13騎 活動拠点
教会の周辺にあるもので、使えるものを探す。
襲撃のこともあり、拠点とするには、ある程度の防備と備蓄が必要となる。
また、長距離探索に出るとしても、食料や水の問題は解決しなくてはならない。
常に食料が確保できる保証はないのだから、少なくとも携帯食料で10日分は確保しておきたいところだった。
水は、教会の裏手に井戸があったので、それを使う。
井戸には枯葉や小動物の死骸、草の根がはびこり、そのままでは飲用に適さない。
水は湧いていたが、長いこと人の手が入っていなかったため、ゴミや濁りが発生していた。
「うっわー、これ、井戸っていっても、飲めないんじゃないっスか~?」
マイキーがぼやく。
クロノスが木の筒を持ってくる。
「なにやンすか」
「気になるか?」
「アインツさんにはあんなにヘコヘコしてるのに、同じ白銀の守護者のオレっちたちには、キビシーっスね」
「そうではない。アインツ様が特別に偉大なのだ。お前もアインツ様を見習え」
「へいへい」
クロノスは、アインツに対しては憧憬の念を抱いているため、敬う姿勢を取っているが、他のメンバーについては特にそのような振る舞いは見せていなかった。
「まぁ見ていなさい」
クロノスはマイキーの話もそこそこに、手に持った筒へ、井戸の水を注ぎこみ始めた。
泥水のような汚れが目立つ井戸水だったが、筒の先から出た水は、透き通って今にも飲めそうだった。
「うわっ、スゲー! どうやったンすか!?」
マイキーの驚きに気を良くしたのか、クロノスが種明かしをする。
木の筒の底に目の細かい布を当て、周りを蔦で巻いて結ぶ。
その筒の中に、煮沸してよく洗った細かい砂利、砂を敷き詰める。
そこに上から汚れた水を入れると、ゴミや不純物が濾されて、汚れだけが取れた水がぽたぽたと落ちる。
「なに、簡単な濾過装置だよ。でも、そのまま飲むと腹をこわすこともあるから、一度煮沸消毒した方が安全だ」
「クロノス、やるじゃん! これで水問題は解決?」
「まだまだ、備蓄する程足りているわけではない。ゆくゆくは、生物濾過も取り入れたい。塩素は、まぁ難しいだろうが、魔法の精製でなんとかならんかな。それに、水瓶も足りていないようだしな。樽でも用意できればよいのだが」
「それとは別に、古井戸の再生も必要だな」
「できれば石組みから敷きなおしたいところだが、そこまでのパワーも無いだろうから、落下物や堆積物を取り除き、一度中の水をほとんど汲み上げた状態にし、そこからの湧き水で溜めなおせば、ある程度は使えるものになるだろうな」
「まぁ、それも飲料水というよりは、畑に撒く農業用水にするといったところかな。飲料用には、更に濾過器を使おう」
クロノスの独り言が始まったので、マイキーはそれとなく場を外す。
「なんだか難しくて大変だな~! オレっちは、よくわかンないから、狩りをしてきた方がよさそうっスね」
マイキーの狩りの成果は、日増しに向上している。
ゴブリンから奪った弓、マイキーたちはゴブリンボウと呼称するようになったが、ゴブリンボウは、威力や精度に欠ける点が問題だった。
多少の手直しで軸のブレや反りの改善はできたが、そのゴブリンボウ改も飛躍的な向上とは言えなかった。
それでも飛び道具があるとないとでは狩りの成功率が大きく違ってくるが。
そこで導入したものが、罠であった。
植物の蔓や木の皮などでロープを作り、それを木の枝に結び付ける。
もう一方は輪を作り、木の枝をしならせるようにし、木の杭などで獣道と思われる場所に固定する。
獲物が地面のロープの輪の中に脚を入れると、杭に引っかかっていた部分が外れて輪が締まり、脚を捕らえて木に吊し上げる仕組みだ。
餌となる木の実を罠の近くに置いたり、動物の肉を置くなどして、より獲物の興味を引くようにすることで、罠の成功率が上がったものだ。
「マイキー、ロープは足りてる?」
てろてろがマイキーに話しかける。
マイキーは、次の狩りの準備として、木の枝から矢を作っているところだった。
「てろてろちゃん、だいじょぶっスよー。この間作ってくれた分が、まだあるっスから」
「そう? また足りなくなったら言ってね。作り置きしておくから」
