47.濡れ衣
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亮と別れてから3日――俺たちはまだ橋の近くにある森でキャンプを張っていた。亮が国王の説得に成功し、クライスラーへの侵攻が中止、または延期されたかどうかを確かめるためだ。
『それで、トライアンフ軍は本当に出兵したのですね?』
指輪からシャーロットの声がする。まずは出陣初日の行軍を止めることができたのを伝えるため、彼女に連絡を入れておくことにしたのだ。
「ああ、3日前には上手く出鼻をくじいて追い返せたし、それ以降は城から出てこないけどな。多分俺のハッタリが効いたんだと思うが……お前のほうはもう王都に着いたのか?」
『いいえ、ほとんど眠らずに馬を走らせていますが……少なくともまだ3日はかかりますわ』
「あんまり無理するなよ。とりあえず3日は稼げたんだから、そこまで急がなくても準備の時間は十分にあるはずだ」
『庶民のあなたはご存じないかもしれませんが、軍を動かすとなるとそれなりに時間がかかるものですのよ。それに陛下のご決断を促すためには、ご本人だけでなく周りの大臣たちにもこの話を信じていただけるよう説得しないといけません』
「おいおい、俺が実際にやつらの出陣を目撃してるんだからもう疑う余地はないだろ」
『ええ、正直最初は私も半信半疑でしたが……今の話を伝えれば皆が信用するでしょう』
「まあ自分の弟が謀叛なんて信じたくはないだろうし、相手もそれを見越して奇襲計画を立てたんだろうから分からなくもないけどな。対策のほうは大丈夫なのか?」
『陛下のご決断さえ下れば国境警備軍にはすぐに警戒を強めるよう指示が出されるでしょうし、おそらくお父様も兵を引き連れて国境に向かわれると思いますわ。あなたの証言からトライアンフ王の叛意は明らかですし、冬が明けたら本格的な討伐軍がそちらに送り込まれるかもしれません』
「そうか……」
亮のやつはもう六騎将を抜けてもいいみたいなことを言っていたが、まだ軍に残っているのならそいつらとぶつかることになるかもしれない。まともに戦っては勝てないからこその奇襲作戦だったんだろうし、もう一度アクレイムの町に潜入して討伐軍が来る前に降伏するよう勧めてやったほうがいいだろうか?
「とにかく、俺もあと3日か4日はここで様子を見てみるよ。冬が迫ったこの時期に1週間も大人しくしてるなら、さすがにもう今年中の出兵はないとみていいだろ」
『分かりましたわ。こちらにも何か動きがあるときはまた連絡します』
その台詞を最後にシャーロットからの通信は途切れた。
内容こそきな臭い話だったが、なんかあいつとこんなにも穏やかに会話を終えられるなんて珍しい気がするな。
「亮のやつ、大丈夫かな……」
「おいトウマ、町から誰か出てきたぞ!」
そのとき、見張りを頼んでいたシルヴィが叫んだ。望遠鏡を伸ばして覗いてみると、確かに3人の人影がこちらへ向かってくるのが見える。
「お前、あんな遠くにいる人間がよく見えるなぁ。目視じゃゴマ粒ほどの点にしか見えないぞ」
「へっへーん、獣人は目がいいんだよ。でないとだだっ広い草原で馬や羊なんか数えられないだろ」
「それにしても、誰だろう? ここ数日は誰もあの大門を出入りしてないし、俺たちに追っ手がかかったにしては3人しかいないってのもなあ……」
「いや、門から出てきたんじゃないぞ。その隣にある、なんか小さい勝手口みたいなのからこっそり出てきた」
「そうなのか?」
もう一度望遠鏡を覗いてみる。
ローブ姿の3人は全員が顔を隠すようにフードを被っているが、そのうち1人は長い黒髪が顔の横から垂れていた。あれは……女か?
