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異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
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第129話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』ゴブリン討伐編③

今回の話はR18要素が皆無だと思われるので此方にもあげます。

前の話が気になる方で18歳以上の方はノクターン版をご確認ください。

「隊長…………隊長って真面な正攻法で戦っているの見たことが無いんですけど……」


 サティの目の前でゴブリンが次々に足を切り裂かれて巨大な穴に落ちて行く、その穴の底では巨大なスライムが、落ちてきたゴブリンを取り込みそれを生きたまま分解していく……


「失敬な! 『レイクサーペント』は普通にぶった切ったろ? その前だって『キラーベア』を倒しただろ?」


 何一つ小細工なしに切り裂いていたので、まあ正攻法だろう。余りにも理不尽に呆気なく殺していたがあれでも一応正攻法なのだろう。


「ああ、あれも正攻法の内に入るんですね……けど『ところてん』ですか? 相変わらずエグイですね……」


 現在サティの目の前にあるその罠は、


『ところてん』


と『ゴブリンスレイヤー』達に呼ばれていた。



 ゴブリンの巣穴退治に砦を出発した一行は、遠距離広域型のゴブリン探査魔道具で事前に位置を把握していた巣穴付近に辿り着いた。


 当たりさえつけていれば巣穴のメインの出入り口を発見するのは容易だ。出入り口付近はゴブリンの大軍勢が踏み荒らしている、森の中にはゴブリンが行軍した後にできた、獣道の様な踏み固められた道の様なものまでできているのだ。探査魔道具が無くてもその道筋を辿れば発見は容易だろう。


 メインの出入り口を発見したギャンは、先ず、ペットの魔物、五メートルを超える巨大な青白いライオン、『氷帝獅子』のキャスカを召喚。そのキャスカに、メイン以外の出入り口や空気孔を全て探し出す様に命じる。


 騎士見習い達が唖然とする中、キャスカは見上げる様な巨体にも関わらず、足音すら無く、スルスルと森の中に消えていった。


「隊長、アレは何ですか?」


 キャスカが森に消えて30秒程経って、漸く再起動したニトがギャンに尋ねる。


「ペットのキャスカだ。可愛いだろ」


「可愛い?! いやアレは可愛いなんて物じゃないでしょ? 勝てるイメージが全くわきません。なんて化け物を飼ってるんですか! 『キラーベア』が可愛く見えるんですけど?」


「目の前に居たのに、気配を全く感じない! なのに目を向けられた瞬間死を覚悟した。なんだあの化け物は!」


 ハジメの感想に騎士見習い達が一様に同意していた。


「化け物は酷いな、キャスカはアレでも女の子だぞ。頭が良いから人の言葉が理解出来るんだ。機嫌が悪くなるから本人には言うなよ?」


「うっ……っで? アレはなんなんですか?」


 どう考えても勝てそうにない魔物の機嫌が悪くなるのはニトとしても避けたい。しかし、何なのか位は判明させたかった。


「だからキャスカだ。俺のペットだって言ってるだろ?」


「そのキャスカ、何て魔物なんですか?」


「ああ、種族か、『氷帝獅子』だな」


 そこまで話したところでキャスカが戻ってくる。巨体のギャンが小さく見えるような大きな頭を、ギャンに摺り寄せて甘えるキャスカをガシガシ撫でまわして褒めたギャンは、そのまま喉の下を撫でながら、


「キャスカが他の出入り口を見つけたそうだ、サンジとハジメはそちらに回ってくれ」


 今回の巣穴はメイン以外は2つしか出入口が無く、二班のサンジ達と三班のハジメ達が其々の出入り口に待機する事になった。サンジやハジメ達はキャスカに若干怯えながら、その背について行き案内される。


 残ったメンバー、四班のフィフ達は周囲の警戒、一班と五班はギャンの指示のもと罠を準備する。

 先ず、『静穏』を巣の出入口に掛けて作業音を遮断。

 次にゴブリンの巣穴のメインの出入り口前に『落下穿孔』で巨大な穴を空け、その際に出た土で入り口横に土の壁を作る。

 更に出入り口手前に地面から30センチほどの高さに細い糸を一本通す。

 これは『斬糸』と呼ばれるミスリル鋼線で、髪の毛よりも細いのに非常に強く、容易に千切れない。魔鋼製の頭が輪になった杭を出入口の左右に地面に打ち込んで固定し、その間にこの『斬糸』をピンと張る。地面に打ち込んだ杭は更に土壁で隠した。


 また出入口の上半分には棘だらけの細長い重りを目立つ様に吊るして塞ぎ、足元から注意を逸らすと同時に『斬糸』を飛び越えない様にする。更に大穴の上に『幻影』で虚像を作り、ただの地面の上をゴブリンっぽい小柄な人影が走って外に駆け出している様に見せかける。


 最後に大穴の途中にも何本か杭を打ち込み、その間にも『斬糸』を張り巡らせて、大穴の底にギャンのもう一匹のペットの黄色い魔道スライムのエルメスが、ゼリースライムを纏った大きなスライムとなって待ち構え、其々の『斬糸』に『武器強化』を掛ければ準備OKだ。


「隊長、このスライムも隊長のペットですか?」


「そうだ、こっちはエルメスって名前だ。中々可愛いだろ? 見た目だけじゃないぞ、こうプニプニとした感触が触ると癖になる」


「見た目は……まあ可愛いのかな? けど凄いですね、ゼリースライムを纏うなんて」


「これが有るから魔道スライムは便利なんだ。ゼリースライムをコントロールできる。この罠だけならエルメスだけでも余裕だろうが、巣穴の掃除にゼリースライムが大量に必要だからな。ここで増殖させて数を増やす」


「掃除ですか……確かにこれだけ大きな巣穴は人力では無理ですよね」


「まあアレだ、ゼリースライムの召喚術は簡単だからな、覚えておいて損はない」


 地上の魔物の後始末にゼリースライムはとても有用だ。素材にならないゴミは全部ゼリースライムに食べさせて『肥料玉』に替えた方がお金になる。


 そして『ゼリースライム召喚』は、近くに居るゼリースライムを適当に召喚する魔法だ。

 余り召喚距離が近いことも有り魔力消費が少なく、一度に複数のゼリースライムを召喚出来る為、様々な物を分解処理する際に活用されている。

 またゼリースライムの魔法抵抗力が低い事から召喚術の割に魔法の難易度が非常に低く、魔法式が単純。一般人でも気軽に覚えられる召喚術として、子供の魔法の練習などにも活用されている。


 ゼリースライムは発明されて半世紀も経たず、既にこの世界の至る所に蔓延っている。何でも食べて増殖するこの魔物は、その抜群の繁殖力と利便性で世界中で活用されていた。



 ココノツが『伝心』でサンジとハジメと連絡を取り合い、作戦をスタートさせる。煙玉をメイン以外の出入り口に奥に投げ込んでそのまま出入り口を『爆破』魔法で崩して塞ぐ。その後、各空気孔も巡って煙玉をそこにも投げ込んでいく。


 煙玉から大量に発生した空気よりも重い催涙ガスが、巣穴の奥深くまで浸透し寝ていたゴブリン達を叩き起こす。ガスに追い立てられたゴブリンは煙の薄いメインの出入り口に殺到、出入口を出たところで『斬糸』に足首から下を切り裂かれて大穴に落下、途中『斬糸』に更に引っかかり自重で切り裂かれてスライムの待ち構える底まで落下。そこで生きていようと死んでいようとそのままスライムに取り込まれて分解されていく。


 『幻影』のお陰かゴブリン達は死の罠が待ち構えている事に気が付かず、次から次へ出入り口から駆け出て大穴に落ちて行く。その姿は巣穴から押し出され、『斬糸』に刻まれる『ところてん』……

 一度作戦が開始された後の一班と五班の仕事は『幻影』と『武器強化』の掛け直し位だが、これは主にミツが担当していた。


 エルメスの能力が凄まじいのか、ゴブリンは見る見る分解されていくため穴が全く埋まらない。穴の底から周囲に『肥料玉』や武器を分解したのか金属の玉がポコポコ吐き出されている。

 イチゴとハチの仕事はそれを邪魔にならない様に拾って袋に詰める事だ。というかその程度しか仕事が無い。


「ほんと、こうなると作業というか……全自動? 一応ゴブリンだって生き物だと思うと憐れよね」


 ゴブリン達はレミングの死の行進の様に自ら死に進んでる。

 まあレミングの場合、実際には群れの移動途中に川が在っても、構わず泳いで渡ろうとする様が自殺しているように見えただけらしいが……

 そしてこの場のゴブリンも違う。自殺するつもりはサラサラ無い。催涙ガスから逃げて罠に嵌まっているだけだ。


「けど楽だろ? 数が多いんだ、サクサク片付けて何が悪い。出来れば今日中にもう一か所巣を潰して廻りたいんだ、無駄な体力をここで消費出来ん」


 確かに極楽だった、サティの言うように全自動でゴブリンが死んでいくような気さえして来る。


「はぁ……でもこの煙玉って、中で捕らえられている女性に悪影響は無いんですか?」


 脇目も振らずに巣穴からゴブリンが飛び出して来る。煙玉の効果は抜群だ。


 入り口の上に吊るした棘の付いた錘すら気にした様子が無い。あれだけ目立てば何か罠が有る事を疑いそうだがそれが無い。

 実際何匹かのゴブリンは出入り口にあるその見慣れない棘の付いた錘に疑念を抱いているが、後ろから押されて、前に強制的に押し出される為、幾ら怪しいと思っても立ち止まる事が出来ないのだ。


 煙玉から発生する催涙ガスはそれ程劇的な効果を発揮している。それだけに捕らえれている女性が居る場合、その影響が心配になる。


「あるぞ? といってもちょっと目に沁みて鼻水が出る程度だ。けどなゴブリンにはより効果抜群なんだ。ちょっと辛いが我慢してもらうほかないな」


 催涙ガスなので当然、捕らえれている女性にだって効果はある。ただ成分が調整されていてゴブリン程女性達に効果が強くないのがせめてもの救いだ。


 ただ大体床に転がされている彼女達は空気よりも重いこのガスを大量に浴びる。余り救いとなっていないとされている研究報告も上がっている、しかし、他に効果的な方法も無く、現在の所この催涙ガスが主に使用されている。


 一時期、催眠ガスが使用されたことが有るのだが、こちらは捕らえられた女性が催眠ガスの分量次第で本当に永遠の眠りについてしまうケースが有った為、現在は使用禁止となっていた。


 死ぬよりはチョット苦しい方がマシだろうとの判断だ。


「それって酷くないですか?」


 自由に身動きも取れない状況で、催涙ガスに苦しまなくてはならない。ちょっとした……いや可成り酷い拷問の様なものだ。


「そのまま酷い目に遭い続けるより、ちょっと我慢して助かるほうがマシだろ?」


 ギャンとしても女性たちを無為に苦しめる心算はない。しかし、他に方法が無い。一時間足らず我慢すれば、その後は救助する。その苦しみは無駄ではないと我慢してもらう。


 それにこの催涙効果はガスが薄まれば、余り後を引かないのも売りの一つだ。自然に分解されて後遺症などの悪影響は無い。


「隊長、ハジメとサンジからです。空気孔にも煙玉を投げこんだので此方に戻って来るそうです」


 ココノツから報告が上がる。今回は大規模な巣で有るにも関わらず他の出入り口が二ヶ所と少ない。そのことも有り、空気孔にも幾つか煙玉を投げこんで、巣穴である洞窟内にガスを充満させる事にした。

 巣の規模が大きく、巣自体が大きい。巣穴全体にガスを充満させるには、二ヶ所のサブの出入り口からだけでは足りないと判断して指示していた。


「了解、ニト、内部のゴブリンの動きは如何だ?」


 今回ギャンは近距離用の魔道具を多数用意している。砦の警戒の為に遠近両方の魔道具を一組置いて来ているが、それでもこちらには遠距離用が1つ、近距離用が5つもある。近距離用は各班に一つづつ、遠距離用はニトが管理し、周囲の警戒に当たっている。ニトは更に近距離用も使ってゴブリンの動きを観察していた。


「恐らく子路だと思われますが、そちらの方に二十匹程逃げたようです。しかしそこで止まってますね……逃げ間違えたんでしょうか? 他にも何体か動いていない、動きの悪いのが居ます。他の出入り口は潰しているので、その他のゴブリンは順調にこの出入口に向かってきてます」


 遠距離用を見て、他の巣穴に動きがないことを確認したニトは、近距離用も確認してそう答える。


「ココノツ、ハジメとサンジに連絡、子路付近で出入り口用の穴を掘ってやがるっぽいから出てきた所を待ち伏せて仕留めさせろ。その後煙玉を新しい出入り口にも投げ込んでおけと伝えろ」


 子路は新たに出入り口用の穴を掘削している途中だったとギャンは予想して、その対策を指示する。下手に後ろから回り込まれたり、そこから逃げ出されるのも厄介だ。

 場所は近距離用の魔道具で直ぐに分かる。その付近で待機して孔が空いて出て来た所を仕留めれば良い。ハジメやサンジ達なら二十匹のゴブリン相手なら余裕だろう。


 ギャンは改めて周囲を見回す。今いる場所はゴブリンの巣穴の洞窟のある森の中の丘陵の崖下だ。

 10メートル程の高さの崖の様になった所にぽっかりとゴブリンの巣穴の洞窟が穴をあけていた。元は自然の洞窟の様だが、それを拡張してゴブリンは巣穴とした様だ。


 少し離れた所に小川が有り、水や食料に苦労しない絶好の巣穴ポイントだったのだろう。周囲には豊かな森が広がり、小鳥の囀りが喧しい。周囲の木々の低い位置にある木の実は殆どゴブリン達に採取された後の様だが、高い位置には、まだ木の実が多く実っている。それ目当てで小鳥が集まってきているようだ。


