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追放された令嬢を救ったら、俺の領地が豊かになりすぎた。彼女の才能は俺が独占する!  作者: 逆立ちハムスター


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アッカディア領の朝は、いつも冷たい風と共に始まる。

王都から馬を飛ばして二週間。大陸の北端に位置するこの地は、切り立った岩山と、痩せた土壌、そして気難しい季節に支配されていた。


「レノス様、おはようございます! 今日の風はまた一段と冷えますな〜」


領主館を出てすぐの広場。ひび割れた石畳を掃いていた老ギルが、腰を叩きながら俺に声をかけてきた。


「ああ、おはようギル。昨夜の霜で、北側の菜園がやられてなきゃいいんだが。後で見に行ってくるよ」

「おやおや、領主様が自らですか? 本当に、レノス様ほどマメなお方は歴代のアッカディアの領主様でもおられませんでしたよ」


ギルは歯の抜けた口で笑う。

アッカディア領主、レノス。それが俺だ。

先代である父が流行り病で急逝してから、俺はこの「見捨てられた土地」を継いだ。魔力資源も乏しく、特産品も、特にない。王都の貴族たちからは『石ころ領地』と揶揄される場所。だがここに住む人々は、どの領地の領民よりも温かい。俺を「坊ちゃん」と呼び、支えてくれる彼らの生活を少しでも楽にしたい――それが俺の、ささやかな、けれど唯一の夢であり、願いだった。平和ならそれでいい。


その日は、冬の足音が聞こえる晩秋の午後だった。

俺は馬を駆り、領地の境界付近にある古い街道の視察に出ていた。数日前の大雨で土砂崩れが起きていないか確認するためだ。


「……ん?」


雨上がりの湿った空気の中、街道の脇にある大きな樫の木の根元に、異質な「色」が見えた。

この荒涼としたアッカディアには似つかわしくない、透き通るような白。そして、泥に汚れながらも鈍く光る、銀の糸。


俺は馬を止め、駆け寄った。


「お、おい! 大丈夫か!?」


そこに横たわっていたのは、一人の女性だった。

ボロボロに引き裂かれたドレスは、かつては最高級の絹だったのだろう。だが今は泥と枯れ葉にまみれ、見る影もない。彼女の肌は透けるように白く、寒さのせいか、あるいは絶望のせいか、死人のように青ざめていた。


「……あぁ……」


俺が彼女の肩を抱き寄せると、長い睫毛が微かに震えた。

ゆっくりと開かれた瞳は、深いアメジストのような紫色。だが、その瞳には生気というものが一切宿っていなかった。


「ここは……。私は……まだ、生きているの……?」


「ああ、生きている! 生きているとも! 俺はアッカディアの領主、レノスだ。君、何があったんだ!? その格好は、ただ事じゃない!」


彼女は俺の顔をぼんやりと見つめた後、力なく自嘲気味な笑みを浮かべた。


「……エルシュタイン、です……。リリアーヌ・エルシュタイン……。いいえ、今はもう、ただのリリアーヌ。……私は、追放されたのです。無能という、烙印を押されて」


エルシュタイン。その名には聞き覚えがあった。

王都でも屈指の魔導名家。その公爵家の令嬢が、なぜこんな最果ての地で倒れているのか。

彼女の言葉を借りれば『追放』。近頃、我が国の王都や他国では、婚約破棄や無能を理由にした貴族の追放とやらが、何故か流行っていると商人たちが噂していた。まさか本当だったとは。


「話は後でいい。今は温まらないと。俺の館へ来い」


「……おやめなさい、領主様。私には、価値などありません。魔導の家系に生まれながら、私は攻撃魔法も防御魔法も、何一つ使えないのです。父からも、婚約者だった殿下からも……『目に見えぬ流れを数えるだけのゴミ』だと、そう捨てられました」


彼女の指先が、ガタガタと震えている。

それは寒さだけではない。信じていた世界すべてから拒絶された、心の震えだ。


「ゴミ、か。ひどい言い草だな。しかし、そういう問題ではない。目の前の死にかけの者を見捨てるなど、俺にはできん!」


俺は自分の外套を脱ぎ、彼女の細い体にかけ、包み込んだ。

リリアーヌは驚いたように目を丸くする。俺の手を通して伝わってくる彼女の体温は、驚くほど低かった。


「君が何を数えるのかは知らないが、少なくとも俺の目には、君はゴミには見えない。ちゃんとした人間だ! こんな綺麗な銀髪のゴミが、どこに落ちているっていうんだ!」


「……っ」


「それに、アッカディアは人手不足なんだ。魔法が使えなくたって、生きていく道は沢山ある。死ぬ気になれば何でもできる。……なっ?」


俺は彼女を横抱きに抱え上げた。驚くほど軽かった。

しっかり食べていないのだろう。公爵令嬢という立場にありながら、どれほどの虐げを受けてきたのか、その軽さが物語っていた。


「……なぜ……。こんな私に、構うのですか。あなたに、何の利益も……」


「利益なんて考えて人を助けなきゃいけないなら、俺は領主なんて辞めてやる!」


俺は彼女を馬に乗せ、背後から支えるようにして手綱を握った。

彼女の背中から、微かに震えが引いていくのを感じた。


「……レノス、様……」


「ああ、そうだ。よく覚えたな。俺の領地は不便だが、飯だけはすこぶる美味いぞ。そして、皆、フレンドリーで優しい。期待していろ!」


────


館に帰り、信頼できる侍女のメアリに彼女を預けた。

湯船で汚れを落とし、温かいスープを飲ませ、清潔な寝床に入らせるよう頼んだ。


数時間後、リリアーヌは深い眠りについた。メアリ曰く、泥だらけのドレスの下は、痣や擦り傷だらけだったという。王都からの道中、どれほどの苦労をしてここまで辿り着いたのか想像もできない。


