第3章 第2話『記録なき契約、そして』
春の精霊契約式――
あの場にいた者たちは、言葉を失っていた。
契約は成立しなかった。
だが、誰もが理解していた。
あれは、「契約の失敗」ではない。
むしろ――
「精霊たちが、澪の前に沈黙せざるを得なかった」という、異常そのものだったのだ。
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契約空間は、封鎖された。
王族専属の記録官が動き出し、観察石はすべて封印された。
しかし、何もかもが“遅すぎた”。
情報は既に、王都魔導通信塔を通じて、各地の魔導士団に中継されていた。
『――虚の精霊、澪に跪く。観測失敗。記録不能。』
術式端末を覗き込んだ者たちは、恐怖を抱いた。
(“記録不能”? 何が起きた?)
(高位精霊ですら跪くなら、それは……)
――神か、災いか。
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「おい、知ってるか? 今日の精霊契約式……」
「記録が全部、消えてるらしい」
「虚の精霊なんて存在、見たことも聞いたこともねえよ……」
生徒たちの間にも、噂は瞬く間に広がった。
だが、その中心にいた少女――澪は、何も語らなかった。
教室でも、寮でも、魔導書庫でも。
ただ静かに、孤独な日常を生きていた。
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その夜。
グラン・アカデメイアの最上階――王族用の“封印式典室”。
そこで、王族の第三王子・セリス・アークライトは、一人の老術師と対面していた。
「……“虚の精霊”は、神代にすら存在しなかった存在です」
語ったのは、《禁呪の番人》と呼ばれる老魔導士、ヘンリクス=マージュ。
「おそらく彼女は……“記されない”存在。つまり、世界に定義されていない」
セリスは問う。
「それは、災厄か。それとも……?」
老術師は首を横に振った。
「……それすら、“定義されていない”のです。
我々の知識は、彼女の前では全て、白紙に還る」
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一方その頃――澪は、一人で魔導学園の禁書区画へ向かっていた。
誰にも気づかれず、誰にも止められず。
5階層、禁術の図書塔。
――彼女にだけは、“自動通行”が許されている。
彼女は、いつものように、記録を辿る。
記憶を持たぬまま、何かを探すように。
それは、まるで……
“かつて自分が遺した痕跡”を、自分自身で読み返すかのように。
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とある頁が、風もないのにめくれた。
そこにあった、たった一文の記録。
――『赫刃・無明、記録を斬りし刀』
その文字を見た瞬間、澪は、無意識に背を震わせた。
視界の隅に、“赤い何か”が瞬いた気がした。
「……誰?」
そう、呟いた。
だが誰もいない。
けれど、“誰かが確かにいた”記憶が、どこかに、刻まれていた――。
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その夜、誰も知らぬ場所で、一つの観察石が“燃え尽きた”。
記録されていたのは――
澪が、禁書図書の最深層に手を伸ばし、
**“赫刃の名を見つめる姿”**だった。
それを見ていたのは、老術師ヘンリクスと――
もう一人、観測不能区域に生きる「監視者」だった。
「……始まったか。
再び、“名を持たぬ存在”が動き始めたのだな」
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――そして翌朝。
澪は、何事もなかったかのように、また教室の扉を静かに開いた。
誰も近づかない。
でも、誰も、目を逸らすことができなかった。
「……“崇める”しか、できないのさ」
そう呟いたのは、セリスの側近だった。
そしてその視線の先で、澪は――ただ静かに、席に座っていた。




