17騎 後片付け
「アインツぅ~、遅いぞお~」
部屋から出たアインツを、エレーナが捕まえる。
「ねぇ、何話してたのよぅ。どうせまた、つまんない話なんでしょー」
あまりの豹変ぶりに、クロノスが目を丸くする。
「うわっ、どうしたこの変わりようは!?」
アインツは知っていた。敵の正体を。
「まーいーきー!」
アインツの押し殺した声が響く。
エレーナがアインツの腕を抱きかかえて、うりうり、とか言っているが、金属製のガントレット越しでは、ちっとも嬉しくない。
いや、嬉しいとかそういう問題ではない。
「酒を飲ませちゃいけないって、あれだけ言ったじゃないかー!」
1時間程前。
アインツたちが話し合いとして洞窟の奥へ消えた。
残されたクーネルたちは、生き残った討伐隊の兵士たちの火傷の手当てをしながら、洞窟の入り口に集まっていた。
クーネルたちにしてみれば、アインツは難しい話をしに行っているし、ただ待つというのも芸が無いと思っていた。
「追い剥ぎのねぐらだから、上等な物は期待できないかもしれないけど、それでもネズミよりはマシな食べ物があると思うんですけどね」
「そうっスね~。そういうことだったら、ちょっと家探ししてみるっスかね」
「え、ちょっと、やめなよ~。危なくないの? 罠とかあるかもよ」
「ダイジョブっスよ、てろてろちゃん。追い剥ぎ程度の罠に、このマイキー様がかかるとでも思ってンすか~。それとも、心配してくれちゃってンすかね~?」
マイキーが、ウヒヒ、といやらしい笑いを浮かべる。
「心配しているのは、クーネルの事じゃろ」
図星を突かれて、てろてろがゆでだこのような顔になる。
わざとらしく、マイキーががっかりした様子を見せる。
洞窟といっても、それ程部屋数があるわけではない。
また、侵入者用の罠もあるにはあるのだが、生活圏内にデストラップが頻繁に設置するようなことは、利便性の観点からもあり得ないことだった。
例えば、食堂に行くのに、いちいち槍衾の仕込まれた落とし穴を回避し、天井から回転する刃の隙間を潜り抜け、壁から出る鉄の槍を躱しながら進むなどしたら、命がいくつあっても足りないからだ。
その発想を逆手に取れば、入ってもらいたくない場所で、頻繁に行き来しない場所には、罠が仕掛けられているものだ。
とある一角に、目立たない扉があった。
鍵がかけられており、罠は、簡単なものが一つ。
頻繁に使うが、そうそう簡単に、誰しもが勝手に出入りさせては困る場所。
マイキーは、鍵開けのツールを取り出し、罠を調べ始めた。
鍵穴を直接覗き込むなどという行為は、片目を失うリスクが高く、お勧めできない。
鍵穴を見るにも、手鏡などを使って調べるのが常道だ。
いろいろな角度から調べ、なんとなく把握はできた様子だった。
取っ手と鍵穴に連動した罠が仕掛けられているようで、鍵がかかっているのに無理に扉を開けようとすると、中から何かが飛び出して来るタイプと判断した。
鍵を使えば罠が発動しないような仕組みになっているようだが、当然、合鍵などは持ち合わせていない。
罠を外すにも、ただ罠を外せばいいという訳ではない。
よくあるパターンとしては、射出口と思われる部分にシールドなどを当て、罠からのダメージを防ぐ方法。
毒矢や酸などでも、直接浴びるよりはマシだ。
「てろてろちゃん、さっきの武器庫みたいなところから、シールドがあったら持ってきてくんないっスか?」
と、マイキーが振りむこうとした時。
マイキーの顔の脇を、バトルアックスが掠めて行った。
バガァン!!