 洞窟の有る崖の上ではフィフ達がゴブリン以外の魔物が周囲に近寄ってこないか警戒している。更にキャスカもそちらに配置して警戒の支援をさせている。

 フィフ達は索敵系が得意な者が多く、警戒任務に向いている為、こういった周囲を広範囲で警戒させる場面で多用されていた。


 フィフは斥候では無いが、レンジャー的な軽戦士で索敵能力が高く。

 テンの能力の高さは折り紙付きだ。こう見えて天才のテンは索敵能力も抜群だった。単なる食いしん坊のポッチャリでは無い。

 トゥエはそもそもが斥候、一番歳下だが索敵能力は他の二人よりも更に上だ。


 そしてトゥエはこの短時間でキャスカに馴れたのかその背に跨って警戒任務に当たっていた。

 キャスカは鬣が有る見た目に反してメスだ。だからかその見た目に反して気性がとても穏やかだった。それが物怖じしないトゥエと相性が良かったのかもしれない。すっかり馴染んで二人共仲良くご機嫌で警戒に当たっている。


 フィフが羨ましそうにそちらを眺めている、キャスカの背に乗るのに興味があるのだろう。

 ただトゥエが飽きたら替わってくれるかも知れないが暫くは無理そうだ。テンはそちらに余り興味がないのか、崖の上に座ってすっかり寛ぎモードで干し肉を齧っていた。


 この付近の魔物は大体、ゴブリンの大群を恐れて逃げ出している、『キラーベア』位の大物以外は残っていない。そして現在、『キラーベア』もこの辺りには居ない。

 油断はしていないが余り緊張もしていない。この時、騎士見習い達はリラックスして任務に当たっていた。


 イチゴとハチは大穴の周囲に転がる『肥料玉』や『金属玉』を拾って袋に詰めてそれをライドラに載せている。『金属玉』は青銅が主だが、中には鉄が混じる。その他にも使えそうな武具も綺麗にした後、周囲に吐き出されている。この辺の区別はエルメスがやっているのだろう。それらの荷物が一杯になったライドラは自分達だけで砦まで往復していた。


 また少し離れた森の外には、既に砦と往復するライドラを追って戦闘騎士達が、鳥馬車と共に待機しているとの連絡もある。ライドラならゴブリン達が使う獣道を辿ってここまで入って来れるが、大きな鳥馬車では道幅が足りない。森の外で魔物に襲われる可能性も有るが、戦闘騎士が16名護衛に付いている、余程で無ければ平気だろう。


「ねえ隊長、『匂い消し』が有るのに、なんでまだエサ扱いなんですか?」


 ギャンの背後ではココノツが折り畳み椅子に座って盛んに『伝心』でハジメやサンジと連絡を取り合い、大穴の手前ではミツが魔法の調整を中だ。


 そんな中、ニトとサティは何時もどおり、参謀としてギャンの傍らにいた。今回はサティにも近距離用の魔道具を渡している。少しは魔道具を操作して仕事をしている振り位すればいいのに、サティは折り畳み椅子に腰かけ、折り畳みの簡易テーブルに突っ伏して不満そうにギャンを見上げて抗議してくる。


「準備が済むまでは使わせてやったろ? それに罠を仕掛け終えたら、そりゃ当然エサも仕掛けるだろ?」


 ギャンは手振りで御茶の準備をしろとサティを促しながらそれに答える。


 『匂い消し』の魔道具でサティやニトの女性フェロモンの匂いは消せる。この魔道具は、それを身に付けた者の匂いを消す『消臭』の魔法を弱い効力で継続的に発生させるものだ。ただし効果を発生させ続ける限り継続的に魔力を消費する、少ないとはいえ無駄に魔力を消費しない為にも必要な時以外は使用を中止するのが基本だ。


 準備している間はゴブリンに気づかれない様に使用したが、この段階で使用しても意味はない。ならゴブリンを釣るエサとして有効な二人をエサとして利用することにギャンは躊躇いは無い。


 魔道具の計測だとこの巣穴は1000匹程ゴブリンが居る。もう既に500匹程、罠掛けて始末しているが後半分程残っていた。サティに御茶の準備を指示したのは、罠によるゴブリンの殲滅にはもう暫く掛かりそうなので、今のうちに水分補給をした方が良いだろうとの判断だ。


 サティは不貞腐れながらも御茶の準備を始める。まあ単に持ってきた保温水筒から保温マグにお湯を注いで、マドラーでインスタントコーヒーと砂糖、粉ミルクを溶いて、カフェオレを作るだけの簡単な作業だ。

 サティはこちらも手振りでクッキーを寄こせとギャンに合図するが拒否され、頬を膨らませて更に不貞腐れる。


「サティ何を言っても無駄だよ。隊長はトコトン僕達を利用する気だ」


 サティから粉ミルクと砂糖がたっぷり入った甘いカフェオレを受け取ったニトは、甘いそれを飲んでいるにも拘わらず、苦い顔をしてる。今後もエサとして利用するのは既にギャンの中決定事項だと察して、諦めモードなのだ。


「有るんだから使うべきだろ? 出し惜しみしてどうするんだ? これで女性の救出がし易くなるんだからケチる意味がないだろ? って事でサティ、ケチるな! もっと濃く淹れろ! なんで俺のだけこんなに薄い!」


 当然の仕返しだ。サティはギャンの分だけワザと薄ーーく淹れた。せめてクッキーを提供すればこんなことはしなかったが仕方がない。

 矢の洗浄をサボってまで『棒舞』と『魔法格闘術』を練習して、張り切ってゴブリンの巣穴退治に参加しているのに、またしてもエサ扱いのお飾りだ。サティは今の状況に不満たらたらなのだ。当然の意趣返しだと思っていた。


「アメリカンでしたっけ? それです」


 『ブルンガリ』の喫茶店で仕入れた知識だ。サティはあの喫茶店で、様々な知らない飲み物や食べ物を全部頼んで味見をしていた。余ったものは全部テンが後始末してくれるので何も問題ない。その中で頼んだアメリカンコーヒーはサティが嫌いな飲み物筆頭だ。


(ニトが言ってたカフェオレは美味しいけど、アメリカン? あんなものを飲む人間の気が知れないわ!)


 甘党のサティには耐えがたい飲み物だった。その後テンが砂糖とミルクを入れて、自分でカフェオレにしていたのを見て、それも一口味見をさせてもらったが、今度はコーヒーの薄さが気になった。飲めるが普通のカフェオレに比べて美味しくない。


 それを今回サティはインスタントコーヒーで更に薄くして再現したのだ。その時の経験からコーヒーを薄くして砂糖やミルクを薄くすると不味い飲み物になると学習したサティは、その知識を総動員して不味いコーヒーを淹れていた。


「インスタントコーヒーにアメリカンも糞も有るか!」


 怒るギャンを尻目に、サティはミツやココノツ、そしてイチゴとハチにもコーヒーを手渡す。彼等の好みを反映した、美味しいコーヒーを淹れている。


「隊長、サティの気に障ることでもしたんですか? 俺のは美味しいですよ? 薄くもないし」


 お礼を言って受け取ったコーヒーを飲み、イチゴが尋ねる。


「だな? 普通に美味しいぜ? サティは御茶でもそうだが砂糖やミルクの分量を好みに合わせてくれるから助かる」


 こちらもお礼を言ってコーヒーを受け取ったハチは一口飲んでその味に感心する。濃さも砂糖やミルクの分量も完璧だ。自分で淹れるよりも旨い。


「サティは昔からお茶を入れるのが上手いからね。自分が美味しいのを飲みたいからって研究熱心なんだよ」


 ミツはサティが褒められて機嫌がいい。ミツのサティの教育基本方針は褒めて伸ばすだ。


「まあアレだ、これは隊長がサティ好みの甘いものを隠し持っていて、それを差し出さなかったから意地悪されているんだろ。他に考えつかない」


 ココノツは相変わらず鋭い、正確にその理由を推察してのける。


「ほう……ワザとか……ならサティはこれは要らないんだな?」


 ギャンが大きな金属の缶を取り出す。綺麗な花が華やかに書かれたカラフルなその缶は中が詰まって居るのか重い音を立てて簡易テーブルの上に置かれる。


「何ですかそれ? 金属の缶?? なんだか綺麗な缶ですね」


 ニトの目はその缶に釘付けだ。女の子が好きそうなパステルカラーを、金属缶を立体的に打ち出し、そこに更に陰影を付けてカラフルに彩色している。

 ただの容れ物とは思えない細工の細かさだ。ガラス入りの塗料を塗装後に焼いて七宝焼きの様な作りになっているのか表面は陶器の様に艶やかで美しい光沢を放っていた。宝石で飾り立てて居るような豪華さは無いが、しかし何故か妙に心惹かれる物がある。


「皆で食べようと思っていたんだがな……そうかサティは要らないのか……」


 その金属の缶の蓋をコツコツと指で突きながらギャンは意地悪そうな笑みを浮かべる。


「ううぅ、何? なんだろ? 凄く嫌な予感がするわ。私の勘がこの缶の中に美味しい物が入ってるって告げてるの」


 サティがその缶に怯んだ様に距離を取りながら呟く。


「いやサティ、それは勘じゃ無い、隊長がこのタイミングで取り出して、この言い方なら誰でも分かる事だから」


 それにココノツが突っ込みを入れる。そうどう考えてもギャンはその綺麗な金属缶を指して言っているのではなく、その中身を食べたく無いのだなとサティを脅している。


「ふふんっ、サティ、このコーヒーを修正するなら今の内だと思うがな」


 ギャンは片手に持った不味いコーヒーの入った保温マグを揺らす。


「くっ!! 卑怯よ、そんな卑怯でしょ! ミツゥーー」


 脅しだ、ギャンのしている事は脅迫だ。ただし、内容はコーヒーの修正を迫るだけで、その取引材料が金属缶の中の恐らくお菓子というしょぼいものだったが……


「ここは素直に修正した方が良いと思うけど? それで赦してくれるんだから」


 可愛いサティの頼みではあるが、そんな子供の喧嘩に巻き込まれるのは正直勘弁して欲しい。

 どう考えてもギャンは暇潰しにサティをからかっているだけ、単なる戯れ合いだ。


「けど何だかとっても悔しいのっ!」


 折角意趣返しをしたのに、お菓子を盾にその修正を迫ってくる、それがとても悔しい。

 だがこんな綺麗な金属缶に入っている、そんなお菓子が不味い。ギャンが勿体ぶる様なお菓子が不味い。


 そんな事有り得る筈が無い!


 先程、サティは前日にギャンから貰った棒状のクッキーが欲しかったので強請った。だがギャンは、あれは気軽に食べれる携帯食料替わりで、しかも他の者には秘密にしている、それをサティにだけ与える訳にはいかないからそれを拒否した。


 意地悪をするつもりだった訳では無い。ちゃんと皆んなで食べれるこの金属缶のお菓子を出すつもりだった。


 なのにサティが機嫌を損ねて悪戯を仕掛けて来たので、暇潰しを兼ねて意趣返しを仕返しているのだ。……大人気ないとも言う。


「サティ、多分缶の蓋が開いたらそんな悔しさじゃないと思うよ? 缶がこんなに綺麗で中身がショボいなんてことがあると思う?」


 ニトは甘党だ。見ただけで絶対お菓子、しかも甘そうなお菓子の入っている金属缶。サティに早く折れる様に促す。いやが上にも期待が高まる見た目、早く中身を見たくて仕方ないのだ。


「チッ、仕方ないわ、ここはこの何だか美味しそうなのに免じて修正してあげるわ」


 ギャンの手から奪い取る様に保温マグを受け取ったサティは悔し紛れに負け惜しみを言う。


「本当に負けず嫌いだよねサティって……」


 一応ギャンは上官の筈なのだが……


「で隊長、これもう開けて良いのか?」


 ギャンが缶の蓋の上から手を退けたので、ハチが早速その缶に手を伸ばす。籠手を外し『洗浄』で手を洗うのも忘れない。

 『洗浄』は覚えたばかりで身体を洗う程器用に操れないが、手を洗う程度は全員使える様になっていた。


「ん、まあ構わんが全部喰うなよ? 他の班の連中の分も残しておいてやれ」


 この場に居ない者達への配慮も忘れない。なにせ崖上からテンの突き刺さる様な視線がその金属缶に注がれて居る。


「隊長……これって一缶だけですか?」


 ニトが尋ねる。大きな缶だ、一缶だけでも中身は相当な量だろう。しかし騎士見習い達は皆身体が大きく、人数も多い。


「なあ? この大きさだぞ? 十分だろ?」


 確かに16等分するなら一人当たりは少しになるが、オヤツだ。これでお腹を膨らませる訳ではない。


「なる程、まだあるみたいだね♪」


 ギャンの渋い顔と裏腹にニトはご機嫌だ。中身次第だが、少しくらい食べ過ぎても問題ない、その確認が取れた。そしてハチは勢いよくその蓋を開ける……


「って、うわっ! 凄い! 綺麗! 素敵!」


 サティが思わず歓声を上げる。缶の中にはビッシリと、それでいて綺麗に、色取り取り、様々な種類のクッキーが並んでいる。綺麗な宝石細工の様なそれはまるでお洒落なブローチ、スイーツの宝物の様にサティとニトの目には映った。


