第065話 オリジン編 マオ
新月の夜。月明かりはない。家々の窓から漏れるロウソクの光と各所に設置された松明が闇に眠る街をほんのり照らしていた。その街から少し離れた小高い丘に黒いフードをかぶった黒髪の女がいた。黒髪の女は爪を噛み、時間を確認する。
――そろそろ予定の時刻ね。
黒髪の女は、闇の中から眼下に広がる街を見下ろしていた。
街の名はコエントラン。ミシャラクエリアの南部にある街だ。この街をミシャラクエリアで最大の人数“280人”を誇るクラン「マジックマジャール」が占領していた。黒髪の女は呟く。
「280人ね……、もう殺して下さいって言ってるようなものじゃない。ね? 指導者さん?」
黒髪の女は双眼鏡から街の様子を覗いた。黒髪の女の視線の先には、チラつく数個の影があった。だが黒髪の女の意識はこれを影ではなく“黒い頭巾を被った複数の男”と認識していた。当然だった。この黒い頭巾の男達に新月の夜を選び命令を下したのが黒髪の女だったからだ。黒い頭巾達は、新月の夜の街に溶け込み、松明の光を避け、影から影へと動いてゆく。黒髪の女の目は、僅かに見える影の動きを追った。
街には夜の間も街を守る衛兵が多数配置され、松明を片手に各所を見回っていた。黒い頭巾の集団は衛兵の目を巧みに盗みある一軒の民家に近づくと、一斉に中に突入していった。黒髪の女は大きく息を吸いこんだ。勘が正しければ、ここに今回のターゲットである“指導者の男”がいる筈だった。「指導者を殺せ」黒髪の女はそう黒頭巾達に命じていた。双眼鏡を強く握った。成功したか? それとも……。黒髪の女がそう思った直後、民家から黒頭巾達が飛び出した。黒髪の女は咄嗟に街を巡回する衛兵の動きを確認した。衛兵の様子に変化はない。
黒頭巾達は街に侵入した時と同じように影から影へ移動し、街から脱出した。数分後、黒髪の女の下に黒頭巾の男達が到着した。
「やりました。マオ様」
「突入をここから見てたわ。ちゃんと職業は確認したわね?」
「はい、“指導者”と表示されていました」
マオと呼ばれた黒髪の女は大きく頷き、そのあと鼻で笑い、口元をゆるませた。
「やっぱり“勘”は当たったようね。あの民家だと思ったのよ。さぁ長居は無用よ。見つかる前にさっさと帰りましょう。ふふふ」
マオは、もう一度双眼鏡で街を確認した。すると、先ほど黒頭巾達が侵入した民家に街の衛兵が集まっているのが見えた。
「どうやら死体はもう見つかったみたいね。走るわよ」
マオは、黒頭巾達に指示を出すと先頭を走った。そして夜明け前にミシャラクエリアの南東に広がる『バースの森』につく。ここにはオリジンのスパイが密かに生活する小屋があった。マオと黒頭巾の集団はこの小屋を拠点に行動していた。
「愛しの我が家に帰って来たわね。こんな所に私達『オリジン』がいるだなんて誰も思わないでしょうね」
マオは、冗談を言ったつもりだが、黒頭巾の誰も反応しなかった。最後の一人が小屋に入ると黒頭巾達は一斉に頭巾を脱いだ。すると、出っ歯が特徴的な短髪の男が扉に引っかかった封筒をマオの元に持ってきた。
「マオ様宛てです」
「ありがとう」
マオは、そう口にすると封筒の端を破り中身の便箋を取り出した。そして、中身を確認すると甘い息を吐きだし、天井を見つめ“こう”呟いた。
「ようやくあの守銭奴も私になびいたみたいね。でも、ふふふ、全財産を突っ込んでルーレットやってるみたいな感覚ね。一応補助カードはくれるみたいだし、確率的には70~80ってところかしら」
マオは近くにあった松明で便箋と封筒を焼いた。それは、この仕事に従事するようになってから黒頭巾達がよく見てきた光景だった。これについて何かを質問してもマオは何も答えないのだ。それを知ってか、出っ歯の男は今日の話をはじめた。
「マオ様聞いていいですか?」
「何かしら?」
「何であんな僅かな情報だけで、あの民家に指導者が潜んでいると分かったのです?」
黒頭巾を脱ぎ終わった男達は一同に頷きマオを見た。マオは笑って答えた。
「ふふふ、別に大した理由じゃないわ。言ったでしょ勘だって。ここ1週間ほど調べた情報で私の中で引っかかったことが当たっただけよ」
「その“引っかかった”というのを知りたいんですよ。それにマオさんの指示は何やら他の人と少し変わっていました。指導者を探すというよりは……、内部の人間関係を探ったり、色々な人々の性格を聞きだしたりといいますか……。聞きまわっていた私達でさえこんな事に意味があるのかと思っていましたから」
