1魔 魔を統べる者
高い山々に囲まれた場所。
雲が近い。
古の時代、天をも衝く程巨大な山があった。
ある時、そこへ戦いに敗れた黒き龍が天から山へ堕ちた。
大地は揺れ、山は砕け散った。
龍は死の間際暴れまわり、最後にはこの地で息絶えたという。
その場所は、長い年月をかけ、風雨に晒され、平原になったと言い伝えられている。
山々に囲まれたとはいえ、その平坦な部分はかなり広大で、山岳部に住まう人々がその平地に移り住み、集落が形成されたのは、ごくごく当然なことであった。
発展した集落は、立地的に外敵からの防御に適しており、堆積した土壌は、肥沃な恵みを人々に与えていった。
集落は規模を広げ、典型的な内陸都市として栄えていった。
大都市の中央、小高い丘になっているところに、白に輝く宮殿が存在する。
魔族の中心都市、ウィノント。
アビスクロニクルでは、フィールドとして到達できていない、仮称魔王の城。
まさにそのエリアである。
魔族を統べる者の名は、魔皇レグルスといった。
当代、魔王は皇帝に即位し、魔皇を称するようになった。
そのため、古い情報を使っていたアビスクロニクルでは、その古い表現となる魔王の城としていたが、現在に至っては、魔皇の城とするのが適切であった。
魔皇レグルスの居城は、豪奢なこと限りなく、贅を尽くした建物がそこかしこに並び、広大な敷地は、そこだけでも一つの都市と言ってもいい規模を誇っていた。
中央にそびえる皇宮は、白磁の如く滑らかで光沢のあるドームに覆われている。
大理石にも似た石積みの建物の窓枠や柱には、絢爛豪華な装飾品に加え、生命を吹き込まれたかの如く生き生きとした表情の彫刻群が並ぶ。
皇宮の周りには、それを囲うように建てられた尖塔が16基あり、宮殿のそれぞれの方位を守護している。
尖塔の壁は光り輝くタイルが隙間なく貼られており、あたかも塔そのものが光を発しているような錯覚すら起こるほどだ。
その尖塔群から、白塔の宮殿とも呼ばれる所以だ。
その宮殿から外に眼を向けると、整備された街並みが一望できた。
宮殿の豪華さは、民衆の搾取によって成り立っているわけではなく、民の暮らしも、また豊かであった。
己が主人のため、自分たちの代表が他者から蔑まれないようにするため、魔皇を飾り立て、盛り立てるのだ。
見れば、市に出回る品々は様々な物が並び、多種多様な種族、民族が行き交っている。
どの顔も活気と笑顔に満ち溢れており、生きる事を謳歌している様子が見て取れた。
生活は豊かであり、外敵からの脅威にも、未だ屈した事はない。
山に囲まれた土地とはいえ、広大な国土には農耕牧畜の区画があり、山からは鉱物が採掘できる。
山の恵みも豊富で、清廉なる雪解け水は枯れることを知らない。
動力や様々な処理など、魔法によって効率化された世界は、産業革命とはまた異なる、魔力文化による一つの理想郷の形であった。
だか、非効率な者、役目を果たさない者は、追放や処刑などの刑罰が科せられた。
また、敵対する者には容赦無く、その仕打ちは苛烈を極めた。
正しく生きるには、なんら問題のない過ごしやすい国だが、平和を乱す者には、積極的であれ消極的であれ、犯罪者として罰するのである。
怠惰や無能は、罪とされた。
そのためか、全ては整然とし、また、ある種独特な緊張感を持って、その平和を享受するのだった。
この地を治めるは、レグルス・デュパート・エレイン・ウルグスト。
偉大なる魔にして皇。
魔皇と称される一代の傑物。
それまで、数百と分裂していた諸侯、部族をまとめ、魔皇国を築き上げた英雄である。
齢にして130に満たない、魔族の中では若年の世代ではある。
だが、その抜きん出た明晰な頭脳と、ものの本質を見破る眼、そして何よりも勇気と力に溢れていた。
魔族として成人する前の歳で、既にそれまでの誰もが成し得なかった、魔族統一という偉業に、国の者は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
また、それだけの人物だけに、その未来の輝かしい事は疑いようもなかった。
皆は思う。今、まさに歴史を紡ぎ出しているその中にいるのだと。
魔皇レグルスは、このところ誰にも姿を見せていなかった。
白大理石の床に、黒大理石の柱がアクセントとなって、華やかさを見せる壮麗な謁見の間には、玉座への階段があり、入り口の扉から階段の下まで、毛足の長い赤の絨毯が敷かれている。
玉座には、黒光りする彫刻が至る所に施されており、様々な動物が、玉座の主を支えるかの如く配置されている。
玉座を使う者は誰もおらず、長いこと使われなかったが、塵一つ、くもり一つとしてなかった。
その玉座の後ろに、大人の人間程もあるだろうか。虹色に輝く大きな鏡があった。
縁は金と銀で紋様が施され、蔦が絡み合っているかのようにも見える。
遠話鏡。