 食べれるのが惜しくなる様な出来栄え、なのに鼻をくすぐる甘い芳香、食べれる前からもう間違いなく美味しそうだと分かる。ナッツ類の芳ばしい薫りも良いアクセントになっていて居ても立っても居られない。


「こらサティ、修正が先だ! 修正!」


 ギャンは慌ててサティにコーヒーの修正を忘れるなと注意するが、もう聴いていない。ニトと二人で一つ手に取るとキラキラした瞳でそれを眺める。肩を竦めたギャンはサティが落ち着くのを待つ事にする。保温マグなのでそう簡単に冷めたりはしないだろう……


「おおぉ、これが食べ物か……クッキーなのか? 飾りが細かいな」


 ハート型やリボン型など形状の変化も楽しく、更にどれも細工がとても細かい。キラキラ光るジャムがまるで宝石の様な物もあれば、まぶしてあるザラメが輝いて小さな宝石を埋め込んだ様な物まで有る。生地の色も数種類ありそれが更に編み込まれる芸の細かさだ。イチゴの知っている生地を丸く焼いただけのクッキーとはまるで別物だった。


「めっちゃいい匂いなんだが……なんだこれ? 色々入ってるぞ」


 ココノツもそれに感心する、余り甘い物が好きでは無いのだが、そのクッキーからは甘いだけではない、素材の持つ芳醇な香りも漂って来て、甘いだけのクッキーではない事が香りからもわかるのだ。


「隊長、全種類食べたらダメなのか?」


 どれも美味しそうで、どれにするか決められない。ハチはそうギャンに尋ねる。


「流石に一人で全種類食べれるほど量が無いだろ? 何個か選んで食べろ」


 種類毎に重なっている其れは、一種類に付き六枚ほど、この場に居る人数だけでも全種類食べては数が足らない。


「クッキーの詰め合わせか……どれも凝ってますね」


 ミツも一つ手に取るとそれを眺める。ミツはサティの為に色々クッキーを買っていたが、ここまで凝ったクッキーは始めて見た。


「このクッキーの詰め合わせを『バラエティギフト』と言うらしい。古い知り合いが最近クッキー作りに凝っててな。お土産にと渡されたんだ」


「趣味で作った品ですかこれで! 専門店の品物よりも出来が良いですよ?」


「この缶ってこの後どうするんですか?」


 手に取ったクッキーの匂いを嗅ぎながら、ふと横に置かれた缶の蓋を目にしてニトが尋ねる。


「あっ! ニト、ズルい! 私も欲しい!」


 その綺麗な金属缶はそれだけでも乙女心を惹きつける。


「いやこのまま返して、また再利用してもらう心算だったんだが……欲しいのか?」


 ギャンにはこの金属缶をレイムが何処から手に入れたのかはわからない。ただそれほど安い物でもなさそうなのだ。中に入れたクッキーが湿気らない様に、また長期間保存出来る様に魔法が付与されて魔道具になっている。


 特に返せとは言われていないがギャンは食べ終わったらそのまま返す予定だった。


「再利用? ならまたクッキーが一杯♪」


 サティはそう言って一口齧る。


「いや度々は無理だからな? 分かっていると思うが度々は無理だ」


 転送魔法で金属缶を返却して、またレイムにクッキーを詰めて貰って、タクに頼んでこちらに転送して貰うとしても、レイムだってずっとクッキーを作っているわけではない。


 今回のクッキーもアレッタに作り方を教えていたら、ミーナがその試食からクッキーに嵌り、ならばと大量に作り貯め、日々のオヤツにしている、その一部だ。飽きない様にと色々種類を作っているから種類が多いのだ。


「うわっ、めっちゃ美味い!! なんだこれ!!」


 ハチがその味に目を丸くしている。


「ビックリするほど美味しいね……『バーキン』でも色々クッキーは買ったけど、貴族向けの高級店でもここまで美味しくない……」


(貴族向けの高級店か……砂糖をふんだんに使って甘ければ高級だと思っている貴族共向けの菓子如きに、レイムさんのクッキーが負けるはずは無いな)


「ミツそんな店でクッキー買ってたのか? ああっサティ用か、お前サティに甘すぎだろ。だけど本当に美味しいな、俺甘いものは苦手なんだがこれなら食べられる。甘すぎないのがまた良いな」


「あれ? サティやニトが大人しいな……」


 イチゴが二人の方を見ると二人揃って目を閉じて、その味を堪能していた。今も小さな口で噛み締める様にクッキーを食べる。


「ああ、これはダメだな、二人とも完全にトリップしてる」


「二人とも甘党だからな、仕方がない」


 ミツはサティが幸せそうなのが嬉しいのかクッキーが美味しいからか穏やかな笑顔でそれを見つめる。


「おーーいサティ、コーヒーを修正しろーー」


 ギャンとしてはそろそろサティに現実に戻って来て欲しい。自分で修正しても良いのだが、サティが淹れると本当に美味しいのだ。ミツが自慢する様に、味見もせずに目分量で思い通りに味を作り出す。これだけは本当に素晴らしい才能だと思う。


「暫くは無理だと思いますよ?」


 ニトと二人、夢中で食べている。普段は少食で食べるスピードも遅いのに既に3枚目を食べていた。余程気に入ったらしい。


 仕方なくギャンは自分で修正して少し濃くなり過ぎたコーヒーを啜る。


 隣で同じ様にコーヒーを一口啜って口をリセット、次の2枚目を手に持ったミツがギャンに尋ねる。


「にしてもこの罠、どうしてこうも簡単に引っかかるんでしょうか?」


 そう今も罠は稼働中だ。ゴブリンは次々と洞窟から飛び出して大穴の底に落ちていく。


 『静穏』の魔法でゴブリンの悲鳴も断末魔の怨嗟も聞こえない、その所為か目の前の風景に酷く現実味が無い。


「色々理由があるが、先ずは視界だな」


「視界?」


「先ず第一に煙玉で目を元々やられてる、涙で滲んで目の前が良く見えていない。

 第二だが、今は昼だろ? 暗い洞窟から明るい日差しの中だ。明るさに目が慣れていないからますます目が見えない。

 第三、そもそもがゴブリンは昼の日差しの中では余り目が見えていない」


 そんな視界では子供騙しの様な『幻影』も、本物と区別がつかない、不自然さが気にならなくなる。


「視界ですか……」


「それに『静穏』もある、あれで洞窟内に悲鳴も何も聞こえていない。洞窟から飛び出した先で何があったか音でも把握出来ない」


「音の情報も遮断、しかし返って不自然に思いませんか?」


「コッチには聞こえてこないが、洞窟内は怒号が響き渡ってると思うぞ?『早く進め、眼が痛いだろ、何してやがるクソ野郎』ってな感じだろうな。洞窟を出た先から音がして来なくても誰も気にしない」


「匂いは? 我々が此処に居ることに匂いで気がつきませんか?」


「匂いも催涙ガスの所為で、鼻水ダバダバだろ? それに例え匂ってもサティやニトの匂いの方が強い。エサの匂いに惹かれて『女の匂いだ! 早く進めよクソ野郎』だろうな。それに見てみろ、『バラエティギフト』を開けてからはそっちの匂いも強いんだろう、勢いが増している」


 折角の美味しいクッキーだ。グロい物を見ていては味を損なう。二人は監視もあるので見てはいるが可能な限り大穴の底は見ない。


 魔道スライムよる分解は匂いがしないのも利点だ。少し濃くなり過ぎたコーヒーの香りを楽しみながらギャンはコーヒーを啜る。


「魔道スライムですか、便利なペットが居るんですね」


「まあな、けど余り他所で喋るなよ、一応機密扱いのペットだ。暴走すると平気で町を一つ滅ぼす程強力な魔物だ。昔、馬鹿が攫って五街地域から連れ出してな。怒り狂った魔道スライムが町を一晩で飲み込んだ」


 ギャンのエルメスは一応『魔道スライム』と呼んでいるが、今のエルメスは正確には『光帝スライム』。『魔道スライム』から4度の進化を経ていた。ギャンの話すその暴走したスライムは『魔道帝スライム』、『魔道スライム』から2度の進化を経た赤系スライムだ。


 昔、まだ『魔道スライム』が開発初期だったころ、他国のスパイが、その便利さに目を付けて研究所から研究者の目を盗んで連れ去ったのだ。

 そのスライムは怒り狂い、連れ去られた先の町のありとあらゆる物を一晩で分解した……犯人以外の人間にはギリギリ制御が働いたためか、住人は分解されずに生き残ったが、翌朝、真っ裸の住人が何もない更地に放置された。


 そう老若男女問わず全員真っ裸、町の名前から『コナンの悲劇』と呼ばれるその災害で数多くの人々が亡くなった。


 何も無いのだ、着ている物だけではない、食べ物も飲み物も屋根も壁も『衣食住』全てが無い、井戸の跡の穴に水が有っても汲む道具も無い。人々は裸で荒野に投げ出された様なものだ。最初若い女の子の裸に浮かれていた男性陣も徐々に事の重大さに気づく。


 一切の道具も作物も何一つない荒野では人は生きて行けない。


 異変に気がついて救助が駆けつけるまで、その僅か1日で町の人口の半数が失われた。武器も持たず、身を守る城壁すら無い荒野に群れる獲物を魔物達は見逃さなかった……


 以来、『魔道スライム』は機密扱いで他国への譲渡が禁止されている。また赤系スライムはその気性の激しさから、飼い主が厳選され、その『魔道スライム』に選ばれた者しか飼うことが許されていない。


 『魔道スライム』はその色によって様々な特色がある。

 知力や魔力が高いが気性が激しく飼い主を選ぶ赤系。

 精錬・精製に優れていて陽気な性格だが調子に乗りやすくドジっ子な黄系。

 様々なバリエーションに進化する穏やかで比較的飼いやすい青系。

 毒の生成など薬物錬金系に優れているが、余りに大人しく臆病で飼い主を選ぶ緑系など、これらが主な色による特色だ。


 また中間色系もいるが、オレンジ系のように赤系と黄系の両方の特色を兼ね備えているが、性格がヤンチャ過ぎて飼い難いスライムや、紫系の様に赤系と青系の特色を兼ね備えて様々に進化するが、性格がツンデレ過ぎて飼えるものが殆ど居ないスライムなど、中間色系は更に飼う為の難易度が上がり、青系から進化した結果中間色になったスライム以外で見かける事はない。


「そこまで強力な魔物なのですか!?」


「見た目は似ているが、ゼリースライムとは全く違う。スライム本来の強さを更に強化した様な魔物だ。殆どの物理攻撃を無効化する肉体、高い魔力で魔法攻撃もほぼ無効。大きくなると30メートルを超える巨体、更に非常に高い知能を備えている。ドラゴンを喰ったヤツもいるくらいだ」


「ドラゴン?! あのドラゴンですか? 地竜ではなく竜種? そんな……危険過ぎませんか?!」


「普通に接していれば問題は無い。言葉が通じるんだ。特に人間に敵対的な訳でも無い。けどな人間とは感覚が違うんだ。女子供の区別が付かんなど色々と有ってな……言葉は通じるが概念的に理解し難い言葉も多い。飼うためのノウハウを含めて、まだ安全に他国に出せる状態じゃないからな、だから機密扱いだ」


「エルメスも実は危険とかですか?」


「俺の相棒だからな、色々感覚は違うが友情は理解出来る。愛情を持って接して普通に付き合えば問題はない。

 道具の様に扱うと機嫌を損ねるが、これは他のペットも同じだろ? 同じ知性持つ仲間だ。そう思って扱えば問題はないんだがな……」


「俺にも飼えますか?」


「お前は先ずウメボシをしっかりと躾て飼い馴らせ。その後ならお前なら平気だと思うが……ウメボシの進化具合にもよるからな」


 ウメボシは『クリムゾン』の幼生体だ。人に飼われた魔物のペットは進化しやすい。『クリムゾン』でさえ強力な魔物だ。それが更に進化することを思えば二匹目を飼う余裕などないかも知れない。


「キャスカ……『氷帝獅子』ですか……隊長でも魔物のペットは二匹が限界ですか?」


「弱い魔物なら後一匹位はいけそうだが、こいつら未だに強くなってやがるからな、余り余裕は無い。まあ『ビーストテイマー』やその上の『ビーストマスター』に成ればもっと飼えるが、世話が大変だぞ。

 知り合いに一人居るが相手は生き物だ。世話に休日なんて無い。そもそも魔物のペットは一匹だけでも大変だからな……まあお前もウメボシを育てて行けばわかる。普通は一匹で限界だ」


「因みに『氷帝獅子』はどの位の強さ何ですか?」


「分かりやすい例えが見つからんが……そうだな例えば『キラーベア』がゴブリンのこの群れ位徒党を組んでも撃退出来るだろうな。キャスカはそろそろもう一段進化しそうなんだが次は何になるんだろうなぁ」


「……」


「前にも言ったろ? 迷宮じゃあ『キラーベア』でも小物だ。雑魚になるんだよ。まああれだ、お前らが飼ってればミーシャやテディも進化する可能性がある。何に進化するかはわからんが、その時に成れば『キラーベア』は可愛いかったとわかるようになってるだろうさ」


