第082話 策士(12)
暗闇の空中に佇むマオは自分の髪をいじりながら言った。
「よく正解に辿りついたわね。あの【カラクリ】が分かったということかしら?」
たぶん分かった、とモトヤは思った。いくつか分からない所はある。だが、恐らくこういうことなのだろう、という目星はついていた。モトヤが口を開こうとすると、マオが機先を制するように口を開いた。
「あなたは私がトールマンと会った後に私に質問したわよね? 私の体内に爆弾が残っていないかどうかって。結果は、私の中には爆弾が残っていなかった筈よ。それはあの看護婦姿の女の人生スキルで確認した筈だわ」
モトヤは頷いた。マオは続けた。
「だけど、あなたはさっき最初から私の中に爆弾が入っていた、と言ったわよね? となると、私の中には常に2つ爆弾があったという事になるわ。もしも、トールマンの体内に爆弾を移していたとして、最低1つは私の体内に爆弾が残る筈よ。さて、この矛盾をどう説明するつもり?」
マオは笑っていた。まるでこの状況を楽しんでいるようだった。
モトヤは言葉を短く切るように言った。
「一度、他に移したんだ」
マオは尚も笑っていた。
「それで? M&Jの誰かに移したのかしら? 私の行動範囲は限られたわ。独房の中だけ。私の知る限り、そこの中に入って来たのはあなただけだった。そして、あなたには職業を替えた僅かな間しか触れる事ができなかった。もしも、あの時にあなたに爆弾を移したのなら、爆発したのはあなただった筈よ。あれ以後あなたの体には触ってないのだから。これは大いなる矛盾だと思わない?」
モトヤは静かに息を吐き、そして吸った。冷たい風が脳みそまで冷やしている気がした。
「……お前のいう【からくり】に気づいたのはバルダー城の中をさっき見たからだ。外見は「掘り」やら「ねずみ返し」やら、様々な防御施設を増設したとあってミシャラク城とは完全な別物になっていたが、城内の作りはほぼ一緒だった。いや、全く同じと言っても過言ではないほどだ。そこから発想を飛躍させてみた。もしもだ。お前が偶然俺達に捕まったのではなくワザと捕まったのなら。そして、ミシャラク城を俺達が奪う準備がある、と知っていたのだとしたら、あの【地下牢内部の位置関係】に気付いた筈なんだ。なにせ、全く作りが同じなのだから。お前は恐らく捕まった後に自分が地下牢に入れられる事も計算していた。いや、地下牢の中の独房に入れられたとしても十分な対策を施していた」
マオは満足そうに笑った。
「ふふふ、そう。じゃあ、私がした対策とやらはどういう対策なのかしら?」
「キャンディだ」
「え?」
「お前の言う通り中毒性のあるキャンディなら、キャンディを見せびらかすだけでお前の部下がキャンディ欲しさに通路の近くの鉄格子に寄ってくることを知っていた。とにかく、お前はあの地下牢の構造を知りぬいていた。バルダー城もミシャラク城も構造は同じで独房はたった1つしかない。独房の扉を開けると、通路があり、左側は壁、右側には頑丈な鉄格子に囲まれた牢がある。ほとんどの囚人はここの中に閉じ込められている。他に囚人を閉じ込めておく場所などないからだ。つまり、必然的に、独房のすぐ脇には、お前の部下がいる、という構造になってしまっていた。そして、お前は独房の扉さえ開けることが出来たなら、いつでも部下に触る事ができた。お前はそうして俺に呼びだされ、独房を出る度にキャンディをチラつかせ部下と接触していた。恐らく、その時に爆弾はお前の部下の内の誰かの腹の中に移されたのだろう。一時的に、な。お前の部下は、自分でも知らないうちに爆弾の貯蔵庫にされていたわけだ。これがトールマンと会った後【爆弾が体内に無い】と判定されたお前の真実だ」
モトヤがそう言い終ると、マオは大きな吐息を吐きだした。それは恐らく今まで聞いた中でも最も甘く、最も官能的な響きをもった吐息だった。
