第十三章 十三人目 飛翔騎士は竜の翼で空を飛ぶ
血の色のような空、荒れ地にそびえ立つ魔王の城。
勇者や戦士たちが魔王の城に立ち向かい、そして姿を消した。
次に現れたのは、一人の飛翔騎士の男。
他に仲間はいない、一人っきりでの戦いの末のことだった。
飛翔騎士とは、槍などの棒状の武器を使い、空を飛んで攻撃する騎士のこと。
空を飛ぶとは言っても、翼を羽ばたかせて空を飛ぶわけではない。
棒状の武器を地面に立てて、上に飛び上がることで宙を飛び回り飛翔する。
だから飛行ではなく飛翔騎士。
空を飛ぶのではなく飛び上がるだけとはいえ、その効果は侮れない。
飛翔中は、空を飛ぶことのできない魔物には手出しもできない。
遠距離攻撃ができる魔物でも、飛び回る飛翔騎士を狙うのは容易ではない。
そして上に飛び上がった飛翔騎士は、落下の勢いをつけて攻撃を行う。
槍などの棒状の武器により威力は集中され、固い魔物も貫き通す。
飛翔騎士の飛翔は攻守を兼ね揃えた優れた行動である。
欠点といえば、集団での連携が難しいところ。
飛翔騎士は前衛でありながら、飛翔中は集団から離れてしまうために、
後衛の盾となることができない。
また、飛翔騎士は飛翔しやすくするために、通常は盾を持たない。
さらには薄く軽い防具を使うため、前衛としては自身の防御も劣る。
いずれも集団での行動に影響を及ぼす。
今、魔王の城にたどり着いたその飛翔騎士もそうで、
今までにいくつかの集団に所属したことがあるが、いずれも馴染めず、
今はこうして単独行動をするようになったのだった。
だが単独であってもその飛翔騎士は優秀だった。
「集団など、弱点がある者がやることだ。
攻守に弱点のない私には、不要なことだ。」
そうして今では、その飛翔騎士は、単独行動にすっかり慣れていて、
もう集団に所属しようなどとは思っていないのだった。
その飛翔騎士が魔王の城へと足を踏み出すと、
辺りの荒れ地から、岩の魔物や骸骨の魔物たちが姿を現した。
魔王の城への侵入を阻もうと、その飛翔騎士に近付いてくる。
するとその飛翔騎士は、素早く槍を構えて魔物たちに突きを繰り出した。
長い棒状の槍は間合いが広く、攻撃が遠くまで届く。
魔物たちは自分たちの攻撃の間合いに近付く前に、
飛翔騎士の槍に突かれていった。
その飛翔騎士が吠える。
「どうした!そんなに遅い動きでは、私に攻撃は届かないぞ。」
そんなことを言っている間に、近付く魔物たちは粗方片付いてしまった。
どんな魔物でも攻撃が届かなければ勝ち目はない。
他の魔物たちはそれを悟ったのか、
もうその飛翔騎士のところに近付こうとはしなくなった。
そうしてその飛翔騎士は、魔物たちを一方的に打ち倒し、
魔王の城へと足を踏み入れた。
魔王の城の内部は、捻くれた骨のようだった。
壁も床も柱も、何もかもが捻れて見える。
「こう傾いていては、やり難くなるな。」
その飛翔騎士はしっかりと足場を確認しながら、
魔王の城の内部を進んでいった。
すると、奥の方から物音と物影がいくつも姿を現した。
やってきたのは、骸骨の魔物や鎧の魔物たち。
侵入者を排除しようと敵意を顕わにしている。
その数は通路を埋め尽くさんばかり。
まともに戦えば一人では勝ち目はないだろう。
しかし、飛翔騎士は違った。
まずその飛翔騎士は、槍を構えて向かってくる魔物たちを突いた。
突かれた魔物たちは初撃で体を貫かれ、倒れて体がバラバラになった。
すると倒れた魔物たちの体が障害物となって、
後続の魔物たちの足が止まった。
それを飛翔騎士は見逃さなかった。
槍を床に突き、体を乗せて空高く飛び上がった。
