7話:初めての茶会
王都に到着後の数日はタウンハウス内で過ごし、ついに登城する日になりました。胃袋の底が重たくなるような不安と僅かばかりの期待を抱いて、今世で初めてのお茶会に参加します。今回は王城の庭園で行われるようで両親と一緒に会場の入り口に向かいます。
すでに会場にはたくさんの招待客が集まっています。穏やかな陽を受けて樹々の緑がキラキラと輝き、そこかしこに飾られた花々と美しく整えられたテーブルたち、そして色とりどりの衣装で着飾った紳士淑女たちが交わし合う声が風に乗って聞こえてきます。中心から少し離れた所には楽団の姿もあり、さすが王城という華やかさです。
そして、やはりと言うべきなのでしょう。どの方もつぶらな瞳にふっくらとしたお顔と身体つきで、特に高位の方ほどその傾向が強く見られます。侍従や侍女たちは多少ふっくらしている者はいるものの、立ち歩くことが多いためか幾分か細めの印象です。
「これはセルヴァン伯爵、お久しぶりです」
「ごきげんよう、セルヴァン伯爵夫人」
人々と挨拶を交わす両親についていくと、おや、とわたくしの姿に気付いたようで声をかけられます。
「そちらの可愛らしい淑女はもしや…?」
「ええ、私の娘です。今年で6歳になりました」
そっとわたくしの背に手を添えたお父さまに促され、緊張しながらもお母さまから教わった淑女のご挨拶をします。
「セルヴァン伯爵の長女、フェリシアと申します。どうぞお見知りおきをお願いいたします」
お気に入りの水色のドレスの裾を摘み上げ、できる限りの淑女らしさを心掛けながらお辞儀をしました。手足も声も震えることなく終えることができて、ホッとしながら視線を上げると、声をかけてきた紳士が僅かばかりに目を見張り、けれども何もなかったかのようににっこりと微笑んでいます。
「これはこれは、なんとも素晴らしいご息女だ!」
「本当に。まだ小さいのにしっかりとしていらっしゃること」
周囲の方々も褒めてくださり、気恥ずかしさで頬が熱くなります。その後もお父様たちと一緒にたくさんの方にご挨拶をし、ひと通り回った所でお父さまが侍従を呼びます。どうやら子どもは別の場所で集まっているようで、わたくしは侍従と移動するようです。心配そうなお母さまの視線に、にこりと笑みを返し、他の子どもたちのいる所へ向かいます。
大人たちのテーブルから少しだけ離れた所に子ども用の会場が用意されていました。ちらりと振り返ると両親が小さく手を振っているのが見えます。こちらのテーブルセットはサイズも小さく、子ども向けに可愛らしく整えられています。
早速同じ年頃の女の子たちが座るテーブルを見つけたのでそちらに向かい、どきどきしながら声をかけます。
「ごきげんよう。こちらの席はどなたかいらっしゃいますか?」
「ごきげんよう。空いていますのでどうぞお掛けになってください」
すぐ隣りに座っていた令嬢が返事をしてくれます。席次を見るに奥に座っている令嬢がこの場で最も位の高い方のようです。えくぼのあるふっくらとした手元は抜けるように白く、扇子で口元を隠す仕草も洗練されていて、思わず見惚れてしまいます。
「わたくしはヴァロア公爵家の次女、マルガリーテです。貴女とは初めてお会いしますね」
ほんのりと緩められた目元と鈴を転がしたような声が麗しい…!前世からのアドバンテージが多少ありながらも、わたくしがまだ辿り着けていない優雅さにうっとりしてしまいます。
マルガリーテ様は艶のある黒髪に上質なサファイアを思わせる青の瞳の持ち主で、ドレスはクリーム色で一見地味に思われがちですが散りばめられた真珠や繊細なレースが華やかに、かつ品良く施されています。さすが公爵家、身につける品や教育の質の高さが伺えます。
その後も同じテーブルの令嬢たちが次々と挨拶をしてくださいます。どうやらこちらはヴァロア公爵家を中心とした家門の集まりでわたくしと同じ6歳から12歳の方々がいて、マルガリーテ様は8歳ながらも集まりの主人として立派に振る舞っていらっしゃいます。
「あなたのボンネット、素敵だわ。とっても似合ってるらっしゃるけれど、今日の日柄には少しお辛いのではないかしら?」
しばらく会話を楽しんでいたところに歳上の伯爵令嬢がわたくしに言いました。例のごとく深々とボンネットを被り、追加でレースの飾りで顔を隠し、細い手指を見せないように手袋を、ドレスは襟を高くして首元までしっかりと煽っています。思っていたよりも暑いのでわたくしの体調を心配してくれているようです。
「…えぇ、そうですね…」
どう切り抜けようか悩んでいるうちにマルガリーテ様が侍従を呼んで日傘を持ってくるよう言い付けます。
「この後は王族の方々がお見えになります。そのままではご挨拶の際に失礼にあたりますよ」
「…あ、ありがとうございます…」
やんわりと嗜められるとボンネットを外すしかなくなってしまいました。心を決めて王宮の侍女を呼び、被っていたボンネットを外した瞬間です。
「ひぃっ…」
「…きゃあぁぁ!?」
周囲の令嬢たちから息を呑む声が聞こえます。大人たちよりも感情を制御するのが難しいのでしょう、小さくない悲鳴を上げる方もいらっしゃいます。ちらりとマルガリーテ様を伺うと、真っ青なお顔で小さく震えながらもわたくしを凝視しています。
「…フェリシア嬢、少々顔色が悪いのではなくて?あちらの木陰で休んでいらしてはいかが?」
顔を逸らして口元を押さえながらガタガタと震え出す令嬢もいる中で、わたしから視線を外すことなく、しっかりとした声音でマルガリーテ様が言います。この場の混乱の収拾をつけるためにも早めの退席を促してくださったのでしょう。
「お気遣いいただきありがとうございます。失礼させていただきます…」
わたくしは隠しきれない涙声でなんとか返事をして席を立ち、淑女としてはあり得ない速度で庭園の木陰に駆け込んだのでした。