「ふぅ……、素晴らしいわ。本当に、あなたは……なんていうのかしら……、もう最高ね。あのヒントだけでここまで言い当てるなんて、やっぱりあの時思ったことは間違いじゃなかったみたいね」
「あの時……?」
モトヤがそう呟いてから、マオはどこかを見つめるように更に上空を見上げていた。あの時とやらを思い出しているのだろうかとモトヤは思った。沈黙が1分を過ぎた頃、マオはおもむろに喋り始めた。
「ある人物から聞いたの……。港町マハーバリを奪った作戦と、その当時これから奪うであろうミシャラク城を奪取する為の作戦を……。素晴らしい作戦だと思ったわ。素直に驚嘆したと言った方がいいわね。で、こう思ったの……、ミシャラク城は必ずその“モトヤ”という男に奪われるって、ね。今回の策略を考え始めたのは――その時期ね」
モトヤは息を飲んだ。
――そうなのだ。最大のネックは、その時すでに俺のミシャラク城奪取作戦が知られていた、ということだ。そして、それを知る人間は限られる。
尚もマオの言葉がモトヤの耳に届く。
「私はまず爆弾を手に入れる為に“ゼントラス”に会ったわ。あなたは知らないでしょうけど小クラン連合を率いてシオン様と白老はバルダー城を攻めたの……。そのうちの一人よ」
モトヤの頭に時太郎とナギ盆地にて見たトールマンとマオとの会話が蘇る。
『白老様から指導者暗殺の任務を受けてから、爆弾を飲ませた小クランリーダーの内の一人に会いに行ったらしいですねマオ様』
――爆弾を飲ませた小クランリーダーのうちの一人……。それが恐らく“ゼントラス”という男……。マオはこいつから爆弾を獲得し、自分の体内に爆弾を入れた。だからこそトールマンさえマオの体の中に爆弾があったとは知らなかった。
人生スキル【船場吉兆】からはマオの声が尚も漏れてきた。モトヤとそして沈黙し続けるアリスの耳にそれは囁き続けた。
「その“ある人物”と私は手紙でやりとりをした。かなりの期間ね。そして、もしも私が捕まったとしても絶対に私の身が安全になるように、ある取引をした。相手のリーダーであるモトヤを上手く騙す為のとびっきりの武器を用意してね」
モトヤの耳には得意げに話すマオの言葉が聞えていた。マオを信用する為にモトヤが用いた人材は唯一人……。あの女しかいなかった。
「……ルカ……」
落胆するモトヤの声に興奮したのか、マオは更に早口でまくしたてる。
「そう……、でもあの女は何も知らないわ。あの女の能力は本物だし、検証さえすれば本物だと分かるわ。私としてはこの能力を利用しない手はなかった。何故なら私は本当に白老を殺すつもりだったからよ。本当のことのみを言い、本当の言葉のみを喋り続けた。絶対に信用を得られると思ったわ、何故なら私に対してオリジン側かM&J側かという二者択一的な物の見方しかしないと最初から分かっていたからよ。【もしもマオがオリジン側であれば白老の死を阻止するハズ】という考え方こそ間違えていたのよ。ここで貴方は完全に罠にハマった。実はルカの嘘発見器には重大な欠点があるの。分かるかしら? それは、嘘かどうかという判定しかできない点よ。恐らく私が最初から爆弾を持っている事なんて誰もが思い至らないハズよ。ならば私がすべきことは唯一つだけ、話題にしなければいいの、最初から最後までね。私は白老をバルダー城で殺す計画についてのみ喋ればいい。あとはリーダーがその計画の真偽を確かめると思ったわ、粘り強くね。迷宮ってどうして迷宮って言われるか分かるかしら? 中で迷うから迷宮っていうんじゃないの。入口を間違えるから迷宮って言われるの。リーダーは私が用意した“入ってはいけない入口”から迷宮に入り込んだ。その時点でこうなることは分かっていたわ。つまりルカを使い真偽を調べ始めた時点でリーダーの敗北は決まっていたの」
モトヤの顔からは怒りの感情が湧きでていた。
マオに作戦の全てを教え、そして最適のタイミングで嘘発見器のスキルを持つルカを連れてきた男……それは……。
「…………でん助………あの糞メガネ」