魔王の城の通路の天井は高く、
飛び上がった飛翔騎士は魔物たちを見下ろす程に高く飛び上がっていた。
すると魔物たちは手にした剣や棍棒では攻撃が届かない。
無力な魔物たちの頭上から、その飛翔騎士が槍を構えて落下してきた。
下向きに突き出された槍はまるで稲妻のように魔物たちを貫いた。
落下の勢いが加わって、まとめて複数の魔物たちが倒された。
「どこを見ている?私はここだぞ!」
着地した飛翔騎士は、今度は槍を横にして周囲を撫で斬りにした。
丸く刃を周らせた槍に、周囲の魔物たちはまとめて倒された。
そうして間合いを確保した後、
その飛翔騎士はまた槍を使って上に飛び上がった。
槍による飛翔と落下を使った飛翔攻撃、そしてその後の回転斬り、
その飛翔騎士は一方的に魔物たちに攻撃を加え続けた。
次にその飛翔騎士が空に飛び上がった時、
下にはもう動く魔物は残ってはいなかった。
「これで終わりか。
やはり集団など私には不要、一人で十分だ。」
その飛翔騎士は静かに床に降り立つと、倒した魔物たちの残骸を踏みしめ、
魔王の城の内部を奥へと進んでいった。
魔王の城の内部を進んでいくと、
やがてその飛翔騎士の行く手に、三叉に分かれた通路が見えてきた。
正面と左右に通路が分かれている。
先は捻くれていて見通すことはできなかった。
いずれの通路を先に進むべきか。
その飛翔騎士は立ち止まって考えた。
槍を壁に立てかけて、腕組みをして考える。
すると、立てかけていた槍が、前に倒れてコロンと転がった。
それを見て、その飛翔騎士はポンと手を打った。
「ほう、倒れた槍が正面を指した。これは何かの暗示かもしれないな。
槍の指示に従うとするか。」
そうしてその飛翔騎士は、槍の倒れた方、正面の通路を進んでいった。
三叉の通路の正面を進むことしばらく。
今度は行く手に魔物たちの集団が見えてきた。
魔物たちはまだその飛翔騎士の存在には気がついてはいない。
しかし、複数の魔物たちが、それぞれに役割を意識して編成している。
前衛には剣や棍棒などを手にした骸骨の魔物や鎧の魔物たち、
後衛には弓矢を持った骸骨の魔物に、法衣を着た魔法使いの魔物たちがいる。
これでは、いくら槍の間合いを持つ飛翔騎士とはいえ、苦戦が予想される。
弓矢や魔法の攻撃は遠く上までも届く。
前衛の魔物に守られて、後衛の魔物には手が出せない。
そうであるのに、その飛翔騎士は、槍を構えて魔物たちに突撃していった。
「相手が集団であろうと私は臆さない!」
自らを鼓舞するように叫ぶと、槍を突き出して駆けていく。
侵入者の存在に気がついた魔物たちは、一斉に戦闘行動に入った。
前衛の魔物たちが武器と盾を構え、後衛の魔物たちが遠距離攻撃の準備をする。
魔物たちの態勢が揃う前に、その飛翔騎士の突きが前衛の魔物を貫いた。
貫かれた骸骨の魔物は床に倒れてバラバラになった。
それからその飛翔騎士は槍を横に撫で斬りにしようとする。
が、それは周囲の魔物たちの盾で防がれてしまうはず。
そうすれば遠距離攻撃の的にされてしまう。
だからその飛翔騎士は、撫で斬りはせず、
初撃の突きで魔物を倒した勢いを利用して、
槍を床に突き立てて上に飛び上がった。
遅れて、その飛翔騎士がいた場所を狙っていた後衛の魔物たちが、
その標的を見失ってキョロキョロと周囲を見回す。
するとその頭上から薄く影が差す。
影に気がついて上を見上げようとした魔物のところに、
飛翔騎士が槍を構えて落下してきた。
その飛翔騎士は、通路を上下に広く使うことで、
前衛の魔物を抜いて後衛の魔物を飛翔攻撃で直撃したのだった。
