16-ゆらぎの午後
昼休みが終わるチャイムが鳴った瞬間、
教室は機械のように動き出した。
座る、教科書を出す、喋るのをやめる。
音もなく“型”がはめ込まれていくような動き。
拓海は、席に戻るクラスメイトの進路に、わざと立ち塞がってみた。
「──あ、ごめん」
その声は無機質に聞こえた。
目が合わないまま、一拍置いて静かに避けられる。
謝罪の言葉はあったのに、そこには一切の“感情”がなかった。
(やっぱり、“意思”じゃない)
(これは……“反応”だ)
次に、声をかけてみる。
「お前さ、進路決まったんだっけ?」
「あー、うん。まあなー」
口調こそラフだが、それは“いつものフレーズ”だった。
話しているようで、実は“繋がってない”。
まるで自動音声に問いかけているような、空虚なやり取り。
(同じタイミング、同じ答え、同じ動作──)
(この教室、どこまでが“演算”で、どこからが“現実”なんだ)
不意に、井上の顔が浮かんだ。
──話してみようか。
この世界の“ノイズ”について。
──
放課後、拓海は井上に声をかけた。
「帰り、ちょっと時間あるか?」
「……うん。いいよ」
その返事には、躊躇も驚きもなかった。
まるで“この会話があらかじめ決まっていた”かのように。
2人は昇降口を抜け、無言のまま並んで歩き出した。
グラウンドを横切り、門をくぐり、住宅街を抜けて、駅前の雑踏へ。
ふと、拓海が口を開いた。
「俺さ、Lyra-04って星から来たんだ」
井上は一瞬だけこちらを見て、目を伏せる。
「……ああ、それ、聞いた気がする」
(聞いた“気がする”?)
(いや、お前は俺にそんなこと一度も──)
「Lyra-04じゃ、“空気を読む”って当たり前でさ。
意思のやりとりは、言葉より先に届くんだ。
それが自然だったし、不自由なんて思ったこともなかった」
「でも、この世界は……ちょっと違う」
拓海は空を見上げた。
目に映る雲は今日も綺麗に流れている。整いすぎていて、不気味なほどに。
「読まされてるんだよ、空気を」
「誰かが意図した“雰囲気”に、みんな合わせさせられてる」
「俺たちの思考、どっかで“上書き”されてるんじゃないかって思うことがある」
井上は何も言わなかった。
ただ、真っ直ぐ前を見つめていた。
──
駅前に差し掛かったときだった。
ザザッ──
音もないはずの世界で、頭の奥に“ノイズ”が走った。
人の流れ。スーツ姿。歩きスマホ。
昨日と同じ。──否、一昨日とも同じ。
拓海の足が止まる。
(……また、いた)
群衆の中。
黒いパーカーの男が、空を見上げて立っていた。
片手に、コンビニのペットボトル。
誰にも話しかけられず、誰にも目を向けず、
ただ“違うリズム”で、その場に存在している。
拓海「……また、いたな」
視界の端が一瞬だけブレた。
画面が揺れるような、ノイズの波。
「どうしたの、拓海」
井上の声。
拓海はそっと息を吸い、首を横に振った。
「……いや、なんでもないよ」
──
ノイズは、確かにそこにいた。
この“整った世界”に走る、わずかなゆらぎとして。




