第043話 ジュン編 第二次バルダー城の戦い(13)
戦いが3時間も中断したのにはわけがあった。これは当初の白老の思惑が外れたことだけに留まらず、バルダー城を攻める為に集めた各クランに対し白老が説明していた展開とは大きくかけ離れていた状態だったからだ。“今回の戦いは簡単に勝てる”……白老は各クランにそう説明していた。
「白老さん!! 俺はアンタの言うとおりにしたのに何でまだバルダー城は落ちてないんだ!!」
「我々のクラン“キューウェル”の犠牲者の数は当初の予定をすでに上回っている!! これに対し説明をしてくれ!!」
「アンタは確かこう言ったよな? これは気軽なハンティングだと。だから小さいクランだろうとバルダー城を獲得できるチャンスがあるってな」
これらの際限なく出続ける各クランリーダー達の文句を白老は黙って聞いていた。シオンは傍にいるのだが知らんぷりだ。そもそもこの計画の立案、作成、実行は白老が一手に引き受けていたので仕方ないといえば仕方ないのだが……。
では白老が作りあげたという作戦の全貌とはどういった計画だったのか。
これを説明する為には少々回り道をしなければならない。
そもそも白老は当初あまりバルダー城に興味がなかった。白老が心を砕いていたのは新たに城を獲得する事よりもむしろ手に入れたキサラギ城とライナル城を周辺エリアも含めいかに統治するかという事だった。これには理由がある。
白老はキャッスルワールドをプレイし始めてすぐに気付いたことがあった。それは1クランあたりの最大登録人数とキャッスルワールド内にいるプレイヤーの数がかけはなれていることだった。指導者という職業によってクランメンバーは最大300人まで拡大できるが、その300人に対してキャッスルワールド内にいるプレイヤーの数は10万人だ。白老はどの程度の人数が“城”を狙っているかという事を知らない。だが商売を選び、金を稼ぐことで現実世界に戻ろうとする人が10万人のうちの半分だとすると、最低でも残りの半分の5万人のプレイヤーが僅か5つの城を虎視眈々と狙っていることになる。5万人である。これを300人で守るのは不可能だった。
現在オリジンしか知らない情報が2つあった。
1つ目は城を2つ獲得することでクラン最大数が更に100増えること。
もう1つは“隊長”という職業の発見だった。これを発見したのも偶然だった。最初に“隊長”という職業を見つけたのはマオという女性だった。マオはレベル10になり上級職を選べるタイミングになって初めて自分が選べる項目の中に“隊長”という職業があることを発見した。
“隊長”という職業の特性は“クラン内部隊”と言われる特性だった。この特性はクランに所属しながらも新たに“部隊”という最大メンバー登録数100人の組織を作る事ができるというものだった。この“部隊”に所属する100人は母集団のクランの一員だとみなされる。つまり300人のクランの中の1人が隊長なら最大登録人数399人のクランを作る事ができるのだ。極端な話、もしも指導者1人を除く299人全員が隊長になるならば。最大登録人数29901人のクランを作りあげる事ができるのだ。
白老は直感した。この隊長という職業こそがキャッスルワールドをクリアする為の勝利の方程式なのだと。
となるとオリジンのやるべきことは如何に隊長という職業になった人を発見するかという事だった。それもどこのクランよりも早くである。なので、この隊長という職業を方々から見つけ出してくるまでの間はたとえ少数であったとしても何としてもキサラギ城とライナル城を守り通す必要があった。
そんな時である。ヤヨイ街のクランリーダーの一人である道誉という男が耳寄りな話を持ってきた。【キサラギ・ライナル作戦】の話である。この作戦はオリジンがバルダー城をもしも攻めるのであれば、その隙を見計らってキサラギ・ライナルエリアにいる反オリジンの各クランがキサラギ城とライナル城に攻撃を仕掛けるというものだった。
白老はこの作戦を利用し、キサラギエリアとライナルエリアを安定的に統治する作戦を思いつく。
まずキサラギ城とライナル城から大軍がバルダー城に向けて出立して城が空になったと周りに思いこませ、反オリジンのクランを両城におびき寄せる。十分におびき寄せた所で城に伏せているオリジン兵で一掃しようという作戦だ。その為には大軍がバルダー城に向けて出立したと見せかけなければいけなかった。その為に作った軍隊が今回の複数のクランの寄せ集めの軍隊だったのだ。
