【第2章 第18話:赫ノ令嬢、狙われる】
翌朝、王立魔導学府の空気は――何かが“ひどく濁っていた”。
それは目に見えるものではなかった。
けれど、肌が粟立つような感覚、背中に這い寄るような寒気。
そして、言葉にしようとした瞬間に喉が詰まるような――
**“存在してはいけない何か”が、確かに“ここにいる”**という違和感。
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教員のひとりが、朝の出席点呼で異変を感じた。
「名簿の……この行、誰だ?」
黒く滲んだ名前。
書かれたはずなのに、文字が“読めない”。
手で触れれば、皮膚がひりつき、
声に出せば、言葉が喉で裂けるような錯覚。
その名前の場所には、こう書かれていた。
【注記:記録侵食 封鎖指定】
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学院長アルシェはすぐに察知する。
「“定義喰い”が、侵入したか」
それは、かつての魔術戦争時代に現れた異形。
定義・名・存在・記録――言葉と概念を“喰らう”怪異。
姿を持たず、記憶されず、ただ“名前を呼んだ者”から順に、存在を崩していく。
そして今――
その“喰らう対象”として選ばれたのは――
澪=クローデル。
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なぜなら、彼女は“名を呼ばれない”唯一の存在だった。
定義が成立しないということは、**“最もおいしい記録”**であるということ。
赫刃すら拒絶してきた世界に、
“喰らうために”やって来たのだ。
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その昼。
澪は静かに歩いていた。
空は晴れ、学園は穏やか。
けれど、空気だけが異常に重い。
彼女は感じていた。
「……視られてる」
赫刃が、鞘の中で――微かに熱を帯びていた。
ティナが駆け寄る。
「澪さん、今日の空気……絶対おかしいよ。何か来てる」
「うん。“私を斬りに来た何か”じゃない。
“私を喰らいに来た何か”がいる」
「喰らう……って?」
「私の“名もなさ”を。“定義されない存在”を、逆に取り込もうとしてる」
「そんなの、させないよ……!」
ティナの言葉に、澪はほんのわずかだけ微笑んだ。
「……ありがとう。でも――これだけは、私じゃなきゃ斬れない」
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そのとき。
地面が、空気が、光そのものが“歪んだ”。
空間の中心がぶれて、見る者の視界が曇る。
教室の扉が開いたとたん、黒い“存在喪失の霧”が流れ込んできた。
生徒たちが、次々に記憶を抜かれる。
何をしていたか、どこにいるか、自分の名前さえ――
そして、その中心に、声なき声が響く。
**
──“名を捧げよ”
**
誰も名を呼ばなかった。
けれど、空間そのものが、澪の“存在の座標”を食おうとしていた。
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澪は、ゆっくりと赫刃に手を伸ばす。
けれど――抜かない。
「まだ、抜くほどじゃない。
私は、“存在を斬る”ためじゃなく、
“記録を守るために”ここにいる」
その瞬間、彼女の全身から静かな呪力が広がる。
赫刃の力ではない。
澪自身の“拒絶”の力だった。
「私は、“名を持たないからこそ在る”。
“名を喰らう”お前とは、違う」
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次の瞬間。
澪の足元に魔導陣が展開された。
ティナの作った転移結界。
「澪さん、ここはわたしに任せて!
霧を、空間ごと隔離する!」
「……ありがとう。
でも、最後の“斬る役目”だけは、私がする」
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赫刃を抜かずに構える――
その姿は、刀身ではなく、“存在”そのものが刃のように研ぎ澄まされていた。
記録されず、記されず、呼ばれない。
けれど確かに、彼女はそこにいた。