扉が、木っ端微塵に砕け散って、破片が辺りに散乱していた。
「邪魔だったから、蝶番辺りを壊してみようと、ちょっと試してみたんだけど……、壊れちゃったね、扉が」
てろてろが、てへっと軽く舌を出した。
「あっぶねー! あっぶねーよてろてろちゃん。マジ死ぬかと思ったわー、てか死んだわー。こえー」
マイキーが非難の声をてろてろに向けるが、てろてろはどこ吹く風であった。
その肩越しに、樽や麻袋が積み上がっている空間があった。
「ビンゴ」
クーネルが喜びの声を上げる。
それから数分後。
酒樽から汲み出した濁り酒を、マイキーが一息に飲み干す。
「っか~~! こんなところでアルコールにありつけるとは思ってなかったわ~。うンめ~~!」
コップを使うのももどかしくなったのか、樽からそのまま、両手ですくって飲み始める。
麻袋からは、リンゴやオレンジといった果物が転がり出している。
地上の、スーパーマーケットで売っているような程度の品質にも到底至らない物ではあったが、数週間ぶりに口にする果物、野生ではなく食用として栽培されているその果汁は、口にした途端、身体の隅々まで染み渡っていくような感覚であった。
「ひ、人が食べる、食べ物だ……」
クーネルも、自分が何を口走っているのかよく解らなかったが、小骨ばかりのネズミの肉や、普段なら見向きもしない野草、そんなものばかりで糊口をしのいでいた今までに比べれば、この食糧庫は、桃源郷と言っても誰も否定しなかったであろう。
貯蔵していたサラミやチーズにかぶりつく。
酒の盃が次々と空になり、また満たされていく。
初めはクーネルたちだけであったが、マイキーが討伐隊の兵士たちも呼んで、濁り酒の入った盃を手渡した。
降伏した立場からすると、男たちの感情は簡単なものではなかったが、戦場に生きる者として、盃を受け取る。
戦いが終われば、生き残ったもの同士の関係が生まれる。ノーサイドの精神に近いかもしれない。
死者を弔うことは必要だが、生きている者がいつまでも固執しては、次へ進めない。
討伐隊の兵士たちにしてみれば、複雑な気持ちもあったろうが、そこは百戦錬磨の男たちだ。
酒と涙で洗い流すことにしている。
ひとたび酒が入れば、あとは荒くれ者たちの集団。
どんちゃん騒ぎが始まった。
「エレちゃんも、そんなとこにムスッとしてないで、一杯どうっスか?」
マイキーがエレーナに酒を勧める。
「よい、構うな」
「そんな固いこと言わないでさ~、ちょっとだけ、ちょっとだけ。ね?」
「くどい」
「いいじゃ~ん、せっかくなんだしさ、ほら、さきっちょだけならいいでしょ?」
「何がさきっちょじゃ。でもまあ、少しだけなら、な」
「お、そうっスよ、そうでなくっちゃ~」
エレーナは、特に酒が苦手という訳ではない。
むしろ好きな方の部類だ。
「お、お、おおお、さすがエレちゃん、いい飲みっぷりっス~! こりゃオレっち惚れちゃうなー」
くはっ、と、エレーナがピンク色の吐息を漏らす。
盃をマイキーに向けて差し出す。
盃を返すのだろうと思っていたマイキーが受け取ろうとするが、エレーナの手が離れない。
「もう一杯、もう一杯よこせぇ~」
聖職者が、大虎に変身した瞬間だった。
そんな時、アインツたちが戻ってきたのだった。
ある程度の羽目は外してもよいとも思ったのだが、かなりの者が、既に酔い潰れ、横になり、寝息を立てていた。
「やれやれ。結果として、王国に縁があり、追い剥ぎを討伐するという点では同じ仲間とも言えなくも無いのだろうが。我が兵たちも、この有様とはな」
ベルンフォートが眉をしかめる。
アインツも、苦笑してしまうことを止められなかった。
誰かのいびきが、食糧庫に響く。
そしてまた一つ。
「ん?」
クロノスが異変に気付く。
いびきが、洞窟の奥からも聞こえるような気がしたのだ。
「アインツ様」
「ん、あの音……」
アインツが洞窟の奥に意識を向けた時、地鳴りが起こる。
ドドドドドド
奥から何かがこちらに向かってくる。
「総員、戦闘準備!! 洞窟奥を警戒!」
ベルンフォートが通る声で叫ぶ。
酒に潰れていても、そこは戦士たち。
寝ている者は誰もおらず、それぞれの獲物を手に、洞窟の奥に目を向けていた。