「ジュウゾウやフミが可愛そうになってきました」


「お前も他人事じゃあないからな? 『クリムゾン』も進化するって言ってるだろ? ペットは飼い主の影響を受けやすい、お前のペットなら可成り強力に進化しそうだぞ?」


「……サティの頭の上にいる、可愛いままのウメボシでいてくれませんかね?」


「例え進化しなくても『クリムゾン』だ。サティの頭の上に乗せたらサティが潰れるな」


「なんで僕が潰れてるの?」


 自分の名前が出たからだろうサティが会話に加わってくる。そう両手にクッキーを持ってそれをポリポリ齧りながら……


「ん? まあモノの例えだ。仮に育ったウメ…………

 ちょっと待てお前ら!! なんだ! なんでもう空になってんだ? 俺はまだ一枚だぞ?!」


 二枚目を手に取ろうとしたギャンの前にはすっかり空になった『バラエティギフト』のクッキー缶が有った。


「あれ? ……何だろう、ついつい食べて」


 そう言いつつイチゴは右手のクッキーに口をつける。


「いつのまにか結構食べてたな」


 ハチは最後の一口を噛み締めていた。


「食べ始めると止まらないな、軽い感じでサクサクいける」


 ナッツやアーモンド系を中心にココノツは食べ進めた。


「どれも抜群に美味しかったです隊長! クリームが挟んであったのも美味しかったけど、こっちに有ったアーモンドのスライスが載ってた奴は最高でした」


 そう言って笑顔を見せるニトの口の端にはクリームが付いている。


「ニト、ニト、お弁当が付いてるわよ。……後こっちのクリームとこっちのは味が違ったのよ、両方最高に美味しかったわ」


 そのクリームを指で拭って、それをそのまま食べてサティがそう報告する。


「なっ!! そんな罠が! ううぅ、僕こっちのしか食べてないよ」


「そうだろうと思って半分残してあげてるわ」


「わっ! ありがとうサティ」


「なあ、ちょっと待て、最初に他の班の連中の分を残せって言ったよな?」


 そう間違いなくそう言った。それは皆覚えているのだろう、誰もギャンと目を合わせようとしない。


「隊長、この仕切りになってるの、これも食べれるんだぜ!」


「あ、本当だ、これコーヒー味のクッキーだ」


 クッキーを仕切って居る内容器もクッキーで食べられる。甘さを極力抑えたほろ苦いクッキーは、甘い物を食べた後だけに口がすっきりとして丁度良い。


「ミツ、お前からも何か言ってやれ!」


「俺は一応三枚目なので……」


 振り返ったギャンの目に、三枚目を食べ始めたミツの姿が有った。ミツはサティとニトの様子を見て、予め一枚確保した上で二枚目を食べていた。


「サティとニトが一通り食べてたから……まあアレです、この二人が居る時に出して残るわけがないでしょ?」


 ココノツはギャンの見通しの甘さを指摘する。ギャンは二人の甘党具合を舐めていた。

 女の子にとってデザートは別腹だ。例えご飯を抜いてでもデザートだけは食べる。


 しかもこの二人は騎士見習い、しっかり食べないと痩せ細る位の運動量だ。何時もサボって見えるサティでさえ訓練などで並みの男性よりも運動量は多い。ダイエットを全く気にする必要がない女子が、甘い物を我慢など出来る筈も無い。


「この馬鹿娘共が! 選べって言ったろ!」


 一通り食べた、ココノツのこの報告からこの二人がどれだけ食べたのか察した。八種類のクッキーを全種類食べる。それだけで一人8枚、二人で16枚……


「んっ? それでも計算が合わないだろ?」


 ギャンが1枚、ミツが3枚、一缶に8種類、それぞれ6枚で合計48枚入っている。イチゴ達が仮に3枚づつ食べていたとしても残り19枚……

 実際はイチゴがザラメとジャム系を中心に8枚、ハチもクリーム系を中心に8枚、ココノツがアーモンドとナッツ系を中心に7枚、ニトとサティが10枚と半分で二人合わせて21枚だ。

 そうイチゴ達も一通り食べなかっただけで結構な枚数を食べていた。


 ギャンが睨むとイチゴ達も一斉に目を逸らす。16人で食べるなら、本来はミツの様に一人3枚。騎士見習いならその程度の計算など余裕で出来る筈だ。


「でも隊長、もう一缶は有るんですよね?」


 ハッキリと答えていないがギャンは否定しなかった。だから確実に後一缶はある筈だと思いニトは遠慮なく食べた。想像以上に美味しくてイチゴ達まで結構食べたのは計算違いだったが、後一缶あるなら他の班の者も5枚は食べられる筈だ。


「甘いわよニト、どうせ隊長の事だから後二缶は隠してるわ」


 『ブルンガリ』出発前に、色々とあったのでご機嫌取りでクラリス達に四缶渡し、今回巣穴に出掛ける前に更にクラリス達とヒフミ達に一缶づつ取られたので、本当に後一缶しか残って居ない。


 ヘルイチから戻る際に八缶もお土産に貰って、レイムに多過ぎると遠慮したのだが、


「大丈夫、ギャン君は何時も見込みが甘いから、ギャン君が多過ぎだと思うって事は、きっとこれでも足らないと思うわ」


そう言われた。確かに多過ぎるどころか寧ろ足らない。『遠話』でレイムに追加を頼んでギャンは深く溜息をつく。


「はぁぁぁ……全く! これはオヤツだとそう言ったよな? この後巣穴に突入して、上位種の殲滅と女性の救助が有るんだぞ? その時になって吐いても知らんからな?」


 そうオヤツだ、今、胃の中に食べ物を詰め過ぎるのは良くない。その為の軽いオヤツだったのだが……ニトもサティも少食だ。クッキーをこれだけ食べればそれだけでお腹一杯だろう。


「吐く?」


 ニトがその言葉が理解出来ないのかキョトンとしている。


「お前らはゴブリンの巣穴は初めてだろ? 女性の救助もそうだよな? ……まあ確実に初回は吐くと思うが……二人は留守番だな、折角のクッキーが勿体ない」


「うっ、結構酷いって事ですか? 汚い?」


 ゴブリンは汚い。異臭のする巣穴だ。鼻の良い魔物で無くとも出入り口付近に近寄ればそれが臭ってくる。ニトもそれはある程度覚悟していたが……


「汚れや匂いも有るだろうけどな……あれだ拷問部屋に突入するくらいの覚悟は最低限しておけ。サティとニトは午後の巣穴担当だ。昼は軽めにしておけよ?」


「なる程……グロいのか……」


「グロい死体にはゴブリンで大分慣れましたけど……」


 ニトもサティも拷問部屋で大体察した。そう五体満足で救助される女性が珍しい。相手の嫌がる事をして、相手が泣き叫ぶ程余計に興奮するのがゴブリンだ。結果死んでしまっても又攫えば良い位に考えているゴブリンが大半なのだ。


 上位種がいた場合は寄生先、母体として数が減るのを恐れて治療される。別に善意から治療する訳では無い。ゴブリンに善意など無い。それはその方法を見ればわかる。


 彼女達は手足を一度に切断されるのでは無い、指から徐々に切断されていく、嬲りながら長く生かす為に治療して出血を止めているだけだ。その為、手足の無い女性が救助される場合が多いのだ。


 母体に手足は必要ない、寧ろ逃げ出さない様に無い方が良いと考えているゴブリンも多く、また切り落とした手足は食べられる、一石二鳥位に考えているのだ。


「フンッ、あんなモノ程度を想像しているなら甘すぎだ。言っておくが女性ってのは幼児も含まれる。精神的なキツさはこの程度ではスマン」


「「あっ…………」」


 ゴブリン自体が子供程の背丈しか無い。なら女性の背丈など気にするだろうか?

 また妊娠している訳では無い、寄生しているだけだ。相手が女性として成熟している必要すら無い。


 結果、ゴブリンは女性で有れば誰でも良い。死なずに生き残っている場合は少ないが、ゴブリンの巣から年端もいかない女子が救助される事は多々あるのだ。年端もいかない女子達も同様に手足が無い場合が多い……その姿を一度でも見ればゴブリンに情けをかけようなどと言う考えは吹き飛ぶ。


「吐くなよ? 良いか吐くな!」


 サティは青い顔をしているがギリギリ耐えた。


「うへぇ、マジか、あいつ等そこまでか……」


 ハチがウンザリした顔で天を仰ぐ。


「そうだ、そこまでだ」



 暗い地下の大広間には、糞尿の悪臭、残飯の腐った物の腐敗臭、汗垢の混じった刺激臭、そして淫行の香り、それらが綯い交ぜになった饐えた様な臭いが充満していた。


 そんな暗い大広間で、息を殺してその時を待つ、身に纏った肉の盾が時折身動ぎするのが鬱陶しい、ちょっと小突いて又嬲ってやりたい、だが今は声を上げさせる訳にはいかない。

 広間のあちこちで上がる呻き声に紛れて居れば位置を把握される事はない。


 そう自分達は賢いのだ。


(間抜けな奴等だ! この大広間に足を踏み入れたその瞬間、この巣に手を出した事を後悔させてやる)


 そう思って息を殺す。


 入り口は一つ、今大広間に残るのは15匹。愚図で馬鹿な雑魚共は煙に追われて、この大広間を出て行った。自分の様に高台にさえ居ればこんな煙は何でもない、この煙は低く立ち込める。そんな事さえ分からない馬鹿共。


 しかしそんな馬鹿共の怒号や叫び声、喧騒が消えた。代わりに巣の出入り口に別の何かの気配がする。デカイだけのウスノロ(ホブゴブリン)に様子を見に行かせたが戻って来ない。


 奴等が来たのだ。


(此処は地下、我等の領域だ。此処ならば負ける事は無い。闇すら見通せぬ劣等種族、ワザワザ目印に明かりまで灯す間抜け共、此処に侵入してきた事を後悔させてやる!)


 ぼんやりと大広間の入り口付近が明るくなる。


(全く、なんて間抜けな奴等だろう。ワザワザ合図を送ってくれる)


 呪術師シャーマン共が杖を掲げ呪文を唱える。ひ弱な奴等はそれしか取り柄がない。


(精々頑張って奴等の足をとめろ)


 用心棒たる英雄ヒーローが居ないのが悔やまれる。折角女共を与えて重用してやっていたのに、あのアホ共はあっさり死んだ。奴等に与えて死んでしまった女共を思うと頭が痛い、与え損だ。


(数を増やさねば成らんのに母体が減ってしまったではないか!)


 与えたのは自分だが、そんな事は関係ない、死んだ奴らが悪いのだ。

 それに母体はまだまだこんなに居る、使えない雑魚共も居なくなった。自分が種付けをすれば少しは使えるのが生まれてくるかも知れない。精強な群れを作るのには返って都合が良い。この肉の盾も生きていれば種付けして子を産ませてやろう。


 だが、邪魔な奴らが居る。そう自分はロードの筈だ。なのに何故他にもロードが居るのか……


(邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ!! 糞がっ! まあ良い、間抜けな人間共でも半分くらいはこいつ等を殺せるかもしれん。生き残った連中も後ろから襲って始末してしまえ! そうなったら女共は全部独り占めだ……)


 ロードは群れにただ一人、だからこそロードなのだ。


(何故他のロードと一緒に居なければならない! 全くあの忌々しいクソ野郎!! あれの命令さえなければ!!)


 命じられたから一緒に居ただけだ。既に群れは壊滅したのだから、暫くは巣穴に篭って数を増やせばいい。彼奴もそう言ったではないか『増やせ! 数は力だ!』と、その命令を守っているだけだ。何も問題はない。


(そもそも何故(ロード)である自分が命令されなければならない、全く忌々しい)


 だが逆らえない、逆らったら殺される……それが分かるから従っている。そこでふと気が付く、従えるモノが全く居なくなってしまったら、この女共の世話は誰がするのか?


呪術師シャーマンは少し残すか? 女共にエサも与えねばならん、はぁ全く面倒だ、糞の様な役立たずでも少しは居ないと面倒だ)


 そんな事を思っていると大広間入り口の明かりが益々明るく成って行く。弓に矢を番え、引き絞る、この距離なら絶対に外さない。またも肉の盾が身動ぎするのが鬱陶しい。


 何かが大広間に投げこまれる。


(石か? あれで囮の心算か? 全く人間はアホだ。我らには見えているのだ、そんなモノに引っかかるものか!)


 次の瞬間、辺りが真っ白に染まる。そう全て白く染まる。目に強烈な痛みが走る。


(何だ!! 何も見えん!! 目が! 目がぁぁぁ!)


