23-タイワ ノ サキニ
──ここは、世界の隅だ。
拓海は、昨日と同じ場所へ来ていた。
計画外の区域。街の骨組みのような場所。
人もいない、音もない、風すら流れない。
けれど、確かにここには“誰か”の気配がある。
壁に刻まれた文字を、もう一度なぞる。
『ココカラサキ ハ キミノイシ』
(──だったら、俺は……)
「おい」
不意に背中から声をかけられた。
振り返ると、そこに井上がいた。
少し息を切らしていて、まるで走ってきたようだった。
「今日も、また来るんじゃないかって思ったんだ」
「最近のお前、どこか違う気がして……つい、気になってさ」
「……なんで?」
「知らない。でも、なんか気になったんだよ。お前が“変わった”のは気づいてたから」
拓海は、数秒の沈黙のあとに聞いた。
「お前……まだ、そう思ってるか?」
「……え?」
「この世界が、仮想現実なんじゃないかって。──お前が最初に言ったんだぞ」
井上は少しだけ眉を下げて、口を開く。
「……ああ。言ったかもしれないな。でも、あれは冗談だったんだ。最初は」
「だけど、なんとなく“ズレてる”のは感じてた。昔から、ずっと」
「じゃあ……なんで、何も言わなかった?」
「言ってどうにかなるなら、とっくに変えてるよ」
「この世界は、変えられないんだよ。だって、作られたものなんだから」
拓海は拳を握る。
まるで“止まる理由”を先に言われたような気がして、悔しかった。
「でも、お前……出たいんだろ?」
「……出られると思うか?」
その問いかけが、やけに静かに響いた。
井上の目は、どこか“覚悟”を秘めていた。
「俺、気づいたとき、試そうと思った。
だけど……怖くなった。
今までのことが全部、嘘になるかもしれないって思ったら、動けなかった」
「だけど、今は……もう、動ける気がする」
井上の声は、いつになく“自分の意思”でできていた。
そのとき、足音が響いた。
コンクリートの向こう、灰色の空間の端。
黒パーカーが、ただ静かに佇んでいた。
井上はその姿を見て、拓海に目を向ける。
「お前は……ここを出たいのか?」
拓海は、言葉が出なかった。
“出る”とはなんだ?
元いた場所に戻ることか?
それとも、“自分が何者かを確かめること”か?
(俺は……)
黒パーカーが、一歩だけ前へ出た。
井上が、その方向へ歩き始める。
まるで“導かれる”ように。
拓海は、その背中を見送るしかできなかった。
──そして、
ほんの一瞬、黒パーカーのフードが風でめくれた。
見えた顔は──
鏡の中で見る自分と、ほとんど変わらない顔だった。