この寄せ集めの軍隊には餌を与える事にした。バルダー城である。もしも奪い取ればその中で一番敵を殺した数が多いクランをバルダー城の主にすると白老は集まった複数のクランに約束した。その為の人材として“会計士”を外部から招き入れた。白老はキャッスルワールド内でどんな人生スキルを使う人物がいるかという情報を常にチェックしていた。そこで“死体を数える男”と言われていた“会計士”の事を知ったのだ。
白老はなるべくスムーズに事が運ぶようにバルダー城の内部に協力者を作る事に成功する。ヴァシリーである。白老はヴァシリーから人質クランの情報を入手し、人質クランとヴァシリーを使う事によって内部から跳ね橋を下ろす事に成功する……。が、その企みもホークマンに阻止されてしまった。
だが白老はそれでも良かった。何故ならすでにキサラギ城とライナル城からの報告で、両城に攻めよせた反オリジンのクラン達をオリジンがボロボロにうち砕いたとの報告が入っていたからである。ホークマンへ手紙を出した与作などもこのやられたクランのうちの1つだった。あとは見せしめとして死体から首を切り取り、各街の専用ブースにて“オリジンに逆らった者の末路”として披露するだけで“オリジンを敵にまわすべきではない”と考える者が増えるだろう。そのオリジンへの恐怖によってキサラギエリアとライナルエリアには平和が訪れる。つまりこの時点で白老は第一の目的を達成していたのだ。
あとのことは白老にとって大したことではなかった。もちろん複数のクラン達がバルダー城に勝利した時のことを考えて“ある保険”を用意してはいたのであるが、それでも第一の目的の達成こそが最も大きな目標であった白老としてはここらでバルダー城から引きあげても全く問題なかったのだ。
「皆さま方が不安ならバルダー城から引きあげるのも良いかもしれませんなぁ、これ以上犠牲を出さない為にも」
このセリフを白老は割と本気で言っていた。だがバルダー城を獲得する為に集まった複数のクランのリーダー達はこの白老の説明に業を煮やした。
「違う!! 引くといっているわけじゃない!! 何か他の方法がないかと言っているんだ!!」
「ここまでやってきて退却なんて出来るか!! 絶対にバルダー城を手に入れるんだ!!」
普段城を持たず小クランとして過ごしてきた彼等の現実に戻りたいという欲望を白老は過小評価していた。彼らにとってみれば自分達のクランだけでは絶対に城は手に入らないと思っている為に。周りの沢山の兵を借りながらバルダー城を攻略できる今回の作戦は城を獲得できる大チャンスなのだ。なので石にかじりついてでも全軍の撤退は避けたいのである。
――好きにすればいい。
白老は内心そう思っていた。繰り返すが白老にとってバルダー城の攻防戦は些細な問題であった。キサラギエリアとライナルエリアの統治こそが重要なのだ。あとは自由に攻めればいいんじゃないの? みたいな割と投げやりな気持ちが白老にはあった。ヴァシリーを使い内側から跳ね橋を下ろして城を無効化する策をすでに実行したのだ、他に策などない。白老にとってもそれが阻まれたというのは晴天の霹靂に近い思いがあったが、次の策など簡単に用意できるものではないのだ。
「皆さんはワシに城を攻める方法を尋ねますが、ワシの中では先ほどの策が破られた時点で他に策などございませんよ……あとは正攻法あるのみと思っているのじゃが」
白老の言葉に各クランリーダーは一同に喉を詰まらせる。策がないというのはよほど不安なのだろう。しかし白老にしてみればそれも贅沢な話だった。先ほど会計士に尋ねたところ一度戦いが中断するまでのバルダー城側の死者はなんと70人にのぼっていた。元々の数が200人ほどだと白老は戦争の前にチェックしていたのでバルダー城の城内に残る敵の兵士はもう130人程度に過ぎないのだ。それに対しこちらはまだ500人以上もいるのだ。何を恐れる事があるのやら。白老に言わせると、わざわざ策を使うまでもなく正攻法で十分勝てるのだ。もちろんそれなりの犠牲は必要であるが。
ここで白老は現状の確認だけを各クランリーダーに伝えた。