続いて槍を横に撫で斬りにする。
後衛の魔物たちは盾を持っていない。
槍の間合いにいた数体の魔物たちがまとめて切り倒された。
上から抜かれた前衛の魔物たちが背後に振り返る。
するとそこには、本来前衛が守るべき後衛が倒され、
先に戦うべき飛翔騎士が槍を振るっていた。
前衛の魔物たちが慌てて後ろに駆け出す。
だがその間合いは、飛翔騎士は槍の突きの餌食だった。
「編成を乱したな。
これで一人の私に有利な状況になった。
集団だからと油断していたか?」
魔物たちの集団の真っ只中で、
しかし一人っきりの飛翔騎士は戦いを圧倒的に有利に進めていた。
近付く魔物たちを槍で突き、近付かれる前に上へ飛び上がる。
今度は後衛の魔物たちの矢が魔法が、空を飛ぶ飛翔騎士を襲った。
「はっ、遅いな!」
するとその飛翔騎士は、壁に槍を突き立て、横に向かって飛翔した。
飛翔騎士がいた場所を遅れて矢や炎の魔法が通過する。
その飛翔騎士は通路を縦横に使い、空を飛び回った。
槍の切っ先が魔物たちを次々に貫いていく。
一体、また一体。魔物たちが動かなくなっていく。
「それ、これで最後だ!」
その飛翔騎士が槍で魔法使いの魔物を貫き立てると、
そこにはもう動く魔物はいなくなっていた。
その飛翔騎士は歯を見せて笑った。
「集団を一人で倒すというのは、気分がいいものだな。
やはり私には仲間など不要な存在だ。」
その飛翔騎士は拳を握って頷くと、三叉の通路の先を進んでいった。
三叉の通路の真ん中を先に進むと、
今度は行く手に、大きくて豪華な扉が見えてきた。
「なんと大きな扉だ。中には余程大事なものがあるのだろう。」
その飛翔騎士の言葉に答えるように、
大きくて豪華な扉の前には、大きな魔物が待ち構えていた。
見上げるような大きな、粘液状の魔物だった。
その魔物の姿を見て、その飛翔騎士は舌打ちをした。
粘液状の魔物は、その柔らかな体で標的を包み込み、体液で溶かしてしまう。
通常、動きは素早くはなく、近付かなければ比較的危険は少ない。
しかし、その粘液状の体により、
叩いたり突いたりする攻撃は効果が大幅に下がってしまう。
魔法で攻撃するか、何度も切って細切れにするのが定石とされる。
今、その飛翔騎士の前にいるのは、通常よりも大きな粘液状の魔物。
体が大きなだけで他は変わらないように見える。
それが飛翔騎士には厄介なのだった。
飛翔騎士が得意とする槍の突きは、粘液状の魔物には効果が薄い。
さらには切って細切れにしようにも、今の相手は大きな粘液状の魔物。
ちょっとやそっと切ったくらいで細切れにできる相手ではない。
それならばまだ、体が硬い魔物の方がやりやすかった。
集団に属さず一人っきりのその飛翔騎士には打つ手がない相手だった。
「まいったな。
まるで私の苦手なものを合わせたような魔物だ。
しかし、私は恐れないぞ。
私が一人っきりなのは、今に始まったことではないからな!」
そうしてその飛翔騎士は槍を構えると、
掛け声とともに大きな粘液状の魔物に向かって切りかかっていった。
「やぁー!ふん!」
槍が一閃、大きな粘液状の魔物の体を切りつけて、そして跳ね返された。
ボヨンと、水の塊を切ったような感触だった。
攻撃が効いている様子はない。
目の前にいる大きな粘液状の魔物は、ただ大きいだけでなく、
その体は通常よりもとても弾力があり丈夫なようだった。
「まだまだ!」
その飛翔騎士は続けざまに大きな粘液状の魔物に切りつけた。
槍が切っ先を輝かせるが、しかし手応え無く弾き返される。
「それではこれならどうだ!?」