出っ歯の言葉にマオは再び笑った。
「ふふふ、普通はそうなのかもね。私、変わってるって現実世界でも良く言われたわ。まぁあっちの世界でもこっちの世界でも言われたという事は、私はよほどの変わり者なのね」
そう答えたきり、マオは喋らなかった。別に色々教えても良かったのだが……、“言ったところで分からない”……マオはそう思っていた。自分の思考を人に説明するのは難しかった。
「さてと」
マオはそう言うとアイテム欄からメモ帳を取り出した。取り出したメモ帳には沢山のクラン名が書かれており、そのほとんどに×印がつけてあった。マオはペンを取り出し、『マジックマジャール』と書かれた所に×印を書き加えた。
マオは満足そうな顔を浮かべた。
元々キャッスルワールドに存在する指導者を暗殺していく案を白老に提案したのはマオだった。提案から数日後、マオは白老から暗殺団を率いて各地の指導者を殺す様に命じられた。マオは、暗殺団を率いるにあたり、自身の人生スキル【受け継がれる者】を使い、【隊長】という職業を仲間の一人に譲り渡してきた。おかげでマオは今レベル10の魔法使いだ。マオの人生スキルは、人生スキルや職業や効果を他人に渡したり、また他人からもらったり、することができた。元々マオは【隊長】のまま任務にあたる予定だったのだが、白老が念のためという理由でマオから【隊長】の職業を仲間に移すよう勧めたのだ。
――まるであのおじいちゃんは私が死ぬと思ってるみたいね。
マオは特に白老に何の感情も抱いていなかった。更にその能力も評価していなかった。どちらかといえば何事も石橋を叩くように進むつまらない男、マオはそう白老を見ていた。それと同時にマオは、そんな白老に牛耳られるオリジンをつまらなく感じていた。勝てる時しか戦わず、決してリスクを冒さない。別にそれ自体はいい。だが、あまりにもやり方が温すぎて数手先が読めるのだ。つまらない上に危険だ。それがマオの素直な感想だった。
トールマンの人生スキル【強烈な悪魔の光】を使って無傷でバルダー城を占領するという“保険”を提案したのもマオだった。白老はライナル・キサラギの両エリアの安定だけを考えていたが、マオはジュンとホークマンが立て篭もるバルダー城の戦いで、味方が勝った場合に備え、味方の小クランのリーダーに爆弾を取りつける重要性を白老に語った。【強烈な悪魔の光】は原液を相手に飲ませてから一ヶ月の潜伏期間が必要な人生スキルだった。この一ヶ月という間が見せかけの外交関係を作りあげるのにちょうど良い期間だとマオは思った。結局、宴に来ていた小クランのリーダー全員に爆弾を飲ませた。誰が勝っても良いように。そしてクラン「キューウェル」が勝った。リーダーのハリーは予定通りに死に、バルダー城はオリジンのものとなった。
全てマオの計画通りだった。
皆がマオを褒めた。だがマオは逆に不思議だった。何故この程度のことで褒められなければならないのか……。キャッスルワールドとはその程度のゲームなのだろうか? そう思った矢先に今回の任務を仰せつかったのだ。
白老がどんな狙いで指導者暗殺計画の実行部隊の指揮をマオに任せたかのは分からなかった。だが、マオはとりあえずやり遂げる事にした。当初白老は何カ月かかるか分からない仕事だと思ったようで、そのようなニュアンスの言葉をマオにかけた。事実、指導者暗殺計画は、どこに指導者が居るか、何人ぐらい居るか、何も分からない……、という状況からはじまった。10万人プレイすると言われているキャッスルワールドで指導者という職業を見つけるのは、森の中で一輪だけ咲いた花をみつけるようなものだったからだ。
だが、マオはその全てをあざ笑うかの如く驚異的な早さで指導者を見つけていった。
驚くオリジンの面々にマオは軽くこう言い放った。
「ずいぶんおめでたい頭をしてるのね」
マオの考えはこうだった。何も指導者を探しているのは自分達だけではない。300人のクランになりたいと思っている連中は沢山いる。現に100人以上で固まっている集団などは指導者が既にいるか、後から指導者を探そうとしているか……、このどちらかしかない。ならば、まず100人以上で行動している集団を見つけ、彼らが同一のクランであるかを確認する。それだけで現在指導者がそのクランにいるかどうかが分かる……マオはそう思った。
