの支配する魔族が増えてきたところで、それらをまとめる役が必要となる。
それが各魔皇軍の司令と、参謀である。
魔皇軍第1司令、アダルベルト・パラーナ。魔族の大種族、深淵の一族の長。統率力には抜きんでたものがあり、レグルスにも苦言を呈することができる実力者。その言葉はレグルスにとっても有用であるため、反感を買って処罰されるどころか、更なる信頼を得る結果となっている。死の女神ラグナを信奉する。
第2司令、オルザエンク・シュトロース。一本角族の長。年齢的には老いと戦う頃合いであるものの、そのような気配は微塵にも感じさせない。信ずるは戦の神アレン。
第3司令、グルモル。獣魔の中で突出した戦闘力を持つ。魔皇には及ばないが、近接戦闘においては他を寄せ付けない圧倒的な力を持つ。魔族随一の猛将。オルザエンクと同じく、アレンの信者。
第4司令、カチュア・クエランドール。絶世の美女。すれ違う者は二度見どころか三度見を余儀なくされる程の美貌の持ち主で、流れた浮名も数知れない。本人曰く、美しさを与えるのも愛の形であり、美を愛でる者に罪びとはいないという思想の持ち主だ。美の魔神カリーナの熱烈な信奉者。
第5司令、マディーラ・マクシミリアナ・アウラム。どこからか勝手に湧いた汚女子。その匂いは魔獣よりも臭く、触れた物は瞬時に腐るという恐ろしい噂が立つが、本人はまったく気にしない。彼女の領土は絶海の孤島にあったが、ゴミではなくマディーラの言うところの資源を集めていたところ、資源が海を埋め立て、かなりの広範囲で領土が拡大したという話がある。死の女神ラグナの生まれ変わりとも言われる。
第6司令、アガダラ・オダトース・キリメンツ。夢魔族の長。独立部隊として、影の仕事に従事し、敵国の裏部隊などで暗躍する。そのため、配下の人数は少ないものの、精鋭が揃っている。夜と闇の神メーディスを信ずる。
第7司令、ジョルーダ・ベップ・ランジュリア。鬼族の長。精巧な宝飾品を造る腕を持ち、建築にも造詣が深い。鉄と炉の魔神チックボックを崇める。
参謀長、ミラ・モア。知識の神アーテを信奉する。
また、内政については、国務尚書や法務尚書、内務尚書らが受け持ち、軍事体制を支えている。
魔界は資源が豊富であり、作物も実り豊かであるため、今までの生活でそれほど苦労なく過ごすことはできた。
長命で、かつ個体の生存能力が高いゆえに死亡率が低く、そのため魔族の人口は多くなかった。
人口が多くなくとも、労働力という点では魔法を使った効率的な生活に不足はなく、食糧難にも陥ることもなかった。
特に、魔法に加え、魔神、神の存在が、その生産に寄与していたといえよう。
魔神は、神としての個別の存在があるわけではなく、力や効果、自然現象を指す抽象的な概念であり、それらの神格化として現在では捉えられている。
そのため、宗教的な思想よりは、力を引き出すための魔術的な要素の方が強くなってきている。
ただ、魔術的な要素は、日々の行いや宗教的儀式でベースアップすることができ、信心深い者には、その効果もより容易く、強力に得られることから、信仰のようなものが自発的に生まれてきているのであった。
単純な例えとしては、農作業を行うことで、大地母神ムラーファの加護が得られ、生き物を殺すことで、死の女神ラグナの恩恵が得られる。
また、水の魔神アグリスの加護を受ければ、船の航行を助ける海流に乗れ、大漁も期待できるというものだ。
信仰されている魔神には大きく、三魔神と七英雄神があるが、信者は少ないものの、この他にもあまたの魔神が存在すると言われている。
三魔神、太陽神ザサール。光と昼を司る魔神。
