98.補習と恋の行方
「プラセミノ侯爵令嬢……タチアナ様のことでしたら、わたくしもあまり詳しくありませんわ。」
「そう」
「彼女は侯爵家の中でも限られた家柄でないとお相手されません。伯爵家の娘であるわたくしでは会話はおろか、挨拶もできませんわ。……ただ……」
チラッと近くに人がいないか確認し、エイミーは声を潜めて言った。
「入学前に、タチアナ様には関わらないようにと父から言われましたわ」
「え? それはどういう意味なの?」
「学園内では家柄の話は禁止となっていますが、それを守っている生徒も先生も少ないですわ。我が家は伯爵家。何かありましたら家ごと潰されかねないと」
「まさか、そんな事」
私の言葉を否定するようにエイミーは首を振る。
「実際に彼女の不興を買った生徒の家があって、学園を去られたばかりかお家の爵位も剥奪されたと聞きますわ。
「爵位が?」
それって国王の権限じゃないの?
「とある子爵家がお取り潰しになった件にプラセミノ家が関わっていると聞いておりますわ。それに、小さい頃から少し変わった趣向をお持ちだとかで。モンスター退治に行かれるそうですが、冒険と称して小動物を殺めているとの噂ですわ。なんでも、苦しむ姿を見るのがお好みだとか」
「モンスター退治なのに、なんで小動物なの?」
「モンスターですと危険ですし、苦しむ様子が見られないからだそうですわ。学園に来てからは目立つ生徒を標的にしているみたいで、私は学年も違いますし、自分から関わりに行かなければ標的にされることは無いからと、お母様に言われましたわ」
「そんな危険な人なのね。ありがとう、エイミー。そろそろ補習の時間だから行くね」
「わたくしもご一緒に補習に参加しますわ」
「え? いいわよ。補習に付き添い付きで参加なんて恥ずかしいし。また明日ね!」
エイミーと別れ、天組の教室に向かう。
あまり詳しくないって言ってたけれど、良く知ってるなぁ。。
私に何ができるか、考えてみなきゃ。
天組の教室には誰もいなかった。
もしかして、補習を受けるのは私だけ?
呆然と立ち尽くしていると、ルカ先生が入って来た。
「おや。リリアーナだけですか? 困りましたね。もう時間なので、すぐ始めたいのですが」
「他にも参加者がいらっしゃるのですか?」
「はい。あと1人、天組のジェイドにも伝えたのですが、どうやら帰ってしまったようですね。仕方ありません。2人で始めちゃいましょう」
「はい」
そうそう。
ジェイド様こと、ジェイド・サウス様。
学園一の不良少年で、攻略対象キャラの中で彼だけが一般家庭出身。
サウス家自体は男爵なんだけれど、彼のお母さんがサウス男爵と再婚したことで貴族になったキャラ。
お母さんが再婚した途端、全寮制の学園に入学を決められたから自分が邪魔者扱いされていると思い込んでいるのよね。
だから一般入学の主人公に親近感を持つ。だったかな?
せっかくだし攻略者全員に会ってみたいなぁ。
私が席に着くと、ルカ先生は教科書を朗読し始める。
好きな声優が朗読するのを独り占めってちょっぴリ贅沢よね。
教科書を見るフリしてルカ先生を覗き見た。
文字を追う目の動きに応じて、長いまつ毛が揺れ動く。
かっこいい……。
いけない。
ゲームじゃないんだから、他の攻略対象キャラを意識しちゃダメじゃない。
でも、見るだけなら……。
ううん、アレフ様一筋で行かなきゃ!
違う。
今は補習中なんだから勉強に集中しなきゃ!
どうしよう!
内容なんて全然、頭に入ってこないよ!
とりあえず今ルカ先生が読んでいるところを探そうとして、はたと気付く。
ルカ先生の声が止まっていた。
教科書から顔を上げると、ルカ先生が苦笑しているところだった。
「ようやく気付いたのですね。どうかしましたか? 今日は勉強に身が入らないようですね」
「申し訳ありません」
「そうですね。ジェイドもいませんし、リリアーナだけが補習を受けるのも不公平でしょう。今日はこの辺で終わりにしましょうか」
「よろしいですの?」
「はい。そう喜ばれると複雑な気持ちになりますが」
いけないいけない。
表情をキリッと引き締める。
「フフ、無理しないでください。1人だけ勉強なんて面白くありませんからね。……一緒に居られることが嬉しいと思うのが私だけだと思うと、それは悲しく思えますが」
え? それってどういう意味?
ルカ先生を見ても表情が変わらないから感情が読みにくい。
「嫌ですわ。そんな風におっしゃられますと、誤解してしまいます」
「誤解しないでください。と、言えば、私の言葉はリリアーナに届くのでしょうか?」
真っ直ぐに見つめられ、私は言葉が出なかった。
ルカ先生は生徒をからかうような先生じゃない。
でも、婚約者がいる生徒にこんなことを言う先生でもないはず。
――ドオーーン!!
突如、窓の外から爆音が鳴り響いた。
土煙の合間にピンク色のリボンが見える。
もしかしてシャムエラ?
「あれは――。リリアーナ、私は音のした所へ向かいます。あなたは寮へ帰ってください。」
「でも、シャムエラが!!」
「ええ、シャムエラは私に任せて、あなたは帰るように。いいですね?」
普段からは想像できないほど緊迫した面持ちで言うルカ先生に逆らえず、私は、はいとだけ言った。
走り去ったルカ先生とは逆の窓へ近寄った。
恐らく3年生の女生徒、5,6人に魔法を掛けられ防戦一方になっているシャムエラが見える。
苦しむ姿を見るのが好きですって?
悪趣味だわ!
鞄を掴むと、私は教室を駆け出した。
お読みいただきありがとうございます。