「ふふふ、驚いたわよね。でん助とは最初手紙のやりとりだけの関係だったのだけど。そのうちリーダーが出した条件と同一の条件をオリジンが用意できるか聞いてきたわ。それと引き換えに良い情報を教えてくれるってね。それで、私はこう答えたの。“クランの人数に空きが出来る事”と人事権を掌握する“白老さえ消え去れる事”この二つが同時に叶うならあなたをオリジンに招く事は可能だってね。あの爺さんは私にとっても邪魔だった。なにせ私が狙う金はあのジジイがいるかぎりモノにできないのですもの。つまり利害が一致したわけね。これで、でん助はM&Jに見切りをつけ私達の仲間になったというわけ。ふふふ、信頼していた仲間が裏切る情報を他人の口から聞くのはショックよね?」
甘かった。これが最初にモトヤが思ったことだった。
でん助にはその知識を生かす為に大幅に譲歩した条件を提示した。店で働き続けても良いという条件だ。つまり何処で誰と会っているかなんてこちらは把握できないのだ。信頼が裏目に出た結果だった。マオの声が聞こえる。
「リーダーにはあの守銭奴の本質が分からなかったみたいね。いや分かっていたとしても人って自分がみたいものしか見えないじゃない? だから都合のいいように見ちゃうのかもしれないわね……。あの守銭奴の頭にあるのは徹底的な保身よ。それ以上でも以下でもないわ。もしもオリジンが同じ条件で受け入れるというなら、あの守銭奴の立場じゃ当然YESと言うわよね? 違う?」
――その通りだ。
尚もマオの声は続く。
「まぁ爆弾の話に戻るけど……。お察しの通りライナル、キサラギ、バルダーとあなたの言うとおり内部の構造が全て同じなのよ。まだ見ていないけどアラファトも恐らくそうよ。私はそれを知っていた。だからミシャラク城も同じだと思った。そしてやっぱり同じだった。あとは分かるでしょう? あなたの想像通りよ。私は計画をたて、実行した。でも、一瞬だけ焦った時あったの、覚えてるかしら? トールマンと話を終え、リーダーから独房に戻らなくていいぞと言われた時……、私は咄嗟に嘘をついたわ。今思ったら、アレが出会い以外であなたについた初めての嘘になるのかしらね」
モトヤにマオと向かい合い気遣った記憶が蘇った。
『私が急に普通の扱いをされても皆困るでしょう? だから私は独房でいいわ』
モトヤは歯を食いしばった。マオの声は弾んでいた。
「必死すぎて話が変になっているんじゃないかと心配したわ。でもこの作り話を信じてくれてよかった。私は独房でいいと言ったけど、正確には独房に戻らなければ作戦は失敗していたの。爆弾の貯蔵庫である私の部下に触れることが出来なくなるから」
「…………」
完全にやられた。モトヤはそう思った。
その時、「やっぱりね」というアリスの声が横から聞こえた。そして間髪いれずにアリスはモトヤに叫ぶ。
「逃げるわよ」
モトヤは襟首を掴まれ、アリスに引きずられた。すると、今度はマオの聞いた事もないような低い声が聞えた。
「逃がさない」
空中に漂っていたマオの乗る大鷲が追いかけてきた。
訳の分からないモトヤは体勢を立て直しながら思わず「なんだ?」とアリスに聞いた。走りながらアリスは答えた。
「時間が無いから手短に言うわよ。私の呪文であたりを監視していると、北から80人程の一団がこちらに近づいてくる様子が見えたわ。あれは恐らくオリジン。あいつら私達をここで殺すつもりよ」
「ふふふ、正解」
マオの乗る大鷲はアリスとモトヤの前に飛びこむように降り立った。二人と、マオの目があった。
「流石、漆黒の魔女ね。勘が良いわ」
ここでモトヤは気づく、マオがモトヤに向かって長々と話していたのは答えを教える為ではない……、バルダー城付近に二人を足止めする為だったのだ。そして人生スキル【船場吉兆】を使っていた真の狙いは会話をすることなどではなく、こちらの動向を窺う為だったのだ。
――また罠にかけられていたのかっ!
