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赫刃  作者: あああ
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【第1章 第7話:兄の焦り、姉の執着】

クローデル家には、澪の他に二人の子がいた。

兄、ユリウス=クローデル。十五歳。

姉、エルノア=クローデル。十二歳。


二人とも優秀で、家の誇りだった。

魔導の才も剣術も、文武ともに優れ、将来は王国の中枢を担うとまで期待されていた。


――そう、澪が生まれるまでは。


彼女が生まれたその日から、空気が変わった。

両親の視線が変わった。

家臣の態度が変わった。


ユリウスはそれを、痛いほどに感じていた。


「お兄さまってすごいね」

「……でも、澪さまはもっとすごいのよ?」


そんな言葉が、幾度となく耳に入った。


彼は剣を握った。

何度も何度も、城の訓練場で汗を流した。

誰よりも早く、強く、美しく剣を振るえれば、誰かが――澪が、見てくれるかもしれない。


だが、澪はいつも静かだった。


ユリウスが汗を滲ませながら見せた剣舞にも、ただ一言。


「……無駄な動きが多い」


その言葉に、兄は心の奥で何かが砕けた。


彼女は天才だ。

それはわかっている。

でも――何かひとつだけでも、自分のほうが“優っている”部分が欲しかった。


それが、兄ユリウスの焦りだった。



一方の姉、エルノアは違った。


彼女は“理解”していた。

澪が“人間ではない何か”であることを。


だが、それでも彼女は澪を――愛した。


「澪。今日はね、ドレスを選んできたの」

「この色、澪に絶対似合うと思うの」


幼い少女が、必死に妹に贈り物を選ぶ。

毎日。毎夜。途切れぬ好意。


澪はそれを拒まなかった。

ただ、受け取るだけだった。


だが、ある日。

エルノアが澪の手を取って、そっと口づけたとき。

澪が、初めてはっきりとした“拒絶”を見せた。


「触らないで。気持ちが重いの」


エルノアはしばらく黙っていた。

その後、部屋から出ていくと、誰もいない廊下で泣いた。


でも、それでも――

彼女は次の日も澪に花を届けた。


「好きなの。澪の全部が」


それは、愛というには、あまりにも歪で、

執着というには、あまりにも純粋だった。



澪は思う。


(なぜ、皆――こんなにも私に縛られるのか)


自分は何も与えていない。

何も望んでいない。

ただ存在しているだけ。


なのに、“与えること”に飢えた人々は、勝手に澪を“救い”に仕立て上げ、

勝手に“自分の全て”を捧げてくる。


その愛が、澪にとっては――

鎖だった。


だから澪は、兄の剣を“無意味”と切り捨てた。

姉のキスを“重い”と突き放した。


それが、“普通の人間”ではない彼女の選択だった。


それが、“斬る者”としての彼女の、本能だった。


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