第066話 出会い
港町マハーバリの「町長室」の椅子に腰をかけモトヤは吉報を待っていた。真上に昇った太陽が街をジリジリと照らす。暑さに苛立ち、モトヤはピアノの鍵盤を叩くように何度も中指で机を叩く。昔からの癖だ。キャッスルワールドにおいて、痛覚は鈍く設定されている。なので、よほどの痛みがない場合はほとんど何も感じられない。だがどうだろう、暑さや寒さを感じる温度覚に関しては現実世界とほぼ同じとモトヤは感じていた。モトヤは、春や秋が好きだった。だが夏や冬は嫌いだ。答えは単純明快、暑さと寒さが嫌いなのだ。
「まさかゲームの中でまで気候に苦しむとな」
かつてアラファトエリアの砂漠地帯を歩き続けた時も同じ暑さは感じていたのだが、あの時は生命の危機が自分に迫っていたおかげで不思議と暑さに不便を感じなかった。
――なまじ恵まれた環境にいるほうが細部に不満を覚えやすいってか?
おかしな自問自答をしながら、モトヤは尚も中指を机に叩きつける。
町長室の扉がノックされた。「私よ」アリスの声だった。モトヤは、開いてるぞ、と返事をした。扉を開けたアリスの手には手紙があった。
モトヤは、手紙を受け取ると封を破り中身を確認した。表情が緩む。
「吉報だ」
すると次の瞬間、手紙がモトヤの手から消え去った。アリスが奪い取ったのだ。アリスは手紙の内容を読み上げた。
「食糧支援の件、了解した。細部の条件をつめるためにこちらが指定する場所にて要望の会談を行いたい……。これが吉報なの?」
「俺の送った食糧支援の手紙にYESと返事を書いてよこしたんだ。吉報以外の何物でもないだろ?」
「というか……。そもそも私、この話知らないんですけど?」
アリスは、不審に満ちた目でモトヤを睨んできた。モトヤは笑顔でアリスの視線をやり過ごす。その後、モトヤは再びアリスから手紙をサラリと奪い取ると、もう一度中身を確認した。
「吉報なのはいいが……会談の場所がまずい。ここは伏兵を配置できるぞ……襲われたらひとたまりもない。会談の場所に関してはもう一度交渉のやり直しだな……。ありがとうアリス、もう戻っていいぞ」
モトヤはペンと紙を取り出すとさらさら文章を書きはじめた。だがアリスはその場に留まった。
「どうしたアリス? まだ何かあるのか?」
「その……、もう一件あるのよ。例の“タレコミ”の話よ」
モトヤは、書く手を止め、アリスに顔を向けた。アリスの顔色を見て悟った。
「まさか本当だったのか?」
モトヤの問いにアリスは頷いた。
「私も半信半疑だったけどね。発見して地下牢に閉じ込めたわ。これは奴等が後生大事に持っていたメモ帳ね……最近指導者を失ったクランばかりに見事に×印がつけてあるわ」
「本人確認はしたか?」
「否定はしてるわよ……。マオなんて名前どこにでもいる名前だってね」
モトヤは、顎を何度か細かく動かした後に「俺が直接聞く」と言い、アリスから鍵を受け取ると町長室を出て地下牢に向かった。源氏との会談場所の交渉は確かに重要だったのだが、特に急ぐ問題でも無かった。源氏は絶対にミシャラク城から出てこないというモトヤの確信があるからだ。
地下牢はモトヤ達が普段寝泊まりする宿舎の中にあった。宿舎には一階と同じ広さの地下空間があり、その一番奥に分厚い鉄の壁に囲まれた独房があった。ここには一切の光が届かない。モトヤは、ロウソクの明かりのついた手燭を持ち、宿舎の一階から地下に繋がる階段を降りた。自分の周り以外は暗闇に包まれている。モトヤは、手燭を顔の辺りに掲げ通路を確認した。
――あれか。
奥の方に頑丈そうな鉄の扉があった。モトヤは、その扉の前まで来ると、まず深呼吸をした。この扉の向こうに、モトヤの憎しみの対象であるオリジンの幹部の一人がいるかもしれなかった。もし、本物ならどうしようかと思った。
――殺してやろうか?
