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贅沢

 雨粒がしとしとと、屋根や窓をたたく音が聞こえる。

 リーズがゆっくり目を覚ますと、薄暗い中に愛する人の胸元が見えた。

 頭が温かい…………愛する人の掌が、リーズの頭に優しく添えられているのを感じた。

 すうっと深呼吸すれば、愛する人の香りが胸いっぱいに広がった。


「だいじょぶ……安心、して…………リーズは、僕が…‥……まもりゅ…………」


 そして、どんな人よりも安心できる、愛する人の(ちょっと間抜けな)声が聞こえた。

 夢ではない。これは現実。リーズはなぜか感極まってしまい、愛する人の顔に、思い切り頬擦りする。


「シェラーーーーーーーーーーーーーっ!!! えへっ、えへへっ♪」

「んはぁ……ぁああ!!??」


 容赦なく頬をごしごしされたアーシェラは、堪らず目を覚ました。

 いつになく乱暴な目覚めに彼は若干困惑したが、すぐに夜のことを思い出し、リーズがいつも以上に甘えてくるのを丁寧に受け止めた。


「おはよ、シェラ♪」

「あぁ、おはよう……リーズ。んっ……」


 頬擦りの次は、おはようのキスをする。

 これも、いつもは軽く唇を重ねるだけなのに、今日のリーズは舌でアーシェラの口の形を再確認するかのように、深く深く蹂躙してくる。


「はぁっ……あっ、今日は激しいねリーズ。安心して、僕はどこにも行かない。ずっとリーズの傍にいるから」

「シェラ、その…………リーズは」

「リーズは夜にすごくうなされてたよ。何か悪い夢でも見たの?」

「うん……。なぜか知らないけど、気が付いたら王宮にいて……みんながリーズを、またあの場所へ引き摺りこもうとしてきたの」


 リーズは、夜に見た悪夢をしっかりと覚えていて、夢の中で感じた恐怖は今でもかすかに残っていた。

 自由がなく、信じられるものがなく、そして愛する人もいない。あんな世界に、リーズは二度と戻りたくなかった。それが、たとえ夢の中だったとしても、だ。


「そしたらね……シェラが夢の中でリーズを助けてくれたの。それが、とっても嬉しかった♪」

「そっか、僕は夢の中でもリーズを助けることができたんだね。リーズがうなされてるのが見てられなくて…………でも、僕に出来ることはリーズを励ましながら、頭を撫でることしかできなかったのに……」

「そんなことしてくれたの!? えっへへぇ~、ありがと、シェラ! シェラがいつも隣にいるってわかれば、もうあんな夢怖くないもんねっ!」


 リーズはもう一度、アーシェラの胸に顔をうずめて思い切り顔を擦り付けた。

 もう怖くはないと言いつつも、根底にある不安はなかなか消えず、リーズはいつも以上に甘えたくなってしまう。できることなら、今日一日はずっとアーシェラと寄り添っていたいくらいだ。


「さ、リーズ。そろそろ朝ごはんの準備をしようか。悪い夢を見ても、おいしいご飯を食べればすぐに忘れるさ」

「……ゴメン、シェラ……もうちょっとギュッとしてもいい?」

「ん? まだ足りない? いいよ、お腹が空いて我慢できなくなるまで、好きなだけ甘えてよ」


 今のリーズには、空腹よりも甘えたい気持ちがずっと強くなっていた。

 まるで子供みたいだとリーズは自覚していたが、ここには咎める人間はいないし、アーシェラはリーズが甘えたいときは好きなだけ甘えさせてくれる。

 ベッドに腰かけたアーシェラに、リーズは上半身の全体重を預け、腰に腕を回して、されるがままの状態になった。耳をすませば、アーシェラのドキドキが伝わってくる。愛する人の心臓は、嬉しくて跳ねているようで…………リーズの心臓までつられて踊り出しそうだった。


「頭撫でてあげようか」

「うん、お願い♪」


 アーシェラの掌が、ツインテールが解かれたリーズの紅い髪の毛を撫でる。

 撫でられるリーズはもちろん、手を動かしているアーシェラも、撫で心地の良さに気持ちよくなり、思わず目を細めてしまう。


「…………シェラ、お願いがあるの」

「なんだいリーズ」

「今日は……シェラが嫌になるまで、リーズを撫でてほしいの」

「ん、それだと一日中撫でちゃうけど……リーズが飽きるまででいい?」

「リーズは飽きないもん。だから、シェラがもうたくさんだってなるまで……」

「ふふっ、じゃあどっちが先に飽きるかな? 勝負しようか」

「えっへへ~、負けないんだからっ♪」


 こうして、リーズとアーシェラは意味不明な勝負を開始した。

 朝食も食べず、太陽が高く昇っても、アーシェラはリーズを撫で続けた。


(リーズもシェラも……世界で一番贅沢をしているのかも♪)


 贅沢とは何か。

 お金をたくさん使うことだろうか? おいしいものを好きなだけ食べることだろうか?

 究極的に言えば、贅沢とは「無駄にする」ことだろう。

 そういった点で見れば、リーズとアーシェラのやっていることは、ただ撫でているだけなのに、罪深いほど贅沢なことだ。


 この日は雨で、一日中家で過ごすことになっている…………とはいえ、ベッドから一歩も動かずに、ひたすらいちゃつくなど、前代未聞であった。

 おそらくこの場に(村人以外の)別の誰かがいたら、慌てて止めに入り、堕落していると説教するだろう。リーズは魔神王を倒した勇者だ。一般的に考えれば、彼女はその能力を世界のために十分に発揮する義務があるのかもしれない。

 そんなリーズが、丸一日何も生産的なことをせず、ひたすら夫に甘え続ける。これはもはや世界の損失であると言っても過言ではない。


「あぁ……幸せ♪ リーズは世界一幸せ…………ううん、()()()()()()()は世界一幸せだよね♪」

「うん、それは間違いないよ…………リーズ、いつまでも愛してる。ずっと傍にいるよ」

「シェラぁ……♪ えへ、えへへ……大好きっ♪」


 アーシェラが、リーズの頭を優しく……優しく、撫でる。ポンポンと、跳ねるように、スルスルと流れるように…………

 いつまでもいつまでも…………

 陽が落ちて暗くなるまで、ずっと続いた。


続きは第二部で(予定)

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