「んにゃ? あいつら、こっちに来るんじゃないみたいだな。橋のほうへ向かってるぞ」
「そうだな」
3人は俺たちのいる森ではなく、街道沿いに真っ直ぐ橋へと向かっていた。なのにそのままじっと見ていると、なぜか橋の手前で立ち止まってキョロキョロと辺りを見回している。
「あいつら、何してんだろうな?」
「さあ? なんか探してるような感じだけど……」
―― 「トウマ様! カミシロ・トウマ様はおられませんか!」 ――
森の中から3人組の様子を窺っていると、そのうちの1人がいきなり叫んだ。俺が予想したとおり、その声は女のものだ。
「――?」
俺は突然自分の名前が呼ばれたことに少々困惑した。3日前に橋の上で堂々と名乗りを上げてしまったので、この国に俺の名前を知っている人間がいてもおかしくはないのだが……それでもいきなり名指しされると何事かと思う。
女性はしばらく俺の名を呼び続けていたが、どこからも反応がないと分かるとがっくり肩を落とし、両隣にいる2人の人間に慰められているようにも見えた。
「トウマさん、あの人……前にリョウさんと一緒にいたメリッサさんじゃないですか?」
アルが俺の後ろから顔を出して呟いた。言われてみれば、確かにあの声には聞き覚えがある。
「……そうだな。あの人が俺になんの用があるのか分からないけど、なんか深刻そうな雰囲気だ。どうも追っ手という感じじゃなさそうだし、ちょっと話を聞いてみるか」
俺はそう言って馬車から降り、皆と一緒に森を出て彼女たちのほうへ歩いていった。
2
「俺に何か用かい?」
「――!」
背後から近づいて声をかけると、ローブ姿の3人は体をびくりと震わせてこちらを振り返った。
「ト、トウマ様……! よかった、まだここに残っていてくださって……」
3人のうち女性らしき1人がフードを取って顔を見せる。アルの言ったとおり、そこにいた人物の正体はやはりメリッサさんだった。
「ああ、やっぱりメリッサさんか。一体どうしたんですか?」
「どうもこうもねえよ!」
メリッサさんの両隣にいた2人もフードを取ったが、その顔を見て驚いた。彼らはつい先日、宿屋の酒場でやり合った兵士のおっさんとその後輩だったのだ。
「あれ? こないだのおっさんたちじゃないか」
「お前のせいでウチの大将は今えらいことになってんだよ! どうしてくれるんだ!」
「大将って、亮のことだよな? 何かあったのかよ」
「それが……リョウ様は先日の出兵が失敗したことの責任を問われ、3日後に処刑されることになってしまったのです」
メリッサさんが胸の前でぎゅっと手を握りながら、まるで医者が癌の告知でもするかのように重苦しい口調で告げた。サファイアのような美しいブルーの瞳には、少し涙が光っているようにも見える。
「なんだって!? どういうことだよ!」
「だから、お前のせいだって言ってんだろ! 3日前のゴタゴタの後、六騎将を集めて開かれた御前会議で『奇襲作戦の失敗は誰の責任か』ってことが議題になったんだとよ。そこでウチの大将が槍玉に挙げられたんだ」
「いやいや、亮には何の責任もねえだろ。確かに俺が止めたせいで出陣にはケチがついたかもしれないけど、そのまま進軍したら返り討ちになるって情報を持ち帰ったんだから、むしろ褒められるべきじゃないのか?」
「問題はそこです。つまり、敵が防備を調えるのが早すぎたんですよ」
俺と同い年ぐらいの気弱そうな後輩くんが会話に加わってきた。ちょうどいい、おっさんのほうはかなり感情的になっているようだから、詳しい経緯は彼に説明してもらうことにしよう。
「今回の作戦について我々一般兵が聞かされたのはあなたと出会った4日前……つまり出陣のわずか1週間前ですし、ここ1ヵ月ほどは城下への人の出入りを特に厳しく監視していました。それなのに奇襲のことが王都まで伝わってしまったのは、もっと前から作戦の全容について知っていた将軍たちの中に裏切り者がいたんじゃないか、という話になったらしいんです」
「あちらさんがすでに準備万端で待ち構えてるってことは、かなり前からこちらの情報を誰かが向こうに流してたってことだからな。ウチの大将、要はスパイ疑惑をかけられたってわけさ」
「なんだよそれ、完全に濡れ衣じゃねえか! あっちが奇襲作戦のことを知ったのは俺があんたから聞いた話を伝えたからであって、それなら責任を問われるべきはあんた1人のはずだろ!」
「なんだと! お前が拷問みたいな真似して俺に無理やり吐かせたんだろうが!」
「聞いてねえことまで勝手に喋ったのは誰だよ!」
「ちょ、ちょっと2人とも、こんなところで喧嘩は止めてください。大事なのはそこじゃないでしょう」
「大体向こうがすでに防備を整えてるってのは半分ハッタリだし、情報伝達が早かったのは俺が特殊な魔道具を使ったからだ。ちゃんと教えたはずなのに、あいつはそのことを証言しなかったのか?」
