第075話 策士(5)
身をかがめていたモトヤは紫色のターバンを脱いだ。この紫色のターバンはあまりにも目立ちすぎる。夜ならば良いが今は昼間だ。モトヤは、このターバンをアイテム欄にしまうと再び前方を見た。目の前には大小の植物が膝をつくモトヤの視線を塞いでいた。モトヤは両手を使いこれを丁度良い具合に倒す。前方は見えるが、周りからは自分の姿が見えない、それが理想だ。すると一本だけ長くなっている小枝がモトヤの顔に刺さった。
「こいつ!」
モトヤは枝を折り、地面に投げ捨てた。
このようにモトヤの周りには鬱蒼とした草木が生い茂り、ちょうど周りからモトヤともう1人の姿を隠していた。モトヤに同行しているのは細長い頭とカッチリした口調が特徴的な「時太郎」という男だった。この男はクランメンバーの欠員を募集した時にM&Jに入団した男で、何でも現実世界では読唇術の講師をしていたらしい。唇の動きで相手が何を言っているか分かるのだ。モトヤは一度息を吸い込んだ。二人は茂みに隠れながら“ある人物”を待っていた。もうそろそろだ。もうそろそろ現れるハズだ。
「来た」
モトヤは小さく呟いた。それと同時に時太郎が双眼鏡を2つアイテム欄から取り出す。そして、そのうちの1つをモトヤに渡す。モトヤは渡された双眼鏡をすぐに目に当てた。モトヤの視線の先には毛皮のコートを身にまとったマオがいた。
モトヤ達はミシャラクエリアのナギ盆地に来ていた。以前阿南達と模擬戦を行った場所だ。ここは猫の額ほどの広さの盆地で、中心部分は丈の短い草が半径100mほどの円を作るように広がっており、その周りを林やら茂みやらが囲む構造になっていた。モトヤと時太郎の二人は茂みの中に隠れ、中央の草原部分にいるマオを監視していた。無論マオには内緒で……。なので、マオに見つかってはいけなかった。マオはここである人物と会う手筈になっていた。
「モトヤさん、もう1人が来ました」
時太郎の声でモトヤは双眼鏡を少し上にずらす、双眼鏡はチョビ髭に眼鏡をかけた男を捉えた。
「こいつがトールマンか……」
これが作戦の次の段階だった。第一段階では、トールマンがナナに爆弾の原液を飲ませ、それをマオの中に移動する作戦だった。第二段階は、マオの中に移動した爆弾をトールマンの中に移動させ、更にトールマンから爆弾のスイッチを押す権限を譲ってもらう……という作戦だった。第二段階の交渉の全てはマオに委ねられていた。つまり成功するか否かはマオ次第と言っても過言では無かった。もしも、マオがM&Jと手を組んでいるとトールマンに見抜かれたなら作戦は失敗し、マオの計画は泡と消え、モトヤはバルダー城を鉄と血によって奪わなければいけなかった。
それは何としても避けたかった。
「時太郎……、読唇術の力を見せて見ろ。どちらが喋るのも声にだせ、いいな?」
「はい、わかりましたモトヤさん」
モトヤは命令を終えると、マオとトールマンの全ての動きをなめるように凝視した。その裏にはモトヤのもう一つの目論見があった。
バルダー城を爆発させ、白老を殺す。マオの唱えたこの作戦に偽りがないことは、ルカの嘘発見器に似た人生スキルにより既に証明された。しかし、同時にアリスの言葉がモトヤの胸に刺さり続けていた。マオは、こちらが予想しない何らかの方法で逃げ出したり、もしくはM&Jに攻撃を仕掛けようとするかもしれない。そのどの場合でも外部の協力はほぼ必須であるようにモトヤには思えた。いや必須でなかったとしてもオリジンに所属するトールマンと直接会うのだ。外部に連絡するチャンスはここを逃すと、もう無い。マオはよほどのことが無い限り、独房に繋がれたままになっている。独房から出る機会は、実際に作戦行動を行っている今の様な期間しかない。もしも、マオが動くならこのタイミングしかありえないとモトヤは考えた。
それがこの状況を生んでいた。
モトヤは、マオがトールマンと会う場所をナギ盆地の中心部分である草原に指定すると、マオに全てを託した。そう思わせた。繰り返すが、この草原は半径100mにわたり広がっている。つまり、自分達の声が届く範囲に人はいないことを草原に立つ者なら目で確認できるのだ。マオの側に立った言い回しをするなら、ここは《M&Jの監視下から逃れ、オリジンのメンバーと話すことができる唯一の場所》とも言えた。
もしも、マオがオリジンへ戻るつもりなら、この環境は安心して本心を打ち明ける事が出来る場所であることは間違いなかった。そういう場所をモトヤは選んだ。マオは時太郎の存在を知らない。そして、時太郎が読唇術の講師であったという事も知らない。マオが安心して本心を喋れる空間に引き出し、マオから本音を引き出す。これがもう一つの目論見だった。
もしも、この状況でマオが任務のみを果たしたならモトヤはマオを信じようと思った。それに、この作戦が成功するかしないかはマオに懸っているのだ。
この作戦はモトヤにとってマオという人間をあらゆる意味で見極める為の作戦だった。
双眼鏡を覗く時太郎の口がせわしなく動き出す。どうやら二人の会話が始まったらしい。
モトヤも改めて双眼鏡を構えた手に力を入れた。マオとトールマンの二人は草原の真ん中で佇んでいた。
「久しぶりねトールマン。いつ以来かしら?」
「こないだマハーバリに行ったおかげで久しぶりという気がしません。どうですか指導者暗殺の仕事は」
「順調よ。まぁ働きが鈍って来た事は間違いないけどね」
「白老様が定期連絡しかしてこないと愚痴をこぼしていましたよ」
「はははっ、白老殿は相変わらずのようね」
――定期連絡? 定期連絡とはなんだ?