「我々は残り511人、敵は残り130人程、城攻めには3倍の兵力が必要とは言うが、まぁ一応3倍以上じゃな。それと唯一と言える吉報がある。水堀に居てワシらの攻撃を阻み続けたモンスターの事じゃ。開戦時には20匹以上のモンスターが水堀の中にいたが今確認したところ残り2匹という所まで減っていることが分かった。ワシらは開戦時からあの水堀に生息するモンスターの攻撃に苦しみ続けてきた。おかげで上からの矢を防いでも下から攻撃されるという事が続いたが、次バルダー城を攻撃する時にはあのモンスターの影響はほとんどないと考えて良いじゃろう。おかげでバルダー城は格段に攻めやすくなった筈じゃ。つまり正攻法でも勝てる……とワシは思う」
この白老の話を聞いた各クランリーダー達は白老に正攻法のお墨付きをもらったのが嬉しいらしく、急に意気揚々としはじめた。
「よし分かった白老さん! 正攻法で勝てるんだよな? ならやってやるぜ。ただし、絶対に敵を殺した数だけはそこの“死体を数える男”に記録させておいてくれよ」
もっともな言い分だと思い白老は首を縦に振る。
しかし、白老の現状確認の話を聞き急に意気揚々とするクランリーダー達を白老は“使えない人材だ”という目で眺めた。何故なら白老の現状確認の話を聞いて安心するという事は“現状確認する能力がない人間だ”と告白したのに等しいからだ。
「ふぅ~~……」
白老は深いため息をついた。
白老はいずれオリジンを大軍勢にするにあたり、軍を指揮できる人材を探していた。自分の目の前の状況を認識し、その局面に合った有効な戦術を選択でき、尚且つ兵士達を統率することができる人材。そしてここが一番肝心なのだが“自分(白老)を裏切らない”事が最も重要だった。
そういう意味でヴァシリーから聞くホークマンの評価は低かった。いくら能力が高かろうが、すぐに裏切るヤツは信用できないからだ。裏切り者で能力の高い人材というのは始末に負えない。そういう人物はいつか必ず自分に牙を剥くからだ。
――ホークマンはここで死んでもらわければならんな。
白老は密かに戦闘を継続した場合のホークマンの処分だけは決めていた。投降しようが、何をしようが目の前に来たならば問答無用で処刑する気だった。
そしてもう1人……この戦いで気になった人材。鬼のように強いとヴァシリーから聞いていたが、その予想を遥かに上回る強さだった二刀流の男“ジュン”彼の行動から察するにとても指揮官向きの人材とは思えなかったが前線の争いで主導権を握れる人材という意味ではなかなか興味深い人材だった。その時、ふと白老は思った。
――シオンとどちらが強いのか。
シオンはオリジンにおいてほとんどお飾りのトップに過ぎない……。だがシオンの戦闘能力だけは本物だった。白老はこの世界に来てシオンほど強い人間をみたことがなかった。
ある時シオンはクラン同士の抗争で、単独で敵の本拠地に乗り込み全員を殺して帰って来たという事があった。その時、殺した人数は実に80人。80人の人間に囲まれながらその全員を殺したというのだ。白老はたった一人で複数を相手にする困難を知っていた。その白老からすると、シオンの強さはまるで異次元だった。剣技、精神、身体能力、白老はシオンが戦う様を何度も見ながら“これはレベルなどではない”と何度も考えた。レベルが高いから強い低いから弱いというセオリーには全く当てはまらない理不尽な強さ……シオンにはそれがあった。どんなに相手が強かろうが弱かろうがシオンにとっては同じなのだ。いや少なくとも白老には同じに見えた。ただ勝つのだ。剣を二三度交えただけでいつもシオンの相手は力尽き命を落とす。白老にとってそれがシオンだった。
――ジュンも強いとは聞くが、シオンは別格。キャッスルワールドで疑いなく最強の男。こいつだけは元が違うのだ。
白老はそんな事を考えていた。シオンの事、ジュンの事、ホークマンの処分、そして未来の人材育成の事。こんな事を考えるくらいに白老にとって目の前のバルダー城をどう攻略するかというのは既に終わった問題だった。どちらにせよ各クランの511人が普通に攻め込めば終わる問題だと思っていたからだ。
気の抜けた……と表現しても最早構わないだろう。白老の心は既に戦場から遠ざかっていた。
だからだろう。白老がバルダー城の本城の屋根の上に見慣れない鷹の模様のあるハンググライダーを見逃してしまっていたのは。
だからだろう、そのハンググライダーに鷹の団が誇るべき最も戦闘能力の高い3人が乗り込んだのを見逃してしまったのは。
バルダー城の城内に始末に負えない男の声が木霊した。
「じゃあ行くぜ、ジュン、ブリント! 最後の作戦。【会計士殺し作戦】を開始する!!」




