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地味と言われた令嬢の生き方。  作者: 不知火螢


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24/24

24.虚構の物語。あるいは真実の上書き。

「……舞台って、凄いね」

「そうですね……」


 一幕が終わり、真剣に見つめていたカイル様がポツリと呟かれた。わたくしもその言葉に、同意して頷く。

 物語はまだ半分であるが、すっかり世界に引き込まれていた。

 つい前のめりになって舞台にのめり込んでいたことに気づき、力を抜いてソファの背もたれに身体を預ける。

 ニコラス様がそっと水の入ったグラスを渡してくださり、口に含む。こくり、と飲み込むと程よく冷たい水が乾いた喉を潤す。ふぅ、と一息ついてから、もう一口飲み、すっかり忘れていたソファの脇に用意されたナッツ類にも手を伸ばす。飲み込むとナッツが喉への刺激となり、また水を飲む。


 隣のカイル様へと視線を向けると、カイル様はまだ視線を舞台へと向けられていた。


 舞台の主な登場人物は四人。王子二人と令嬢二人。

 さすがにあからさますぎるからなのか、王子二人は同腹の双子に変えられ、王子たちと公爵令嬢は従兄妹という関係ではない、というあたりも現実とは変えている。


 特に現実と大きく変えているのは、第一王子の言動だ。


 幼い頃から公爵令嬢と第二王子が恋仲で、二人きりになることは徹底的に避けていた。しかし、決して交わることのないその二人の視線に、互いを想い合っていると気づいた第一王子が、自ら身を引く決意を高らかに歌い上げる、というところで一幕が終わった。

 公爵令嬢を想いながら、それでもこのままでは自分では彼女を幸せにすることはできない。ならば、想い合う弟に全てを託そう、という想いが込められた歌であった。


「……別に僕、あの二人が両想いだったなんて、全く気付いてなかったんだけどな」

「舞台なんて、そういうものですよ。如何にして物語を魅力的に見せるか。脚色に脚色を重ね、そして演出で観客の心を掴むのか。それを計算して作られているのですから」

「……レラが言うと、舞台って、身も蓋もないものになるね」

「芸術という観点もありますが、結局は客商売ですからね、演劇は」


 音楽も、歌詞も、歌唱力も、物語も。全ては最高峰の域に達しているが、それらを駆使して、大衆向けの娯楽作品を作り上げている。芸術の無駄遣いとも言えるが、だからこそ、民衆の心を掴んでいるのかもしれない。


「あの第一王子は婚約者を心から愛しているのかな。だから、婚約者のことをきちんと見ていて、弟王子と想い合っていることに気付けた? 僕と違って」

「さて、そこはわかりませんが……よく見ていたのは確かでしょうね。でないと、第二王子との関係にも気付けないでしょうから」

「なるほど……観察力のない僕にはできないやつだ」

「いえ、カイル様も先程、わたくしが自覚していなかったぶどうが好き、ということに気づいてくださったではないですか」

「あ、ほんとだ」


 あえて言うのであれば、カイル様はそこまでイザベラ様に興味がなかった、あるいは、より深くイザベラ様を知ろうとは思われなかった、ということだろう。

 エメ嬢に対してはどうだったのか、とは気になるが、なんだか、自分から彼女の話を振るのは、少しだけ――面白くない。


「なるほど、確かに……好きな人のことなら、その視線の先に何があるのか、何を見てどう考えるのか、気になるものか……うん、レラのことは、何でも知りたいな」

「聞いてくだされば、なんでもお答えしますよ?」

「んー、教えてもらうのもいいけど、自分で見つけたいかな!」


 ニコリとカイル様が笑う姿に、思わず胸がときめいた。



 しばらくすると幕が上がり、二幕が開始した。


 モデルとなった人間の末路を考えると、あまりよい扱いではないだろうな、と思っていたエメ嬢をモデルとした令嬢だが、やはり、第一王子を誘惑する女子生徒として登場した。

 現実のカイル様はその思惑に乗ってしまったが、第一王子は逆に利用することを思いつき、自分が全ての非を被って、婚約者と弟王子が結ばれるように動き出した。


 そして、婚約者がいながらも他の女にうつつを抜かすおろかな男であると演じるが、婚約者であった公爵令嬢と弟である第二王子には全てお見通しだった。

 第一王子の本音を知った二人は、表向きは第一王子の意思を受け入れて令嬢ともども第一王子を断罪することに賛成するが、実際には第一王子が今後、安心して過ごせる環境を裏で用意する。