――マオはM&Jの地下牢に囚われていたのだ。当然外部と連絡をとっているはずがない……。それが何故定期連絡をとっている…という話になっているんだ?
「ところでマオ様……今日の用向きは……? こんな何もない草原に呼び出され少しビックリしましたよ」
「用件は1つ、強烈な悪魔の光の爆発権限を私にちょうだい……アレが今必要なの」
トールマンの動きが固まった。
「しかし、それは白老様とミハイル様の許可もなければ……」
「トールマン! 私が4つ目の城を奪いに行くという目的を白老殿が知ったらきっと同意しないでしょう? だから、今こうして二人で話をしているの」
「それは、そうかもしれませんが……」
「……」
時太郎の言葉が途切れた。二人は向かい合ったまま、次に何の言葉を発するかを考えているみたいだった。トールマンの口は横に一本線を引いたようにキュッと結ばれ、とても言葉を発しそうに無かった。その様子を見てか、先に動いたのはマオだった。マオはトールマンの肩に手をかけた。
「いいこと? 白老殿は根本的な勘違いをしている」
「……と、いいますと?」
「城が3つの方が安全という考え方よ。期間ギリギリになり、万が一にも城を奪われたとしましょう。もしも、奪ったクランが既にミシャラクかアラファトのどちらかの城を手に入れている勢力なら、その場合は城を2つ持つクランが出現する事になるわ。そうなれば城の数で他のクランに追いつかれることになるわ」
トールマンは何度か頷いた後に一言洩らす。
「たしかに」
「なぜ私がアラファト城ではなくミシャラク城を手に入れたいのかというと、この城なら食料さえどうにかしてしまえば容易に落ちる城ではないからよ。だから万が一のことを考えても城はもう一つ確保すべきだわ」
トールマンは俯き、再び何度か頷いた。
「納得はしました。しかし……抵抗はあります」
「ではこうしましょう。本当に全ての準備が整った後には白老殿へきちんと報告するわ。それなら問題ないでしょう?」
「……」
数秒の沈黙のあとにようやくトールマンの口が開いた。
「……分かりました。では爆発権限をマオ様に譲渡します」
この言葉が時太郎の口を通じ洩れた時、モトヤは小さくガッツポーズをした。会話の内容を聞くに、恐らくトールマンの爆発権限はトールマン一人で動かしてはいけない決まりでもあったのだろう。マオはそこを様々な嘘を並べたて強引に爆発権限を手に入れた。しかも、これは特にモトヤの前だから……という理由でやっている行動ではない。マオはトールマン以外には会話は聞こえていないと思っている。そう解釈するしかない。何度も説明したが、この場所はそういう場所なのだ。そこでトールマンに嘘をつき、爆発権限を強引にもぎ取った……この行動は最早“こう”解釈するしかなかった。
=マオは味方なのだ=
M&Jに本気で入団する気なのだ。
そうとしか説明がつかなかった。オリジンへの未練があるならここで逃げればいい、追跡は容易ではない。逃げなかったとしても何らかの話し合いをすればいい。それが一切ないのだ。いや一切ないどころではない。積極的にM&Jに利する方向に動いているのだ。それにおかしな動きもない。例えば、何かの紙やらメモを手渡したりなどそういった方法も考えられた。だが、怪しい行動が一切なかったのだ。敢えて言うなら肩に手をまわした所くらいだが……。そのぐらいしかなかった。
二人の会話は続く。
「……ナナ……あの女の爆弾を爆発させるということでしょうか? あのナナという女は一体何者なのです?」
「あの女はミシャラク城を支配するM&Jの幹部の一人よ」
「全く見えませんでした……」
「ふふふ、でしょうね。私も噂には聞いていたが良い子だったわ本当に……現実世界で会えたら良かったと私も思うわ。そうそう、早く権限を移譲してくれるかしら?」
「分かりました……では」
