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赫刃  作者: あああ
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【第2章 第20話:赫ノ章、始まる】

“定義喰い”が消えた翌日、

王立魔導学府グラン・アカデメイアは――異様な静寂に包まれていた。


昨日、確かに“何か”が侵入し、“何か”が起きた。

けれど、その出来事は記録にも記憶にも残されていなかった。


なのに。


生徒も、教員も、学園の壁までもが、

無意識のうちに“何かが変わってしまった”ことだけは感じ取っていた。


第5階層・禁書図書館にて。


ヘンリクス=マージュは、魔導記録石を眺めていた。


何も記されていない。

けれど、そこには確かに“何かがあった痕跡”が焼き付いている。


「……記録されぬ勝利。

 記録されぬ存在によって、記録されぬ脅威が退けられた」


彼は静かに呟いた。


「これは、もはや“異物”ではない。

 学園史において、最初の“赫ノ章”と呼ぶべき存在だ」


その同じ頃。

高等課程の廊下で、生徒たちが囁きあっていた。


「見たんだ。昨日、“彼女”が、刃を抜かずに霧を切り裂いたのを」

「でも、誰も覚えてない。何を見たのかも、何と戦ったのかも」

「でも……たしかに、あの瞬間だけは“存在してた”んだ」


誰もが語る。

誰もが忘れていく。

けれど、それでも心のどこかに――赫ノ令嬢の姿が焼きついていた。


そして、その噂はついに“学園の記録部”に提出された。


提言:王立魔導学府の年誌に、「赫ノ章」を創設すべき

理由:記録されぬ存在により、記録されぬ危機が回避されたため


それは、学園史上初――

“記録不能な存在”のために、新たな章を用意するという提案だった。


その報告を受けた学院長アルシェ=グレイヴは、

最上層の記録塔にて、ひとり深く頷いた。


「定義されぬ存在は、もはや“存在していない”わけではない。

 彼女は“記録の外側”から、“記録そのものを変えてしまった”」


彼は筆を取った。


記録者として、言葉を刻む。


――これは、記録の外に咲く一輪の花。

その名を記すことは叶わずとも、

確かに世界は、彼女の存在を通して“定義し直された”。



同じ頃。

澪は静かに学園の裏庭に立っていた。


そこには誰もいない。

だが、足元には無数の花が咲いていた。


赫ノ花。

昨日、澪が戦った場所にだけ、咲いた色。


“誰も植えていない”。

“誰も育てていない”。

だが、赫刃が斬った空間にだけ、咲いていた。


ティナが、澪の背にそっと声をかける。


「ねえ、“新しい章”ができるんだって。澪さんのために」


「……記録に残らない私のために、記録が用意されるの?」


「うん。名前じゃなくて、“章”で呼ぶんだって」


「皮肉だね」


「でも、それでも嬉しいでしょ?」


澪は、少しだけ、目を伏せた。


「……少しだけね」


その時、赫刃が――鞘の中で“静かに、温かく”震えた。


それは、怒りでも拒絶でもない。

まるで、“それを許した”かのような、小さな共鳴。


澪は、初めて、赫刃に向かってこう呟いた。


「ありがとう。抜かなくても、わかってくれるって――思いたかった」


こうして、学園の記録の中に、名のない章がひとつ、静かに加わった。


【赫ノ章】

“記録されぬ令嬢”の記録として、

名もなく、定義されず、ただ静かに存在する章。


その章の先に、まだ誰も知らぬ物語が続いていく――。


第2章『赫刃封ぜし学舎』/完


続いて――

**第3章『赤の祈りと黒の記憶』**へと入ります。

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