一瞬モトヤはそう思った。頭を左右に振る。ダメだ! まず本人確認をして、できるだけオリジンの情報を引き出す。殺すのはその後でもよい。ここでモトヤは基本指針を定めた。まずはオリジンの情報を聞きだす。処分はそれから後に考えることにした。
――よし。
モトヤは小さく頷き、それから扉を開けた。ギイイイイ。不気味な音と共に扉が開く。すると暗闇の中から女の顔が浮かび上がってきた。女は微笑んだ。
「誤解は解けたかしら?」
女は体の後ろで手を縛られて、地べたに座っていた。体の後ろで手を縛ると左手で画面の操作をできない、キャッスルワールドにおいては常識的な縛り方だった。不敵に笑う女に向かってモトヤは喋り始めた。
「オリジンのマオ……、聞いた事あるよ。策士なんだってな。なんでも人を人とも思わぬ魔女のような女だと聞いた」
女は大きく溜息をつき顔を左右にふる。
「やっぱり誤解は解けていないようね。私はそのオリジンの何とかって人とは別人よ」
モトヤは、室外にあった木の椅子を中に運び入れ、座った。お互いの視線が交差した。
「それはこれから分かる。今準備をしている所だが、君と体を入れ替える事ができる人生スキルを持つ者が我がクランには居てね。それを使えば“どこのクラン”に所属している人物なのかすぐに分かるさ。今、君の視界に見える項目を操作できる左手は塞がったままだ。その状態でクラン脱退手続きなんて出来ないだろう」
モトヤの言葉をうけ、女は3秒ほどモトヤを見つめ言葉を返した。
「ふふふ、もしもハッタリだとすればこれほど愚かな人はいないわね」
「ハッタリだと思うか?」
モトヤの疑問に女は鼻で笑った。
「ハッタリの場合も十分に考えられるわ。そんな都合のいい能力者が、たまたま私が捕まった場所に居た。結構低い確率なんじゃないかしら?」
「俺もそう思う」
再び女はモトヤを10秒ほど見つめた。そして口をあけた。
「どうやら真実みたいね……。に、しても交渉はあまり得意じゃないみたいね。最初から奥の手を出す人は意外と少ないのよ」
今度はモトヤが笑った。
「“マオは恐ろしく頭がキレる女”と聞いている。となると真実で追いつめる他ないだろ? 中途半端なハッタリは逆効果だ」
モトヤの言葉が面白かったのか、女は声をだして大笑いしはじめた。
「ふふふふ、あはははは。結構面白いわね。あなたがこのクランのリーダーね?」
「さあ、どうだろうな」
「あまり嘘は得意じゃないみたいね」
マオのニヤつく顔がモトヤの視界に映った。だが、モトヤは緩んだ顔を少しキツく戻し、本来すべき質問を切りだした。
「オリジンがこの街に何の用だ。最近連続して大きなクランが崩壊したが、そのクラン名ばかりが書いたメモ帳があったな……、アレはなんだ?」
「もう聞いたんでしょ? 捕まった残りのメンバーから」
モトヤはしまったという表情をした。何も確認せずにここまで来たのだ。不用心にもほどがある。だが下手に隠しても意味がない。
「いや、まだ確認していない。今から行って確認するという手もあるが、捕まった5人の言い分が違えば見せしめに誰かを殺す事も考えている」
「ふふふ、いいわ、素直に教えてあげる。ただし条件があるわ。どうして私達を見つける事ができたのか……、これさえ教えてくれれば全てを話すわ」
モトヤは一瞬考える。タレコミの事を話すべきか。マオを信用したわけでは無かったが、特にマオにバラして意味のある情報とも思えなかった。なので、話す事にした。
「匿名でのタレコミがあったんだよ。昨日、今日、明日のいずれかの日にオリジンのマオがマハーバリで暗殺を行うというタレコミがな」
マオは、「なるほど」と言うと、目線を床にやり、歯で唇を噛んだような仕草をした。モトヤは、マオの発した「なるほど」の意味を測りかねていたが、待つ事にした。5分が経った頃にマオはようやく次の言葉を発した。
「私はこれからアンタのクランの人間になるわ」
モトヤは少し虚をつかれた。予想した答えでは無かったからだ。
「……ふぅ……キャッスルワールドにおいて最大勢力を誇るオリジンの幹部様が、一番生き残る確率が高いオリジンを抜け俺のクランに入ると言うのか?」
「そういうことになるわね」
「その言葉を俺が信じると思うか?」
モトヤはマオを睨みつけた。この女の狙いが分からなかった。マオは表情を緩ませ、説明をはじめた。
「ま、いきなり仲間になると言われても警戒するのは仕方ないわね。でもね、私にはそうせざる得ない状況が生まれた……ということ」
モトヤはますます意味が分からなかった。マオは、困惑するモトヤを無視するように話の続きを喋る。
「100億円の噂……。やはり認めるしかないようね」
モトヤは思わず声を出した。
「100億円?」
100億ゴールドではなく、現実世界の貨幣の話?