「ふむ、ロード5、シャーマン6、ホブ4だ! 最優先はシャーマン! 全て殺せ! ココノツ他には?」


「小さな反応が奥に有ります……子供でしょうか?」


「そっちはエルメスに任せる! 方向だけ指示しろ」


「明かりを増やします。って…………これは……これはなんだ……」


「ミツ救助は後だ、先ずは殲滅を優先!」


「こいつ等!! 女性を自分に括りつけてやがる!!」


「当てない様に気を付けろ、何、最悪怪我くらいは構わん、今更だ、全く……今更過ぎる! トドメを忘れるなよ?」


「なる程コレは確かにショートソードが丁度良い」


 直ぐ横で男の声がする……次の瞬間、わき腹から胸に灼熱を感じる。何か異物がわき腹から胸に突き刺さる。


(何だ……何があった……どうなっている)


 叫ぼうとした、そう叫ぼうとした筈だが声が出ない。喉に強烈な違和感を感じる……そして急激に思考が暗闇に飲み込まれる……



 イチゴ達はゴブリンスレイヤー達に『フラッシュバン』、そう言って愛用される閃光を放つ魔道具を投げこんで大広間に残っていた上位種を無力化。その後一斉に突入した。

 閃光に網膜を焼かれたゴブリン達は、完全に混乱、硬直していた。ミツが『明かり』の、魔法で大広間を照らし出し、敵の戦力をギャンが把握、指示に従って騎士見習い達は瞬く間にゴブリンの上位種を殲滅する。


 ゴブリン達は女性を紐で自分の身体の前面に括り付け、それを盾にしていた。しかしイチゴ達は視力を失い、硬直したゴブリンの背後に回り込んで心臓を刺す。その為、その盾は機能しない……


 制圧後、落ち着いて見渡す明るく照らし出されるゴブリンの巣の最深部、その大広間の光景はまさに地獄だった……彼方此方に手足の無い女性が転がっていた。半分食べられている女性だった物の残骸もある……生きている者も損傷が酷く、生きているのか死んでいるのか判別がつきにくい。僅かに胸が動いている者や呻き声を上げている者が生きているから生きているとわかる程度だ。


 足元に転がる、薄汚れた白い小さな体に、イチゴは吐き気が抑えきれない。しかしここで吐いては、彼女達にそれが掛かる。今更そんな事は気にならないのかもしれない。だがそれだけは…………死んでいると思われた足元に転がるその体が微かに動く。


「酷い…………何故だ、何故ここまで」


 慌てて抱き起す、その軽い体、元々小さな体が、手足を失って更に軽い……


「イチゴ、感傷に浸っている暇はない。直ぐに応急治療だ! 回復ポーションをぶっ掛けろ! 良いかケチるな! 布は持っているな? 回復ポーションを掛けた女性からそれで包んで運び出せ! 手当たり次第で良い! 急げ!」


「何だよ、何だよ……これはなんだよ! ふざけるな! なんでこんな!」


 ハチは崩れ落ちるように膝ま付き、汚れるのも構わず、足元の女性を抱き起す。


「ハチ、泣くんじゃない! 今は一刻も早く救助だ! 事前に言ったろ? 覚悟をしていた筈だ、なら任務を果たせ!」


「これは……サティやニトにはキツ過ぎませんか? ……午後は本当にこれをやらせる気ですか?」


 どう考えてもサティやニトには無理だろう、そうニトでも無理だ。ミツはそう確信していた。ニトは強く、賢いがやはり女性だ。同性のこんな惨状に心が耐えられるとは思えない。


「トゥエも呼んでないって事は、年少組はやらせる気が無いんだろ。フミとヨトも外で見張りだろ?」


 ココノツがそれに答える。今回ギャンは年少組や最初から無理そうな者は見張りや、入り口の警戒に当たらせている。

 騎士見習い達はギャンの想像以上に脆い事が有る。先ずは大丈夫そうな者で様子見をする心算だった。この場でパニックを起されても構っている余裕がない。


「フィフ? ……フィフ! どうした…………お前は先にこの子を連れて表に出ていろ! 構いませんよね隊長!」


 青い顔をして固まっているフィフにイチゴが声を掛ける。だがフィフは虚ろな目をしてただ前を見つめているだけだ。


「構わん、フィフは外で救助の戦闘騎士達の指揮をしろ、鳥馬車は砦と往復させればいい。一杯になるまで待つ必要は無い! そう伝えろ」


 フィフを一瞥したギャンが指示を出す。やはりギャンの想像よりも遥かに精神的に脆い……

 イチゴは腕の中の少女をフィフに託す、フィフは泣きながらその少女を抱えて地上に戻る。


「ジュウゾウ、テン、お前たちは彼女達を運ぶ方に回ってくれ! ハチ、お前もだ。『スライドボード』に載せて応急治療の終わった者から纏めて運び出せ!」


 ハジメが指示を出す。手分けした方が効率が良いとの判断だが……


「しかしハジメ!」


 ジュウゾウがそれに反論する、しかし、その顔は涙で濡れてグチャグチャだ。寡黙なジュウゾウは静かに泣いていた。


「良いから、それじゃあ応急治療なんて出来ないだろ! 誰かが運ばなきゃならん。適材適所だ、いけ!!」


 そう……あの何時ものほほんとしているテンが動けなくなっていた……ただただ溢れる涙を零しながら固まる。ハチは滂沱の涙を流しながら、それでも懸命に応急治療をしていたが、心が限界なのは傍から見ても明らかだった。

 ハジメはそんな彼らの限界を見て取って指示を出したのだ。


「イチゴ……悪い」


 ハチが立ち上がって女性たちを次々と『スライドボード』に載せていく。年上なのに先に音を上げるのが情けない。そう思うが、自分でも限界な事に自覚が有る。

 そうジュウゾウもテンもハチも、優しいのだ……優しい心が、その光景に、その惨状に、女性達に共感して悲鳴を上げていた。


「行ってくれハチ、早く、一刻も早くだ、そうだろ?」


 イチゴは、最初こそ、その衝撃に心が折れかけたが、周りが次々に折れる、そんな中、返って落ち着いていく自分の心が不思議だった。そう自分がやらなければと言った使命感のような物が湧き上がってくる。


(もしかして俺は冷たい人間なのだろうか?)


 しかし、痛みは感じている。今も女性達に応急治療をしながら心が酷く痛む。早く助けなければと心は逸るが、涙は溢れない。

 次だと、取り掛かった少女の身体は既に冷たかった…………


(ああ…………大丈夫だ、心がこんなにも痛い……ごめん……遅くなってごめん……)


 馬鹿みたいにクッキーを食べていたのが遠い過去の様に感じられる。冷たい少女の体に、心まで冷えて行く……


「はぁ、まあアレだ残った連中は悪いが踏ん張れ! 慣れろなんて言いたかないが、これがゴブリンの巣穴だ。これがゴブリンだ」


 ギャンは加護や魔法も併用しながら、特に重症な者を選んで治療していく。


「クソが! 一匹残らず殺してやる! ここまで……それを盾に使いやがった! 絶対許さん!」


 既にこの巣の中にゴブリンは居ない。少し前に響いてきた、ゴブリンの子供の悲鳴は既に途絶えた。

 だが、サンジは知っている。まだ近くにゴブリンの巣が有り、そこに同じような光景が広がっている事を知っている。

 ギャンが予定を前倒ししながら進めていた理由が今なら良く分かる。一刻も早く救助しなければ……遅れるだけ彼女達の悲劇は積み重なる。


「サンジ、落ち着け、今は治療中だろ! 女性が怯えている!」


 イロクがそんなサンジを注意する。サンジが治療中の女性は、怒鳴るサンジに怯えて震えていた。


「あっ……申し訳ないお嬢さん、大丈夫だ。もう助かった……大丈夫だから、助けに来るのが遅くなって……本当に……」


 サンジが言葉に詰まる……これ以上喋ったら溢れ出してしまう。


「泣くなサンジ、お前まで搬送に回られると手が足らない」


 ハジメから声が掛かる、そう女性の数に対して既に騎士見習い達の数が少ないのだ。これ以上は効率的にも許容範囲を超える。


「踏ん張れ! 良いか、お前らが踏ん張れば彼女達が助かる! 後で好きなだけ泣け! だが今は踏ん張れ!」


 ギャンが騎士見習い達を励ます。もう励ます以外に手がない。ギャンだけでは手が足らないのだ。


「隊長……遺体は……」


 イチゴは手の中の少女を布で包んでそっと横たえながらギャンに尋ねる。


「後だ、先ずは生きている者を優先だ。後で全員運び出す!」


 誰一人この場に放置する気はない。それは例え死んでいようともだ。


「隊長、戦闘騎士が応援に来てくれてます。構いませんか?」


 少し持ち直したのか、フィフが地上から戻ってきてギャンに尋ねる。その後ろには大きな体の戦闘騎士達が続いていた。


「ライナーです! ギャン隊長! 手伝いに参りました」


 戦闘騎士隊のライナー隊長がギャンへの挨拶もそこそこに応急治療に加わる。


「おう! 助かる、片っ端から回復ポーションをかけて運び出せ!」


「ライナー隊長、大丈夫なんですか?」


 ライナー達はまだリハビリ中だ。万全の状態ではない。だからこそ比較的安全な鳥馬の護衛に当たっていた。


「ハハッ、イチゴ、我らは戦闘騎士だぞ? いっては何だがこういった事には慣れている」


 実際に、部屋に散らばった戦闘騎士達の応急治療は手慣れていた。


「しかし鳥馬車の護衛は?」


「『黒狼』の連中が代わりにやってくれている。ライドラも護衛に付けているからな、問題はない」


「『黒狼』部隊が? しかし……」


「彼等は知っている。知っているんだ。ノンビリ寝ている気にならない程、この状態を知っている。なら気が済む様にやらせるしかないだろ?」


 彼等はゴブリンに攫われた女性達がどうなるか知っている、イチゴ達より余程知っている。だからこそ護衛する。


 戦う力が今は有る。


 それを知っているから、だから何かしたいのだ。ノンビリ寝ている事など出来なかった。



 女性達をすべて運び出した大広間でギャンと騎士見習いはそれを前にしていた。


「隊長これは?」


 イチゴが尋ねる。山の様に積まれたキラキラ光る物の山、一部木箱などにも入っているが『積み上げられた』だけのそれに、ゴブリンの性格が表れている。集めはするが整理はしない。


 そもそもゴブリンは宝石や貴金属で身を飾るよりも骨や牙や爪で身を飾っている方が多い。研究者によると、ゴブリンがその身を飾るアクセサリーは、獲物を仕留めた証らしく、倒した相手の証で身を飾り強さを誇っているとの事だ。宝飾品も倒した相手が身に付けていた物なら、その証として身を飾るのだが、拾ったり奪った宝飾品で身を飾ることはしない。


 なら何故集めているのか? どうやらその集められたキラキラ光る物の量が、ロードなど、群れを率いるゴブリンの権威を象徴しているらしい。そう単に綺麗だから集め、綺麗だから独占し、それを権威としているだけ、身を飾るわけでも、他に何か目的が有るでもなく、ただ集める。


 この群れにはロードが5匹もいた為か、その光物の山が5つも点在している。一つ一つが結構な量だ。


「ゴブリンのお宝って奴だ。随分とまあ貯め込んだものだ」


「この山が全てお宝ですか?」


「まさか、アイツらはキラキラとしていれば何でも集めるからクズが多い、だが中には良いモノも混じってる、さてこれも片付けるか」


 キラキラと光っていれば何でも良いので黒曜石や中にはガラス片なども含まれる。ゴブリンはメッキ品などでも気にしない、更に金に見えても銅などが大量に含まれた合金も多いし、黄銅鉱なども集められている。


「けど多いですね……」


 一つ一つの山が1.5メートル程に積み上げられている。それが五つも有るのだ。ギャンはこのゴブリンのお宝の売却益を、全て捕らえられていた女性達の治療費に充てると宣言している。彼女達の為にも運び出しお金に変える必要が有るが……ゴミとの選別だけでも苦労しそうだ。


「そうだな、エルメス! 頼む、アイテム以外は分解してくれ、精製して嵩を減らす」


 大広間をゼリースライムを率いて掃除していた、エルメスがギャンに呼ばれて寄ってくる。するとエルメスはゴブリンの宝の山を前に、身体が膨張し、巨大化すると、包み込んで一飲みでそのキラキラした物の山を飲み込んだ。その後何事も無かったかのように元の大きさに戻り、次の山に向かって行く、後には何も残っていない……


 大きさ的にあり得ないが消えたわけではない、エルメスは一端自分の体内の異空間に全て飲み込んで、分解、分別、洗浄などを行っているのだ。次々にゴブリンのお宝の山が飲み込まれ、一分も掛からないうちに全てのお宝を一端体内異空間に取り込み終わる。


 すると今度はエルメスの体内から次々に卵位の大きさの金属玉や、綺麗に洗浄された武具やアクセサリー、更には不純物が取り除かれた宝石の結晶などが分別されて周囲に吐き出されていく。


「ほうっ凄い! やはり便利ですね魔道スライムは」


 ミツがその様子に感動している。エルメスは人力で分別して仕訳けたり、それを錬金術で精製していたら数日は掛かりそうな量の処理を瞬く間に行っている。効率が段違いだ。宝飾品の鑑定も行っているのか、不純物の多い、価値の低い物は素材に分解され、価値の高い物は傷なども修復されて綺麗に磨かれた状態で吐き出されているのだ。


「まあこれが専門見たいなものだからな、ほう金が結構あるな、銀も中々、こっちは宝石の結晶か? 原石も含まれていたか! これは良い金になりそうだな今回は当たりか。ん?? これはミスリルか?」


 ギャンは騎士見習い達を促して一緒に、吐き出された金属玉を其々の素材ごとに袋に詰めていく。金や銀も結構な量が含まれていたらしく量が多い。そしてこの国では貴重なミスリルの金属玉も結構な量が吐き出されていた。


「え? ミスリル? ミスリルまであるんですか?」


 女性の運び出しが終わったので、中に入ってきて作業を手伝っていたニトが驚く。

 一方のサティは女性達の治療の手伝いで一足先に砦に戻っている。サティは治癒系の加護や魔法が得意だ。治療看護師ほどではないが軽い怪我の手術も出来る。ミツが熱心に教えていたため医学の知識が他の騎士見習いよりもあるのだ。


