15騎 情報収集
むせかえるような血と内臓の匂いが辺りに充満する。
20人分以上もの、元は人間だったなれの果てが散乱している。
つい先程の戦闘、いや、虐殺でできたものだ。
それまで、アインツたちは戦闘には慣れているものの、死体というものに対しては耐性がなかった。
だが、大変動後、小動物とはいえ殺し食らってきたこともあり、血の匂いにも、死という概念にも、自然と受け入れている自分たちがいたことに、不思議な感覚があった。
(初めて、人を殺したのか……)
(ゲーム感覚といったらいいのか、生きることに迷いがなくなったのか)
(こんなにも容易く、人って死ぬのか)
(生きるっていう事は、他の命の上に成り立っているものなんだとしても、戦いで殺すことは、できたらやりたくないな……)
己が犯した殺人という行為に対して、かえってこれだけ冷静に考えていられる自分に、少なからず恐れを抱いたアインツであった。
「アインツさん、ゴブリンやオークどもと同じです。殺しに来たから、返り討ちにした。それだけです」
クーネルはアインツに対しそう言ったものの、その実、自分に投げかけ、納得しようとした言葉のようにも取れた。
「そうですね、そうです。殺すことが嫌だとしても、代わりに自分が、そして皆が死ぬのはもっと嫌ですから」
(不可抗力。生きるため、生き残るためには、仕方のないことだよな……)
そう、アインツも自分に言い聞かせる。
「ンじゃ、こいつらの知ってること、全てぶちまけてもらいましょっかね~」
こんな時でも、マイキーは調子を上げて話している。
しかし、その眼差しは真剣そのもの。
意図的にテンションを上げている気持ちが、アインツたちには理解できた。
「わ、わわ、いう事は何でも聞く、嘘は言わねぇ……!」
エイザが震える声で答える。
「当然じゃ。この状態で、抵抗できる程肝が据わっているとも思えんでの」
エレーナがつま先でエイザの後頭部を突く。
美少女から足蹴にされる。
(こいつにとって、ご褒美にならなきゃいいけどなぁ)
その光景を見て、マイキーは不謹慎なことを考える。
エイザたち生き残った追い剥ぎの一味は、両手両足を縛られ座らせられている。
生き残ったのは4人。
「どうせ、儂らに手を出す前は、口にするのもはばかられるようなことを考えておったのであろ?」
「そ、そんなこと……」
「例えば、そうじゃのう。一本ずつ、爪を剥いでいく、とかの」
「!!」
「図星か? なんじゃ、うぬも浅薄じゃのう」
エレーナが、ポーチから動物の骨から削り出した縫い針を取り出し、エイザに見せつける。
「これを指と爪の間に入れたら、どんな声を出すかのう……。」
「それに飽いたら、次は指じゃ。関節ごとに、順々に切り刻んでやるわえ。第一関節から、第二関節、指の根元。親指は2回だけじゃが、他の指は3回ずつ楽しめるからのぉ」
「そしてまたこの針じゃ。切り口から、更に針を差し入れると、爪とはまた違う趣があろうて。ククク……」
もはや小悪魔的ではなく、悪魔的な笑みを浮かべ、エレーナがエイザに話しかける。
「そうじゃ、楽しんだ後に魔法で回復をしてやろうかえ。指が生えれば、何度でも何度でもできるからのぉ。無限ループもやり放題じゃ」
「エレーナさん、それくらいにしてやってください。怯えているじゃないですか」
「ふん、冗談じゃ。お堅いのう、アインツは。どうせこやつらは、妄想の中とはいえ、儂らを何度も犯し、凌辱し、疵物にしておったのだから、これくらいは許せよ」
(こ、こいつらの前では、考えることすら罪なのか……)
そう考えている、その考えすら見透かされているようで、エイザは背筋が寒くなった。
「さてと、先ずはお前たちに聞くが」
アインツは、一息入れて言葉を切った。
戦闘中はあまり気にしていなかったが、相手が自分の国、地上の国の言葉を話しているのか、自分の国の言語が通じているのかまでは判らなかったものの、会話で意思の疎通ができることに、アインツは少し安堵した。
「なぜ私たちを襲った?」
アインツは、自分たちがこの世界のことを何も知らないという事を気取られないように、言葉を選んで問いかけていった。
実際には、エイザたちにそこまで知恵は回らず、この状況下ではどんなことを聞いても不利益になることはなかったが、今後の事もあり、慎重に事を運ぶようにした。
「なぜ襲ったのかと、アインツ様がお伺いになられているのだ、さっさと答えんか!」
クロノスがエイザに杖の一撃を加える。
エイザの額がパックリと割れ、血が頬へと伝わる。