翌朝。

俺が執務室で領地の収支報告書(といっても、赤字をどう埋めるかという頭の痛い内容だが)を睨みつけていると、控えめなノックの音が響いた。


「……レノス様、入ってもよろしいでしょうか」


扉を開けて現れたのは、昨日のボロボロな姿が嘘のような、美しい女性だった。

メアリが用意した簡素なワンピースを着ているが、隠しきれない気品と、何よりその瑞々しい美貌が部屋を明るくした。銀髪は丁寧に梳かされ、月の光を集めたように輝いている。


「ああ、リリアーヌ。随分顔色が良くなったな。良かった」


「昨日は、本当にありがとうございました。見ず知らずの、それも汚れた私を救ってくださって……この御恩、一生忘れません」


彼女は深く、優雅な礼を捧げた。その所作一つとっても、彼女が「無能」などとは到底信じられなかった。


「気にするなと言いたいが、そう言っても君は納得しないんだろう? なら、体調が良くなったらでいいから、少しだけ手伝って欲しいことがある」


「私に……できることでしょうか。先程も申し上げた通り、私は魔法が使えません。重い物を持つ力も、畑を耕す知識も……」


彼女は自信なさげに伏し目がちになった。

俺は机の上に広げた、アッカディア領の地図と、複雑な「魔力経路マナ・ライン」の観測図を指し示した。


「実は、この領地の悩みの種は『土地の不毛さ』なんだ。魔力の流れが悪くて、植物が育ちにくい。腕利きの魔導師を雇う金もないし、そんな魔力持っている人材もいないから、流れを変えることもできない。だから、些細な事で構わないから、何か解決の糸口になりそうなアドバイスでもあれば……」


リリアーヌは、地図をじっと見つめた。

その瞬間。

彼女の瞳の色が、スッと変わった。アメジストの奥に、黄金の幾何学模様が浮かび上がる。


「……これは……」


彼女は無意識に机へ歩み寄り、細い指先で地図の上をなぞり始めた。


「レノス様、ここの術式……いえ、自然の魔力の結び目。これでは逆流しています。山からの魔力が、この岩場に当たって霧散している……。ああ、なんて効率の悪い……。ここをほんの数インチ、あそこに置いてある『魔石の欠片』を移すだけで、流れは劇的に改善されます」


「……なに!?」


リリアーヌは止まらなかった。

彼女は机の隅に置いてあった、使い道のない安価な小魔石(領民が感謝としてプレゼントしてくれた)を手に取ると、地図の特定の数箇所に配置した。


「ここ。それから、ここと、ここ。……レノス様、外の菜園を見ていただけますか?」


俺は半信半疑で、窓から執務室のすぐ下にある小さな庭園を見下ろした。

そこは、寒さで枯れかけていたハーブや、芽が出ずにいた冬野菜の苗がある場所だった。


「……おい、嘘だろ」


窓の外では、信じられない光景が広がっていた。

冷たい秋風にさらされていたはずの苗たちが、まるで春の訪れを告げられたかのように、一斉に茎を伸ばし、青々とした葉を広げ始めたのだ。


「魔力は消えるのではありません。淀んでいるだけなのです。私は、その『淀み』を解いて、最適な形へ導くことしかできません。王都では、攻撃にも防衛にも使えない、ただの算盤そろばんだと笑われましたが……」


リリアーヌは、少しだけ誇らしげに、けれど悲しげに微笑んだ。


俺は言葉を失った。

こ、これのどこが無能なんだ!?

魔力を「視覚化」し、その配置を「最適化」する能力。それは、一人の魔導師が放つ強力な一撃よりも、遥かに価値がある。領地という巨大なシステムを根底から作り替える、神の御業にも等しい才能だ。


「リリアーヌ!」


俺は彼女の両手を取った。彼女はビクッと体を震わせたが、俺は構わずに続けた。


「君の才能は、王都の連中には過ぎたるものだったんだ。あいつらは、金貨の山を溝に捨てた。……だが、俺は違う!」


俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「俺に、君を独占させてくれないか!」


「はい?……」


「君のその力があれば、このアッカディアは生まれ変わる。領民は貧困から救われ、ここは大陸で一番豊かな土地になる。君を追放した連中が、地団駄を踏んで悔しがるような、最高の場所にしてみせよう!」


リリアーヌの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

それは、昨日まで流していた絶望の涙ではない。自分の存在を初めて「必要」だと言われた、救済の涙だった。


「……私で、いいのですか? 何の役にも立たないと、捨てられた私で」


「君がいいんだ。君じゃなきゃ、ダメなんだ! 頼む!」


俺は彼女の細い手を、より強く握りしめた。


「俺は君を必ず守る。君に無能の烙印を押したすべての連中から、君という宝を隠し通す。そして、俺たち二人で、この領地を最高にするんだ」


リリアーヌは泣きながら、けれど力強く頷いてくれた。


「はい……レノス様。私のすべてを、あなたに捧げます」


王都の贅沢に肥えた馬鹿どもは、まだ気づいていない。

彼らが捨てた「石ころ」が、実は世界を塗り替えるほどの輝きを秘めた「ダイヤモンド」であったことに。

そして、それを拾い上げた俺が、彼女の力を片時も離さず、この手で握り締める決意をしたことに。


「さあ、リリアーヌ。まずはその冷えた体を温めよう。最高の朝食を用意させる」


「ふふ、はい。……レノス様、お腹が空きました」


初めて彼女が天使のように微笑んだ。

その笑顔を守るためなら、俺は世界のどこを敵に回しても構わない。


俺の領地、アッカディア。

ここから、俺たちの逆転劇が幕を開ける!

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