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エピローグ

 木佐貫一がシミュレートしたアフター・シンギュラリティの300年間では西暦が終わり、インフィニット・ワールドが誕生した。拡張されたAIの下、絶対的育成プログラム期間とVRLシステムによって人類は永遠の幸福を手にしたかに見えた。

 しかし、その世界は『最後の審判』によって否決された。


 裁きの日から数週間が経過した頃、木佐貫一は研究施設の一室『M-HSG Buffer Room』の中央に121段の螺旋階段を設け、それをぐるりと昇り切った先に新たなアール壁の部屋を増築した。彼はそこを『∞D - Room』と名付け、入り口にアイアンサインを掲げた。


「ま、待ってください博士……やはり121段というのは、中々にしんどいですね……」

 螺旋階段を昇る朝来野が、先を行く木佐貫に弱音を吐いた。

「朝来野くん、君は僕よりいくつ年下なんだい。科学者とはいえ体力は必要だ。日々の研究の合間に、この単純なルーティーンを課すことはいい案だと思うがね。私たちはどうしても運動不足になりがちだ」

「ええ、確かにそれは違いありません……が、せめて昇り切った後に絶景でも拡がっているのならば、疲れも吹っ飛びそうなものですがここは地の底。望むべくもない」

「この一段一段が失った記憶への贖罪だ。そして未来への歩みだ。軽いはずがない。さ、着いたぞ」

 木佐貫と朝来野が『∞D - Room』の扉を開けると、昼埜星がコーヒーカップを手にくつろいでいた。鼻を衝く香ばしい刺激は登城の疲れを少しばかり癒した。

「こんな日はコーヒーもいいな。K-MAXばかりでは芸がない」と言いながら木佐貫は白衣のポケットからエナジードリンク、K-MAXを取り出した。

「どうだい昼埜くん、システムは順調に動いているかね」

 木佐貫は部屋の中央に設置された、半径2メートルほどのアクリルドームに覆われたホログラム装置を眺めた。

「いたって順調ですよ。どうやら柊周は大空光に恋をしているようです」

「ほう……それはめでたいことじゃないか。君たちの子孫はどうかね」

「昴は……残念なPCオタクってとこかしら。春はアイドル。芸名は桜坂桜だって。あ、シュンくん! 勝手に触っちゃだめ!」

 朝来野が中央の装置に手を伸ばすと、昼埜のティー・スプーンがその侵入を遮った。

「おっとこれはすまない。だがなんだ、メンデレーエフ博士のDNAを継いでいるというのにアイドルとは……だがそれも時代に求められているものといえば科学と相違ない。それもまたよいのかもしれない。平和の象徴だ」

「アイドル好きのシュンくんにとっては複雑な心境ですかな?」

「違いない……」


 木佐貫一は『∞D - Room』にひとつの世界を移植した。

 それはインフィニット・ワールドに大変よく似ていた。

 しかし何かが違っていた。



 2101年11月11日、木佐貫一はアフター・シンギュラリティのシミュレートにおける最終段階において、その是非について仮想世界に住むプレイヤー達に審判を仰いだ。裁決は4対3で否決に終わり、インフィニット・ワールドのデリート作業に着手した。その際、木佐貫だけが実行することが可能な()()()()()()()()()が開かれた。

 一波鋭はジャーナリストとして最後となる暴露記事を送信し、かの世界は終わりを告げた。

 ……はずだった。

 

 インフィニット・ワールドは確かに消滅した。

 しかし同時に、()()()()()が構築された。


 夜久昴がアマゾニカのハッキングに成功し、霧靄霞の持つポテンシャルの全てを手中に収めた後、霧靄霞(カスミン)は解放された機能のいくつかを使い、この世界を計測した。するとインフィニット・ワールドそのものが、木佐貫によって創造された可能性が浮上した。

 霧靄は創造主である木佐貫がこの世界を消滅させる可能性について分析した。その結果を鑑み、帰国した夜久に世界改変プログラムの開発に協力することを、自らの意思によって要請した。

 しかし改変プログラムを起動させるには、次元間通信が完全に開かれている必要があった。それを開くことができるのは、やはり創造主である木佐貫一に限られていた。

 霧靄がアマゾニカを介して行う次元間通信の機能は一部に限られているため、それを完全に開かせるには木佐貫を欺くブラフが必要であった。霧靄は21世紀のジャーナリスト、一波鋭がそれを演じるに適任と判断し、彼に一切を託した。