今思えば、襲撃後、エイザが負った初めての怪我だった。
そもそもが、理不尽な問いであった。
追い剥ぎであるからして、人も通らぬ、それこそ獣道も無い森の中で、高貴そうな人物とその一団がいれば、襲わない理由は無い。
彼我の戦力差として、数で4倍以上勝っていた訳だから、当然の事と言えば当然の事だった。
「オレたち、いや、私どもは、流れの盗賊で、今はこの森をねぐらにしている、です」
「近くの町や村は襲わないのか?」
「近くの、といっても、そこまで近くはありゃせんが、村ならあります」
「スリード王国の村だから、手を出さないのか?」
「そ、それもありやす。スリードの守備兵は、いろんなところを巡回してんで、村は攻めにくいんでやす」
(カマをかけてみたが、どうやら正解だったようだな)
スリード王国が存在し、それの支配下にある村がそう遠くないところにあり、守備兵が巡回しているという事だ。
この分であれば、街道もあるだろうし、何より地理に明るい奴や地図もあるかもしれない。
「おまえたちは、この森の地図を持っているか」
「へ、地図、でやすか? いえ、森のはありやせん。ねぐらに、国の地図はありやすが」
「では、この地図を見ろ。何か判るか」
アビスクロニクルで使っていた地図をエイザに見せる。
各国の情報だけではなく、ダンジョンやイベントも記載されている詳細マップだ。
「いや、すげえ地図ってのはわかりやすが、こんな広いの見たことねえです。字も、読めねぇんで。どこがどこやら」
「そうか。では、そのねぐらとやらに行ってみようか」
「へ、へぇ、わかりやした」
エイザに拒否する気持ちはさらさらなかった。
このあたりは、紅葉が始まっているようだった。
先程の鮮血に彩られた赤い木々ではなく、寒さの影響で紅く染まっていく葉の姿は、ささくれ立った心を少しは癒してくれる気がする。
追い剥ぎどものねぐらはそう遠くないため、使い走りのボドに道案内をさせる。
その後ろには、生き残りの1人、モーカイも歩かせる。
戦利品の荷物持ちもそうだが、罠があった場合の保険として、先頭集団に立たせたのだ。
もう1人の生き残りであるガブロウと、頭目のエイザには、死んだ者たちの残りの装備品を持たせている。
追い剥ぎ団は所詮野盗の集まりだったため大した武装は無かったが、それでもゴブリンのショートソードや木の棒よりは、武器として役に立つ物だった。
アインツたちは、そこから使えるものをいくつが選び、使うことにした。
長柄の武器が得意なアインツは、ショートスピアがあったので、ロングソードと共に自分の武器にした。
マイキーも、ゴブリンボウから、盗賊の弓へ持ち替える。
念のため、整備していない盗賊の弓の弦を弾いて調子を見てみるが、馴染みがないので、ゴブリンボウも一応持っておくことにする。
てろてろは、幅広のブロードソードと、こちらも盗賊の弓を手にする。
そのままでも使えるラウンドシールドや、少し手直しすれば着ることもできるような革鎧などは、エイザたちに運ばせることにした。
手足を縛っていたロープをほどいたので、エイザたちには身体的な制限は行っていないが、拘束の魔法をかけているため、逃げようと思っただけで、四肢が硬直するようにはしている。
拘束の魔法は下位の精神魔法のため、抵抗しようとすればできなくもないが、追い剥ぎどもに魔法抵抗力の高い者はおらず、また、あれだけの力量差を見せつけられた今となっては、抵抗する気力さえ残っていなかった。
例え逃げたとして、エイザたちには成功するイメージが一切湧いてこなかったからだ。
言うなれば、逃亡という名の自殺に過ぎない。
言われるがまま、なすがままの人形と化していた。
ねぐらにはまだ10人近くの手下を留守番にしていたので、本来であれば挟み撃ちにもできようものだが、当然その情報はエイザがアインツたちに吐いていた。
アインツたちは、アインツたちに敵対する者に対しては容赦しない。
敵対者には、絶対的な死の象徴、いや、死。そのものだった。
誰がそれに抗えるというのか。
生かされているだけで、幸福に思わなくてはならない。
血まみれの森の中で己の隣に転がった、手下の男だった首の恨めしそうにエイザを見つめていたあの光景が、網膜に焼きついて離れなかった。
ねぐらの入り口が見えた。
ここからエイザを先頭にする。
中の連中がアインツたちを見つけたとしても、問答無用で攻撃を仕掛けてこないように、エイザの姿を見せるのだ。
「者共、頭領のお帰りだ! 武器を捨てて出てこい!」
エイザが大声を張り上げる。
ツカッ!