「アンタが知らないのも無理ないわ……この私でさえ半信半疑の噂話だったからね」
「もっと詳しく説明しろ」
モトヤに促されマオは半笑いで説明をはじめる。
「こんな噂があったの……。怪しい情報屋が『確定情報ではないが……』と間をおいて喋る噂話……。ゲームをクリアしたクランのリーダーにだけ賞金100億円が当たる……、そういう噂があったの」
初耳だった。だが、この話がどうしてモトヤのクランに入る動機になるのかがモトヤには理解できなかった。モトヤの表情から何かを察したのか3秒ほど呼吸を置きマオは再び喋る。
「オリジンは一枚岩のように見えて一枚岩ではないわ。まず基本的に全てにノータッチの我らがリーダーシオン様。そしてほぼオリジンの全権を握る白老のおじいちゃん。そしてそのおじいちゃんが恐れる存在……、可憐で聡明で美しいこの私ことマオ。私がクリアクランのリーダーだけが賞金100億が当たると聞いた噂話には続きがあったの、何でもオリジンの白老がシオンからリーダーの座をほどよい時機を見て取り返すという噂。噂には尾ヒレがつくものよ。私もそのリーダーの座を狙っているというデマが流れた」
マオは大きな溜息をついた。
「別に私とおじいちゃんの関係は良好よ。シオン様ともね。勝手に派閥らしきモノは出来てくるけどお互いの仲は自体は悪くはないという認識だったわ。ただ今回のことでその認識を改めるべきと感じたわ。まさか私を売るとはね」
モトヤは眉をひそめた。
「つまりお前は、白老かシオンのいずれかが100億円ほしさにM&Jに密告してお前を消そうとしたと考えているのか?」
「そういうことになるわよね。私は、どこに行くにもモンスター郵便を使い、逐一おじいちゃんに報告していた。私が次のターゲットをマハーバリのM&Jに定めた事を知ってる人間はそう多くは無い筈よ。その中で動機を持つ人間は更に限られるわ」
マオはまわりくどい言い方をしながら、モトヤの質問にYESと答えた。マオは言葉を続けた。
「オリジンから狙われた以上、私には帰る家自体がない。最早オリジンに義理だてする必要もない。わかる? だからアンタのクランに入ったほうが得だと思ったのよ」
理屈は分かる。モトヤはそう思った。だが同時に何かが引っかかった。オリジンには実質的なリーダー白老を支える二人の人材がいて、それが『ミハイル』と『マオ』だと聞いた事があった。白老やシオンはそんな人材を簡単に捨てるものなのだろうか? 100億円ほしさに現実に帰還する為のプラス要素をいとも簡単に投げ捨てるものなのだろうか? ……モトヤは不思議な違和感を覚えた。
――こいつの話は全部デタラメかもしれない。一度仲間になったフリをして、おりを見て逃げ出すつもりなのかも。
鳴かぬなら殺してしまえホトトギス。殺せば余計な不安にさいなまれる事はない……。だが……、こいつの情報がオリジンを葬る突破口になるかもしれない。
――この女が喋った情報の裏をとるべきだ。特に“噂話”を。
モトヤは大きく息を吸い込んだ。キャッスルワールドを征する為に呑まなければならない毒があるならば、服用しなければならないのだ。オリジンの情報の全てを引き出す。そうすれば対策がたつはずだ。とにかくまずは裏をとってこの女の話の信憑性を確かめる事だ。でん助だ。でん助ならこの手の情報の裏をとれるに違いない。
モトヤは、自分の膝を鍵盤を叩くように中指でうつと無言で立ち上がった。マオは微笑みながら聞いた。
「あら、どうしたの?」
モトヤは、二三度マオを見ると「そろそろ失礼する」とだけ言い残し、地下牢の扉を閉めた。そして宿舎の一階に戻る為に扉に背を向けると、背後からマオの怪しげな声がした。
「あなた……臭うわ……私と同じ臭い……。人を騙し…殺す臭い……。あなたとなら良いパートナーになれそう。これからよろしくね……リーダー」
モトヤは足を止めた。
鳥肌がたった。
モトヤの中の理性と本能がそれぞれ別の判断を下している気がした。




