表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/20

第9話 封じられた記録と、選ぶ者

【 友達と監視者のあいだ 】


授業中、僕は教室の空気の重さに気づいていた。


黒板の前で教師が呪文理論を解説している間も、何人かの生徒がこっそりこちらを振り返る。

誰かと目が合いそうになると、すぐに目を逸らされる。


(また、か)


もう慣れたと思っていたけれど、慣れるものじゃない。

まるで、触れたら壊れるガラス細工みたいに、誰もが僕との距離をはかっている。


チャイムが鳴り、授業が終わると、みんながぱたぱたと教室を出ていった。

その中で、ひとりだけ僕の席の隣に立ち止まった。


「アレン」


レオだった。

いつものように話しかけてくるわけでも、ふざけるわけでもない。


「……ずっと黙ってたんだな、あの魔法のこと」


「……うん」


返事は、それしか言えなかった。


「何か言ってくれよ。俺は――友達だろ?」


その声に、思わず顔を上げた。


レオの表情は、怒っているわけでも、責めているわけでもなかった。

ただ、少しだけ、寂しそうだった。


「ごめん。でも、どう話していいか、わからなかったんだ」


レオは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


「……そっか。なら、仕方ないな」


そのまま彼は何も言わずに立ち去った。

だけど、その背中が、ほんの少し遠く感じた。


その日の午後、僕は呼び出しを受けた。

行き先は、本部棟の奥――応接室。


中にいたのは、シリウス・ローブ。学園長代理。


彼は椅子に座ったまま、僕に微笑みかけた。

しかし、あの笑みはもう、信用できなかった。


「アレン・グレイ君。君には、特別進路コースへの参加を打診したい」


「特別進路……?」


「君の能力を最大限に伸ばすため、個別指導の枠を設ける。

 将来的には、国家直属の魔導研究機関とも連携を考えている」


一見、栄誉のように聞こえるその提案。

でも、僕にはわかっていた。


これは“自由”を与えるためじゃない。

“囲い込む”ための誘導だ。


「……少し、考えさせてください」


そう言って、僕はその場を後にした。


廊下を歩きながら、胸の奥がざわざわしていた。

まるで、何かに押し込められそうな感覚。


 

【 誘導と、もう一つの扉 】


そのとき――


制服のポケットの中で、銀のメダルが、ひとりでに光を放ち始めた。


慌てて取り出すと、メダルの表面に刻まれた紋章が、かすかに輝いている。


(これ……)


光は誰にも見られないほど微細で、それでいて確かな魔力を放っていた。

まるで、何かを知らせようとしているかのように。


(導かれてる……?)


なぜか、足が勝手に動いた。

気がつくと、僕は寮とは違う方向、校舎の裏手へと向かっていた。


使われていない旧倉庫の脇に、小さな扉があった。


いつもは鍵がかかっているその扉が、なぜか今日は、ほんの少しだけ開いていた。


(……中に何がある?)


思わず手を伸ばす。


けれど、そのとき頭の中に浮かんだのは、黒衣の男の言葉だった。


――選ぶ時は、突然訪れる。備えておけ。


「選ばされる前に、自分で選ぶ――か」


呟いたその言葉が、自分の中にすとんと落ちた。


僕は、一歩、足を踏み出した。


この先に何があるのか、まだわからない。

でももう、流されるだけの自分じゃいたくなかった。



【 封じられた記録 】


扉の中は、思ったよりも静かだった。

広くはない空間に、木製の棚と古びた机が一つ。

薄暗い室内には、ほんのりと古文書のような香りが漂っていた。


(……使われていた気配がある)


決して埃だらけというわけではない。

むしろ、誰かがずっとここを“守っていた”ような空気すら感じた。


机の上には、一冊のノートが置かれていた。

革の表紙。背にはタイトルも何もない。


恐る恐るページをめくる。


そこには、手書きの文字がびっしりと並んでいた。

魔法理論、観察記録、日付のようなもの。

そして、ところどころに挿まれた“虹色の印”。


(……これ、僕の魔法に似てる?)


ページの端には、こんな走り書きが残されていた。


『虹色は、ただの力ではない。

感情に呼応し、記憶に触れる。

扱う者の覚悟を問う、鏡のような魔法。』


ぞくりと背筋が震えた。

まるで、自分自身のことを言い当てられたようだった。


誰がこれを書いたのか。

なぜここに隠されているのか。

それはわからない。


けれど、このノートの持ち主もまた、僕と同じ“選択”を迫られていた――そんな気がした。


ふと、ノートの最後のページに目をやると、薄く書かれた一文が目に飛び込んできた。


『この扉を開いた者へ。

君が選ぶなら、私はもう一度信じよう。』


ページを閉じた手が、わずかに震えていた。


(……選ぶ。自分で)


静かにうなずき、ノートを抱えて部屋を後にした。


今ならはっきり言える。


選ばされるのではなく、自分で――選びたいと。


 

【あとがき】


今回は、アレンのまわりの空気が静かに変わり始め、

“選ばれる側”として扱われる中で、自分の意志と向き合う場面が描かれました。


そして、閉ざされた扉の先に残されていた記録――

そこには、かつてアレンと同じように迷い、選んだ誰かの気配がありました。


次回は、その選択の続きをたどることで、

アレン自身が初めて“自分の道”を選び、動き出します。


どうぞ、続きも楽しみにしていてくださいね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