その飛翔騎士は、弾き返された勢いを利用して、
床に槍を突いて上に飛び上がった。
飛び上がって上から見ても、やはり大きな粘液状の魔物だった。
人を何十人もまとめて体内に取り込めそうな程の大きさ。
そこにその飛翔騎士は、勇敢にも槍を構えて落下していった。
飛翔攻撃の威力は、今度こそ大きな粘液状の魔物の体を貫いた。
しかしそれだけ。
大きな粘液状の魔物は、体を貫かれても何事もなく、
その大きな体をプルプルと震わせていた。
槍で突くだけでは、粘液状の魔物の体に穴を穿っても、
その身を粉ほど削ることしかできない。
返って、大きな粘液状の魔物の体に囲まれるだけ。
ほとんど無意味な攻撃だった。
それでもその飛翔騎士は諦めない。
何度も何度も飛翔攻撃を繰り返した。
「せい!やあ!とう!」
その度に、その飛翔騎士は大きな粘液状の魔物に体を取り込まれそうになった。
このままでは、いつか大きな粘液状の魔物の餌食にされるだけ。
その飛翔騎士は額に汗を浮かべて焦っていた。
何か打開策はないものか。
そうして、もう何度目か、頭上に飛び上がって気がついた。
大きな粘液状の魔物がいる先、大きくて豪華な扉の上の方に飾りがある。
彫り細工のように壁面に装飾が施されている。
細工の彫りは深く、その隙間から向こう側が見えていた。
その隙間から、中に入ることはできないだろうか?
大きくて豪華な扉にたどり着くには、大きな粘液状の魔物を倒す必要がある。
しかし、その遥か上の壁にたどり着くだけなら、飛翔騎士ならばできそうだ。
そうしてその飛翔騎士は、壁に槍を突きながら、飛翔攻撃を繰り返した。
今度は、目下の大きな粘液状の魔物を攻撃するためではなく、
その向こう側にたどり着くために。
目論見通り、それだけならば上手くいった。
大きくて豪華な扉の上に槍を突き立て、その飛翔騎士は壁に取り付いた。
壁に施された彫り細工を調べてみる。
するとやはり、壁の装飾の中に、体を通せそうな隙間を見つけた。
「おお、ここから部屋の中に入ることができそうだ。
それならば、あの魔物を無理に倒す必要もなかろう。
ここから部屋の中に入るとしよう。」
そうしてその飛翔騎士は、大きな粘液状の魔物を倒すことなく、
まんまと大きくて豪華な扉の向こう側に入り込むことに成功したのだった。
大きくて豪華な扉の中。
壁の上から音もなくその飛翔騎士が降り立った。
「ふう、なんとか中に入ることができたな。
しかし、何だ?この部屋は。」
大きくて豪華な扉の中、その飛翔騎士の目の前には、
たくさんの金銀財宝が積み上げられていた。
きらびやかな宝石たち、豪華な装飾品、などなど。
目もくらむような輝きが部屋の中を照らしていた。
どうやらここは宝物庫のようだった。
「なんだ、ここは宝物庫か。
あんな魔物に守護させているのだから、
てっきり中は魔王の玉座かと思ったのに。」
その飛翔騎士は魔王を討伐するために、遠くこの魔王の城までやって来た。
間違っても金銀財宝を盗みに入ったわけではない。
その飛翔騎士は宝物庫の中をつまらなそうに見渡すと、
財宝の間を抜けて先へ進もうとした。
するとその時、壁に飾られていた一本の槍がその飛翔騎士の目に留まった。
飛翔騎士が足を止め、感嘆の声を上げた。
「おお!なんとあれは、伝説の槍、竜の翼か!?」
竜の翼。
それは翼という名前で呼ばれているが、槍として使われる。
尖った骨のような長い棒状の本体に、翼のような意匠の飾りが付いている。
鋭い切っ先は、固い鎧をも貫き通すといわれるが、
一番の特徴は切っ先ではなく翼の方にある。
竜の翼は込められた魔法の支援効果により、使う者の体を浮き上がらせる。
