3. M-HSG
緩やかなカーブを描くアール壁に囲まれた円型ルームの中心には、アクリルドームを冠した人型サイズのカプセルが3台並列に設置されていた。それを険しい表情で見つめる小柄な白衣の男があった。
「――やはり博士には敵わなかったか……」
カプセルが発する青白い光に包まれた男はぼそりとつぶやき、壁一面に埋め込まれたモニターに視線を移した。そこにはグラフィカルなビジュアルと無機質な数値の絶え間ない変化が映し出されていた。
「俺の敗因はなんだろう……」
男は立派な顎髭をいじりながら壁伝いを歩き、逐次モニターをチェックした。
半周ほど進むと、『M-HSG Buffer Room』の文字が刻み込まれた扉が開き、個性的な白衣を纏ったふたりの男女と一体のアンドロイドが姿を現した。
「朝来野くん、ご苦労様。どうやら私の勝ちのようだね。あ、これどうぞ」
ロマンスグレーの中年男性は、小柄な髭の男を朝来野と呼び、『K-MAX』と記されたラベルの小瓶を差し出した。
「完敗です。やはり敵いませんな、木佐貫博士には……あ、いただきます」
朝来野は『K-MAX』を一気に飲み干した。
「プハー! 蘇りますね! やはりこのドリンクは素晴らしい!」
「それ、自分がバージョンアップさせた試作品よ。気づいてないでしょ、シュンくん」
長身の女性は味わうことなくドリンクを飲み干した朝来野に、半ば失望ぎみに問うた。
「え? そうだったの? すまん、あかりくん。全くもって分からなかった」
「朝来野くん、勝負ってのはさ、本当に些細な因子が大きな分岐点を作るんだ。昼埜くんが『K-MAX』に施した微妙な甘味の正体はね、シナモンさ。ほんのちょっぴりだけどね」
「ほう……シナモンですか……」
朝来野は口の中に残る『K-MAX』の残像を確認するかのように、口の中で舌を回した。
「ま、それはさて置き、遂にこの日がやってきた。裁きの日だ。私が描くアフター・シンギュラリティのシミュレーションは条件をクリアした。残念ながら朝来野くんのそれは未だ迷走中である。よってこれから私が用意した次元緩衝帯、木佐貫富士へとダイブする。用意はいいな」
「OK木佐貫!」
朝来野と昼埜は呼応した。
「よろしい。ではカプセルの中へ。キリモヤカスミくん、スタートのタイミングは君に任せる」
木佐貫はアンドロイドをキリモヤカスミと呼び、次元緩衝帯『木佐貫富士』へダイブするためのオペレーションを彼に委託した。
「オーケー、キサヌキ」
キリモヤカスミの体躯は機械的なアンドロイドそのものであり、人と見間違うことなど無いほどに無機質であった。
「カプセルテンケン、イジョウナシ。パーソナルデータテンソウセッテイ、カンリョウ。モクテキチ、キサヌキフジセンゲンタイシャ」
キリモヤカスミはインプットされた音声記号を淡々と読み上げる。
「It's departure」
キリモヤの号令によってカプセルの装置は起動し、木佐貫らは仮死状態となった。
「テンソウセイコウ」
一連のオペレーションを完了したキリモヤカスミは、右手の人差し指を額に当て、自身のテクニカルデータを次元緩衝帯へ送り、同期を確認した。




