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16騎 誤解と和解

 勘違い、思い違いが不幸を生んだ。

 

 物陰から、満身創痍で出てきたのは、王国の紋章を胸に刻んだブレストプレートを着た戦士たちだった。

 戦士たちは獲物を手放し、何も持っていないことをアピールするよう両手を上げる。

 

「ドライと言ったか。我らは投降する。抵抗する意思はない」

 戦士の一人が苦しみながらもアインツたちに向けて言った。

 

「アインツ・ヴァイ・ドライ騎士王陛下だ! 呼び捨てるとは何事か! 畏れ多いわ!」

 クロノスが激昂する。

 

 瞬時に、指先に炎弾が発生する。

 無詠唱の魔法と、先程の損害に、戦士たちの間で動揺が広がる。

 

「待ってください。クロノスさん、私は単なる騎士で、クラスとしても聖騎士です。王でもなければ陛下と呼ばれる身分でもありませんよ」

 かえってアインツの方が、クロノスに対して困惑した表情を見せる。

 

(え、そっちかよ)

 アインツの言葉は、無抵抗な相手に対してのクロノスの行いではなく、アインツに対するその呼び方についてであり、マイキーなぞは、突っ込みを入れたくなる気持ちを、行動に移さないように抑えるのが精一杯だった。

 

 

「何をおっしゃいます、至高の御方であらせられるアインツ様は、王たる資質をお持ちの方。王とお呼びするにいささかも遜色ございません!」

「なにもそこまで、大仰な物言いをされても困ります……」

「一介のサラリーマンには、過ぎたことじゃのう」

 エレーナが茶々を入れる。

 

(一応、取締役だったんだけどな……)

 アインツはそう思うが、特に否定しないことにした。

 

 

「ともかく、無益な流血はやめましょう」

 アインツが、戦闘の終結を宣言するかのように声を上げる。

 

「クロノスさんも、これ以上は、よろしいですよね」

「ははっ、アインツ様のお言葉に従います」

 

 クロノスの指先に宿っていた炎が霧散する。

 凶悪な威力をまざまざと見せつけられた戦士たちから、安堵の吐息が漏れる。

 

 

「私は、スリード王国辺境守備隊第4大隊所属、討伐分隊隊長、ベルンフォートと申すもの」

「不意打ちを行ったことは、謝罪する」

 

 ベルンフォートと名乗る隊の指揮官が、アインツたちにこうべを垂れる。

 

「頭を上げてください。こちらも正当防衛とはいえ、手加減ができず、このような結果となったことは残念です」

「ただ、できれば冷静な話し合いの場を設けられることを望みます」

 アインツが、降伏した相手に対してだが、対等の相手として話しかける。

 

「お心遣い、痛み入る」

 

「では、青空会談もいいですが、できれば落ち着けるところがあればいいですね。座りながらお話ししましょう」

「了解した。既に洞窟内は私の手の者にて掃討している。野盗のねぐらだが、話をする部屋はあったようだから、そこでいかがか」

「構いません。そうしましょう」

 

 ベルンフォートの案内で、アインツたちが洞窟内に入る。

 

 単独で行かせる訳にはいかないと、クロノスがアインツに付いていく。

 ベルンフォートの他には、討伐隊の兵が2名、共に入る。

 

(念のため、精神反射の防御魔法を唱えておくか)

 クロノスが、討伐隊の誰にも気付かれないところで、精神反射の魔法を自分とアインツにかける。

 

「クロノスさん、これは?」

「ご心配には及びません。単なるおまじないのようなものです」

 勝手に魔法をかけたことに対し、クロノスがしどろもどろになって答える。

 

「そうですか。それにしても、先程は助かりました。流石にあの矢の数では、全て躱しきることは難しかったでしょうから」

「滅相もありません。逆激を加えるに少々強すぎたようで、無用な被害を相手に与えてしまいました。お叱りを受けこそすれ、お褒め頂けるとは望外の喜びです」

 クロノスは恐縮することしきり。

 

「そんなことはありません。あの状況では、味方の安全を第一に考えれば仕方のないこと。私も、とうに覚悟をしていますから」

 