標的を突いた勢いをそのままに、再度飛翔攻撃をすることを可能にする。
するとどういうことになるかというと、
飛翔騎士が竜の翼を使い飛翔攻撃を行うと、
その反動で連続して飛翔攻撃を行うことができるようになる。
飛翔騎士の弱点とされる、飛翔攻撃直後の隙を無くすことができる。
飛翔騎士にとっては至上の槍の一つとされている。
もちろん、伝説の槍、竜の翼のことは、その飛翔騎士も聞き及んでいた。
壁に飾られた槍を手に取り、細部を確認してみた。
「やはり、これは伝説の槍、竜の翼で間違いない。
こうして持っているだけでも、体が浮き上がりそうだ。
これさえあれば、飛翔攻撃を連続して行うことができる。
相手が魔王であろうと、反撃の隙すら与えまい。
これは私が使わせてもらうとしよう。」
魔王との対決を前に、心強い得物を手に入れて、その飛翔騎士は微笑んだ。
宝物庫の先を急ごうとして、はたと足を止めた。
「・・・伝説の槍をいきなり実戦で使うのは、少々無理があるだろうか。
何かで試し切りしておきたいものだが。」
そうしてその飛翔騎士が思いついたのは、先程やり過ごした、
宝物庫の前にいた大きな粘液状の魔物のことだった。
通常、粘液状の魔物には、槍の突きはほとんど効果がない。
飛翔攻撃の後の隙を狙われるだけだ。
しかし、この伝説の槍、竜の翼があれば、飛翔攻撃を連続して行える。
隙もなく飛翔攻撃の後で直接、空に飛び上がって次の飛翔攻撃ができる。
それならば、大きな粘液状の魔物でも、突きで粉々にできるかもしれない。
「うむ、そうだな。
試し切りも兼ねて、あの魔物を片付けておこう。
戦った魔物を倒さずに残しておくのも、気分が悪いからな。」
そうして、その飛翔騎士は、伝説の槍、竜の翼を手に、
宝物庫の入り口へと戻っていった。
その飛翔騎士が大きくて豪華な扉を内側から開くと、
部屋の外にはあの大きな粘液状の魔物がまだ残っていた。
獲物を見失って、ウロウロと辺りを這いずっていた。
そこに後ろからその飛翔騎士が現れたのを見つけて、
喜んだように勢いよく飛びかかってきた。
喜んだのは大きな粘液状の魔物だけではなく、その飛翔騎士もだった。
「待たせたな!
お前にはこの竜の翼の試し切りの相手をしてもらう。
では参るぞ!」
その飛翔騎士は竜の翼を床に突き立て、上に向かって飛び上がった。
それから落下の勢いを利用して、飛翔攻撃を行う。
竜の翼は刃の鋭さも相当なもので、
大きな粘液状の魔物の体ですら手応えを感じるほどだった。
しかし、大きな粘液状の魔物を倒せるほどではない。
ボヨンと柔らかく弾き返されてしまった。
しかしここからが竜の翼が伝説の槍たる見せ所。
その飛翔騎士は飛翔攻撃の反動を利用して、
地に足をつくこともなく再び上に飛び上がった。
空を飛ぶと表現してもよいほどに軽やかに。
反撃の機会を失い、大きな粘液状の魔物はオロオロとしている。
そこに再び、頭上からその飛翔騎士の飛翔攻撃が襲いかかった。
僅かに、ほんの僅かに大きな粘液状の魔物の体が削られる。
それからその飛翔騎士は間髪なく空に舞い上がった。
その繰り返し。
それが幾度ほども続いただろう。
何度も何度も数え切れないほどに飛翔攻撃を繰り返して、
その飛翔騎士と大きな粘液状の魔物は、まだ戦いを続けていた。
大きな粘液状の魔物は体をすり減らされてはいるが、
目に見えるほどの消耗は感じさせない。
一方、その飛翔騎士の方はというと、
数え切れないほどの飛翔攻撃を繰り返し、心身ともに消耗し切っていた。
「これだけ・・・攻撃を加えても・・・まだ倒せないとは・・・。
