第46話 体育ではなく演習
「寒ぅい! どうしてこんな日に屋外授業なのよっ!」
外の教室の近く。芝部の広場に集合した1回生の生徒たち。今日はアフマズル先生なアンリ・アフマズルさんと、ロティス・バイソマージさん。ロティスさんは7回生で、卒業後は先生として学院に残るみたい。ただ、どうもアフマズルさんはこの、金髪が絞り粕のブリーチでいくらかピンク味がかった彼女に気があるみたいなんだよね。
「――先生! この前までは屋内だったでしょ!」
忘れてた。
さっきから大騒ぎして文句を言ってるのはジョゼファ。
「そこは担当の先生の御意向だからねえ……ロティス先輩」
「文句があるなら、先生にお言いなさい!」
確かに、体育の授業はこの前まで屋内で体操するだけだった。正確には、体育ではなく実践演習の授業だけどね。体操も、屋内で動きやすい体操服の役目を果たす、運動用のシュミーズとブレー、あるいはパンツを身に着けて、受け身の取り方を練習していた。
男子の方が半ズボンで、女子はほとんどが乗馬パンツみたいなの。女子でも、騎士を目指している子は男子のようにブレーを穿いていた。なんでかっていうと、ブレーなら柄物の長靴下を穿けるから。はしたないって言われてもかわいいんだよね。
かく言う私もブレーに長靴下。
ブレーも女の子用のは、流行りのキュロットっぽい形だし、オフホワイトのショースはキルティングに葉っぱみたいなステッチで、縦にいくつもラインが入ってる。ちょっとふわもこの長靴下は暖かいしカワイイ。
「アンリエット、男の子みたいな格好をしているかと思っていたら、その長靴下、とっても素敵です……」
「ほんとだ、かわいい!」
「いいなあ、私もそういうの穿いてみたい」
ベルチカたちが騒ぎ立てる。
イズミとしては裸足でも平気なくらいガサツだったんだけど、環境って恐ろしい。今はアンリエットとして、少しだけ恥じらいを感じた。
「お世話になってるアンヘルさんが買ってくれたのです」
「えっ、男の人?」
「恋人でも無い女性に長靴下を送るなんて……」
「いえ、アンヘルさんは、私を娘みたいに思ってくださってるだけですよ、ベルチカ」
ふぅん……――とちょっとだけ訝し気なベルチカ。
「あっ、その長靴下、いいね! すっごくかわいい!」
そう言って声を掛けてきたのはユイリス・ノルネンさん。確か、騎士の才能を授かった人。未発現の祝福は、貴族の間では才能と呼ばれることが多い。
彼女の長靴下は白と黒の太いストライプ。騎士らしくてカッコイイ。
彼女の長靴下を褒めると、同じくブレーにショースの騎士を目指す女の子が数名、集まってきて長靴下の話に花が咲いた。ちょっとだけ、話せる女の子が増えた。
◇◇◇◇◇
予鈴が鳴ると、広場には実践演習の先生が現れた。ただ、その先生が姿を見せると、文句を言っていたジョゼファや、一緒になって愚痴を言っていたアントウィアとライヤも黙った。いや、黙るどころか、その頬は高揚し、冷たい空気に触れて赤く染まった。
「みんな寒いのにちゃんと集まってる。偉いね」
「このくらい、なんてことありません!」
エスカイユさんが声を掛けると、当のジョゼファが真っ先に返す。
「剣術を担当する、エスカイユ・ヘリオベラと申します。剣術の先生が体調を崩されまして、急遽、代理に入らせていただきました」
わあ――と、主に女子生徒から歓びの声があがる。
「――後輩たちの授業を見てみたかったというのもあります。皆さん、宜しくお願いしますね」
そうして授業開始の鐘と共に挨拶し、アフマズルさんたちによって短杖と丸盾が配られた。
(この棒、ロゼリアがあのふたりの侍女に渡してたやつだ……)
「――短杖は剣とはバランスも、使い方も異なりますが、まずはこれで型を学びます。堅い樫で作られていて、実戦にも使えるようなものなので真剣に取り組んでください」
はい!――といつにも増して元気な声が返る。
「――そして大事なのは盾です。王国の剣術では、盾は二点支持のシールドと、一点支持のスキアというふたつに分類されます。盾として、どちらも鎧の代わりとなりますが、シールドは防戦的、スキアは攻撃的に用いられます」
そうして、エスカイユさんはロティスさん相手に、それぞれの盾を使って模範的な型をいくつか披露してみせた。すると、わあ――と、再び女の子たちが感嘆の声を漏らす。
「――皆さんに配った丸盾は小さく、そして二点支持のため、ある程度左手の自由が利きます。これは、第1位階の防御魔術、魔法の盾と使い方が似ています。必要な時に盾で受け、必要な時に防御を解いて両手詠唱を行うといった風にね」
ただ、配られた盾はとても軽かった。鑑定には浮軟木と表示される。
不思議そうにしていると、エスカイユさんと目が合う。
「――その丸盾は君たちのために軽く作られています。まだ君たちは、本物の盾を支え続けられるほど身体ができていません。無理をせず、型から学びましょう」
そう言ってエスカイユさんは、最初の構えを説明し、やってみせた。
それから二人一組になって型の練習。今生では、ちゃんと二人一組になれる相手――ベルチカがいるのだ。イズミとしても、アンリエットとしてもこれは嬉しかった。
そして、いい感じの棒を手にすると振り回したくなるのが男の子ってもの。何人かの男子生徒は型も何もなく、所謂、チャンバラをやり始める。
「こらこら、君たち! ちゃんと教えられたとおりにやりなさい!」
男子を見ていたアフマズルさんが注意する。そこにエスカイユさんが――
「構いませんよ。実戦に勝る練習はありません。剣術は相手が居てこそ成り立つものですからね。だからきっと、君たちは強くなるでしょう」
先生からそう言われると、その男子らは自信満々な様子でニコリとした。
「――ただし、その時には、型を学んだ生徒たちは、もっと強くなっているでしょうけれどね」
エスカイユさんはそう言って、真面目に取り組んでいた生徒たちを見回し、微笑むと、男子たちも真面目に型を練習し始めたのだ。