 惨い死体が多く転がっていた、この大広間の惨状には耐えられないサティも、治療となれば話は別だ。死にかけている彼女達を助けようとする気持ちが強く、その女性の惨状など気にしていない。治療に集中すると他の事が目に入らない……それ故サティの加護は強い。


「ああ、そうだ、この白いのはミスリルだな、銀とは違うだろ? 結構あるな……ゴブリン共、どこかでミスリル鉱床を掘り当てたか?」


 仮にミスリルの鉱床が見つかれば、この地域の復興に大いに役に立つ。


 開拓村の復興もそう簡単ではない、ゴブリンの群れが荒らし回っている為、家も畑もボロボロになっている。開拓村に戻っても直ぐに生活出来る環境では無い。避難して生き残った人々が多い村でも、食料や資材を準備して纏まって村に帰還、協力し合って開拓村を復興させる必要がある。


 また作物も植えて直ぐに収穫出来る訳では無い。畑を整備して種を撒き、収穫出来るまでの食料などを準備する必要がある。


 人々に日々を生きる糧を与えるためにも、ミスリル鉱山としてそれを掘り出す仕事があれば、開拓村復興までの繋ぎになる。


 それに生き残った村人が少ない開拓村は、しばらくは復興出来ない。生活の糧を失った彼等も何某かの仕事が必要になるのだ。


 この南方地域は、開拓村を含めて、現在王家直轄になっている。貴族達に領地として与えられていたが、その防衛義務を領主である貴族達が果たさなかった為、全て没収されたていた。


 まあ当然の話だ。国が『黒剣騎士団』を動員して防衛し、取り返した領地を、増援の騎士どころか傭兵すら雇って寄こさなかった貴族達に与えたままにする筈もない。


 南方は新興の男爵家の領地が多い事も有るが、南方を領地として与えられていた貴族達の領地は全て王家に没収された。

 しかし、余り貴族から反発の声は上がっていない。貴族たちは高級性奴隷などの奴隷売買に忙しく、領地の事など本当にどうでも良いのだ。領地の無い貴族となるがその事を気にしている者はいない。『ブルンガリ』を治めてていたエルランド侯爵家も西方に別の領地を持っていることもあり、抵抗は程んどなかった。


 抵抗して、『ならば自分達で領地を守れ! 人なり金なり出すのだろうな?』と言われるのが嫌なのだ。領地にお金を掛ける位なら、母体となる高級性奴隷を一人でも多く買った方がマシだと本気でそう考えている貴族が多い。別に領地が欲しければ、お金を出して新しい土地を開拓しても良いのだ。なにせ土地は幾らでもある。


 南方には肥沃な大地が広がる、それは自然が豊かな実りをこの地に与えている事に他ならない。そうその実りは人だけでなく動植物、そして魔物達も同様に育む。『魔物の数が多い』故に南方の領地は不人気だった。現在の領地も爵位と共に親から引き継いだ、若しくは爵位と共に与えられたから領主をやっていただけ、与えられたから仕方なく拝領していた貴族達は、領地に全く執着していないのだ。


「ミスリルですか……少し調べてきましょうか? 魔力を帯びているのでそれを探れば見つけれる筈ですよね?」


 ミツもサティに教えれるほど医学の知識が豊富だが、神に対する信仰心が薄い為、加護の力が弱い。その為、今回は治療には加わらず、ゴブリンの巣穴の片付けの方に参加していた。


「頼めるかミツ、便所の掃除の様子も気になる。そこも含めてザクっと周りの壁を調べてみてくれ。まあここじゃない可能性も有るが量が少し多い」


 ミスリル鉱床も無い土地にミスリルの塊が転がっている事はあり得ない。ミスリルは少量でもあれば辺りを隈なく探すだけの価値が有る。更に今回はその量が少し多い、鉱床の一部が地面に露出し、そこから拾ったにしては量が多すぎるのだ。何処からか掘り出した可能性が高かった。


 それとゴブリン達がトイレにしていた洞窟の小部屋は、入り口の罠でゴブリン達を食べさせて増殖させたゼリースライム達が掃除をしていた。ゴブリンの数が数だ。大量の糞尿が詰まった部屋が6つもあった。掃除しながら増殖して更に数が増えている筈であるが、それでも時間が掛っていた。その様子も序に確認を命じた。生きたゴブリンの胎児が残っている可能性が高い。


 魔道スライムにコントロールされていれば生き物も平気で分解するが、ゼリースライムは普段、小さな生物以外の生き物は分解しない。人に危害を加えない様に改造された結果だが、それ故にゴブリンの胎児が居た場合、分解されずにそのまま残っている可能性が高い。残っていれば人力で後始末が必要だった。


 ギャンの指示を受けてミツが小部屋に向かう。


「隊長、ライドラを連れてきました」


 すると入れ違いでサンジがライドラを大広間に引き連れてきた。ライドラは自分から積極的洞窟の中に入り込む事は無いが、安全性を確保した上で頼めば、お願いは聞いてくれる。

 頭を天井で打ちそうなのが、若干嫌そうだが広間の入り口から続々と入ってくる。


「おう、ご苦労さん。よし、他の者は積める物から積み込め」


 今日はライドラ達も大活躍だ。『肥料玉』等の輸送から、今回のアイテムの輸送まで軽々こなしてくれる。

 ライドラの良い所は人が一緒に付いて行く必要がない点だろう。ライドラだけでもう何度か砦と往復してくれる。

 荷の積み込みと積み降ろしには人の手が必要だが、その間の輸送はライドラ達だけでやってくれていた。


「あれ? 普通に指輪や腕輪なんかもあるんですね」


 ニトが綺麗な金の腕輪を持ってギャンに尋ねる。キラキラ光って居れば良いのだから、当然装飾品も集められている。まあ金属製のスプーンやフォークなどもあり装飾品ばかりとは言え無いが、どう見ても人が造ったと思われる装飾品も多い。


「大半は只の装飾品だな、大方は開拓村から奪った物だろう。遺品や持ち主が分かるものが有るかもしれん。それは丁寧に運べ」


 開拓村で掠奪した装飾品なので余り高価そうな物は無い。金の含まれた合金製の物が多い。開拓村の女性達のささやかなお洒落の贅沢品だろう。

 しかし、そんな品でも生き残っていればそれが思い出になり、心の拠り所になる。


「隊長、このサーベル……これも誰かから奪ったのか? 騎士や戦闘騎士の持ち物にしては豪華だが……」


 ハジメが宝石で飾られた、所謂『宝剣』と呼ばれるサーベルを手にギャンに尋ねる。

 その他の武器も幾つか転がっているが明らかに造りが違う。実用性よりも装飾品の様な、貴族が身を飾る物に近い。

 だがその細工や飾られた宝石類が明らかに魔力を帯びていた。


「んん? これは……古代帝国の品だな、『セータの大森林』の何処かに古代遺跡が有るのか?」


 『セータの大森林』は豊かだが、その分魔物も多い。その為、内部は殆ど調査されていない。

 古代帝国の遺跡が埋もれている可能性は十分にあり得た。


 そもそも古代帝国の都市の跡やその周辺に、現在の人々が生活している街や都市がある場合が多い。

 この平野は古代帝国時代から肥沃な土地であったで有ろうから、今は森に飲み込まれているが『セータの大森林』の中に古代帝国の都市がある可能性は高い。


「古代遺跡の発掘品? なら凄い価値では?」


 古代帝国時代は今よりも魔道技術が進んでいたらしく、偶に発見される遺跡内から価値の高い魔道具が見つかる場合も多い。


 しかし、人々は魔物に対抗する為や、迷宮を攻略する事に手一杯で、遺跡の探索などに手の取れる者がいない。

 それ故に割と人々の生活圏近くの古代帝国の遺跡でも手付かずで残っている場合が多かった。

 冒険者も遺跡探索をしている者は少ない。人里離れたところにある遺跡は強力な魔物の巣になっていることもあり、リスクは高く、儲けはその遺跡の発掘品の価値に左右される。博打の要素が強すぎて皆積極的に探索に行かない。


「まあそうだな、武器としては二流だが宝飾的な価値は高いなこれは、ほう……付与魔法もそれなりか」


「武器としては二流ですか?」


「お前らの持っている『黒銀』シリーズより少し劣っている程だ。付与も素材もそれなりだが、刀身がダメ過ぎる。……だが宝飾品としてなら貴族連中には売れそうだ。儲けは期待して良いぞ」


 古代帝国時代の遺跡から発掘される武具は、付与魔法は良いのだが、現在と比べると刀身の出来が劣っているものが多い。


 古代帝国時代、古代帝国人はエルフやドワーフ達と争っていた事もあり、自分達だけでそれらの品を造っている。

 その為、現在の召喚者を含め、あらゆる者が協力して造りあげた武具よりも劣っている場合が多い。


 ただ魔道具としての出来は良く、失われた技術の研究素材にもなり、また使われている宝石や素材の価値が高く、貴族達が物珍しさに購入する場合も多い。


 それに歴史あるこの大ディオーレ王国も古代帝国の末裔を自称しており、その箔付けに古代帝国時代の品を求める貴族も多いのだ。


「隊長、この指輪も何だか魔力を感じるぜ?」


「これも発掘品だな、何処かの鍵か? 『守護』の効果もある。他には無いか?」


 ハチの持っている指輪を軽く『鑑定』してギャンが答える。


「この位だな、後のは普通の宝飾品っぽいぜ?」


「武具も他は普通ですね、余り実用的では無い物も有りますが」


 ニトが示す先にはとても実用には成りそうも無い、オモチャの様に飾られた武具が転がる。最初にハジメが見つけた宝剣よりも更に酷い。


「その辺の変な武器は古代帝国の宝飾品だな、特に魔法は付与されていないが好事家が買うか? まあ微妙だが、やはり何処かに古代遺跡があるな、そこから持ち出しているんだろ。

 指輪は念の為、ココノツが持っていろ。鍵になる魔法が付与されている。この辺りの何処かの巣の中に遺跡の入り口が有るのかもしれん」


「了解、結構綺麗ですね。『守護』が掛かっているならサティに渡しては? ニトでも良いですけど」


 大きな宝石は複雑なカットが施され台座となるリングの細工も美しい。ただリングのサイズが細く、男性では小指にも付けれそうに無い。


「指輪を嵌めて武器が握れるか? それにサイズの問題もある。後これも忘れるな、それは恐らく平気だと思うが指輪系のアイテムは呪いの掛かった物が多い、しっかりと『鑑定』してからでないと危ないぞ」


「……隊長、俺は呪われても良いって事ですか?」


「指に嵌め無い限り早々呪われたりはせん! それは女性の指のサイズだ、お前じゃ嵌めれ無いだろ? 安全だ」


「まあ良いですけどね……」


「ほらサクサク片付けるぞ! コレが終わったら一度砦に戻って昼食! その後もう一つの巣穴を片付ける」


 ストール砦を襲っていたゴブリンの大群の巣穴は大きく二ヶ所だ。

 他にも小さな反応が有るが規模が段違い、恐らく小さい方は偵察や逸れた部隊の群れで、女性が捕らえられている可能性が低い。

 最終的に全て殲滅予定だが、ギャンは規模の大きな所から優先する事にしていた。



 その後もう一つの巣穴も『ところてん』の罠で同様に対処して女性を救出、巣穴の処理を終えたイチゴ達はストール砦に居た。


 救助できた女性の数は53名、特に重傷者がその内19名、それ以外の女性も身体に欠損が無いものが居ない。

 遺体は個人が辛うじて判別できる女性が62名、その内、治療中や救助・搬送時に死亡した女性が17名、損壊の軽い女性の遺体が22名。

 個人の判別の出来ない損壊の激しい女性の遺体は恐らく50名以上……人体の一部だと思われるのだが、どれがどの個人のパーツか判別できないのだ……骨だけの遺骨となった者も多いが、その全てを運び出していた。


 ストールの砦には現在、クラブの町から援助に訪れた女性達も大勢詰めかけ、広い砦が人でごった返している。

 城門扉は夕方なのにまだ開け放たれ、人々が出入りしていた。砦内の広場に、鳥馬車が入りきらず、砦の外で荷下ろしをしているのだ。


「クラブの町の御婦人方が援助に来てくれて助かりますね。救助した女性達の看護は男性では中々……」


 サンジの言う通り、相手は女性だ、真面に歩けない彼女達の世話をするのに男性では都合が悪い。


「ヒフミ達が気を効かせて、クラブで物資を購入する時に呼び掛けてくれたらしい。男手も増えて、本当に大助かりだ」


 一歩間違えば自分達がそうなっていた可能性もある。開拓村の村民と付き合いのあった町人も多く、クラブの町の女性達は積極的に参加してくれていた。バイト代は現物支給の『肥料玉』や金属類だが、返って喜ばれた。クラブの町の町人の大半は農業を生業にしている。


 女性だけでなく、男性も多数手伝いに訪れていて、砦の復旧も進んでいる。特に病室を中心に整備を進めており、取り敢えずの治療の終わった女性から、順次病室に移されている。

 救助された女性達は、身体の欠損はまだ治療されていないが、命に別状はなくなっている。現在はクラブの町の御婦人方が看護しており、流動食を中心に栄養補給をしながら安静にしていた。