同じく三魔神、大地母神ムラーファ。大地と出産を司る神。
三魔神の三柱目である、天空神ヤーム。空、風、気体を司る。
英雄神、死の女神ラグナ。大地母神ムラーファと対する神で、深淵と死を司る。
他にも、火の魔神ブレイズール、水の魔神アグリス、森の魔神ドラアルニル、山の魔神トレイル、鉄と炉の魔神チックボック、そして、戦の神アレンが挙げられる。
また、魔皇レグルスは、魔皇軍すべてと戦っても、勝つことができるほどの圧倒的な武力と魔力を持っていた。
仮に魔皇が10の力を持つとして、魔皇軍が7程度に相当するだろうか。
これは、司令を含めた戦力だ。
であれば、魔皇が魔皇軍を持つ必要が無いかといえば、そうではない。
合力すれば、それでも戦力としては17にはなるし、魔皇独りで行うよりは、戦線の拡大や維持など、圧倒的に効率的なものも多く、ことによっては魔皇単体では無しえないこともあった。
何にも増して、魔皇は寂しがりやだったのだ。
『レイノルズ、いるかい?』
遠話鏡から、魔皇レグルスが侍従長に問いかける。
「はっ、おそばに」
レイノルズがかしこまる。
豪華な謁見の間、玉座の後ろの金糸銀糸で飾られた遠話鏡が、虹色の光を発する。
遠話鏡は、この皇宮の主とつながっている。
『アダルベルトが、なにやら困っていると聞いたが』
「第1軍はザール領メクレスで足止めを受けていると報がありました。その他の軍は、予定通りの侵攻を行っているとのこと」
『そうか。あのアダルベルトが苦戦しようものとはな』
「メクレスの宗主国たる、ザール・ベルンが増援をかけているとのことで」
『思ったより早いな。ザールはもう少し国内がまとまらないかと思ったが。その点については、アガダラが後背で攪乱するのを待つか』
「それにつきましては、参謀長閣下がご説明をと」
『ミラか。判った』
謁見の間に燕尾服を着た男装の麗人が現れる。
肉感的な身体は燕尾服でも隠し切れず、かえって身体のラインを強調するがごとく張り付いているが、それでも凛とした清廉さを失わない雰囲気が認められる。
「陛下、ご機嫌麗しゅう」
恭しく礼をするのは、参謀長ミラ・モア。
有翼種で、物事を見極める第三の目が額にある魔族。その知識量と判断力から、レグルスを頭脳面で補佐している。
「第1軍は、ウルグスト皇国領ガルム砦の南方の国家、メクレスへ侵攻するも、宗主国ザール・ベルンが援軍を出しているとのことで、実質、ザール・ベルンとの戦闘となっております。第1軍との戦力差はほぼ同数と見られます。
メクレスへの牽制として、第6軍をザール・ベルンの首都、ザリュートでの要人暗殺を差し向けております。
第2、第3軍は、東方のウアイス国へ侵攻、国都の占領も間近です。そのさらに東方にある、ナーシュロン帝国への足掛かりとすべく、第7軍のジョルーダ卿に拠点造成を行っていただく予定です」
『そうか、ジョルーダであれば、適任だな。で、あの姫将軍どもはどうした?』
ミラは顔をしかめるが、声には微塵も出さずに答える。
「カチュア様、マディーラ様は、ガルム砦にて第1軍の後方支援に当たっております」
『フッ、後方支援とはよく言ったわ。ミラと違って、どうせ女の趣味とやらをお互い言い合っているのであろうさ。
ふむ、とすると、美醜併せて置くこともあるまい。後方支援というからには、支援してもらうとするかね』
一息ついて、鏡がまた話し出す。
『マディーラは即時出陣し、アダルベルトを補佐せよ。一両日中にザールの狐どもを追い払い、メクレスを焦土と化せ。カチュアは南東、スティルマン同盟の三国に攻勢をかけろと伝えよ』
「流石は魔皇陛下。陛下の明晰さには知識の神アーテも舌を巻くことでしょう」
