第093話 落伍者(3)
「人って大体どんな人でも特技が1つくらいあるのよね。くだらない特技であったり、あまり自分が生きる上で必要のない特技だったりすることがあるけど。私も例に漏れずそういう特技があったりするわけ。まぁ私の特技は果たして特技かと言われるとちょっと怪しいのだけど……。そうねぇ、特技ってことにしておくわ。で、その特技だけど《未来が見える》って特技を持ってるの。人生スキルじゃないわよ。ガチで言ってるの。大丈夫よ正気だから。ただし、本当に未来が見えるわけじゃない。何と言うか、例えば国の行く末が分かるって類のものかな。ホラ、政治番組とかあるじゃない? 何々の行く末はどうなるか~みたいなもの。いつからか知らないけど、そういう系統の未来が分かるようになったの。どうしてそんな事が可能になったのか、というのは分からない。でもね、分かってしまうの。大きな流れと、そこから引き起こされるであろう現象が。歴史を勉強していたからかしら? ほら言うじゃない? 歴史は繰り返すって。アレと同じで、ある特定のパターンがあったりするわけ。だから、こうなるずっと前から予想していたの。ファントムの登場を。誰が仕掛けてきているのかも分かるわ。厳密には分からないけど、それを仕掛けたクランなら分かる。そして、この間のニュースを聞いて確信した。このままでは私達はキャッスルワールドの終了を待たずに、みんな殺されてしまうってね」
ヤードラット聖人はモトヤの質問には答えず、そう答えた。モトヤにはこの糸目の女の意図が分からなかった。モトヤが尚も分からない、といった顔をするので、鈍いなぁ~、とヤードラット聖人は声をあげた。なんだこいつは、とモトヤは思った。そもそもモトヤにしてみれば、この女がこちらの質問に答えなかったのだ、とまず思っている。この女は謎かけみたいな問いが好きらしいが、たまったもんじゃない。こちらが質問をしたのだし、それに応えるのが筋ってもんだろう。以前はこんな考え方をしなかったかもしれない。だが、モトヤは人生を既に捨てている分、自分から動く事をしなかった。そして、しばらく二人は見合った。先に折れたのはヤードラット聖人の方だった。
「分かりづらかった?」
「すごくね」とモトヤは強く言った。「まず説明が長ったらしいし、何を言いたいのかさっぱり分からない。話し相手が欲しかったんなら壁に向かって喋ってろ」
モトヤはそう言い捨てると、立ち上がり、また元の場所に戻ろうとした。するとモトヤの体をまとうボロきれの端をヤードラット聖人が掴んだ。
「助けてほしいのよ、私を!!」
モトヤは構わず歩いた。するとモトヤのボロきれを握りしめたヤードラット聖人が芝生の上を引きずられるような格好になった。5、6歩歩くと、ヤードラット聖人の重みに耐えきれなかったのか、ボロきれの一部が破れ、ヤードラット聖人は地面に顔をうちつけた。モトヤはそれを横目でとらえると、何事もなかったかのように歩みを続けた。追いすがるようにヤードラット聖人は叫んだ。
「私はまだ死にたくないの! 私達をあなたが率いてちょうだい! できるでしょう? 一時的にでもオリジンの城を手に入れたあなたなら!」
誤解があると思った。アレはバルダー城を手に入れたというわけではない。誘いこまれ皆殺しにされたのだ。それはモトヤにとって、誇るべき成果ではなく、恥ずべき過去だった。
「俺はもう嫌なんだ……、もう……この世界が……。静かに死なせてくれ」
モトヤは振り返らずに言った。本心だった。そして同時にヤードラット聖人に対し、そういうことだったのか、とも思った。モトヤはそのまま歩いた。砂利がこすれあう音が聞えた。足の裏がゴツゴツしている感じがした。モトヤは自嘲気味に笑った。何もできないことは知っている、そう思った。
ようするにあの女は諦めていなかったのだ。ただそれだけのことだった。
様々な言葉を使い扇動しようとしていたが、要求は実にシンプルだった。