「女性達の身体の欠損は……大丈夫なんでしょうか?」


「それはポーションさえ届けば大丈夫だ。問題は心の方だが、それは……徐々に、時間をかけるしか有るまい」


「『ウェポンショップ ジョンスミス』が救援に来てくれるのは予想外でしたね。けど『ポーション風呂』ですか? あれには驚きましたが効果は抜群ですね」


「アメリカ人はやることが本当に大雑把だが、まあポーションに怪我人を漬けこむあのやり方は確かに効果的だな。タブレット型の回復薬が大量に有るからこそできるやり方だが汚れも落とせて細かいケガも治療できる。治療が捗って本当に助かる」



 この『ポーション風呂』の設備は、ジョンスミス氏本人が訪れて設置していった。『ポーション風呂』は、ただポーションを満たした桶ではなく、薬効を残しながら汚れを取り除く浄化装置が取り付けられていて、一度ポーションで満たせば途中回復ポーションのタブレットを補充するだけで長く使え、治療に非常に役立っていた。浄化装置の仕組みは、


「ハッハッ! 企業シークレットね! 今回はベースプライスでボランティアプライスね!」


と教えてくれなかった。


 一応無償提供で無い辺りが商売人と言ったところだろう。ただこの装置はパンナやタコの町にも設置され、治療に活用されている。

 その他にも様々な装置が設置の人手を込みで格安で提供されている為、無償でなくても大助かりだ。

 城門外にも設置式の結界石で魔物避けの結界を設置し安全地帯を確保して、現在そこで荷下ろしが行われている。


 人が増えて砦内の換気の問題が発生しそうだったが、砦の広場中心に換気用のファンを設置し換気を行うなど、色々と手慣れた様子で設備を追加していく。簡易ベットや簡易食堂、簡易シャワールームなども設営していき、砦の居住性アップに大きく貢献している。


 他にもジョンスミス氏がお薦めの、あの連射式クロスボウも城壁上に設置された。これにはギャンも苦笑いだが、これだけ協力してくれた事もあり余り強く抗議も出来ない。

 また城壁外の宿泊施設の設営にあの折り畳みスコップが多数使用され、その利便性が大いに見直されていた。


「高いけど、思った以上に便利だなこれ、『武器強化』でビックリする位簡単に掘れるぜ。小さな岩なんか真っ二つだ」


「武器に持ち替えなくても、そのまま武器として使えるのも良いな、えっと……」


 テントの設営の為に地面を均していたハチとイチゴがスコップを手に隣で同じく作業していた大男を見る。


「シャベルね! お薦めアイテムです!」


 白いタキシードの上着を脱いで、シャツを腕まくりした怪しい大男は、額の汗を首にかけているタオルで拭って、良い笑顔で答える。


「確かに野営する時には一つあっても良いねこれは」


 同じく隣で作業していたニトがスコップを褒める。


「ンーフ、プリティガール! ザッツライ! 飴ちゃんをプレゼントデース!」


 それに益々ご機嫌となったジョンスミスは、飴の包みをニトに手渡す。昔ながらの油紙で包んだそれを、ニトは嬉しそうに口に入れる。前回の飴ちゃんは大変美味しかったので、躊躇いは無い。


「有難う、ジョンスミスさん、ってこれ甘くない? イヤ甘いのかな? 微妙な味ですね……」


 だがその飴は、前回ほど美味しくなかった……甘いのだが、微妙な雑味がそれを邪魔する。


「オウ、ガール、テイストはノーグットでも、ディスアイテムは『塩熱飴』、ミネラルのサプライに必要ね。ボーイ達にもプレゼントね。汗をかいたらミネラルとウォーターをサプライ! ベリーインポータントね!」


「ミネラル? ああ塩分が含まれているんだ、それで微妙な味なんですね。そう考えると塩を舐めるよりは美味しいですね」


「塩分補給用か? ん? 結構俺は好きだな。ニトは厳し過ぎるだろ? 十分旨いぜ?」


「だな、塩よりはマシだと思うぞ? 岩塩を舐めるよりよっぽど良い。ジョンスミスさんこれってまだまだ有りますか? 他の連中にも配りたい。買い取るので譲って下さい」


 周囲にはクラブの町からの応援の男衆と『黒狼』部隊の隊員が多数作業中だ。日は傾いているが、動けば暑い、全員汗まみれだ。そろそろミネラル補給が必要だろう。


「ハッハッ! ボーイ、今回はプレゼントデース! ボックスでキャリーしてます。エブリバディにプレゼントね!」


 辺りを見回すと、ジョンスミスの部下である派手な制服の店員が、『塩熱飴』を配り歩いていた。他は有償だがこれだけは本当に無償で提供されているらしい。


「良いんですかこんなに……それにこんな所までワザワザ出向いて頂いて、こちらは有難いですが……」


 ここでそのアイテムの有用性が示せれば、今後騎士団が多数購入してくれる。今回のアイテム提供は後の利益に繋がる。それ故の利益無しでのアイテム提供であり、この『塩熱飴』もここで多数の人にそれを試食してもらい、今後の利益に繋げようという思惑が有る。

 試供品で試させて正式な購入の促す、商売の常套手段だ。ボランティアに見えてもしっかり将来の利益を見越して布石を打つ。ジョンスミスはヤリ手の商売人だ。


「ンーフ、アイテムはユー達のコマンダーのマターとはアナザーね。フェイバリットマターはミーがトゥギャザーした方がベターね」


「他の要件? 何かギャン隊長が頼んだと?」


 この数々の品物以外にもギャンは何かジョンスミス氏に頼んでいた様だが、それが何かニトには想像できない。


「イエース! 『リザレクション』をする為に、レディ達を『トランスポート』ね」


「『蘇生』? そんな『蘇生』なんて一体幾ら掛かるのか……無理ですよ」


「ンーフ、ディスカントリーではインポッシブル! バット! ファイブシティではポッシブルです!」


「んっ? それは遺体を転送して五街地域で『蘇生』って事ですが?」


「イエース! ザッツライ! ファイブシティのプリーストはグレートね。『リザレクション』がベリーチープ。ミーは『トランスポート』オンリーね」


「『蘇生』が安い? そんな馬鹿な……下手なお屋敷よりも値段が高い筈では?」


「ノンノン、ファイブシティはスペシャルプライスね。あのプライスで『リザレクション』出来るのはファイブシティだけデス、オンリーワンね!」


「では隊長は死亡者全員を転送する心算ですか?」


「だが幾ら『蘇生』でも、損壊の激しい者は無理だろ?」


「腐っていない遺体なら可能らしいが……」


「ミツが遺体を『冷却』していたのはその為か? てっきり遺体の本人確認が済む迄腐らない様にしているだけだと思った……」


「にしてもよくもまあそんな大胆な事を……『転送魔法』でも大変でしょ?」


「レディ達は……コンパクトね……ガッテムなゴブリンね!! バット、『トランスポート』はベリーイージーね。『テレポート』よりもMPはリトルゥです!」



「隊長、遺体の仕分けが済みました……こっちの遺体は本当に全て『蘇生』するんですか?」


 ミツがギャンに確認する。


「死んだばかりの遺体や損傷の少ない者は可能だろ? ならそれをしない理由は無い」


「しかし……結局ミスリルの鉱脈は見つかりませんでしたから……費用が出るんですか? 今治療中の女性の治療費だけでも莫大ですよ?」


 二つの大きな巣穴を潰したが、その何方にもミスリルの鉱脈は無かった。しかし、もう一つの巣穴でも、結構な量のミスリルが見つかった為、この『セータの大森林』の何処かにミスリル鉱脈が有るのは確実だ。だがまだ見つかってもいないモノを当てにするのは博打が過ぎる。


「ミツ、人は国の基礎だ。人の居ない国に何の価値が有る? しかも彼女達は女性だ……若い女性が多い。これからのこの地域の将来を考えるなら、彼女達は必要な人員だ。39名だぞ?」


 ギャンは彼女達を子を産む道具にする心算は無い。それではゴブリン達と一緒になってしまう。しかし、国の根幹は人だ、人が増えてこそ国が発展する。これだけ広大な耕作地があるのだから、そこを活用しない手は無い。

 開拓村の復興にも人材が必要になる。ギャンは可能な限り、彼女達を救う心算だ、その為の手筈も既に整えていた。


「しかし……」


「『蘇生』費用は借金でも良い、ほぼ無利子で融資して貰えるように話は付いている。費用の心配はする必要は無い」


「でも返す当てがないでしょう? どうやって……」


「『蘇生』した後、本人たちに暫くは向こうで働いて稼いでもらう。なにこの国みたいに暴利を貪っていないからな。あの街の『蘇生』費用は安い。4・5年向こうでリハビリや訓練を兼ねてアルバイトすれば余裕で返せる」


 この国では最低でも1億ゴールド近い『蘇生』費用が、五街地域では百万円程だ。一ゴールドが一円なので、この国の貨幣に換算しても百万ゴールド、実に1/100の費用で『蘇生』できる。

 アルバイトをしながら月に2万円づつ返済すれば、50ヵ月で返済可能だ。そして五街地域ならその程度の金額なら、生活資金どころか遊興費を差し引いてもアルバイトで返済可能な額だった。


 今回ギャンは、『蘇生』の為に五街地域に送った女性達を全て『見習い冒険者』として登録するように手配していた。そう『見習い冒険者』の治療費は無料! 流石に『蘇生』費用は無料にならなかったが、『蘇生』後のリハビリや治療費は全て無料になる。


 そしてリハビリが終わってから『見習い冒険者』としての期間が始まるように交渉済みだ。日本語の読み書きは、魔法で流し込む事になっているので、ギャンの時の様な無理ゲーにはならない。更にある程度勉強して訓練をすれば、薬草採取でも稼げることは『薬草バスターズ』で実証済み。

 ギャンとしては女性であることも有り、神官として五街地域で学ぶことを期待していた。そう当てにならないこの国の神官ではなく、新たに独自の神官を育てる目的も有るのだ。


「そうなんですか……しかし彼女達は開拓村の村人ですよ? アルバイトといってもそれほど……もしかして娼館で働かせる心算ですか!」


 ミツは最近、イチゴ達、騎士見習いと付き合い、他人に興味が出始めた。ミツも成長しているのだ。

 そんなミツからしたら、不幸な目に遭った彼女達が、更に『蘇生』しても不幸な目に遭う事は耐えられない。もしサティがそんな目に遭ったらと思うと居ても立っても居られない。人の不幸を、自分に置き換えて人を慮る心がミツに芽生え始めていた。


「そんな事はしなくても大丈夫だ。『黒狼』の連中を見れば分かるだろ? 少し訓練するだけで彼女達だって色々出来る。

 まあ、デメリットもある……今日死んだ者以外は……恐らく記憶に欠損が生じる。自分の事さえ覚えていない者が多いかもしれん。17名は恐らく平気だろうが22名は怪しいな」


 ギャンは今までの修道院で死んだ女性達を『蘇生』した経験からそう判断する。そして今回女性達は身体の欠損が多い。『蘇生』可能な者も欠損したまま『蘇生』される可能性が高い。


 『蘇生』は、欠損部位が存在していれば、それを繋げて『蘇生』される。また、身体の重要な器官に欠損が生じていれば、その器官を再生して『蘇生』される。

 手足の欠損も、魔力を多く注ぎ込めば、再生して『蘇生』可能だが、今回は『蘇生』人数が多く、再生していては効率が悪い。


 そこでギャンは、今回は『美少女化』を使用した、欠損部位の再生を積極的に使用する事とした。『美少女化』は魔力消費は余り多くない。最低限の『蘇生』を行い、その後続けて『美少女化』を使用し肉体の欠損を治療する。『美少女化』は一度『生命のスープ』に戻る為、肉体の欠損もリセットされる。


 副作用として美少女になるが、この際元の姿形を留めるよりも治療を優先した。また本来リハビリが長期間必要となる魔法なのだが、修道院の女性達を『蘇生』し『美少女化』の魔法で治療する際のノウハウの蓄積の結果、培養槽の改良が進み、現在では培養槽に2週間入っているだけでリハビリが一ヵ月程度に短縮できるようになっていた。


 今回の砦での治療も欠損箇所の多い者、また『部位欠損再生ポーション』を使用しても長期間のリハビリが必要になりそうな者には積極的に『美少女化』の魔法を使用することになっていた。


 男性である騎士や一般兵の治療には使えない魔法だが、女性の治療には非常に有用だ。クラリス達、治療看護師も全員使用可能な為、部位欠損の程度で判断しながら使用していく予定だ。ただこの国には五街地域の特殊な培養槽が無い為、リハビリには一年程度かかる様になる。この国での治療費用はミスリルが結構な量手に入った為、何とかギリギリ、リハビリを含めて足りる予定だ。


 また今回、国の方からも支援が出る事になっている。南方が直轄領となったことも有り、そこから得られる資金に余裕が出来ている。また『美少女』が増える事に反対意見は無く、資金援助を引き出していた。


 但し『美少女化』の魔法自体は貴族を含め、大半の者には秘密になっている。そう今回、ギャンに協力したのは、貴族や騎士団の上層部ではない。


「隊長……それなら『復活』で、他の者も如何にか出来ませんか?」


 サンジが尋ねる。『蘇生』がそれだけ安価なら、『復活』もそれに比して安価である筈だ。

 実際、五街地域での『復活』費用は安価だ。だが……


「それはな……『復活』は下手をすると遺体も灰になる。これは術者の実力も影響するが、『復活』する本人の魂の強さが影響する。ただの村人であった彼女達が『復活』に耐えれるとは思えん。