 そして、クライマックスで第一王子が令嬢を伴って、夜会に参加した。その場で大々的に公爵令嬢との婚約を破棄すると断言したが、逆に断罪され、第一王子と令嬢は身分を失うことになる。

 その後、第一王子はこっそりと静かな王領の一部で過ごしていくことが明かされ、王太子夫妻の結婚式パレードのシーンで幕は降りた。


「なんだか思っていたものと違ったけれど、面白かったね」

「はい、実に『面白い』演出になっていました」

「? うん、面白かったね」


 わたくしの意図には気づかれぬまま、カイル様は「面白かった」と繰り返された。舞台として純粋に楽しまれたようで何よりである。事実、演劇としては非常によくできていた。

 一見するとありふれた恋愛劇なのに、次期王太子とその妃となる令嬢の恋愛劇を面白おかしく描き、さも運命的な恋物語かのように見せるその手腕は見事である。

 また、カイル様がどのような意図でイザベラ様と婚約破棄の話を持ち出したかなんて、当人たち以外には決して知り得ない。結果的にカイル様の悪評を濯ぐにはいい手段となっている。


 衆目の面前で婚約破棄の話を切り出したカイル様は、婚約者であるイザベラ様と弟であるアシル殿下のために、エメ嬢を利用して自ら身を引いた、という美談にすり替わるのも時間の問題だろう。


 国王陛下のことなので、演目の内容については当然、事前に把握されていたことだろう。脚本から演出から、全て検閲されているかもしれない。あるいは、劇団側から、事前に話を通している可能性もある。

 そうでなければ、いくら人気劇団とはいえ、カイル様のやらかしからそれほど経っていない時点で、ここまで事実に近い話を作り上げて人気を得るのは難しいだろう。

 次期王太子夫妻であるアシル殿下とイザベラ様の人気を上げつつ、カイル様の印象を変える。そのための最適解がこの舞台になっているのではなかろうか。


「カイル様、当初の目的は、少しは果たせましたか?」

「そうだね。観客視点では美談になっていたけれど、あの作品のなかの人物になった気持ちであの第一王子のことを考えると……」

「考えると?」

「『周りが見えてないって、こういうこと』って感じだった。あの第一王子のやっていたことも、結果的には公爵令嬢と第二王子がちゃんと全てを理解していたから問題なかったけれど、もしかしたら独りよがりでただ周りの人に迷惑だけかけて終わっていた可能性もあるよね? で、僕が実際にしたのは……結果的にイザベラが幸せになれるのは良かったんだけど。僕って、本当にだめな人間なんだな、って、改めて思ったよ」


 肩を落としてうなだれるカイル様の手を引き、観劇用ソファから、奥の席へと移動する。

 隣に座ってカイル様の手を握ると、カイル様が頭をわたくしの肩にもたれかけてきた。


「沢山の人に迷惑を掛けたのに、結果的にはレラと出会えて今は幸せで、でも本当なら僕は今はこうして幸せを享受していていいのかな、なんてことも考えちゃって」

「王妃殿下もおっしゃっておりましたが、あまりご自身を卑下しすぎるのはよくありませんよ。被害者と呼べるのはイザベラ様のみであり、そのイザベラ様が既にカイル様を許されている以上、カイル様にだって幸せになる権利はあるのです。大事なのは、過ちを認めて、繰り返さないことですよ」


 全く気にするな、とは口が裂けても言えない。しかし、幸せになることを許されないという程の罪ではない。国王陛下も、アシル殿下も、イザベラ様も既にカイル様を許されているのだから。

 もちろん、自らの過ちを認めて繰り返さないように反省することは大事であるが、囚われすぎるのも良くない。


「……うん。これからは、僕が間違えようとしていても、レラが止めてくれる?」

「もちろんです。ただ、わたくしも間違えることはありますので、そのときはカイル様が指摘してくださいね?」

「うーん、レラが間違えるようなことに、僕が気づけるかなぁ」

「その場合は……二人して間違えて、怒られて、反省しましょう」


 喜びも苦しみも過ちも、二人で背負えば、怖くないだろうから。

ぼちぼちと投稿を再開します。

まだ落ち着かないので毎日投稿ではありませんが、可能な限り早めに投稿したいと思います。

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