もう一度クランを作り、軍を率いてくれ。つまり、それだけだった。
率いた所でどうしろというのだ。既にもうどうしよもない。ホークマンがいくら街を焼き払おうが遅すぎる。城に籠ったオリジンを討つ手段などない。その現実をあの女が知らないだけだ。ゆっくりと空気を吸い込むと、鼻から押し出す様に吐いた。
少しだけモトヤは自分の矛盾に気付いた。
――どうしよもない、と思うだなんて。俺も少しは諦めてない感情が残っていたんだな。
自分自身の虚しい問いが風に乗って、そのままどこかに飛んでいけばいいと思った。遠くに、もっと遠くに。そう思っているハズなのに、問いは無情にも留まり続けた。
これは何なのだろう……。そう思った。
かつては明確な感情がこみあげた。楽しみたい。面白い。悲しい。復讐したい。申し訳ない……。だが、この胸から湧きあがってくる感情が何なのか分からなかった。死にたいと心から思っている。この世界から逃げてしまいたいと……。なのに、どうして……。
モトヤは自分が分からなかった。本当に分からなかった。
ヤードラット聖人はボロきれを地面に放り投げると、その場から立ち上がり、先ほどまで二人で話していた芝生の上にまた座った。遠くを眺めた。その細い目から涙が溢れてきた。また調子に乗って失敗した、と思った。いつもこうなのだ。幼い時からこの多弁がいつも自分に災いをもたらした。喋りすぎてしまうのだ。特に意味もなく。今度はそうならないようになるべく意味を含ませるように喋ったつもりだったのだが……無駄だった。ミステリアスにした。いい女風を装った。でも、死にたい、と願っている人間に死の危険が間近に迫っていると脅しても何の効果もなかった。何で気づかなかったのか。あの濁った瞳を何週間も見続けてきた癖にその絶望が分からなかった。ヤードラット聖人は自分の未来が閉じた様な感覚を覚えた。もうどうやってファントムに備えていいか分からなかった。モトヤだけが最後の希望だったのだ。
――いっそアイツをオリジンに引き渡して私だけでも。
首を横に振った。それで本当にオリジンに加入できるならそうする。しかし、恐らく少々の金を渡されて終わり。それか一緒に殺される可能性すらあった。もう時間がない。たぶんこの街にもファントムはやってくる。いや、正確にはファントムではない。ファントムを装ったオリジンの軍隊がやってくる。このファントムを出現させた計画は大きく二段階に分かれていた筈だ。
まず、ファントムとオリジンのいたちごっこを世間に印象付ける。そうすることでオリジンとは別のクランである、と世間に誤認させる。
次にオリジンはファントムを装いキャッスルワールド中の街々を焼き払う。そうして「キャッスルワールド内におけるプレイヤーの人数を減らす」。こうすることによってオリジンは最終局面において予想される、やぶれかぶれになって城に攻めよせるプレイヤーの数を減らすことができる。つまり、これはもうゲームクリアを見越したオリジンよる作戦なのだ。あらかじめ人を減らす……、まるで……そう……。
「間引き……みたいに」
二人は知らなかった。既にファントムを装ったオリジンの軍隊が二人のいるライナルエリアの《バスティア》を目指し進軍していたことに。
街々に住む人々はマオの「M作戦」によって無残な死体となり果て、鼻をつまみたくなるような腐臭を垂れ流していた。キャッスルワールド中が恐怖と絶望のただ中にいた。オリジンを恐れ、ファントムを恐れ、すべてに絶望する、そんな人々で全てが満たされていた。どこにも逃げ場はなく、ただ生を願う人の群れがそこにはあった。
人々は己の無力を呪い、どうにもならないこの状況を呪った。できることなんて無かった。もう祈る程度のことしか残されていなかった。
だから祈った。
救世主の登場を願った。
王と呼ばれたその男は、その灰の中から生まれてきた。