トールマンはマオの手を握り「プレイヤートールマンは、プレイヤーマオに爆発権限を譲渡する」と言った。それと同時に紅のオーラがトールマンからマオに移動する。時間にして約1分以上の時間をかけ移動した。
「これで爆発は私が自由にできるわけね、現在爆発可能なのは6つかしら?」
「そういうことになります。宴の席に呼ばれた小クランのリーダー全てが爆弾を飲みましたからね、飲んだ7人のうちの1人はバルダー城で使用しました。ハリーと言いましたっけ? あいつが飲んだ爆弾です。そういえば使い方は覚えていますか?」
「ええ、爆弾には数字がふられていて……その中から任意に爆発したい爆弾を選択するのよね?」
「その通りです。人に飲ませた爆弾が出来あがると、新たに番号が追加される仕組みになています。忘れないでほしいのは――」
トールマンが言いかけたのをマオが口を手でふさぎ言った。
「誰に爆弾が入っているかという表示機能はない……そうよね?」
「……その通りです。だから誰が爆弾なのかというのは……厳密には分からないということです。このスキルの唯一の欠点ですね」
「ええ、そうね。二人で色々実験したものね」
ここでトールマンが何かを思い出したような顔をした。
「ああ、実験と言えば、死体を使ったスキル移動実験というのを確かやっていましたよね?アレは成功したのですか?」
「え? ふふふ、どうかしら? 一応成功はしたと言っておくわ」
トールマンは立て続けにマオに聞いた。
「それに確かテンから聞いたのですが、白老様から指導者暗殺の任務を受けてから、爆弾を飲ませた小クランリーダーの内の一人に会いに行ったらしいですねマオ様」
マオが少し考え込んだ仕草を見せた。
「……ああ、あれね。白老殿の用事を私が代わりに済ませたの」
「用事ですか?」
「そう、あのマヌケに先の戦いに参加したとしてオリジンに入る優先権があると伝えてきたわ。礼を失する事がないようにという理由で私が選ばれたみたいね」
「……そうですか」
「では、私はそろそろ行くわ。今日はありがとうトールマン」
「いえ、マオ様のためですから」
二人は握手をし、マオは南に、トールマンは北へ分かれた。
この一部始終をモトヤは眺めていた。
作戦の第二段階は終わった。
モトヤはミシャラク城に帰った後、3つ目の質問をマオにした。もう答えは分かっている。だが質問をした。
「トールマンに爆弾を移動させ、爆発権限を手に入れたか? もうお前の体内に爆弾はないのだな?」
赤いバンドが妖しく光る。マオは笑った。
「もちろんYESよ」
計器は反応せず、マオに巻かれた赤いバンドには星マークがまた一つ増えた。
この日、はじめてマオに普通の部屋で寝泊まりするか聞いた。するとマオは笑顔でこう答えた。
「私が急に普通の扱いをされても皆困るでしょう? だから私は独房でいいわ」
そう答え城の地下に戻ってゆくマオの背中はなんだか寂しそうだった。バルダー城奪取の暁には誰もがお前を策士として認める。そう声をかけてやりたかった。
マオは衛兵に連れられ独房に戻ってゆく。途中、地下牢に囚われているマオのオリジンの仲間が通路を歩くマオに向かって「マオ様ぁ~キャンディを!! キャンディを!!」と叫びながら鉄格子の中から手を差し出してきた。衛兵は棒で突き返そうとするが、マオが手をあげて制止した。
「いいのよ」
そして、マオはアイテム欄からキャンディを取り出し、出っ歯の男の掌に乗せた。そして優しく頭を撫でた。
「大丈夫よ、安心して……。全て上手くいってるわ……」
出っ歯の囚人はキャンディを急いで頬張ると、安心したようにその場に眠り始めた。マオは微笑を崩さず、撫でていたその手を放すと再び自分の独房に向かって歩き出す。そして独房の前まで来ると扉を開け中に入った。
「閉めてくれるかしら衛兵さん」
色っぽいその声に衛兵は顔を赤らめながら軋む扉をゆっくりと閉めた。
マオの顔がだんだん闇に包まれ光が消えていった。
それから約3週間の時が流れた。




