最終話:世界で一番の幸せ者と、俺たちの未来
爺ちゃんはよく言っていた。
『男ってのはな、何歳になってもガキだが、女ってのは何歳になってもお姫様なんだよ。惚れた女の涙を放置して逃げるようなダサい生き方だけはするな』
親戚中の誰もが「女たらしのクソジジイ」と眉をひそめていたその言葉の本当の意味を、俺はいま、心から理解している。
十六の夏、桐箱の中から手に入れた、あのくすんだ銀の指輪。
指輪の力で心が読めたからモテ始めたんじゃない。
心の叫びを知った俺が、泥臭くあがいて彼女たちの手を取ったから、俺の目の前にはいま、こんなにも眩しい光景が広がっているのだ。
◆
季節は巡り、春。
満開の桜並木が、ピンク色の紙吹雪のように舞い散る登校路。
「航平! 早くしないと遅刻するわよ!」
いつもの交差点で待っていたのは、幼馴染の美沙だった。
制服のスカートをなびかせ、少しだけ大人びた笑みを浮かべて俺の手を引っ張ってくる。
「渡辺くん、おはようございます。今日の分の予習ノート、作っておきましたよ」
隣で静かにメガネの位置を直し、優しく微笑むのは白石葵だ。
「渡辺! 今日の部活終わり、絶対ラーメン付き合えよな! 負けた方が奢りだ!」
新田遥が八重歯を覗かせて活発に笑い、俺の背中をポンと叩く。
「あの……渡辺くん。新しく覚えた歌、放課後に一番に聴いてほしいです……!」
椎名紬が少し照れくさそうに、でも強い瞳で俺の袖をキュッと掴んだ。
「ふふ、皆様朝から相変わらず賑やかですわね。航平さん、本日は我が九条家の専用リムジンで学校へ参りませんこと?」
高級車のドアを優雅に開け、ハーフアップの黒髪を揺らす九条麗奈。
「おいおい九条さん、そんなのずるいよ。航平、今日はボクと二人で一緒に歩く約束だったろ?」
髪に可愛らしいピンを留め、男装ライバルの面影を残しつつも完全に乙女の顔になった神楽坂蓮が、俺の反対側の腕を強引に抱きかかえてくる。
そして——。
「航平様っ! お待たせいたしました!」
後ろからパタパタと可憐な足音を響かせて走ってきたのは、人間の制服を着た小夜だった。
透けることのない、温かい本物の手。小夜は嬉しそうに俺の左手の小指に自分の小指を絡め、満面の笑みを向けた。
「航平様と同じ空気を吸って、同じ道を歩ける……私、今とっても幸せでございます!」
「小夜……転んだら危ないぞ」
俺が優しく頭を撫でてやると、小夜は「へへっ」と頬を染めて幸せそう目を細めた。
「ちょっと小夜ちゃん! 登校早々、航平に密着しすぎ!」
「そうですわ、抜け駆けは九条家の法規(?)により禁止されております!」
「ボクだって航平に撫でてほしいのに……!」
一瞬で始まる、朝の参道でのにぎやかな大修羅場。
左手の小指には、もう指輪はない。
心の声を聞く魔法も、あやかしの加護も、何ひとつ残っていない。
だけど——。
照れくさそうに頬を赤らめる美沙の顔を見ればわかる。
嬉しそうにメガネの奥の瞳を輝かせる白石の顔を見ればわかる。
悔しそうに唇を尖らせる新田も、愛おしそうに俺を見つめる紬も、誇らしげに胸を張る麗奈も、ツンデレ全開の蓮も、そして生き生きと命を輝かせる小夜も。
彼女たちの顔を見れば、言葉なんてなくても、指輪の力なんて借りなくても、全員の『本音』が痛いほど胸に伝わってくるんだ。
『航平のことが、大好き』
全員の心が、ひとつの大きな愛となって俺を包み込んでいる。
「航平、顔がニヤけてるわよ! 何考えてんの?」美沙がジト目で俺の顔を覗き込んでくる。
「別に? ……たださ」
俺は立ち止まり、澄み渡る春の青空を見上げた。
天国の爺ちゃん。アンタは世界中を飛び回ってたくさんの女の人を泣かせたり笑わせたりしたらしいけど……俺は、アンタを超えてみせるよ。
「俺は、世界で一番の幸せ者だなーって、思ってただけだ」
「「「「「「「〜〜〜〜っ!?」」」」」」」
七人のお姫様たちの顔が、一斉に真っ赤に爆発した。
「な、何言ってるのよバカ航平ーっ!!」
「渡辺くん、そういう不意打ちの殺し文句は反則です……!」
「あーもう! 心臓に悪いだろ渡辺っ!」
「……えへへ、渡辺くん大好きです!」
「あ、あなたという人は……っ! 責任を取って一生私を愛しなさい!」
「……っ、ほんと、そういうところズルイよ航平……!」
「航平様……! 私、一生ついてまいりますっ!」
風が吹き抜け、舞い散る桜の花びらが俺たち八人を祝福するように包み込んでいく。
指輪から始まった、俺の破天荒で甘すぎる高校生活。
誰か一人を選ぶなんてできそうにない。だから俺は、自分の男の意地と命をかけて、この最高に可愛い七人のお姫様たちを、全員世界で一番幸せにしてみせる。
「よし、行こうぜみんな! 俺たちの最高の高校生活は、まだ始まったばかりだ!」
「「「「「「「おーっ!!!」」」」」」」
手を繋ぎ、肩を並べ、笑い合いながら、俺たちは光り輝く未来の向こう側へと走り出したのだった。
【女たらしの爺ちゃんの形見の指輪をもらったら学校いちモテ始めた話・全30話 完】