(訓練されている、いい戦士たちじゃないか)
アインツは、心の中で感嘆の声を上げる。
それだけに、先程の戦闘では残念なことをしたという思いも生まれる。
「ブモーーッ!!」
大きな塊が奥から飛び出し、一番先頭にいた討伐隊の戦士を弾き飛ばす。
出てきたのは、2メートルを超えるネズミのような獣。
短い体毛に埋もれた小さな眼。
異様に伸びた鼻は、常にヒクヒクと辺りを伺うように動いている。
そしてなにより特徴的なのは、大きく発達した両手で、長い爪は土をかき分けるのに使うためか、外側に向いている。
手を左右にかき分けて進む際に、また討伐隊の兵士が吹き飛ばされる。
この洞窟の主、クロオオモグラだ。
「モグラはもう使ってないンじゃなかったのかよ!?」
マイキーが誰に言う訳でもなく叫ぶ。
「クロオオモグラは、地中を回遊する獣で、数年から数十年かけて、自分の巣を行き来すると聞く」
ベルンフォートが知っている限りの情報を伝える。
「ンじゃ、久しぶりにお家へ帰ってきたってわけっスかー」
「追い剥ぎのねぐらといっても、定期借地権みたいなものだったのね」
マイキーのぼやきに、てろてろも軽口をたたく。
「てろてろちゃん、期限来たら更地にして返すとか、わらえねーっス」
言葉と裏腹に、マイキーがニヤリとする。
「うおぁ!」
アインツの雄叫びと同時に、金属同士のぶつかるような音が洞窟内にこだました。
クロオオモグラの爪を、アインツのタワーシールドが受け止める。
獣が一瞬動きを止める。
マイキーが矢を射る。
狙いは過たず、小さな眼に向かう。
ガキンっ!
アインツに抑えられていないもう一方の手が、矢を振り払う。
「ンのやろう!」
マイキーが舌打ちする。
「ここは魔法で!」
「よせ、クーネル。この地盤では、崩落でもしたら全員生き埋めじゃ。炎も酸欠を引き起こす」
「でも、手持ちの武器では」
アインツはタワーシールドを構えつつ、ショートスピアを繰り出す。
ダメージは与えているものの、かすり傷程度にしかなっていないようだ。
アインツが能力を使って攻撃した場合も、力が有り余って獣が爆散してしまうかもしれない。
魔法と同様、これだけの質量が弾け飛ぶ衝撃で、洞窟が崩れないとも限らない。
アインツが受けるダメージは大したことがないものの、攻撃も手加減しなくてはならないところがもどかしい。
「ここは私が」
そこへクロノスが歩み出る。
「攻撃魔法はよせと言うとるじゃろ」
「攻撃魔法、ではなければよい」
クロノスが、聞き慣れない詠唱と始める。
「ビーストテイム」
オオクロモグラが、一瞬ビクンと反応する。
が、その後は動きを止め、おとなしくなる。
「いったい何を……」
「動物調教の精神魔法です。上位魔法のため、あまり使ったことはないのですが、獣程度なら少しは静かにしているでしょう」
「今のうち、とどめを刺しては」
ベルンフォートの問いに、アインツが答える。
「いや、やめておきましょう」
「今のうちに必要な物を持って、ここから退散しましょう。幸い、先程飛ばされた兵たちも、治癒の魔法をかけておきました。特に大きなダメージも残っていないようですし」
「人には容赦がなく、獣にはお優しいとは、とんだ聖騎士様だな」
ゼメキスが棘のある言葉を投げかける。
「精神魔法でおとなしくなっているとはいえ、無抵抗の獣の命を無下に奪う必要も無いでしょう」
殺意を持った相手に対しては死をもって応えるという考えではあったのだが、基本的には、殺さないで済むのであれば、それに越したことはなかった。
そうでなくては、自分はただの殺戮者になってしまう。
「それに、獣にとってみれば、私たちの方が侵略者といえるでしょう。退散すべきは、こちらではないでしょうか」
所詮、兵士たちに断るいわれはない。
自分たちだけでは、クロオオモグラ相手に勝てるかどうかも疑わしいところだからだ。
「了解した。各員、撤収!」
号令一下、討伐隊の兵士たちは、装備を軽く整え、洞窟の入り口へ向かう。
アインツたちも、それぞれの荷物を持ち、洞窟を後にする。
オオクロモグラは、まだ静かに待機している。
「酒ぇ~、儂の酒ぇ~」
後ろ髪ひかれるエレーナの嘆きが、洞窟内にこだましていた。