「私は皆を守りたい。パーティのメンバーを守りたい。仲間を守りたい」

「私はとにかく、生きていたい。私だけではなく、皆にです。生きていてもらいたい」

「世界全てを守ることはできないでしょうが、少なくとも私の手の届く範囲は、守ってみせたい」

「そのためなら、その安全を脅かす者がいれば、敵を討ち果たす事に迷いはありません」

 

 自分も死ぬかもしれない。その中にあって、敵の命も失わないようにするというような行いは、アインツには偽善に思われた。

 命懸けの戦いでは、相手の命を奪ってでも、生き残る方を選ぶ。

 その覚悟だ。

 

「アインツ様の圧倒的な強さがあれば、それでねじ伏せることもできるでしょうが、そうはされないのですよね」

「はい。力での支配では、より強い力によって、更なる混乱を生むでしょう」

「できれば、理解しあって、協力できればいいんですが」

 

「さて、どうでしょうね」

 クロノスの答えには、暗いものが含まれていた。

 

 

 話しながら洞窟内を進むと、洞窟の脇道となるところに扉が付けられていたところに着いた。

 

「ここが話をするのに適しているだろう。どうやら、頭目の部屋だったようなのでな」

 ベルンフォートが部屋を示す。

 

 洞窟は、クロオオモグラの通り道だけあって、ほぼ円筒形の通路が続いており、クロオオモグラの食事場か、方向転換をした場所かが、通路脇に袋小路となって残っている。

 ねぐらにしていた追い剥ぎの連中が、そこに扉を付け、部屋らしきものに変えていたのだ。

 

 扉を開けると、10メートル程の空間になっていた。

 

 脇にはベッドと戸棚。中央にテーブルがあり、そこに椅子が2脚あった。

 追い剥ぎ稼業でせしめたか、いくつかの調度品も並べられていた。

 

 テーブルを挟んで、アインツとベルンフォートが腰を掛ける。

 クロノスはアインツの背中を守るように立っている。

 討伐隊の1人、ゼメキスと名乗った男がベッドに座る。

 もう1人は扉の前で形だけの衛士となる。

 

 

 ベルンフォートが口火を切る。

「まずは、改めて謝罪しよう」

「もういい加減、やめましょうや、隊長!」

 ベッドに座ったゼメキスが割り込む。

 

 無礼だぞ、というクロノスの言葉を、アインツは手で制す。

 

「オレたちが先制攻撃したのは確かだが、仲間をやられたのはオレたちの方だ! エリンも、ミクスも、アルエンも、あの魔法でやられた! オレの、同期だったのに……」

「よせ、ゼメキス。我々は降伏した立場だ。戦いに負けた上に、泣き言を漏らすな」

「……っ」

 

 ゼメキスの顔には涙が流れていたが、それを隠そうともせず、アインツたちを睨み付ける。

 

 

 ベルンフォートが話を始める。

 

「我らは、辺境の地にあって、国の平穏を脅かす者どもを討伐する任にあった」

「ここにも、森や街道に追い剥ぎが出るというのでその退治に来たのだが、いざねぐらに来てみれば追い剥ぎどもは大した数も抵抗も無く、全て討ち果たすことができた」


「流石にこの洞窟の最奥部までは探索しておらんが、逃げ散った者たちも、そうはいないはずだ。規模からすると、もっと大所帯と思われたのでな、討ち漏らしたというよりは、他に本体がいるのではないかと思ったのだ」

「そこで洞窟内を調査していた時に、そなたらが来たという訳だ」

 

 

 戦闘を行う際、同士討ちを避けるためにも、どの陣営、所属かが判るようにしている。

 遭遇戦の場合でも、小競り合いをする内に、旗指物や紋章などで相手が誰だか、どこに所属する者かが判るときもあるし、戦いそのものに時間がかかるため、被害があまり出ない内に、途中で止めることもできる場合がある。

 

 だが、今回は違った。あまりにも力量差がありすぎた。桁が一つも二つも。

 

 勝敗は一瞬にしてついた。

 過ちを訂正するどころか、気付く間もなく、だ。

 

