20-読解
──昨日と同じ雑踏。
拓海は、ひとりで歩いていた。
昨日、ペットボトルの痕跡を見つけた場所。
あの“異物”が残されていた地点に、何か続きを感じた。
もう一度来れば、何かが変わっているかもしれない──
そんな気がして、足を運んだ。
だが、景色は何も変わっていなかった。
人の流れも、街のざわめきも、昨日とまったく同じに見える。
けれど、拓海の視界だけが──違っていた。
電柱に貼られた古びたポスター。
壁にこすれたように残った黒いスプレーの跡。
注意喚起の立て札。
それらの“背景”が、言葉として浮かび上がってくる。
──
「出ロ」
「マモレ」
「イマ、ミテイル」
──
見覚えのない記号。
でも、脳がそれを“意味あるもの”として受け取っている。
(……読める)
昨日はただの“違和感”だったものが、
今日は“言葉”として認識される。
(Lyra語……だよな、これ)
記憶の奥底に、同じ構造の文字列が引っかかっている。
かつて自分が使っていた──そんな感覚さえあった。
──
「拓海!」
突然、声がした。
振り向くと、井上がいた。
「……お前もここに?」
「ん? たまたま。昼メシでも探しててさ。こっちの方来たの初めてかも」
「……そうか」
軽いやり取りだったが、心の中では別の感情が渦巻いていた。
井上がここにいるのが、偶然とは思えなかった。
──
そのとき、視界の隅に黒い影が滑り込む。
雑踏の切れ目。
人波の一瞬の隙間に、黒パーカーが立っていた。
また──あいつだ。
黒パーカーは拓海をまっすぐに見つめると、
すっと何かを取り出し、足元に落とす。
そして、何も言わずに踵を返し、雑踏の中へと消えた。
拓海は駆け寄り、その“何か”を拾う。
それは、薄く折りたたまれた紙片だった。
裏返すと、やはり意味不明な記号が並んでいた──
そう“見えた”のは一瞬だけだった。
次の瞬間、それが自然に読めた。
──『ココカラハ、アナタシダイ』
(……ここからは、あなた次第)
喉の奥が震えた。
意味がわかる。それが自分に向けられた言葉だと、理解できた。
「なあ、井上……これ、見てみろよ」
拓海は紙を差し出した。
井上は一瞥し、首を傾げた。
「ん? 何これ? 汚れてんなぁ……なんか書いてんの?」
「読めないか?」
「いや、読めるって……文字じゃないだろ? ただの模様じゃん」
その瞬間、拓海の中で何かが音を立てて崩れた。
(見えないんだ……)
井上には、“そこに意味がある”ことすら見えていない。
「……ごめん、なんでもない」
「なんか変だぞ、お前。最近」
拓海は紙片をそっとポケットにしまった。
それは、世界の深さに触れた“鍵”だった。
──
もう、同じ場所にはいない。
同じ言葉を話しても、見ているものは違う。