エイザの視覚が赤く染まる。
今まで森で見た紅葉とは異なる、戦場で見た赤に似ている。
「あれ? なあ、オレ、なんか変か? 急に夕方になった?」
エイザ自身、何を言っているのかが解らない。
ボドたちがエイザの顔を見つめる。
「なんだ、おめーら、変な目で見やがって」
「だっ、だって、お頭ぁ、でこっぱちに矢が生えてますぜ……」
モーカイが、しどろもどろに答える。
「バカゆーんじゃねぇ、んなの生えてったら、死、し、シ……」
ぐりん、と白目を剥いて、ゆっくりと、後ろ向きに倒れたエイザは、最後に大きく痙攣したかと思うと、それ以降動かなくなった。
それを合図としたか、ねぐらの入り口付近の草むらから、木の上から、岩の陰から、無数の矢が打ち出された。
空も暗くなる程の大量の矢が降り注ぐ。
モーカイとガブロウが、見る間にハリネズミと化していく。
ボドも何本か刺さるが、咄嗟に背負っている荷物を陰にしそれに隠れたため、ある程度は避けられた。
アインツたちもシールドを使って降ってくる矢を受け止めようとする。
「ウィンドシールドぉぁぁ!!!」
クロノスが呪文を唱える。
広範囲に効果を発生させるため、詠唱を行い、魔力を高めた。
飛散する矢が空中で動きを止め、ふらふらと彷徨うような動きを見せた後に、地面へ落ちる。
クロノスの額に、ビキビキという音がするかと思えるような青筋が立つ。
「ぅおのれらぁ! ここにおわすをぉぉ、どぉなたと心得る! 畏れ多くも白銀の守護者を統括される、アインツ・ヴァイ・ドライ騎士王にあらせられるぞ! そのぉお方に向けて矢を放つなど言語道断、痴れ者め! そこへ直れぇいっ!!」
いつにもまして、興奮状態にあるクロノスが吠える。
だが、返事となるのは、矢の雨の第2射だった。
「きいいぃぃぃ!」
クロノスは、興奮を抑えられず、手のひらを正面にかざす。
降り注ぐ矢は、先程のウィンドシールドの魔法の効果によって、ことごとく地面に落とされる。
身の安全は保障されているため、そこまで逆上する必要はないのだが、クロノスにとっては警告をした相手にこのような仕打ちを受けることそのものが許せなかった。
「フレイムボール!!」
クロノスの両手から発生した炎の塊が、徐々に大きくなっていき、3メートル程の大きさに膨れ上がる。
その塊がねぐら付近へ飛び、着地と同時に炎をまき散らす。
「ぐわぁぁ!!」
「ぎゃぁ!」
複数の断末魔に続いて、草の焼ける匂いに合わせて、肉の焦げる匂いも感じられた。
「ちっ、何匹かは耐えたようだな」
クロノスが舌打ちする。
「この警告が最後じゃ。おとなしく投降せい」
クロノスに代わって、エレーナが呼びかける。
あちこちに火傷を負った男たちが、両手を上げて物陰から出てくる。
「初めからそのようにしておればよかったのじゃ」
ため息混じりに、エレーナが男たちに叱責する。
その姿に、若干の違和感。
身に着けている装備品が、それなりに統一され、何より気が付いたのが、鎧に付けられた胸の印。
「王国の紋章……」
アインツの呟きが、暗く響いた。




