第21話 開ける手紙
クララが去ったあと、里に、静けさが戻った。
私は、三通の手紙を、机に並べた。
教会からの、二通。
それから、クララが残していった、大司祭の手紙。
私は、まず、最初の二通を、開けることにした。
ずっと、開けられなかった手紙。
肩に乗せたまま、運んできた手紙。
封を切る。
中の文字は、思っていたより、ずっと短かった。
「戻ってきてください。あなたが必要です」
一通目には、それだけ。
二通目にも、同じようなことが、書かれていた。
それだけだった。
私は、少し、拍子抜けした。
あんなに恐れていたのに。
開けてみれば、ただの、短い言葉だった。
重かったのは、手紙ではなかった。
開けられない、私の方だったのだ。
開けてしまえば、戻らなければいけない気がして。
戻らない自分が、薄情な気がして。
だから、開けられなかった。
けれど、開けてみると。
それは、ただの、誰かの願いだった。
願いに、応えるかどうかは、私が決めていいことだった。
私は、机の前に座り、紙を一枚、用意した。
返事を、書こうと思った。
ずっと、書かなかった返事。
何を書こうか、迷った。
長い言い訳を書くこともできた。
戻れない理由を、こんこんと綴ることもできた。
けれど、私は、結局、一行だけ書いた。
「私は、ここにいます」
それだけ。
戻る、とも、戻らない、とも書かなかった。
ただ、今、私がここにいる。
それだけを、伝えることにした。
ペンを置くと、心が、軽くなった。
開けられなかった手紙を、開けて。
書けなかった返事を、書いて。
肩の上の荷物が、一つ、下りた気がした。
夕方、私は、その返事を、ハンナに託した。
ふもとの町まで、人が下りるとき、出してもらうことにした。
「これで、いいのかい」
ハンナが、訊いた。
「一行だけ、だけど」
「はい」
私は、頷いた。
「これで、いいんです。長く書くと、また、言い訳になるので」
ハンナは、笑った。
「あんた、来た頃より、ずいぶん、迷わなくなったね」
その言葉に、私は、少し、驚いた。
確かに、そうかもしれなかった。
里に来た頃の私は、隅の椅子にしか座れなかった。
何もせずにいると、落ち着かなかった。
役に立たない自分が、怖かった。
それが、いつの間にか。
名前のない椅子に座り、何もしない時間を過ごし、自分のために茶を淹れるようになっていた。
「少しずつ、整ってきたんですかね」
私は、呟いた。
「ああ」
ハンナは、湯を注いだ。
「整ってきたよ。ちゃんとね」
机の上には、まだ、一通、開けていない手紙があった。
大司祭の、手紙。
格式の高い封蝋。
私は、それを、見た。
けれど、今日は、開けなかった。
今日は、一行の返事を書けた、それだけで、十分だった。
大司祭の手紙は、また、別の日に。
私は、もう、それを恐れていなかった。
開けられない手紙の重さも。
開けてみれば、ただの紙だと、知ったから。
ずっと開けられなかった手紙を、エルシャは、ようやく開けました。
開けてみれば、短い言葉。
重かったのは、手紙ではなく、開けられない自分でした。
「私は、ここにいます」
一行だけの返事。
それが、今のエルシャの、精一杯で、十分な答えでした。
ただ、まだ、開けていない手紙が、一通。
大司祭の手紙は、もう少し先で、開かれます。
読んでくださって、ありがとうございました。