 可能な限り助けたいが……恐らく運よく『復活』出来ても通常の生活が送れるか微妙だ……今回は諦める。ココだけではない、他所でも、パンナやタコでも女性を救出している。そちらでも同じく『蘇生』に回しているからな……彼方のキャパが足らん」


 今回ギャンは『蘇生』可能な遺体のみ五街地域に『転送』する。『復活』は遺体すら必要なく人を生き返らせるが、その奇跡には制約も多い。

 また送られる女性の人数が多い、培養槽にも限りが有り、『蘇生』を使用可能な神官の人数にも限りがある。『復活』は使用する為の精神力の消費も激しく、難易度も高い。

 無駄になるかもしれない一回の『復活』よりも、確実な『蘇生』複数回を今回ギャンは選んだ。それに『復活』後のリハビリは培養槽を使っても余り短縮できない。魂の力が大幅に減少する為だと言われているが、魂の力を高める方法が未だに見つかっていない。


「そうでしたね……」


「『蘇生』出来ない遺体は丁重にブルンガリで葬る心算だ。だから遺体も遺骨も丁重に扱え。

 それにまだ何も終わっていない……始まったばかりだ。ゴブリンの群れが居るのはこの砦の周辺だけではない。明日は砦周辺の小さなゴブリンの群れを殲滅、その後はミドイ砦、サミド砦の周辺の大規模な群れも片付ける。まだまだ救助される女性は増えるし、『蘇生』に回す女性も増える。何処かで諦めなければ先に進めなくなる……全てを救えるほど俺達は万能じゃない」


「……もっと俺達に力が有れば……」


「出来ない事を嘆くよりも出来る事をやればいい。ミツ、サティをソロソロ休憩させろ。今日はもういい。サンジ、ヒフミ達を呼んで来い。他の町へ様子見に行かせる」


「サティだけで良いのですか? 治療看護師の方達も休憩した方がよくないですか?」


「ヒフミ姉達は既に他の町に様子見に行ってます」


「そうか、ではクラリス達にも伝えろ、今日の治療はソロソロ終了だ。後は明日で良い。緊急が必要な治療は終わったはずだ。治療の必要な女性はこれからも増える、今無理をしない様に伝えてくれ。

 ヒフミ達はもう行ったのか? 全く優秀だな……では他の者も順次夕食をとって明日に備えて休息だ。まだ先は長いぞ!」


「隊長! 外の簡易宿泊施設の設営が終了した。割り振りはどうする?」


 ハジメが砦の外から広場に戻ってくる。


「ハジメ、ご苦労! 結界の設置も終わっているのだろうが……女性は全員砦の中だ! 後はリハビリ中の者と町人を中に、それ以外の男共は外だ。『黒狼』の連中は申し訳ないが引き続き見張りを頼む。順次交代して仮眠を取れ! カーディス! 魔道具の様子はどうなっている?」


「今の所大規模な動きは広域型の方にも見られません。夕方になって起き出したのか少し動きがみられますが……今日処理した巣穴の出入り口はどうなってますか?」


「一応塞いだが……向かっているのか?」


「一部の部隊単位と思われる群れが向かっているようです。偵察部隊か、採集部隊が巣穴に戻っているものかと……」


「既に潰れているとなると……広域型で観察を続けろ、どの方向に逃げたか記録して置け。その方向に別の大規模な群れの巣が有る可能性が高い」


「了解しました」


 自分たちの戻るべき巣穴が潰れていれば、危険を察知し、直ぐに逃げるのがゴブリンだ。なら何処へ逃げるか、同じゴブリンの居る、別の巣穴に逃げ込むだろう。それを見越してギャンは指示を出す。


 半径20キロ程をカバーする広域型の探査魔道具だが現在その探査範囲内に大規模なゴブリンの群れは無い。今日だけで2つの大規模なゴブリンの巣穴、合計2000匹程のゴブリンを討伐している。


 だが両隣りのミドイ砦やサミド砦は未だゴブリンの軍勢に囲まれている。ストール砦にもいつ追加のゴブリンの大群が来るか分からない。まだまだ探査範囲外に大規模な巣があるのだ。


 その巣のおおよその位置を把握して、明日以降周囲のゴブリンを殲滅しながら索敵を行う予定だ。


「ギャン中隊長! 自分達はどうしましょう?」


 女性の搬送後は砦内で、病室の準備や宿泊施設の復旧作業に当たっていた戦闘騎士部隊の隊長、ライナーがギャンに指示を仰ぐ。


「戦闘騎士達には明日も女性の移送を頼むかもしれん、早めに寝るように指示をしろ。ただお前らはまだリハビリ中だろ? 可能な限り砦の中で休め。女性を優先してもまだ空きはある」


 クラブの町から援助に駆けつけた御婦人は27名、男衆は30名。彼等を優先的に砦内部に宿泊させてもまだまだ余裕がある。

 リハビリ中の戦闘騎士と『黒狼』の補充部隊員は砦内部に宿泊させる予定だ。


 『ウェポンショップ ジョンスミス』から来ている店員はギャンが見たところ下手な騎士よりも実戦慣れしている。一応砦内部での宿泊を勧めたが必要ないと断られた。

 まあ店長のジョンスミスことケニー・ロジャースはそもそもが有名冒険者だ。『キラーベア』が襲って来ても撃退出来る。


「良いのですか? 自分達は外でも構いませんが……」


「気にするな、外には結界が有るとはいえ、大軍が襲って来れば砦の中に逃げ込まなければならん。その際に足手纏いにはなりたく有るまい? 逃げ足の速い奴が外で寝るのは必然だ。気にせずシッカリ寝ろ」


 魔物避けの結界はある程度まで魔物の侵入を阻んでくれるが限界がある。大群に襲われた場合は物理的な城壁のある砦内に逃げ込まなければならない。

 砦の外に設置した簡易施設は大半は放棄するしかないが、可能な限り回収する予定だ。健康で動作に支障の無い者がそこで宿泊するのは当然の選択だ。


「そうか、俺達は外なのか……けど硬い石の上と硬い地面の上……なら外の方が少しはマシか?」


 砦内は広場も含めて全て石造りだ。なら外の地面の上の方がマシかと考える。


「硬くは無いぞサンジ、簡易ベットが有るからな、金属の枠にネットが張ってある。先程試したが案外寝心地は良さそうだ」


 この簡易ベッドは『ウェポンショップ ジョンスミス』から購入して運び込まれた品物だ。

 搬送の際は折り畳めて場所を取らず、頑丈だが軽い。そしてネットには伸縮性があり想像以上に快適だ。

 安定したハンモックの様な物なのだが、この安定性が使い手を選ばず、『黒狼』部隊からの評価も上々だった。


「そうなのかハジメ? しかしネットか……寒く無いか、夜はまだ少し冷えるぞ」


「毛布があるだろ? アレにくるまって簡易ベットの上で寝るだけで随分と違う、まあ寒ければ寝袋を簡易ベットの上で使っても良い」


「そんなものか?」


「そんなものだ」


「隊長、サティとニトはどうしますか?」


 ハジメに遅れて戻って来ていたフミがギャンに尋ねる。サティとニトを男性扱いをして外で宿泊させるのはどうかと思ったのだろう。

 いざという時、設備を持って砦内に逃げ込もうにも二人は腕力に劣る。それに二人は今日の作戦でもそうだがゴブリンには優先的に狙われる。外に宿泊させるリスクは女性並みに高い。


「あっ……まあそうだな、本人たちに決めさせろ。だが騎士用のシャワーは女性用になっているんだったな? 風呂は指揮官部屋を使えと伝えろ」


 一階の一般兵用のシャワーは救助した女性達向けの『ポーション風呂』が設置されるなど看護、療養向けに使用されている。

 二階の騎士用シャワーは女性用になっていてクラブの町の御婦人に提供していた。彼女達の宿泊場所も二階を当てて居る。

 追い出された男性向けに簡易シャワー施設も広場に設置されているが、サティとニトは使用出来ない。

 昨日に引き続き、指揮官部屋のお風呂を使用するしかない。


「なんの話ですか?」


「あっ、噂をすれば、ニト寝る場所どうする?」


「えっ寝る場所? ……外は簡易ベットで中だと石の上ですか?」


 丁度砦の外から戻って来たニトにフミが尋ねる。外の簡易宿泊施設は騎士見習いは城門から離れた場所を使う予定だ。

 戦闘能力の高い騎士見習いが危険な場所に配置され、戦闘能力の低い『黒狼』部隊が比較的安全な場所に配置された結果だ。

 ますますニトやサティには向かないが、石造りの床の硬さを避けるためサティと共に寝て暑さに参っていたニトは砦外と迷う。


「中も簡易ベットだそうだ。結構数が届いているらしい。マットレスが無い分、数が運べたんだとさ」


 サンジがそれに答える。『ウェポンショップ ジョンスミス』オススメのこの簡易ベッドは専用の魔法の収納袋とセットになっており、大柄なギャンやハジメ達でも余裕が有るダブルベットサイズでありながら収納すれば小さなポシェットサイズになる為、今回大量に購入され持ち込まれていた。


 救助された女性用のベッドや身体の弱い治療看護師のベッドはマットレス付きの組み立て式のベッドだが、それ以外は全てこの簡易ベッドが支給される事となった。


 今後野営する際にも利用出来る携帯性の良さから、評判次第で騎士団の大量購入も検討されている。


「隊長が使っている以外の指揮官部屋は今どうなってるんですか?」


 ベッドがあるなら迷う事は無い。しかし今度は寝る場所の確保が大変だ。

 砦内の一階は野戦病院と倉庫で埋まっており、二階は食堂とクラブの町の町人とリハビリ中の戦闘騎士と『黒狼』の補充部隊で一杯だ。


 必然的に三階で寝るしかないが、三階は武器倉庫と貯水槽、それに指揮官部屋しか無く、寝るために使うなら指揮官部屋を使用するしかない。


「クラリス達、治療看護師が使用予定になっている。他にもライナーが使用予定だ。空きは……どうだったか?」


 指揮官部屋は広めにスペースが取られていて各部屋にシャワーや簡易キッチンが付いている。

 本来は騎士階級の部隊長の為の部屋で、ギャンの部屋は元砦の司令官の部屋だ。


 ライナーも戦闘騎士を率いる部隊長なので当然指揮官部屋を割り当てられている。

 本人は遠慮したそうだが騎士部隊長としての義務だと説得されて折れたそうだ。

 指揮官が居ては部下は気が抜けない、遠慮するならそっちを遠慮しろと言われたらしい。


 昨日まではギャンの部屋以外は使える状態では無かったが、人手が増えた事もあり、今は全ての部屋が片付けられ使用可能だ。

 これはライナーの為でなく身体の弱い治療看護師の為に『黒狼』部隊員によって整えられたらしい。


「あと一部屋空いているのでサティ殿と二人で使用する様になります大丈夫ですよ? 簡易ベットを二台運んでおきましょうか?」


「そうなんですかカーディスさん」


「ええ、治療看護師の方達が一部屋を三人で使用されると仰られたので、一部屋空いたんですよ」


「お風呂は?」


「司令官用のギャン隊長の部屋以外はシャワーだけですな」


「……そんな目で見るな! 使って良い、そう伝えろと命令したところだ。好きに……いや待てクラリス達も、もしかして使うのか?」


「恐らく……」


 彼女達も今日は治療で疲れている、シャワーよりも湯船に浸かって、疲労を取り除く必要がある。薬を入れた薬湯にしてそれで回復を図るのだ。


「一々部屋を出るのは面倒だな、なら俺がニト達が使用予定の部屋に移る。カーディス、部屋割を替える、ニト達の部屋を今の俺の部屋に替えてくれ、一々部屋を追い出されては敵わん」


 別段ギャンが部屋に居てもクラリス達は気にしないが、砦内の風紀の問題がある。代理ではあるが今ギャンは砦の司令官だ。立場上自ら風紀を乱す訳にはいかない。


「ニト殿達は良いのですか?」


 半分以上二人は女性扱いになっている。カーディス含め『黒狼』部隊員は誰も気にしないが一応確認する。


「クラリス達は気にしないだろ。それに一応風呂場に扉も付いている。ニト、それで良いな?」


 ニトは兎も角、サティはバスタブを諦めない。クラリス達の部屋にお風呂に入りにサティやニトが向かうより、サティやニトの部屋にクラリス達が訪れてお風呂に入った方が問題が少ないと判断してギャンは決める。


「ええ、そうですね、サティも多分それで良いかと、所でサティは? まだ治療中ですか?」


「ミツに連絡に行かせている。今日はもう治療は終了だ。後はクラブの町の御婦人たちお願いして看護を任せておくしかあるまい。俺達は明日も有る、早めに休めよ」


 救助された女性達の命の危険は取り敢えずは無くなっている。傷の治療を続けているが今スグ出来ることは少ない。欠損箇所の治療には薬が居るが必要数が届いていない。

 今日届いた『部位欠損回復ポーション』は彼女達の命を救う為の治療で大半を使っている。


(明日は『美少女化』で何人か治療するか……

 っとその前に遺体を転送しないとな、あの色物と一緒ってのがやり難いがこの際贅沢は言えないな)


 やるべきことは山積みだ。これからを思うと頭が痛くなるが、ここが踏ん張りどころとギャンは気合を入れる。

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