アリスは、地に降り立った大鷲にまたがるマオを見つめたままモトヤに言う。
「モトヤ行って、南東には外海があるわ。上手く逃げて」
「はぁ? だけど!」
ここで目の前のマオがこれ以上ない程の禍々しいオーラを身にまとった。それは暗闇の中でも一段暗いマオの負の感情が周囲の空間を歪ませモトヤ達を取り囲んでくるように感じるほどだった。喜び、怒り、混沌、そして殺意。引きつったマオの顔が狂気に犯されていった。
「行かせると思う? 私が?」
原始的な恐怖がモトヤの体を震わせた。皮膚が感じるのだ、この女の恐ろしさを。モトヤは次にアリスを見た。
「逃げて、って……。お、お前はどうするつもりだよ」
アリスはただマオを見据えて言った。
「私なら大丈夫よ。こいつを殺してすぐ行くわ」
心臓が鳴った。痛いくらいに鳴っていた。アリスの横顔からは一片の迷いも感じられなかった。予感だと思った。ジュンを失った時と同じ予感。牢獄の時からの思い出が蘇ってきた。夜に独りで泣くアリス、朝モトヤを起こしにくるアリス、自分の意見に真っ向から反論するアリス、意見が異なった夜、鼻と鼻が触れあうほど近くにいたアリス。ずっと一緒に居たのだ。このキャッスルワールドに来てからの一番古い仲……、常に傍にいてくれた。
――嫌だ。ここで離れたら、もうっ!
マオの手が光り始めた。
――時間がないっ、時間が!
アリスの怒号が空中に響き渡った。
「走りなさい! モトヤああああああ!」
モトヤは歯を食いしばり、大地を蹴り、全力で南東に向かい駆けだした。それと同時にマオの大鷲が飛び立とうとする――が、アリスの攻撃が一歩早かった。アリスは叫んだと同時に大鷲に炎を放っていた。マオは間一髪でこれを避けた。だが、大鷲の体の半分ほどが消し飛び、マオは顔面から地面に突っ込んだ。大鷲の首が大地に転がった。
モトヤ振りかえり叫ぶ。
「生きのびろおおお! いいな!? アリス! 絶対だぞおおおお!」
モトヤは駆けた。全力で駆けた。
顔に土のついたマオがモトヤの方に向けて手を伸ばし、叫んだ。
「【火薬と金属の軌跡】!!」
すると、マオの手から放たれた大型の花火がモトヤの上空30mあたりで大爆発を起こした。
モトヤは手で顔を隠しながら大爆発の下を走り抜ける。ふと疑問がよぎった。
――当てにこなかった?
モトヤは咄嗟に先ほどアリスの指さした80人ほどの敵がいるという方角を見た。
花火の光のおかげでハッキリと見えた。
80人ほどのオリジンが二手に分かれ、そのうち30人ほどがモトヤの方に向かって来た。距離はまだ結構あった。
「くそおおおおおおおおおおおお」
モトヤは更に速度を速めた。捕まれば最後。そう思った。
マオは立ち上がり顔面の泥をぬぐった。
「リアナ……随分余裕じゃない。私が倒れた隙に攻撃をしてこなかったなんて」
マオは言い終ってから気づく、アリスの身にまとう所々に星の模様のある黒い法衣「ラーガラージャ」の星が光っている事に。
マオは聞いた事があった。漆黒の魔女が全MPを一度その身にまとう黒い法衣に預けた時は要注意だと、それは漆黒の魔女が全力で戦う合図だと。その時、黒に包まれた星は光り始めると。
キャッスルワールドの序盤。究極の個と呼ばれ、恐れられた存在がいた。その者はあらゆる魔法を使いこなし、相対する敵に無慈悲に死を押しつけることで“こう”呼ばれ恐れられた。
漆黒の魔女。
黒い法衣ラーガラージャの星が全て光り、アリスはようやく重ね合わせた手をはがした。そしてポケットにしまってあったエーテルを飲み自身のMPを全回復した後、マオを睨み、口を開いた。
「ナナ、パプア、ナイメリア、ラキア、ジェット……、数えきれない仲間達……、あんたに利用された命達…………、そして、私のたった一人のリーダー……ドム……。皆良い人だったわ……それがあんたみたいな腐った人間に殺された……。卑怯で汚い罠に人を誘い込み、柱の陰で薄ら笑いを浮かべる……あんたみたいな人間に! あんたは……あんただけは絶対に許さない。絶対に。私が殺してあげるわ、今、ここで」
マオは抑えきれないといった感じで笑い始めた。
「ふふふ、ははは。あそこの部隊がここに到着するのはあと5分くらいかしら? 私はただそれまで粘ればいいだけ。あなたに私が殺せるかしら? 漆黒の魔女さん?」
「十分よ」
月明かりが照らすバルダー城周辺。そこで二人の女が殺し合いを始めようとしていた。その戦いは恐らくキャッスルワールドに存在する初のトッププレイヤー同士の対決だった。