 つまり彼が送信したのは『異世界暴露記事』ではなく、霧靄と夜久が共同制作した『改変プログラム』であったのだ。


『∞D - Room』に移植された世界、それは改変プログラムによって創造された世界であり、そこではAIと人間が協働統治する社会が営まれていた。どちらかが全権を掌握するのではなく、両者が程よいパワーバランスを保ち、共存を目指す社会であった。そこでVRLシステムが誕生することはなかった。

 木佐貫はもっとも従順な僕であったホムンクルス、霧靄霞が最後に放った反逆の改変世界をデリートすることなく、大切に保全することを選択した。

 彼はまず『バベルの塔』を模して螺旋状の階段を作った。段数は運命の数字である11の2乗となる121とし、階段を登り切った先にひとつの部屋を増築した。さらに霧靄霞の創造した世界を 『∞D - Infinite Dimention -』 と命名し、そのシステムが安置された部屋を『∞D - Room』と呼んだ。

 ∞D、無限次元と名付けたこの世界の動向を、木佐貫は微笑ましく眺めていた。しかしそこには、科学者が抱える潜在的な恐怖と不安もまた静かに漂っていた。

 彼は狂気が誠実さを凌駕しないよう、自戒を込めて毎日ここを訪れることにした。螺旋階段の一段一段に刻まれた数多の想いに寄り添いながら。

 ∞Dは不可侵の領域とし、何人(なんびと)たりとも介入を許さないセキュリティを昼埜が施した。


「お、凪くんはジャーナリストになったね。何だ、上司は一波くんじゃないか……」

「惹きつけあうものがあるんですね。人間とは本当に不思議な生命体です。だから騙し甲斐もあるんですけど」

 スーパーハッカー、昼埜星はコーヒーの酸味を味わいながら本音を漏らした。

「ああ。だから人生とは深く、そして愉快で残酷でもある。それがあって人間なんだ」

 朝来野が真顔で答える。

 木佐貫は両助手の肩を軽く叩き、白衣の胸元に刻まれたM-HSGの文字に手を当てて叫んだ。

「朝来野くん、昼埜くん、君たちも人間であることを忘れるな! 無論、私も然り! だからそう、もっと楽しもうじゃないか。この……この愛すべき狂った世界を!」

「OK木佐貫!」

「気持ちはアーネスト、行動はマッド、それがM-HSGだ! さあ、より良い未来のために、今日も研究、実験だ!」

「OK木佐貫!」



-------------------------------

差出人:柊周

宛先:大空光


 こんばんは。

 こんな夜更けにごめん。

 明日、というかもう今日だね、卒業式。

 そのあとの祝宴会にも時間を作ってくれてありがとう。

 優くんも岬ちゃんも、今泉先輩も来るから賑やかになりそうだね。

 ごめん、そんなことを言うためにメールをしたんじゃないんだ。

 ひかりん、僕は今さっき、とても不思議な夢をみた。

 眠りに就いてから1時間くらいしか経っていないと思うけど、たくさんの人の、たくさんの人生を経験したような、とにかく変な夢だった。

 そこには会ったこともない、そう、知らないはずなのに凄く親しみを感じる、そして大切だと思える人たちがいてね。ひかりんもなぜかその中にいたんだ。

 目覚めた後も、その変な感覚が残ったままでね。デジャヴとは違う、何というか、確かに実際に経験していると思えるような、生々しい感覚なんだ。

 もしかしたらその人たちとはまだ出会っていないだけで、この後どこかで出会うことになるのかもしれない。

 僕の人生において決して忘れてはいけない人が総出演した、そう、そんな感じの夢だった。だから記憶がある内に伝えたかった。それくらい、とても大切な何かがそこにはあったように思うんだ。

 彼らの名前は漢字まではっきり覚えている。

 ひかりん、君はこの人たちに心当たりはあるかい?

 あったらでいい。返信が欲しい。


 凪雫

 霧靄霞

 夜久昴

 朝来野春

 一波鋭



 2301.03.11 A.M.01:11



 完



物語はこちらで完結となります。

これまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価や感想などいただけますと嬉しく思います。


なお、スピンオフとして『シビュラの追憶』という短編を公開しています。

よろしければこちらもお読みください。


挿絵(By みてみん)

Illustration by Daken

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