竜の翼の威力はこの程度だったのか?」
いいや、違う。
と、その飛翔騎士は頭を横に振った。
伝説の槍と称えられる竜の翼に、倒せない魔物などいない。
問題があるとすれば、自分の腕前の方にあるはず。そのはずなのだ。
腕には自信があるその飛翔騎士にも、体力の限界がある。
もうかれこれ丸一日ほども飛翔攻撃を繰り返し、
それでも見かけに変化がない大きな粘液状の魔物の姿を見て、
引き際を感じ取っていた。
「くっ、悔しいが、今の私では、
あの大きな粘液状の魔物を倒すことはできないようだ。
このままでは、私の方が空の上で力尽きてしまう。
ここは一旦、引き上げよう。」
その飛翔騎士は地に足をつき、鞄から魔法の巻物を取り出して広げた。
「帰還魔法、我を安全な場所に運び給え・・・!」
ぜいぜいと荒い息をつきながら読み上げる。
すると、どこからか風がびゅびゅうと吹いてきて固まると、
その飛翔騎士の体を包み込み、運び去っていった。
そうしてその飛翔騎士は、
傷一つ負うこと無く、しかし全身を消耗させて、
魔王の城から引き上げていったのだった。
その飛翔騎士は、帰還魔法によって魔王の城から離脱した。
遠く離れた安全な王都へ戻ると、すぐに宿を取った。
装備品を外し、布団に横になって考えた。
伝説の槍、竜の翼を手に入れて、
改めて自分の未熟さに気が付かされた気持ちだった。
「明日から、また鍛え直しだ。
私自身が、この竜の翼に見合う実力を付けなければな。」
その飛翔騎士は間もなく、疲労からくる耐え難い眠りに落ちていった。
伝説の槍、竜の翼をその腕に大事そうに抱えて。
それからしばらくの後。
どこかの平原で、空を飛翔するその飛翔騎士の姿があった。
地面には粘液状の魔物がいて、プルプルと体を震わせている。
大きさは通常の、よく見かけられる粘液状の魔物だった。
その飛翔騎士は、あれから研鑽の日々を続けている。
伝説の槍、竜の翼は、無限に連続の飛翔攻撃を可能にする。
それがあれば、あの大きな粘液状の魔物をも倒せるはず。
しかし、飛翔攻撃を無限に続けるには、
使う者の体がそれに耐えられなければならない。
だから、今、その飛翔騎士は、
無限に飛翔攻撃を繰り返すことに耐えられるよう、
そのための訓練を続けていた。
まずは体力作り。それはもう、歴戦のその飛翔騎士には十分できている。
だからその飛翔騎士は、次の訓練に取り掛かっていた。
それこそ何日の間も無限に飛翔攻撃を繰り返すことができるように、
飛翔攻撃をしながら食事を取り、睡眠を取る訓練を繰り返していた。
無限の体力は必要ない。
無限の飛翔攻撃に必要なのは、生活できること。
飛翔攻撃をしながら、減った体力を補充できればよい。
それが、その飛翔騎士がたどり着いた答えだった。
試し切りのための粘液状の魔物。
その粘液状の魔物に、竜の翼が襲いかかる。
それを手にする飛翔騎士は、槍にしがみつくようにして眠っていた。
もう何日、これを繰り返しているだろう。
辺りにはその飛翔騎士が口にした食料の残骸が散らばっていた。
訓練の結果、その飛翔騎士は今や、
飛翔攻撃をしながら食事を取り、睡眠を取ることすらできるようになっていた。
これであれば、長期間の飛翔攻撃も可能なはず。
次は、長期間の生活に必要な水と食料を持ち運ぶ鞄が必要だ。
それで無限の飛翔攻撃は完成するはず。
だがその飛翔騎士は、ハッと気がついて目を見開いた。
「・・・飛翔攻撃を止めずに、排泄はどうすればいいのだろうか?」
無限の飛翔攻撃のための課題は、まだまだ山積みのようだった。
終わり。