「ういーっス。でも、てろてろちゃんは器用っスねー。この籠とかも、木の皮から作ったんしょ? アビクロのプレイ歴はオレっちのが先輩っスけど、サバイバーとしてはてろてろちゃんのが先生っスね~」
マイキーが腰に下げた罠用の籠を見る。
餌入れとしても使え、小道具をしまうこともできる。
蓋も付いているので、捕まえた小動物を入れておくこともできる。
「編み物も好きだったから、同じような要領だったかな~」
「手編みのマフラーじゃなくって、手編みの籠っスね。オレっち幸せ者~」
「はははっ。じゃあ、あたし剣の稽古してくるから」
「ういーっス。またっス~」
軽く手をひらひらさせて、また矢の製作に入る。
教会の北から東にかけて広がる森で見る限り、季節は秋と見て間違いなさそうだった。
木の実の生り具合、草木の枯れ具合などが、これから寒い季節が来ることを知らせていた。
てろてろは、剣の訓練をするかたわら、時間を見つけては森の中で木の実の採集を行っていた。
ほとんどが団栗のようなものばかりで、数を多く集めたとしても、食べる量としてはほんの少しになってしまう。
それに、アク抜きをしないと渋くて食べられたものではないため、水に浸けて渋みを抜いてから調理する。
できるものとすれば、クッキーのような固いパンだが、肉や野草ばかりの食事にバラエティを豊かにするのに一役買っていた。
好評だったのがキイチゴの類だった。
森を歩いていると、ところどころで目にする赤い実があり、酸っぱいながらも、甘みの強いものもあった。
大変動後、初めて口にした甘みは、涙が出るほど美味しかった。
あまりの感動に、目を潤ませたクーネルがてろてろを見つめていた時には、思わず頭をよしよししてしまったものだ。
(あの子犬みたいな瞳は、反則でしょ……)
つい、キイチゴの実を見つけると、そんなことを思い出してしまうのであった。
(ブドウみたいなのはないかな~。美味しいのが見つかったら、クーちゃんに一番に食べさせよっと)
剣の稽古より、ちょっと散策が楽しくなっていた、そんなてろてろだった。
クーネルは、マイキーが狩ってきた動物たちの皮をなめす作業を行っていた。
その隣には、木で組んだ簡単な棚の上に、肉が干してある。
干し肉の残りとして、皮や骨も、資源として使おうというのだ。
初めは干したり叩いたり皮のまま使って袋などを作ってみたが、耐久性や腐敗などで思うように行かなかった。
(もう少し、なめし加工の知識も持っていればよかったんだけどなぁ)
そんな折、てろてろが団栗でクッキーのようなパンを作っていた時に、水に浸した団栗から出るアクを捨てているのが何気なく意識に入ってきた。
(確か、渋いからアク抜きしてるって言ってたなぁ。渋みと言えばタンニン? 確か、タンニンでの革なめしってあったよな……)
「ねね、てーちゃん、その団栗のアクなんだけどさ、こっちのやつは捨てないでいてくれる?」
「え、いーけど、なんに使うの?」
「団栗の渋みって、タンニンだよね」
「うん、みたいね」
「それを皮の加工に使えないかなって。タンニンでなめすっていうのがあったと思ってね」
「へー、そうなんだ。うん、わかった。使って使って」
「ありがと。ちょっと試してみるよ」
「それで革ができたらいいねー。すごいな、クーちゃんは!」
しっぽがあったら振っているくらい、照れたクーネルが顔を真っ赤にして頭を掻く。
(で、これが分けてもらったアクの水)
(これでなめし革ができたら、また道具の幅が広がるな)
(革で装備品も補強できるし、革紐も作れる。水筒にして、チーズでもできたらいいなぁ)
エレーナは、草地や森で採取した毒草やキノコから、毒を抽出していた。
毒といっても、使用量が多いと身体に悪影響を及ぼすのであって、微量であれば薬としても使用できるものが多い。
薬といっても、少量であればリラックスできる弛緩剤も、大量に投与すれば、心停止や呼吸困難などを引き起こす。
要するに、用法用量を守って正しくお使いください、ということだ。
ヒーラーであるエレーナは、基本的には治療には魔法で対処するスタンスだが、魔力量に上限があるため一度に使える魔法には限りがある。