「したところで結果は同じだったと思いますよ。僕もあの戦いの場にいましたけど、あなたと将軍が旧知の仲であることは周囲にいた兵士たちの口から軍全体に知れ渡ってしまいましたからね。むしろそのせいで将軍は容疑をかけられたようなものです」
「なんてこった……それじゃ本当に俺のせいじゃないか。確かに将軍としての仕事を邪魔する形にはなったけど、俺はあいつを殺したかったわけじゃないぞ」
「おそらく六騎将のガラム・プリウスが周囲にあることないこと吹き込んだせいもあるだろう。やつはウチの大将が六騎将に選ばれるのを最後まで反対したそうだし、どうにかして追い落とそうと色々画策してたって話もあるからな」
「いくらリョウ様をお助けしたいと思っても、立場上あの人の部下である私たちにはどうすることもできません。ですがご友人であるあなたなら、どうにかして彼を救う方法を考えてくださるのではないかと思い、まだこのあたりにおられることに一縷の望みを賭けてお探しに来たのです。お願いですトウマ様、どうかリョウ様をお救いください……!」
メリッサさんが沈痛な面持ちで顔を伏せる。橋の上で俺と亮が戦っていたときにも手出しどころか口さえ挟んでこなかったが、この表情を見る限り、もしかすると彼女はあいつのことが好きなのかもしれない。
「そういうことか……分かりましたよ。そもそも俺に責任のあることだし、亮が殺されるなんて話を聞かされちゃ黙ってられませんからね」
「あ、ありがとうございます!」
「処刑の日は3日後らしいけど、場所や時間は決まってるんですか?」
「はい、場所は城下町の中心にある教会前の広場。時刻は昼前後のようです」
「広場か……城内の牢獄なんてところから連れ出すよりは簡単かもしれないけど……。ちなみに、処刑日の前に城へ潜入して助けるのは無理ですかね?」
「……おそらく無理だと思います。城内の警備、特に牢獄のある地下の警備は厳重どころではありませんし、もし見つかれば地上への出口を塞がれて逃げ場もありませんから」
「やっぱ駄目か……」
「とはいえ、処刑当日の警備もそれに負けず劣らずの厳戒態勢になるはずです。わざわざ広場で処刑を行うのは他にも潜んでいるかもしれないスパイや不穏分子への見せしめのためだと思いますが、見物に来る観衆たちは兵士が取り囲んで身動きが取れないようにするでしょうから」
「じゃあどっちにせよ詰んでるじゃないですか。ああもう、どうしたもんか……」
「トウマくん、とりあえずもう一度城下町に潜入するべきじゃない? どんな作戦を立てるにせよ、まずは現場を下調べしないことには始まらないでしょ」
俺が頭を掻き毟りながら悩んでいると、フリージアさんが年長者らしく落ち着いた態度でそう言った。
そうだ、前にドラゴンと戦ったときも事前の下調べが大きなアドバンテージになった。あまりの非常事態に焦って失念していたが、どんな戦いにおいても地の利を得るのは重要なことだ。
「すいませんフリージアさん。俺、やっぱりちょっと冷静じゃなくなってるみたいです」
「大事なお友達の危機なんだからしょうがないわよ。でも、忘れちゃ駄目よ。仲間ってそういうときお互いをフォローするためにいるんだからね」
「はい」
この人の言うとおりだ。自分1人じゃ見落としてしまうようなことも、他の誰かがいれば気付くことができる。そうやって皆で知恵と力を合わせれば、きっと今回だって切り抜けられるはず。
「そういやおっさんたち、よくあの町から出てこられたな。亮の部下だったんなら、メリッサさんだけじゃなくあんたらにも監視とか付いてたんじゃないのか?」
「まあ、俺は他の部隊のやつらにもそこそこ顔が利くからな。大っぴらに門を開けてもらうわけにはいかなかったが、今日の門番連中は顔見知りだからちょっと金を掴ませて……ってわけさ」
「なるほど、そりゃ心強いな。それならやれることも多いだろうし、今回はあんたにも色々と働いてもらうぜ」
「ふん、お前に言われるまでもねえよ。大将は他の将軍たちと違って、俺たちみたいな下っ端にも偉そうにしないから皆に評判が良かったんだ。あの人を助けるためなら多少の無茶でもしてやろうって兵士は直属の部下以外にも結構いるんだぜ」
そうか、亮のやつ仲間内では結構慕われてたんだな。ガラムとかいうやつなんかは例外としても、あいつがこの世界で嫌われていなかったのなら俺も嬉しい。
「よし……絶対に亮を助け出してやる。皆、力を貸してくれるか?」
「ええ」
「頭の上に同じよ」
「もちろんです」
「お姉さんに任せなさい♪」」
「おう! あたしも頑張るぞ!」
ああ、本当に皆いいやつばかりだな。『仲間』などと口にするのは簡単だが、その友達まで助けようなんてそうそうできることじゃないぞ。
彼女たちの想いに応えるためにも、なんとしても亮を救出しなければいけない。俺はアクレイムの町に目を向け、そこに囚われている親友の手を掴むかのように拳を握り締めた。