そこにはいない者が、あたかもその後ろにいるかの如く話ができるという、マジックアイテムの中でも、特に希少な部類に入る鏡で、これだけでもそこそこの街が買えるほどの価値があるという。
魔皇レグルスがこの遠話鏡を通して、貴族や国内外の要人と言葉を交わすのだ。
玉座の階段を下りたところには、侍従長が独り、直立不動の姿勢でいた。
扉の外では、侍従が待機している。
「陛下と話ができるとはまことか!」
一人の魔族が、扉の外の侍従に問いかける。
侍従は答えず、謁見の間の扉を開ける。
そのように指示されていたからだ。
開いた扉に入っていったのは、人間の頃でいうと30歳前後か、いかつい顔に顎ひげを蓄えた武人で、見た目は人間と変わらないが、違いがあるとすれば、ヤギのような角が頭の左右から生えているところだ。
魔皇軍第3司令、グルモル。魔皇直属の配下で、一軍の将。魔皇軍の中でも、こと近接戦闘に関しては、右に出る者がいない猛者である。
グルモルが腰に下げた大剣を侍従に渡す。
魔皇レグルスが遠話鏡の向こうにいることは承知の上で、帯剣する無礼を考えての事だ。
グルモルが玉座の前、階段の下まで進み、片膝を立ててこうべを垂れる。
「侍従長殿に申し上げます。此度の出征、目標を達せり。宸襟を安んじ奉られたしとお伝え頂きたく」
侍従長が、鏡に向かって何事かを伝える。
『よい。苦しゅうない。直答を許す』
鏡越しのためか、くぐもった音声が鏡から響く。
侍従長が鏡から離れ、元にいた位置へ戻る。
「畏くも魔皇陛下におかれましては、玉音麗しゅう存じ光栄至極に存じます。で、えっと、なんだっけ」
『はははっ、よいよい。オレも遊びが過ぎた。なぁ、レイノルズ』
「はっ」
レイノルズと呼ばれた侍従長は、それでも恭しくこうべを垂れる。
「こんなしちめんどくせぇのは抜きにして、例の件、うまくいったぜレグルス。いやさ、魔皇陛下」
『ほう、そうか。では、これ以上奴らの侵攻は無いと見てよいのだな?』
「そう願いたいね。奴らと来たら、おめぇさんより始末に負えねぇからな」
「あっち潰したと思ったら、こっちが出てくるとか、まったく、クリーピングローチみてぇな奴らよ」
「それも、あちしらが叩いて回ったから、後は生き残った奴らを、プチプチしていくだけですわ」
後から来た青白い肌の色をした女性が、会話に加わる。
「お久しぶりね、魔皇陛下」
『マディーラか。息災か?』
「お陰様でね」
言葉とは裏腹に、灰色のくたびれた髪が無造作に束ねられており、面差しからも疲労の色が見える。
魔皇軍第5司令、マディーラ。魔皇親衛隊隊長を経て、一司令となった隠れ美女。
牛のような角が1本、額から生えている。
素材はいいのだが、容姿に関しては無頓着で、長い布をぐるぐると身体に纏っただけという身なりは、その素材や品の良さを覆して余りある破壊力を秘めていた。
何年も洗っていないというその布は、初めがどんな色かも判らなくなっているくらいくすんでおり、危険な匂いがプンプンと漂っていた。
「でも、我が国に攻め入ろうなんて、あちしが知る限りでもここ数百年は無かった事なのに、魔皇陛下ったら、運が無いのね~」
「まったくだ。魔皇に即位したてで外敵からの侵攻なんて、奴ら狙ってきているような気がしてならねぇよ」
『それでも、お前たちの奮戦によって、事なきを得た訳だ。感謝するよ』
「なあに、礼なんかいいから、久しぶりにこっち来て、酒でも飲もうや」
『悪いな、今はそちらに行けないのだ。またの機会にしてくれ』
お決まりのセリフ。
これが続いて、何年経ったか知れない。
「わぁったよ。そっちの仕事、早めに片付くといいけどな」
「あちしは、いつまでもお待ちしておりますよ、陛下」
マディーラがしなを作る。
『ああ、楽しみにしているよ。さて、そろそろ時間だ。次の指令はレイノルズに渡してある。グルモル、マディーラ、頼んだぞ』
「ははっ!」
「ははっ!」
レグルスの声に、臣下の二人が礼をする。
鏡の不思議な輝きが消え、沈黙が訪れる。
「さーってと。また忙しくなりそうだ。マディーラ、おめえはどうする?」
「ひとまずあちしは、用を済ませたら自分の軍に戻るわ」
「そっか、相変わらず転戦の毎日みてぇだな」
「そんなのも先王から続いて500年もやってれば、慣れてきちゃうってものだわ」
片手をひらひらさせて、事もなげに言う。
「今回のはでかい仕事になりそうだ。なんかあったら頼むぜ」
「あら、珍しいのね、あんたがそんな弱気なんて」
「慎重っていえよな」
「では、魔皇陛下からのご指示をお伝え致します」
レイノルズが指令書を開き、二人に伝える。
「魔皇軍全兵力を以って、此度侵攻してきた輩に反攻の鉄槌を加える。各々その支度に当たれ。以上です」
グルモルとマディーラは、爛々と目を輝かせ、お互いの顔を見る。
(さて、忙しくなるぞ)
次回、アインツたちの所に戻って、探索するお話です。