魔力は回復するとはいえ、無限ではないことは認識している。
(魔力が枯渇してしまっては、ただの無力な美少女でしかないわ)
エレーナが常に意識している事でもある。
そのためか、ポーションや回復薬は、常に身近なところへ置いておきたい性格だ。
使わないに越したことはないが、万が一の場合に、助けられる命が失われていくことを見ていられない。
それが親しい者なら特にだ。
自分なら尚更だ。
(となると、薬品庫もほしいな。できれば地下の玄室。私は入っていないけど、アインツが言うには、防腐処理された遺体があるとか)
(それはそれで個人的には興味があるけど、今回はそれどころじゃなさそうだしね)
(そんな環境なら、保管庫としてはうってつけなんだろうし)
そこで、限られた部屋を有効に活用するためにも、元々の教会の住人と思しき死体たちには、火葬して墓地へ入ってもらうことにした。
アインツたちは、死体と同じ屋根の下で暮らしている事にもストレスを感じていたこともあり、特に強硬な反対も無く、部屋の主たちにはご退出してもらったのであった。
もちろん教会であるからには、墓地なり納骨堂なりがあるのだが、この教会も多分に漏れず、少し離れたところに墓地があった。
聖スクイレル教会にはなかった設備だ。
形ばかりの儀式だが、安らかに眠ってほしいというのは偽らざる気持ちであり、特にクーネルにしてみれば、もう二度と起き上がってこないで欲しいと願うばかりであった。
解放された集会室と地下の玄室は、エレーナが清めの儀式を行い、部屋として使う事となった。
地下の玄室は、温度湿度が一定であることから、食料を主とした貯蔵施設として使うことになる。
常温保存の難しさを思えば、否も応もなかった。
部屋の一角に占める棚を、薬剤保管庫としても使うことになった。
(死蝋の君には悪いことしたかな?)
エレーナは、自分専用に近い保管棚を見て、口角が上がった。
アインツは、このところ力仕事が多いと思った。
というより、力仕事しかしていないと思った。
能力の確認で、筋力向上をイメージしたところ、自分の筋力が数倍にも上がった感覚があった。
この能力が使えることを確認できたのは何よりだった。
他にも使える能力があるか、試したいところではあるが、ひとまず効果の程を見てみようと思った。
試しに人の大きさもあろうかという瓦礫を持ち上げてみたところ、難なく持ち上げることができた。
難なく、だ。
軽く放り投げてみたら、100メートルは飛んだだろうか。
ドガン!
落ちた地点からそれくらいの距離があっても、音と振動が衝撃として伝わってきた程だ。
(あの時は、これが100レベル近い前衛の力か、とも感動しそうになったもんだけど……)
そうは問屋が卸さなかった。
教会は、長年の風雨に晒されていた状態で、隙間風どころかところどころは壁が崩落していたり、雨漏りどころか満天の星空が室内から鑑賞出来たり、自然味溢れる佇まいになっていた。
そこにこのパワー系能力である。
瓦礫の撤去に始まり、壁の補修、屋根の修理、梁の修繕、床石の置き直し。
その後は、丸太を杭状にして、尖った部分を外に向け、バリケードにする作業だ。
あらゆる力仕事が、アインツを待っていた。
ちょっと疲れたから、と休憩しようものなら、元気が出るということで、エレーナが疲労回復の魔法をかけてくれる。
エレーナは親切心からなのか、働かせたいという思いがあるのか、アインツが疲れると、すぐに疲労回復魔法が待っていた。
能力を使用することで、筋力とは別の疲労が出てくるが、アビスクロニクルでいうところのSPの消費ではないかと思われた。
肉体疲労というよりは、倦怠感に近い。精神的に疲れるというやつだ。
そんな時にも、エレーナは甲斐甲斐しく、リラックスの魔法をかけてくれる。ゲーム中では、SP回復の魔法だ。
エレーナは、魔法をかけた後は、決まってニヤリと小悪魔的な笑みを見せて去っていく。
「死ぬまでこき使ってやるからの……」
くくくっという笑いと共に漏れ聞こえた独り言に、アインツは聞こえない振りをする。
(過労死しても、労災下りないよなぁ)
次回、1話インターバルを入れて、魔族の視点から世界を見るお話です。