『よい。それと、砂人間についての進捗はあるか?』
「砂人間ですか。このところ数が減ってきているという話を聞きます。以前は砂になっても同じ個体が現れたらしいのですが、このところの砂人間は、砂になった後は二度と見なくなったということです」
『ほう、それは興味深い。引き続き、調査を行え』
「はっ」
ウアイス国領。
第2司令オルザエンクと、第3司令グルモルが轡を並べる。
オルザエンクは、一本角族の長で、ひときわ目立つのが額から生える一本の角。角そのものはまっすぐに生えているのだが、螺旋状に突起があり、さながらドリルのような形になっている。
「グルモル、おぬしはこたびの戦、どう思う」
見るからに武人といった様相のオルザエンクが、グルモルに問う。
グルモルは、武人というより野獣に近い。
「そんなもん、オレには興味ないね。このところ、めっきり歯ごたえの無い奴ばかりだ。国盗りくらいともなれば、少しは遊べるかと思ったんだがね」
「その点は、人間どもの不甲斐なさを実感するな」
「だろう?」
ウアイスの王都、ウワルアの市街地。目の前の小高い丘には、王都の中枢である議会堂が見える。
城壁前の戦闘であらかた兵力を削いだか、王都に入ってからは、抵抗らしい抵抗は見せなかった。
先遣隊を議会堂に向けて進ませたため、指揮官たるグルモル達まで届く攻撃が無かったこともある。
途中、家屋からゲリラ戦を仕掛けられたこともあったが、グルモル達には、食べ物にたかる蠅のような感覚で、軽く手を払う程度で蹴散らすことができたため、抵抗らしい抵抗に見えていなかったのである。
「そういえば、以前は、砂人間と呼んでいた者たちがいたが、最近は出会わぬな」
「砂人間?」
グルモルの問いに、オルザエンクが答える。
「そうだ、砂人間。それなりの強さがあってな、相手は大人数だったが、このオレでも苦戦したのを覚えているよ」
「ほう、おめえがか」
自分ほどではないものの、個体としての強さは群を抜いているオルザエンクが苦戦するとなると、それなりの相手だと言える。
そのような敵がいたということに、グルモルは少なからず驚く。
「倒したと思ったら、砂のように消えた。影も形も無く、な」
「ああ、それはオレも何回か戦ったことがある。奇妙な奴だったな。魔法生物か何かか?」
「それは判らん。だが、奇妙なのはそれだけではない」
「ん? どういうことだ」
グルモルが怪訝そうにオルザエンクの顔を覗く。
「同じ奴が、また戦いを挑んできたのよ」
突拍子もないことを、事もなげにオルザエンクが言う。
「まさか! 他人の空似、ってやつじゃないのか? それとも双子とか」
「それは、ないと思う」
「なぜそう言い切れる」
「以前交わした会話を、覚えておったのだ。そやつが、な。また会ったな、と」
「うっげー、なんじゃそりゃ! きっしょくわるー!」
「で、そいつどうなったよ?」
「また砂に返してやったわ」
ハハハ、と乾いた笑いを残し、オルザエンクは話を切った。
前方に何かを認めたオルザエンクは、瞬時に命の駆け引きを行うぎらついた眼に変わる。
「それより、最後の抵抗が来たようだぞ」
前方には、突撃をかけてこようとする騎馬兵の一団が見えた。
建物の陰に身を潜め、指揮官が来るのを待っていたようにも見える。
「国都陥落直前まで機動兵を残しておくなんざ、なってねぇな」
グルモルが呆れ顔で呟く。
「どうせなら、広いところで戦いたかったぜ!」
グルモルとオルザエンクが、ウアイスの騎士団に突進する。
「ちったあ楽しませてくれよな!」
夜を待たず、ウアイス国の国都は陥落した。
次回、アインツたちが南部連合と接触するお話です。