幸いなことに金はたんまりあった。
そこでマオは、情報屋に金をばらまき100人以上で固まっている集団をリストアップしていったのだ。作戦開始から一ヶ月、該当する全ての団体の指導者をマオの暗殺団は殺していった。
――これでひとまず100人以上で固まっているクランの指導者は一通り殺した。
マオが実際に指導者を殺しはじめて分かったことがある。それは、マオが思っていたよりも遥かに職業「指導者」は希少な存在だということだった。各クランが血眼になって捜すのも頷けた。基本的に上級職につくにはレベル10まで上げなければならない。レベル10にまでなるには途方もない数の人を殺さなければならない。殺した相手のレベルが高ければその分経験値も増える仕様だが、レベルが高い敵を殺すには困難が伴う。
そうしてようやくレベル10にまで辿りついたとしても、レベル10ごとにアンロックされる上級職が1つ増えるだけで、どの職業がアンロックされるかというのは完全なランダムらしい(実はそうではないという説もある)。つまり、指導者という上級職に就いているプレイヤーの絶対数がそもそも少ないのだ。
マオの狙いは指導者を殺すことでオリジンに刃向う事のできる大きなクランを無くすことだった。だがそれは第一の狙いで、別に第二の狙いもあった。それは≪各地で殺される指導者の噂を聞いて新たに指導者になろうとするプレイヤーに対し心理的にブレーキをかける為≫だった。オリジンを倒す為には誰かが指導者にならなければならない。だが、殺される確率が高い職業に誰がなるだろうか。マオは“指導者とは殺されやすい職業である”という認識をキャッスルワールド中に与えたかったのだ。
マオが何を考えているのか気になったのか、出っ歯の男はマオの方を向き、口を開いた。
「これからどうするつもりですかマオ様?」
マオは一呼吸置いてから喋る。
「情報屋の話だと、何者かが指導者を暗殺しているという噂がたってるみたいだから、このあたりからは敵も慎重になるでしょうね。つまりボロを出しづらくなる」
出っ歯の男はマオが何を言わんとしているか分からず質問を繰り返した。
「つまりこれからどうするのです?」
「分からない? 何者かが指導者を狙っている。狙われているのはいずれも100人以上で行動する大軍団を擁するクラン……。そこで、頭が良いクランのリーダーはこう考えるでしょうね……、100人以下の人数で固まれば指導者を手に入れているということがバレないのではないだろうか? ……とね」
出っ歯は目を大きく見開いた。
「そのクランを見つけていくのですか? ……どうやって? そもそも指導者を手に入れているのに100人以下の人数でクランを運営する連中というのは本当にいるのですか?」
マオは、氷の様な笑みを浮かべた。
「うふふ…そうね……指導者がいるのに100人以下で行動するリスクを享受できるクランなんて普通に考えてなかなかいないわよね。厚い城壁に囲まれている城に居るなら、こちらが手を出しづらい分安心して300人のクランになったりできるけども。ミシャラク城のクラン『源氏』・アラファト城のクラン『夜明けの騎士団』ともに100人以下の人数で行動している……、という情報しか耳に入ってこない。……となると、指導者は未だにどこのクランにも所属せずに潜伏しているか、それとも……指導者がいるのに100人以下で行動しているのか……」
視線がマオに注目するなか、マオは1つの街の名前を口に出した。
「港町マハーバリ。何週間か前に支配者が変わった街よ。最近この街にある噂があるらしいの。実はここを支配するクランの人数が101人なんじゃないかってね」
「ということは!」
「焦らないで……ただの噂だし、まだ決まったわけじゃないわ。確証を得るためにこの街に潜入して指導者を探そうと思うの。皆それでいいかしら?」
全員が頷いた。
「では行動開始よ」
すると出っ歯の男は申し訳なさそうに呟いた。
「あ、あの~すいません……。その前に……例のキャンディ……いいですかい?」
この言葉にマオは思いだしたように頷き、アイテム欄からキャンディの袋を取り出した。出っ歯の男をはじめとする男達はそのキャンディに群がる。
「ふふふ。焦らないで、ちゃんと全員の分はあるわ」
マオはキャンディに群がる男達を満足そうに眺めた。




