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第10話 呼びかけるものたち

【 封じられた空間と、問い 】


木製の扉を押し開けた瞬間、空気が変わった。青白くゆらめく光が天井から降り注ぎ、空間全体が時を止めたような静けさに包まれている。壁に刻まれた古い魔法文字、足元には複雑に交差した魔法陣。その中心に一歩踏み込んだ瞬間、何かが動き出した。


床が脈打ち、陣が淡く光を放つ。背後の扉が音もなく閉じ、完全な隔絶が生まれる。


(戻れない)


その予感は確信に変わる。魔力の密度が空気を重たくし、呼吸すら慎重になる。

そのときだった。頭の奥に、まるで空間全体が語りかけてくるような声が響く。


『汝、選ぶ者なりや』


問いかけは耳を通らない。心の芯に、直接響いた。


答えようと口を開いた瞬間、空間の中央に光が集まり、揺れる幻影が浮かび上がる。そこには、かつての僕――魔法を恐れ、力を封じ、自分の存在を持て余していた幼い僕がいた。


その傍らに、母がいた。

「アレンの力は、誰かを守るためにあるのよ」

優しく、でも強くそう言った彼女の言葉が、時を越えて胸を打つ。


でも、もうそれだけでは足りない。

僕は、あのときの自分から、何かを引き継がなければならない。


 


【 ノートの主との対話 】


空間が揺れ、幻影が霧のようにほどけると、次に現れたのはローブをまとった人物だった。顔は影に包まれて見えない。けれど胸元に浮かぶ“虹の印”を見た瞬間、確信する。


(ノートの主……!)


彼は静かに、まるで試すようにこちらに右手を差し出す。

そして、またあの声が心に届く。


『汝がその力で、何を守る』


ただの言葉。されど、重い。逃げ続けてきた僕に向けられた、真正面からの問いだった。


言葉が喉に詰まる。でも、今は黙っているわけにはいかなかった。


「……まだわからない。でも、誰かに決められるのは嫌だ。僕は、自分で選びたいんだ。どう力を使うかを、何を守るのかを」


その瞬間、相手のローブがふわりと揺れ、微かな光が走る。

虹色の紋がまばゆく輝いた後、彼の姿は音もなく霧となって消えた。


その場所に、次の扉が現れる。奥は闇だが、確かに“次”がある気配がした。




【 呼びかける世界 】


扉は音もなく開いた。中からあふれ出す光に思わず目を細める。

その先に広がる光景は、まるで別世界だった。


青く高い空、どこまでも広がる草原。空気は澄み、けれどただの自然ではない。風の流れの中に、魔力の波が漂っていた。空に浮かぶ巨大な構造物――浮遊都市のようなものが、ゆっくりと軌道を描いて回転している。


まるで世界そのものが“魔法”で動いているようだった。


ポケットの中の銀のメダルが、かすかに震えた。

取り出すと、淡い光をまとい、勝手に宙に浮かび始めた。


「……なに、これ……」


光が走り、空へ向かって伸びていく。

すると、空の一角に揺れる影――黒髪の少女のような姿が、浮かんでいた。


彼女は遠くにいるはずなのに、まるではっきりと視線が合う。

風が吹き、彼女の口が動く。


『来て』


言葉はないのに、聞こえた気がした。

その瞬間、足元の魔法陣が強く光り、視界がぐらりと揺らぐ。


ただの幻ではない。この空間の全てが、僕に“つながる”ことを促していた。


 


【 転移の兆し 】


突如として空間全体が変化する。

床の魔法陣が立体的に盛り上がり、幾重にも交差する光のリングが足元を取り囲む。


(これは……転移陣?)


だが、今まで見たどの魔法よりも規模が大きく、明らかに“個人”の移動を超えていた。

まるで、異世界そのものへ橋を架けようとしているような――そんな感覚。


銀のメダルがその中心に吸い込まれるように落ち、リングの軌道がさらに加速する。

重力が反転したかのように、体が浮いた。けれど、不安はなかった。


彼女が、あの少女が、僕を見ていた。遠くで、でも確かに。


『こちらへ』


再び、声なき声が聞こえた気がする。


そして、その直後――魔法陣の光が爆ぜ、空間の縁が一瞬で“扉”へと変貌した。


 


【 境界の向こうへ 】


目の前に現れたのは、世界の裂け目のような空間。

そこには草原も空もない。ただ、魔力の奔流がうねり、何層もの“記憶”や“可能性”が渦巻いているようだった。


そこに踏み込むということは、自分自身すら壊してしまうかもしれないという予感を含んでいた。


でも――


「もう、逃げない」


言葉が、自然に口からこぼれた。


僕の力は、僕が決める。

この世界の秘密が何であれ、あの少女が何者であれ、

今の僕は“選びたくて”ここにいる。


光が広がる。魔法陣の中心に、浮かび上がるひとつの文。


『選びし者よ、境界を超えよ』


僕は目を閉じ、そして、目を開けた。


世界は、もう変わっていた。


僕は足を踏み出す。誰にも決められない、自分だけの意思で。


 

【あとがき】


今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


閉ざされた空間の中で、アレンはようやく自分の意志で一歩を踏み出しました。

選ぶこと、進むこと――それが、彼にとっての“始まり”なのかもしれません。


そして、扉の向こうに広がる世界は、きっとまだ彼の知らないものばかり。


次回、その先で待っているものとは……?


どうぞ、続きもゆっくり楽しみにしていてくださいね。

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