 

 ただ、双方の主張によれば、どちらが正しいとも誤りとも言えない点がある。

 

 討伐隊は、頭領を名乗る男が帰ってきたとなれば、外に出ていた本体が戻ってきたと考えても不思議ではない。

 

 討伐の一般兵に至っては、誤解かどうかも正そうとせず先制攻撃を加えたことは、自分たちの力を過信していたと言えなくもない。


 何があろうとも、力でねじ伏せる。

 王国という権威が後背に控えるためか、多少の誤りであればその威光でどうとでもなるという驕りもあっただろう。

 数の優位というものも、その思いを助長させたところがある。

 

 アインツたちにしてみれば、追い剥ぎたちには拘束の魔法をかけているし、荷物を運ばせるという目的からも、綱で自由を奪って引き回すという事はしなかったのだが、捕らえている様子を見せているわけでもなく、同行しているように見える時点で、第三者からは追い剥ぎの仲間と思われても仕方がなかったかもしれない。

 

 

 それだけに、出会い頭と勘違いが生み出す不幸な出来事であった。

 

 

 とはいえ、不幸なのは追い剥ぎと討伐兵だけであったが。

 

 

「そうすると、追い剥ぎ団の頭目もいたことですし、私たちを襲ってきた連中が、追い剥ぎ団の主力だったのでしょうね。数にして25でした」

「なる程、そちらに向かったのがその数であれば、ねぐらの残りが10人足らずだったことや、戦闘に長けた者が少なかったことも解るというもの」

 

 

「話は変わるが、先の、そちらの魔法使い殿が言った、白銀の守護者とは、まことか」

「はい。以前、クリング三世陛下から直々に賜った称号です」

「その話は国中子供でも知っておるよ。あの魔神リバーモアを討ち果たしたという、白銀の騎士団がまさかそなたらだというのか」

 

「くどいぞ、おまえ」

 クロノスが横槍を入れる。

 

 ゼメキスはクロノスの言葉に、敵意を籠めた視線を送るが、何よりあの殲滅を行った魔法使いだ。

 怒りの言葉を飲み込んでこらえた。

 

 

「この力量差、納得するしないの問題ではないであろうな。判った、許してもらえるものであれば、今回我らは撤収する。どうせこの戦力では、他の討伐は行えまい」

「ついては、敗者の立場から言うのも不躾ではあるが、そなたらにも同行願いたい」

「な、なんだって! 隊長、本気かよ!?」


 ゼメキスがいろめきだつ。


「白銀の守護者には、共に砦まで来てもらいたい。それに異を唱えるのであれば、ゼメキス、お前は置いていくぞ」

「なぜだ、こいつらは」

「過失は当方にあった。本件は事故として扱う。それより、我らの行いで、白銀の守護者とスリード王国の間に亀裂を入れるわけにはいかぬ」

 

 討伐隊も、国王から称号を与えられた者たちに、問答無用で攻撃を行ったとなれば、上層部に対しての言い訳も立たない。

 更には、手痛いしっぺ返しを受け、部隊として成立できない程の死傷者を出したのだ。

 追い剥ぎどもとの戦いで死んだことにもできるだろうが、隊員たちに口止めするわけにもいかない。

 ベルンフォートは、遭遇戦の、不幸な事故として処理するつもりであった。

 

「エリンたちの命は、どうだっていいっていうのかよ、隊長!」

「……命のやり取りを行うには、己も死ぬを覚悟するが道理。あいつらも、理解の上だ」

「隊長!」

「言うな」

 

「そろそろいいかね? こちらとしては、おまえらの下らん矜持などには付き合っていられないんでな」

 クロノスが、冷ややかな言葉を投げる。

 

 ゼメキスは唇を噛み締める。

 

「今までの非礼は詫びる。ご同行、願えるであろうか。アインツ殿」

 

 ベルンフォートが頭を下げる。

 

「白銀の守護者の力が、王国に必要なのだ」

 

 ベルンフォートの視界が不意ににじむ。

 咄嗟にうつむいたベルンフォートの瞳には、悔しさと無念さの思いが姿を変えて溜まっていた。

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